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2『異世界の青年』

 幾島洸夜いくしまこうやは、我ながらキチンとした青年男子だったと思っている。

 幼稚園の頃は泥だらけになって友達と遊び、小学校中学校では部活に励みながら馬鹿騒ぎし、高校ではそれなりに受験勉強し、大学ではそれなりに怠惰に、飲み会やサークルに顔をだしてきた。

 それなりに人づきあいをし、人並みに悩み、ほどほどに楽しくやってきた。

 反抗期やら初恋やらも時にはあったが、まあ、甘酸っぱいとかいう良くも悪くも思い出だ。



 そんな絵に描いたような平凡な自分が、何故いきなり異世界トリップとやらをしなくてはいけないのだろうか。




 ようやくレポートを提出し終わり、夏休みを迎えた8月。

 一人暮らしにクーラーは贅沢なので、扇風機で暑さを誤魔化しながら、大学生らしくぐだぐだしていた。

 しかし、憎き地球温暖化のおかげで、猛暑だ。部屋の中にいても湿気を含む暑さが迫ってくる。


「うし!こういうときは、コンビニだ!」


 景気づけに独りごとを叫びながら、家をでた。

 クーラーがあり、雑誌がある。市場の楽園コンビニを求めて。

 



 覚えているのは、そこまで。


 突然の閃光に貫かれ、視界が真っ白になった。




 

◆◆◆





「うわああっ」

「うっ……!!」

「ぐあっ」 


 

 誰かの悲鳴を聞きながら洸夜は、必死で目を抑えた。眩しすぎて痛い。

 しばらくして、薄く瞼を開く。大丈夫そうだと分り、今度は瞬きしながら、しっかり目を開いた。


「……は?」



 見えた光景にぽかんとして、洸夜は再び目を閉じ、そして開いた。


(おいおい……幻覚かよ?)


 しかし、景色は変わらず、洸夜は目を擦った。何度も。


 どこかの食堂のようだった。

 木で出来た大きなテーブルがいくつも並び、酒や見たこともない食べ物がずらりと並んでいる。

 先程まで歩いていた、コンクリートの道路も、味気ないビルに囲まれた空もない。


 洸夜と同じように目を擦りながら、周囲の人が起き上がりはじめた。

 彼らの服装がまた問題である。

 見たこともない民族衣装のような物を着ている人や、ファンタジーのテレビゲームで出てくるような古めかしい服を着ている人ばかりだ。そして明らかに日本人ではない。


 なんというか、洸夜と住んでいる時代や場所が果てしなく違うような。

 

 彼らは、洸夜を見て、痛みも忘れて、いきなりぱっちりと目を見開いた。

 一気に大勢の注目を集めて、洸夜は少したじろぐ。


「あ、えっと……」


「おお……?」

「なんと、人型を取れる上位精霊か!」

「ほおお!」

「よくやったヨルダ!!」

「お嬢が精霊を召喚したぞ!」


 どっと歓声が上がった。

 いきなりテンションが上がった人々に洸夜は一人付いていけない。

 さらにぽかんとしてしまった。


「えええ?何だここ、何だこれ……ていうかホント何なんだ!」


 わあわあ何か言ってくる人々に困りながら、洸夜は周囲を見渡した。誰か、何でもいいから説明してほしい。

 助けを求めて、視線を彷徨わせると、向かいにいる少女とばっちり目が合った。

 周囲の人とは違い、彼女だけは洸夜と同じ、わけが分らないという表情を浮かべている。

 自分と同じテンションの人間に安堵を覚えながら、


(綺麗……)


 思わず見蕩れた。この状況で何をしているんだ本当に。

 けれど、テレビで見たどんな美人よりも、素直に綺麗だと思った。女の子としてどうとかいう話ではなく、名画や写真を見るような気持ちの『綺麗』。


 流れる銀髪に、白い肌。整った顔立ちながら、頬はまだ少しふっくらとして、幼さを残している。その頬は、こもった部屋の熱気で僅かに紅潮し、逆に元の肌の白さを引き立てていた。

 そして茫然と見開かれた瞳が、一番目を引く。

 右目は金とも黄色とも言えないような、甘い琥珀色。

 そして左目は、海外リゾートの海を思わせるような、輝く青。 


 まるで人形のような容姿だが、その驚いた表情は、生き生きとしている。

 彼女の小さな形の良い唇が、ゆっくりと動いた。


「あ……。

 ちがう……?」


 彼女は、洸夜を見て困ったような顔をしてから、隣で喜んでいる砂色の髪の壮年の男に声を掛けた。


「父さん、ちがう!

 彼は、精霊じゃない、みたい……」

「何?では、何だというんだ」

「分らないけど……普通の人に見える」


 首を傾げる彼女の言葉に、周囲の人がいきなり静まりかえった。


(何だ何だ、さっきから。空気がころころ変わるな)


 一層じろじろと見られて、洸夜はさらに居心地が悪くなった。

 だが、何か言うなら今かもしれない。


「あの!すいません、何が何だか分らないんですが。

 俺は、普通の日本人です!ここはどこですか!日本語通じてますか!?」

「やっぱり、普通の人だよね?」

「え、うん、もちろん……」


 少女にずいっと身を乗り出して尋ねられ、洸夜は赤面しかけた。尋ねられた内容は変だが。


「そう。私はね、精霊石を調べていたの。そしたら、いきなり光が溢れて、貴方が現れた」

「精霊……。うん、色々ツッコミたいことはあるんだけど、とりあえずさ」

「はい?」



「ここってもしかして、異世界?」





 これが、幾島洸夜いくしまこうやの異世界トリップの始まりだった。 


 

 あの後、彼女――ヨルダという少女とよくよく話して、説明されてわかったこと。

 まず、ここは異世界。元の世界に精霊なんて存在はないからだ。それに明らかに異国風な人々と会話が通じることも、異世界トリップのお約束と言われれば、納得できなくもない。

 そして、同じように異世界トリップする奴が、遥か昔の御伽噺にはいたらしい。

 けれど、帰る方法なんて全くもって分らない。なぜなら、御伽噺だから。



 

 俺は、帰れないらしい。





◆◆◆




 目が覚めたのは、昼過ぎだった。


(ああ――家じゃないんだっけ……)


 アパートの畳じゃない感触で、すぐに思い出した。ここは日本じゃない。そのことに、寝起きからがっかりした。

 ベッドから出ると、もう日が高いことがわかった。

 昨日貸してもらった不思議な形の寝巻のまま、廊下に顔を出すと、宿屋にすっかり人の気配がなくなっていることに気付く。


(困ったな……)


 誰もいないみたいだが、寝巻らしい姿で食堂に降りるわけにもいかない。昨日の服は、部屋には置いてなかった。

 だが、どうしていいかもわからない。


(何も、わかんねえよ)


 途端に心もとなさから、悔しくて堪らなくなった。ぎりっと下唇を噛む。

 何でいきなり、こんなわけの分らない世界に放り出され、途方に暮れなければならないのか。

 こちらの寝巻の着方もわからなかった。お腹は空いたがどうしたら食べれるのかもわからない。そもそもお金もない。下へ降りていけばいいのか、待っていればいいのかもわからない。

 どうしようもない苛立ちに包まれそうになった時、


「あ、おはよう」


 後ろから、ぱたぱたと駆け寄る小さな足音と声に、はっとした。

 見る見るうちに、苛立ちが安堵に変わったのを感じる。

 振り返ると、ヨルダが安心させるように微笑んでいた。


「よく眠れた?ごめんね、誰もいなくて。困ったでしょ」

「いや、そんなことは」

「はい、これ今日の服。昨日の服は洗っちゃってるから」


 ありがとうと言いかけて、気付く。自分は、今寝巻姿を晒している。


「あっ、ごめん、こんな格好で!!」

「平気。隊員たちので、結構見慣れてるから。みんなそういうところ、気にしないし。

 着替えたら、下に降りてきて?」

「わかった」


 ヨルダは服を手渡すと、さっさと下へ降りて行ったしまった。

 繊細そうな見かけによらず、随分とサバサバした感じの子だ。



 手渡された服を着て、食堂に降りると、ヨルダ以外誰もいなかった。


「あ、ちゃんと着れたね。よかった」

「うん、なんとかな……」


 タートルネックのシャツのような上衣に、普通のズボンのような下衣。さらに薄い前合わせの上着を羽織って帯で留める。服と一緒に渡された、黒い石に紐を通してあるペンダントもぶらさげている。

 日本では、男がアクセサリーなんてあまりつけないため、違和感がある。

 そして、ヨルダの服も見慣れない。

 タートルネックの膝までのワンピースのようなものを着て、その上から足首までの長い巻きスカートのようなものを付けている。

 飾りの少ない服だが、余計な飾りが無い方が、ヨルダには似合ってみえた。

 


「その首飾りね、コーヤさんがやってきたときの石」

「あ、これが例の」

「うん。コーヤさんが来るまでは、確かに精霊か何かの気配があったんだけど……。

 今では、ただの宝石みたい。本当は長老のなんだけど、コーヤさんに関わるものだからくれるって。

 一応、持っておいた方がいいと思うから」

「そっか……。ありがとう」


 慣れないが、このままペンダントは持っておいたほうがいいようだ。

 洸夜が、礼を言いながら近くのテーブルに落ち着くと、ヨルダが食堂の奥から、食事を運んできた。


「どのくらい食べるかわからないから、ちょっと多めに用意してあるの。食べたいだけ食べてね」


 いくつかの皿を並べながら、木製のスプーンのような物を渡され、手づかみなどでないことに密かに安堵した。

 黒っぽいパンのようなものと、スープ、日本とあまり変わらない野菜のサラダ……食べ物は、洋食風だが似ている。

 いただきますと、手を合わせて食べはじめると、ヨルダはきょとんとした。

 構わず、スープを口に含むと、暖かさがじんわり滲みた。コンソメスープとあまり変わらないのが嬉しい。


「美味い……」

「良かった。作ったのは私じゃなくて、食堂の人だけどね」

「向こうのものと味が似ている……」

「そう?」


 少し歯ごたえのあるパンらしきもの、ちょっと辛いドレッシングのかかったサラダも一気に平らげ、さらにお代わりを3度繰り返して、ようやく満足した。

 思った以上にお腹が空いていたらしい。

 どんな状況でも、元気にお腹が空く自分が少し情けなかったが。


 ごちそうさまでしたと再び手を合わせると、ヨルダは嬉しそうに笑った。


「不思議な食事の挨拶だね」

「うん。満腹。満足!

 ……食べてから言うのも何なんだけどさ……」


 洸夜が言い淀むと、ヨルダは食器を片づけながら遮った。


「代金は、いいの。宿代と一緒に父さんが払ってくれてるから」

「……ありがとう。でも、いいのか?」

「うん。私達もさ、旅してるから。見知らぬ土地での苦労はよく分るんだ」


 父さんが苦労してるだけで、私はついていくだけなんだけど、といってヨルダは照れたように笑った。

 洸夜はそれを見ながら、少しだけ顔を暗くした。



(会ったばかりで助けれくれる。それは、本当にありがたい。じゃなきゃ、すぐ野垂れ死ぬ。

 けれど、俺がここに来ちゃった原因が、あの子が石を触ったことなら……素直に、喜べねえ……)


 自分の心の狭さが情けないのと、いきなり世界を放りだされた悔しさが相俟って、洸夜は気持ちをもてあましていた。

いきなりコーヤ視点。

今度はコーヤとヨルダの視点を話ごとに行ったり来たりします。

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