1『キャラバンの娘』
勇者の召喚者。ですが、1話から書き直しました。
勝手ながら全く設定が変わって基本別の話になっています。
本当にすみません。それでも楽しんでいただければ幸いです。
緑溢れるクランセクト大陸西のクレスト王国、その片田舎のミスティルド。
農地に囲まれ、茅葺き屋根の家々が立ち並ぶ真ん中、唯一石畳の引かれた小さな通りが、ミスティルドの要である。
通りの中央、水が噴き出すだけの簡素な噴水がある広場は、普段は2.3人の子供が遊ぶ静かな場所だ。
しかし、今日は、雑然とし、人々が溢れんばかりに入り乱れていた。
人々が、いつになく賑やかに取り囲んでいるのは、ゼクと呼ばれる馬のような家畜に乗った40人ほどの一団とその荷である。
半年ぶりに隊商が来たのだ。
◆◆◆
昼過ぎてようやく街に入った途端、ミスティルドの人々に取り囲まれた。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
半年に1回ほど来るキャラバンは、この街にとって大切な交易相手だ。キャラバンは数日間滞在して、市を開き、貴重な物や珍しい物、必要な物を落としていく。そのため、街の人々はキャラバンの到着をとても楽しみにしている。
ずっとキャラバンで育ってきたヨルダは、どこの街に行ってもこうだから慣れてはいるけれど、それでも歓迎されるのは嬉しい。
ヨルダは、隣にいる父、兄と同時に馬上からすらりと降りたった。
隊長である父が、まず人々に声をかける。
「お久しぶりです、みなさん。
大変なご時勢ですが、半年前と変わらず暖かい皆さんに出会えて、嬉しく思います。
今回も様々な品をお持ちいたしました。数日間留まる予定ですので、どうぞよろしくお願いします」
父が礼を取るのと同時に、キャラバンの仲間とヨルダも礼をとった。
歓声があがり、人々の間から、一人の老人が進み出た。白い髯を長く伸ばし、相当な高齢であるが、背筋をしゃんと伸ばしている。街の長老である。
「お久しぶりですな、ヴァイン殿とキャラバンの皆さま。お元気そうで何より。
街の皆も、楽しみにしておりました。今回もまた、お世話になりまする」
「こちらこそ。市は明日から開きます、楽しんでいただければ幸いです」
「おお、横にいるのは、リュークとヨルダか?大きゅうなったの。」
「はい。おかげさまで」
「ヨルダはまた綺麗になったのお。これでは、街の男連中が放っておかんわい。気をつけるんじゃぞ」
「えーっと、ありがとうございます?」
ちょっと返答に困った。
長老は、ヨルダと兄のリュークに目を合わせ、孫を見るかのように、皺くちゃの目を細めて笑った。
細長くて折れそうな、けれど暖かい手を伸ばして、ヨルダの頭を撫でる。
リュークは22、ヨルダはもう18にもなるのに、長老はいつもヨルダたちを子供扱いする。父に子供扱いされると腹が立つが、なぜかこのお爺さんに撫でられるのは、嫌ではなかった。くすぐったいけれど。
一通りの挨拶が済み、人々がぱらぱらと散っていくと、ヨルダたちは宿屋へ移動した。
「リューク、ヨルダ。俺は用事があるから、ここは頼むぞ」
「はい、父上」
「うん。いってらっしゃい」
隊長である父は、到着したばかりは何かと忙しい。
その間に、長旅で疲れたゼク達を休ませ、明日の市のために荷をほどき、整理しなければならない。
父がいない間、キャラバンに指示を出すのは、後継ぎのリュークの役目である。
昔は、リュークも色々と失敗をやらかしていたけれど、今では立派な副隊長で、ヨルダの自慢の兄になっている。父と同じ砂色の髪とよく日焼けした肌を持つリュークは、頼りがいのありそうな雰囲気から、行く先々の街でもてもてだ。
それに比べて、ヨルダはちっとも日焼けしない弱々しい自分の白い肌が嫌いだ。お婆さんのような長い銀髪も嫌だった。
(もっと凛々しい逞しい父さんやリュー兄のようになりたい。あと筋肉が欲しい。)
ヨルダがこっそり溜息をついている間に、リュークは仲間に次々と指示を出していく。
「レックス、食い物は痛んでないか確認しておいてくれ。ユリウス、明日の市の天幕を出してくれ」
「リュー兄、私はゼクの世話のほう行くね」
「頼む。――ああ、待てヨルダ」
「何?石の鑑定が必要なやつは、後でやるよ」
「ああ、それも頼む。
いや、そうじゃなくてだな」
リュークが途端に神妙な顔つきになった。ヨルダの肩に両手を置いて、言い含める。
「さっきの長老も言ってたろ?
いいか、変な男について行くなよ。いやむしろ、うちの隊員以外の男に話しかけられたら無視してもいい!
とにかく、なるべく大人しく宿の中にいて、だな」
「……いやいやいや、そんな心配いらないって。あれはお世辞だから!今までだって、そんなことなかったし!
心配性だなあ。忙しいから、もう行くね!」
「あ、おいヨルダ!」
また後で、と叫びながら、ゼクの小屋へぱたぱたと逃げた。
父よりも心配症なリュークが、こんな説教をするのは、毎度のことだ。その上、毎度長い。
(心配されるのは嬉しいけどさ、全く見当はずれな心配を何度もされると、少し鬱陶しいよね。
むしろ、毎回女の子に囲まれちゃうリュー兄の方が心配だよ……。)
ぶるるる、と嘶くゼクを撫で、餌を用意しながら、ヨルダは今日2回目の溜息をこぼした。
◆◆◆
一通りの準備が終わって夜、宿屋の食堂では歓迎の酒盛りタイムだ。
心配症のリュークと父によって、ヨルダは宴には出ない。元々、お酒の匂いが好きなほうでもない。他の隊員は皆宴に出ているので、寝室の並ぶ2階は、静まりかえっている。
時折聞える下の階の笑い声に耳を傾けながら、ヨルダは宿のベッドに、ごろごろと横たわった。
前の街から1週間ほど野宿だったから、久々の布団の感触が心地よい。
もう少し寝ないで、このままベッドの感触に包まれていたいと思っている時に限って、階段が軋み、誰かが上ってくる音がした。
ほどなくして、ヨルダの部屋の扉がノックされる。
「お嬢、起きてます?リオンです」
「うん、寝る直前だったけど。何か用?」
「隊長が下へ呼んでます。なんでも、長老が珍しい石をお持ちで。精霊石かどうか鑑定してほしいと。」
うとうとしていたヨルダはその一言でパッチリ目を開いた。
精霊石。
宝石が、中に精霊を宿している精霊石かどうかを鑑定できるのは、このキャラバンではヨルダだけだ。
「わかった。今行くわ」
《勇者や魔王、魔法使いや魔物なんて、今では数百年も昔のお話。
勇者が魔王を倒し、全ての魔物が消えそうになったとき、全ての母であるレイジエ女神は、魔物を憐れみました。
レイジエ女神は、魔物達を『この世で最も輝ける、そして美しい存在――宝石』に変えました。
何百年が経ち、争いもなく、すっかり平和な世の中で、宝石になった魔物は穢れがなくなり、精霊へと変化していきました。
数ある宝石の中でも精霊を宿すものは精霊石と呼ばれるようになりました。精霊石から、召喚できれば、その人はその精霊の加護を受けられるようになりました。
雪の精霊の加護なら、寒さに強くなり、夢の精霊の加護なら、毎日良い夢を見られる、などなど。
召喚できるのは、その精霊と相性が良い人だけと決まっているそうですが、人々はみんな、自分の精霊を持つことに憧れています》
『良い子の神話2巻』より。
(そのため、裕福な人間がこぞって欲しがるから、精霊石は高価で取引される、か。
長老くらいの方だったら、精霊石の1つや2つ持っていても可笑しくはないな)
納得しながら、ヨルダは食堂の扉を開いた。
むわっとするこもった空気と酒の匂いが流れだす。
上座に座る父が、機嫌良く笑って手招きした。隣には、リュークと長老が座っている。
「おお、ヨルダ。こっちだ、早くおいで」
「こんばんわ、長老様。珍しい石があるとか?」
リュークの横に腰を下ろしながら尋ねると、長老は、机の上の小箱をヨルダに見せた。
中には、手のひらにすっぽり収まる大きさの丸い黒い石が入っている。とにかく真っ黒。
「な?珍しいよな、この色」
リュークも興味津津で石を見つめている。
精霊石の色は様々だが、普通は煌びやかな華やかな色や、逆に淡い色などであることが多い。紫や碧や赤や青、ピンクや白などなど。
真っ黒は初めて見た。
「どうじゃろう?精霊様は居られそうかの?」
「ヨルダ、見てやってくれ」
3人から期待のこもった目を向けられ、ヨルダはそっと石を手にとった。
両手で包みこむようにしながら、右耳にあて、目を閉じた。
こうすると中の精霊の笑い声や息遣いが聞えたり、鼓動が聞えたりする。精霊によって様々だけれど、いることがわかるのだ。
精霊をこうして感じることができるヨルダにしか、わからないが。
「……」
「どうじゃ?」
「だめか?」
「……いる、かな……」
「おお!」
「どんな!?」
「ちょっと待って……まだ……」
(何も聞こえないけれど、なんだか暖かい感じがする。
だから、いるみたいだけど。なんだろう、何か違和感が……)
いつになく存在が掴みにくくて、ヨルダはさらに集中しようと眉根をよせた。
が、だんだんと、石の熱が上がってきたような気がする。
(なにこれ。熱くなって……熱っ!!)
触れないほどになり、思わず石を取り落としてしまった瞬間。
その時―――
「うわああっ」
「うっ……!!」
「ぐあっ」
黒い石から、目が眩むほどの閃光がほとばしった。
はじめまして。
お付き合い頂きありがとうございます!
拙い物語ですが、楽しんで頂けるよう、がんばっていきます。
ご意見、ご感想等、お待ちしております。