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5『娘の常識』

軽い?グロ表現っぽいものがあります。

苦手な方は速やかにお戻りください。

『ぶらぶらとー。揺れる葉っぱはぶららりーん』

「訳の分らん唄歌うな。何気に五・七・五だし……」

「ダニエルさんご機嫌ですねえ」



 葉っぱ――もとい、木の大精霊ダニエルを召喚して、広場の注目を集めてしまったため、後のことは父に任せてヨルダはコーヤと共に宿屋へ戻った。

 街に出るとまた人に囲まれてしまいそうなので、厩で世話をするついでにコーヤにゼク達を見せていた。

 ゼクは馬に近いが、羊のような巻いた角が特徴的だ。馬よりも速さは劣るが、耐久力が高いため、長旅で重宝されている。

 キャラバンの貴重な財産の1つだ。

 コーヤは、またもや目を輝かせている。


「オレ、馬とかあんまり詳しくないけど、可愛い顔してるなあ」

「つぶらな瞳が堪らないよね。この子が私の相棒、ルーク」


 30頭ほどの中から、1頭を出す。撫でると、すりすりと頭を寄せてきた。大人しいながらも、良く働く賢い子だ。


『いいゼクじゃねーか!おい、乗せてもらおーぜッ』


 そうでしょうそうでしょう。自慢のゼクを褒められると、何よりも嬉しい。


「勝手な注文ばっかり言うな」

「いいよ。でも乗れるのコーヤさん?」

「や。無理」


 それなら、と2人乗り用の鞍を持ち出して、取りつける。ゼクは通常の馬よりも少し体が立派なので、大人2人乗りでも余裕がある。柵を開いて、裏道まで連れていく。大通りは人混みで通れないし、目立たない方がいいだろう。

 まずヨルダが先に乗り、手を貸しながら後ろにコーヤを乗せた。

 

「ここに足を乗せて。そう、乗って。慌てずに」

「よっと……うわ、思ったより高いな」

「しっかり私に捕まって。落ちる」


 コーヤの腕が、遠慮がちに腹部に回されたのを確認してから、ヨルダはゆっくりルークを進めた。


『おおー動いたぜ!ゼク乗ったの初めてだ!』

「乗ったのはオレ。葉っぱは、ぶら下がってるだけだろ」

『葉っぱって言うな!』


 ぎゃあぎゃあと言い合う後ろの声を聞きながら、街の外へ出る。街から少し離れたところには、大きな川があるから、お散歩にそこまで行こう。春のぽかぽかの日差しを受けながら、田園風景を進むのは随分気持ちが良い。




◆◆◆




 近くの木にゼクを繋いで、大きく背伸びをした。釣りをしている人影もなく、静かだ。

 コーヤは川の傍へ走り寄って、水面を覗きこんだ。


「水、綺麗だなあ!」

「そう?コーヤさんのところは汚かったの?」

「あー……うん、すごく。東京っていう馬鹿でかい街の中だったからなあ……」


 つぶやきながら、手を水に浸して遊んでいる。屈んだせいで、ペンダントが水に浸かり、ダニエルが悲鳴をあげた。


『水とは仲いーけど、水浸しになっても嬉しくねぇんだよ!――あばば、沈めるな!』

「木ですもんね。じゃあ、火の大精霊は苦手?」

『うーん苦手ではねえよ。土のヤロウのほーが気に食わねえな』

「けど、いいの?ヨルダさん」

「うん?」


 ゼクに水を与えていると、コーヤがダニエルを水に沈めながら振りかえった。


「これ。葉っぱ、もらっちゃったみたいだけど。精霊石は商品だったんじゃ?」

「ああ、平気。大精霊を従える人なんて、滅多にいないから、商品にならないもの。そりゃあ、欲しがって買い取る人はいるだろうけど」

「買い取ってくれればお金になるじゃん」

「精霊ってね。召喚した人に加護を与えるけど、大精霊は全ての人に影響を与えるの。力が絶大だから」

「葉っぱがねえ……」


 コーヤは一度水から引き上げて、つっつく。


「だから、大精霊の精霊石だけは、商品にせず、相応しい持ち主が現れるまで悪い人に渡らないように守る。精霊石商人の決まりごとよ」

「オレ、相応しい?」


 照れるでもなく、困ったように言いながら葉っぱを絞った。ぎゅうーとされて、ダニエルから汁がぽたぽた落ちる。普通の葉っぱならボロボロになってしまうが、ダニエルだから大丈夫のようだ。

 ゼクから離れて、コーヤの隣にしゃがみこんだ。


「精霊が選んだからいいのよ。『精霊の愛し子(せいれいのいとしご)』なら、根は悪い人ではないだろうし。それにもしかしたら、故郷へ帰る手助けになるかもよ?」

「そうなのか、葉っぱ?」

『お前ら、俺を虐待しながら手助けを期待するなーっ』


 少なくとも、帰る方法を探す邪魔にはならないだろう。コーヤとダニエルは会って数刻も経っていないのに、こんなに気のおけない仲になっているし。

 コーヤに倣ってダニエルに水を掛けながら、考える。

 


『で、おい、姉ちゃんよ。遊んでないでどーする気だ』


 水音に紛れて、ダニエルらしくない小さな声で問われた。さすがに大精霊だ。気配に聡い。


「うーん。協力してね。コーヤさんは、前に出ないで」

「は?」


 コーヤが首を傾げているうちに、背後から足音が入り乱れた。ざっと5,6人か。背中に威圧感を感じる。

 すぐに、野太い声が降ってきた。


「おい、そこのお前ら。余所もんだろ」

「ゼクなんか連れやがって。昨日着いたっつーキャラバンのもんだな。立てよ」


 溜息を一つついて、相手を刺激しないように、ゆっくり立ち上がって振りかえった。コーヤも同じように立ち上がる。

 痩せて薄汚れた男どもが6人。ニタニタ笑いながら、手の平でナイフを弄んでいる。

 盗賊、追剥、人攫い。

 まだ日も暮れないうちからご登場とは、やはり最近の治安は荒れているようだ。

 ヨルダが冷めた目で見返すと、男どもがどよめいた。


「す、すげえ上玉。ひひ、連れてこーぜ」

「金を置いてってくれりゃあ、逃がしてやっても良かったんだが。美人は損だなぁ?」

「こいつ連れて、キャラバンの連中からも巻きあげりゃあ、儲けもんだな」


 つまり、人質にとって、キャラバンに身代金を要求と。

 目の前に立つリーダー格の男が、ヨルダに手を伸ばした。

 怖れるように、僅かに後じさると、男は笑みを深くした。


「それを目の前で相談しちゃう辺りが、下っ端ね」


 肩に手が触れる直前。挑発し、男の腹を右から横薙ぎに蹴り飛ばした。足を引いておいた分、弾みがついて程良くヒット。

 隣に立っていたゴロツキその2を巻きこみながら無様に転がるのを見終わる前に、残りの連中がナイフを振り上げ、襲いかかってくる。

 上げた右脚の太ももから、隠しておいたナイフを抜き取り、片手で続けざまに3本投げてやる。

 命中を見るまでもなく、もう片方の手で、コーヤにナイフを振り下ろそうとしていた男の手をつかみ、捻って体ごと地面に押さえつる。

 男が落としたナイフを首筋に当て、終了。


「ダニエルさん」

『あーいよ』


 まだ動ける男が置きあげる前に、蔦が草むらから伸び、6人全員を縛り上げた。


「棘つきって残酷」


 蔦に巻かれ、太い棘がいくつも刺さった皮膚から、血が流れ落ちている。


『6人平気でぶちのめした姉ちゃんに言われたくねぇ……』

「旅してると色々ありますから。ついでに棘に毒って仕込めます?」

『……おい』

「麻痺毒で」

『はあ~……人使いが荒れえなあ』


 ブツクサ言いながら、蔦の棘が増える。同時に、ぱたりと男の呻き声が止んだ。

 一瞥して、問題が無いのを確認すると、もうそちらは見もせずに、コーヤの様子を窺った。

 

「ごめん。怖かった?」


 目を見開いて立ったままのコーヤにひらひらと手を振ってみると、途端にその場に崩れ落ちた。

 コーヤは膝から草の上に座り込んで、息が震えている。


「本当に、ごめんね?まだ日が暮れるまで時間があるから、安全だと思っていたの」

「……いや……」


 屈んで目を合わせると、黒い瞳は揺れながら逸らされた。


「とにかく、街へ戻ろう。歩ける?」

「ああ」


 コーヤは顔を上げないまま、立ちあがる。

 ヨルダはゼクの綱を解いて素早く騎乗し、手を差し伸べた。

 掴んだ手も、再び腹部に回された腕も、街に着いてゼクから下ろすまで、ずっと小刻みに震えていた。


  


◆◆◆




「馬鹿かっ……治安が悪化していると言っただろう!」

「ごめんなさい」


 父と兄を呼び、街の警備兵に事情を話して街の外のゴロツキどもを捕えてもらった。

 当然ながら、心配をかけた2人には怒られるわけで。

 

 夕刻。食堂の真ん中に仁王立ちになったリュークが、怒鳴った。父はその横でむっつりと押し黙っている。

 本気で怒ると、リュークは口煩くなり、父は押し黙る。

 キャラバンの仲間は静かに、ただ若干はらはらしながら見守っている。


「必ず、誰かに言ってから出る様にと、あれほど!二度と勝手に外へ行くなっ」

「はい」


 言い終わるとリュークは、他の人を押しのけて、荒々しく食堂を出て行った。

 父が顔を顰めたまま、一歩ヨルダに近づいた。


「小さい子だったなら抱きしめて宥めてやるがな、ヨルダ」

「はい」


 名を呼ばれて顔を上げると、勢いよく頬を張られた。口内に鉄の味が広がる。

 一瞬、食堂がざわついたが、父の表情を見て、またすぐに静り返った。


「明日も早い。皆もう寝る様に」


 誰よりも痛みを噛みしめるような顔をしたまま、父も食堂を出ていき、その場はお開きとなった。


 


 叱られ終わったヨルダは、迷わず2階のコーヤの部屋の戸を叩いた。

 誰かを名乗る前に、戸が開かれた。

 そのまま部屋に入り、簡素な椅子の上に腰を下ろすと、コーヤは向かい合わせにベッドに腰を下ろした。

 こちらの頬を見て、目を見開く。


「どうしたの、ソレ」

「あはは、怒られちゃった。心配かけたし……」

「厳しいんだな」


 頬を押さえて笑うと、コーヤは痛そうに目を細めた。ダニエルは黙って、コーヤの胸元で揺れている。


「ううん。当たり前」


 キャラバンに若い女はヨルダ一人しかいない。珍しい容姿と相まって、いつも父とリュークに心配ばかり掛けていることを十分理解しているつもりだ。

 心配したときの悲しそうな顔を見ると、いつもヨルダは泣きたくなる。


「……そうだよな。ちょっと外へ出たら、あんなのに遭遇するんだ。厳しくなって当然か……」


 そう言って、俯いたまま両手で顔を覆った。


「オレさ、帰りたかったのはもちろんだけど、ちょっと楽しかったんだ。開き直った楽しみ方だったけど、それでも。精霊とか、見たこともない動物とか見ながら楽しんでた。けどさ―――」


 ぎりっと歯の軋む音がした。


「帰りたい……っ!!!」

「……」

「オレの世界じゃ、こんなことない。いや、本当はあるだろうけど、それでもこんなに当たり前みたいじゃなかった!悪い奴だっていたけど、でもほとんどの人は、無関心だったり疲れてたりしながら、それでも基本的には優しかった!」


 ヨルダは、黙って見つめていた。何を言っても嘘くさい慰めにしかならないと分っているから。


「なぁ、葉っぱ。オレがこんな世界に着ちゃった原因て、わかるか?」

『すまん。分からねえ』

「じゃあ、何が切っ掛け?この黒い石に、ヨルダさんが触ったこと?」

『それは……』

「ヨルダさん。別に、怒らない。今日遭ったことなんて気にしない。だから今すぐオレを帰してくれよっ!!」


 コーヤの叫び声は、かすれていた。

 分からない。ヨルダに分かるのは、キャラバンや旅のことだけだ。この髪と目のおかげで精霊石や精霊にちょっと詳しいだけだ。

 世界の違いなんてものも、異世界なんて存在も、ましてや帰し方なんて分からない。

 黒い石に触れて、精霊の声を聞こうとした。いつも通りの、それだけしかしていない。

 けれど、それがコーヤの苦しみを作ったのなら、やはりヨルダのせいだろう。

 

「ごめん、なさい……」


 声は震えてしまったけど、泣いてはいけないと強く念じて、涙を引っ込めた。



ヨルダ:職業、旅人。格闘タイプ。隠しスキルはナイフ投げ。

コーヤ:職業、迷子。精霊召喚タイプ。隠しスキルは葉っぱイジメ。

葉っぱ:職業、精霊。いじられタイプ。


なぜ人間キャラはみんなSっ気たっぷりになってしまうんだろう。

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