秀才と名高い王太子の拗らせ初恋〜本命は婚約者の妹です!〜
「殿下、本日のファーストダンスは是非わたくしと・・・」
「いえ、是非わたくしと・・・」
着飾った令嬢たちに囲まれ身動きが取れずにいるそのお方こそ
この国の王太子アルバート。
【秀才】
この言葉がこの国で最も相応しいお方。
「ごめんね、このあと公務が残っているんだ、
僕はここで失礼するけれど、夜会を楽しんでいってね。」
小さく笑みを見せながら、愛想を振り撒き、側近のアネスを引き連れ会場を去っていく。
「アネス、
何度も言うが私は人が集まる夜会が嫌いなんだよ。
疲れた・・・今日はもう休む。」
「殿下、今日のパーティーは王妃候補探しが目的です。
何度も言いますけど、王命で開催した大事な夜会ですよ!
私はどう陛下にご報告すれば・・・」
自室に向かうアルバートを追いかけながら、青い顔をしたアネスの額に汗が流れた。
その汗が目に入りそうになったその瞬間、アネスが目を閉じた。
その一瞬を見逃さなかったアルバートはすぐに転移魔法を使った。
次にアネスが目を開けた時には、青白い光が消えかかっていた。
「!?殿下ーーーーーーっ!!!はぁ・・・」
アネスの大きなため息が廊下に響いた。
*
転移先はもちろんイリスのもと。
イリスのもとといっても、イリスのことが視界に入る場所。
『イリス、愛しているよ。
ずっと、ずっと、君だけなんだ。』
アルバートがイリスを見つめる。
そこはアーモルト公爵家の敷地内。
大きなどんぐりの木の枝に腰をおろし、窓辺で本を読むイリスを見つめる。
イリスはアーモルト公爵家の次女。
赤に近いブラウンの長い髪は風になびき、月光を受けるその瞳はキラキラと輝く。
アルバートはこんな生活をかれこれ4年も続けている。
*
遡ること5年前ーーーーー。
国内トップの王立学園に通っていた秀才アルバートが一目おく令嬢がいた。
それがマリーナ。
アーモルト公爵家長女である。
彼女は快活で、聡明。学園でも周囲からの信頼も厚く、身分も高貴。
その上絶世の美女ときた。大きな青い目に見つめられると誰もが虜になる。
彼女は学園のアイドルであり、みんなの憧れであった。
このことは学園内にとどまらず、国内外も周知されているほどだった。
「マリーナ、昨日、君の魔法学の論文を読んだよ。
発想が面白くて何度も読み返してしまったよ。素晴らしいね。」
「あら、アルバートが私を褒めるなんて珍しいわね。」
気の合う関係だというのは表情や会話からも明白だったし、
2人が並ぶととても絵になった。
秀才かつ輝かしい見た目を併せ持つアルバートをしたう令嬢は多かったが、
マリーナという存在が一歩を踏み出させなかった。
そのことをアルバートの父、国王はもちろん把握していた。
だからこそ、2人の婚約は早々に決まったのだ。
2人の知らぬところでーーー。
「父上、聞いておりません!私の婚約相手がマリーナだなんて!!
確かにマリーナは国妃に相応しい素質を持っております。
家柄も申し分ない!ですが・・・」
「アルバート、何が不満なんだ!
お前もあの令嬢のことを気に入っているんだろ!?
週に何度もアーモルト公爵家へも足を運んでいるのに、なぜ嫌がるのだ!」
「・・・それは・・・」
言葉に詰まった。
「話は以上だ!」
国王アルバートの父は立て込む公務のため、席を立った。
言葉に詰まってしまう自分の意気地のなさに、自分の手を強く握りしめる。
アルバートはすぐさまアーモルト公爵家へ馬車を走らせた。
「マリーナ、すまない。」
アーモルト家の応接室に通されたアルバートはマリーナに会うなり、すぐに頭を下げた。
「アルバート、どうするのよ!!!
あなたがトロトロしてるからこんなことになったのよ!
どうしてもイリスと恋仲になりたいというから、協力していたのに!!!」
そう、アルバートはマリーナの妹【イリス】に恋心を抱いていたのだ。
「あーーーーーーどうしたらいんだよ、
初めてあったその日にイリスに一目惚れして、やっと挨拶を交わせるようになったばかりなのに・・・」
「どうもこうもないわよ!!ヘタレ王子!!
私は一生結婚する予定はないの!
このまま学園に残って、魔法学の研究を続けるんだから!
それを王族の力で後押ししてくれるっていうから協力していたのに!!」
「ごめんってば。なんとかするからぁ
・・・
ところで、今日、イリスは?」
こんな状況でもイリスの様子が気になるアルバート。
ソワソワキョロキョロしているアルバートに苛立ちMAXのマリーナ。
鬼の形相とはこのことだ。
そこへ・・・
ーーーコンコンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼いたします。」
イリスだった。
《今日も可愛いすぎる〜
薄ピンクのドレスがよく似合う。。。》
アルバートがイリスに見惚れながら、顔がほんのりピンクがかった時、
「この度はご婚約おめでとうございます。
殿下、お姉様のこと、どうかよろしくお願いたします。」
丁寧なお辞儀と共にイリスが軽く微笑んだ。
自分に話しかけてくれたという事実に夢見心地だったアルバートは
「あ、あぁ」
となんとも弱弱しく返事をした。
秀才アルバートはヘタレっぷりをここでも発揮した。
その様子を見かねたマリーナが言った。
「私、少し席を外すわね、
イリス、アルバートのお相手をお願い。」
そういって、部屋を出た。
少し困惑した様子のイリスを見て、
自分がしっかりしないと!と我に返ったアルバートは、
「一緒に、あの、、、お茶でもどうかな、」
とぎこちなく誘った。
その顔は必死で、イリスを見るでもなく、部屋の隅の方に目線を合わせていた。
初恋は彼の秀才さを一掃してしまう。
「お茶でございますね、今ご用意しますね。」
イリスがお茶を用意してくれる・・・この上ない幸せな瞬間を噛み締めていた。
《いや、今はそれどころではない。きちんと伝えるんだ。
マリーナではなく、イリスに好意を抱いていることを。》
アルバートは決意した。
「イリス、僕にもお茶の準備を手伝わせてくれないか?」
「殿下にそのようなことは・・・」
「頼むよ」
少し寂しそうな顔でお願いされ、
イリスは「では・・・一緒に」と折れた。
2人とも目は合わせないものの、部屋に並べてある茶葉を一緒に選び、
緊張で震える手のせいでたどたどしくお湯を注ぎ、
少し蒸らしてから、カップへゆっくりとお茶を注いだ。
「うん、うまい。とっても美味しいよ!イリス。」
「はい、殿下。」
2人の目がやっと合った。
アルバートは天にも昇る想いだった。
イリスとの初めての共同作業に胸の高鳴りが止まらない。
顔が緩むのを必死に堪えながら、
時折、顔を逸らし、自分の中に微かに残る冷静さを求めた。
そして、軽く咳払いをした後、アルバートが意を決して話し始めた。
「イリス、話があるんだ」
「はい、殿下。」
「僕は、初めて出逢ったあの日から、あの、、、一目惚れで・・・
えっと・・・なんというか、頭から離れなくて、
それで、あの、、、大好きなんだ・・・」
「はい、殿下。」
「えっと・・・伝わってる?」
表情ひとつ変えないイリスに困惑するアルバート。
「はい、殿下。」
「えっと・・?」
アルバートがイリスの表情を読み取ろうと顔を近づけようとしたその時、
「お姉様もきっと喜びますわ。
殿下にそんなにお慕いただけるなんて、姉は幸せものです。」
《!?イリスに僕の想いが伝わってない!?》
「あ、あの・・・」
これはイリスへの気持ちなんだよ!と伝えようと椅子から立ちあがったところで、
アーモルト公爵、つまり、イリスの父が部屋に入ってきた。
「殿下!!!
この度は、うちのマリーナとの婚約、ありがたき名誉をありがとうございます!!
つきましては今後のお話を詰めていければと思っておりまして・・・」
と、書類をテーブルに広げ始めた。
父の入室と同時にイリスは立ち上がり、綺麗なお辞儀を見せたかと思うと、
そうそうに部屋から立ち去った。
「あ、あぁ・・・」
アルバートは言葉にならない言葉を発しながら、腰を下ろしイリスの後ろ姿を遠い目で追った。
もちろんここから先、公爵の話など全く頭に入ってこなかった。
*
翌年ーーーーー。
相変わらずの状況が続く中、マリーナが快挙を成し遂げた。
世界魔法学研究賞を受賞したのだ。
全世界でトップクラスの学者と認められた証だ。
もちろんこのことは国王も大喜びで、すぐにマリーナを王城へ招いた。
「マリーナ、おめでとう!
君の研究を国をあげて支援したい。
引き続き、たゆまぬ努力を忘れるでないぞ!」
国王はマリーナをたたえた。
「ありがとうございます。
これからも学者として、国のために、国王様のために、精進いたします。
つきましては、アルバート殿下との婚約について・・・」
そこまで話しかけたところで、アルバートが前に出て声を上げた。
「父上、マリーナとの婚約を白紙に戻していただけませんか?
彼女は世界を代表する学者。王妃との両立は無理かと。
マリーナもそれをのぞんでいるんだろ?」
そういうとアルバートは横に立つマリーナに目を向けた。
「はい、その通りでございます。」
マリーナが強い眼差しで答えた。
「ふむ・・・だが、マリーナの魔力はアルバートに匹敵する。
ここで手放すのは・・・」
最初は腕組みし、頑なに拒否していた国王も、
強い意志を持つ2人の考えに最後は渋々納得してくれた。
*
「アルバート、ありがとうね、
国王への進言を後押ししてくれて。
私から婚約破棄を申し出ていたら、お父様や家の者にも迷惑をかけてしまうところだったわ。」
「いや、僕の方こそ、きっかけをありがとうだよ、マリーナ。」
「そうね、秀才と名高い王太子が、まさか恋愛についてはこんなにも残念だなんてね。」
「返す言葉もないよ」
そう言って天井を見つめるアルバート。
マリーナはアルバートとのたわいない会話を楽しんだ後、すぐに魔法学の聖地、隣国へと留学していった。
*
数日後ーーー。
《今日こそは・・・!》
と意気込んで、アーモルト公爵家の門の前で立ちすくむアルバート。
イリスに今日こそは気持ちを伝えるのだと、公務を巻きで終わらせ、
マリーナの元に馬を走らせた・・・はいいのだが、
訪問理由について事前に考えるのを忘れていた。アルバートの恋愛経験のなさがここにも立ちはだかる。
マリーナという口実が無くなった今、理由もなく訪問することはできない。
《そうだ!まずはイリスが今どうしているか確認してみよう!》
イリスを直視していない状況だとどうも積極的になれるアルバート。
すぐに転移魔法を使い、イリスの部屋のバルコニーへ。
もはや不審者と疑われても仕方ない行動だが、初恋というのは厄介で、そんなことお構いなしの様子。
《急に声をかけると、イリスを驚かせてしまうかな?》
そう考えたアルバートは透明化魔法を自分にかけた。
転移魔法に透明化魔法・・・どれも高位魔法のため、
国の有事の際に緊急招集される魔法学者数名のみが使用できるレベルのものである。
その上、体力と魔力を大量に消費してしまうため、安易に使用できない。
この国トップクラスの学者さえ、一度使うと数か月の療養が必要なほどだ。
けれどもアルバートは、いとも簡単にやってのける。自分の恋路のためなら尚更だ。
透明化魔法を施したアルバートは、早速窓からイリスの部屋をのぞいた。
『あっ♪ イリス!』
イリスを見つけるや否や、声が弾む。
だが、部屋でアーモルト公爵夫妻の前に立つイリスに目には涙が浮かんでいた。
『イリス?!』
アルバートは無意識のうちに透明化魔法を強化した。
透明化魔法は通常、視覚的効果と聴覚的効果のみに発動する。
つまり、透明化魔法を施した状態だと、周りから認識することはできないし、
発した言葉も周りには聞こえない。
それに加え、透明化魔法を強化すると、壁や窓をすり抜けることができる。
つまり、鍵のかかったドアさえもすり抜けることができるのだ。
イリスの元へすぐにでも駆け寄りたい、そんな想いが無意識の強化へとつながった。
こうなったアルバートをもう誰も止められなかった。
「イリス、あなたのためよ。
淑女教育は貴族令嬢の必須教育なの。」
イリスの母、公爵夫人が優しくイリスに話しかけている。
「そうだよ。イリス。
マリーナ同様にお前もやればできる子だよ。もう少し頑張ってみようよ!
来年には16歳。縁談を取りまとめる必要があるんだ。
マリーナが自分の幸せを見つけたように、
イリスにも自分から幸せを見つける一歩を踏み出してほしい。」
公爵も娘を愛おしそうに見つめながら諭すようにイリスの頭を優しく撫でた。
「お父様もお母様もわかっていないわ!!
私は淑女教育に向いていないの!!
どうしたって、うまくできないんだもの!!」
ポロポロと涙を流しながらイリスは父の手を振り払った。
その時、イリスの強い言葉で静まり返る部屋に、急に夜風が吹きこんだ。
アルバートがバルコニーの戸をそっと開けたのだ。
秋の夜風はひんやりと冷たいけれど、どこか澄んでいて、心地よかった。
アルバートは知っていた。秋の夜風は元気をくれることを。
風がイリスの濡れた頬に触れた。
夜風に誘われるようにイリスはバルコニーへ出て
「・・・綺麗ね」
と小さく呟いた。
見上げると、黄色い満月がいつもより大きく輝いていた。
イリスはポケットからキラキラ光る【どんぐり】を1つ取り出して、
バルコニーの小さなテーブルの上にそっと置いた。
月に照らされるイリス横顔をアルバートは愛おしそうに隣で見つめていた。
少し寂しげで儚げな顔はとても美しく、目が離せなかった。
「そうね、今日のお月様はとても綺麗ね。
さぁ、イリス、冷えるからお部屋に入りましょ。」
夫人に肩を抱かれ、イリスは部屋に入っていった。
バルコニーに1人残されたアルバートはイリスが置いていったどんぐりを手に取り、月にかざした。
どんぐりが月の光に反射してキラキラと輝く色は、アルバートの銀髪が月夜に反射する色によく似ていた。
*
翌日ーーーーー。
「アネス!アネスはいるか?アネスー!!」
「なんですか!?そんな大きな声を出して!」
アネスが慌ててアルバートの元へ駆け寄る。
「今日の公務はもう終わった。
これからは、朝9時までには全ての公務をおわらせる。
前日までに執務室に書類をおいておくように!!」
アルバートの勢いに圧倒されたアネスは
「御意!」
と力強く、そして臣下らしく返事をした。
「それから!!」
アルバートは続けた。
「はい、いかがされましたか?!」
アネスも背筋を伸ばす。
「朝9時から夕方5時までの私の行動には今後いっさい口出しをするな!」
アルバートが耳を赤くしながら、でも威厳は保ちながら、アネスに命令した。
「?! ぎょ、御意・・・?」
アネスは首を傾げながらも勢いで承知した。
*
ーアーモルト公爵家にてー
「イリス様、流石にそろそろ淑女の歩き方はマスターしていただかないと・・・」
言いにくそうに、でも家庭教師としては言わねばならぬことなのでと言わんばかりに、
きまづそうにイリスに助言する。
「は、はい・・・」
しょんぼりしながらも返事をするイリス。
「では、もう一度この本を頭の上に乗せて、まっすぐ歩いて見ましょう。」
家庭教師が優しく促した。
しかし・・・
ーーーードサッーーーー
本はすぐにイリスの頭から落ちてしまう。
一歩進めればいいほうだ。
『イ・・・イリス。
なんて今日も愛らしいんだ。』
ーーーそう、アルバートはイリスの淑女教育を一部始終見守ることに決めたのだ。
もちろん得意の魔法を存分に使って、誰にも気づかれないように。
透明化魔法のお陰で、心の声を胸にしまって置かずに済むため、
イリスへの想いを存分に口から溢れさせる。
「や、やっぱり私にはできないです・・・」
泣き出しそうなイリスに家庭教師が、
「もう一度、やってみましょう!ね!」
と笑顔で励ます。
『イリス、僕はいつも君の味方だよ。愛してる。』
アルバートは透明化魔法をいいことに、イリスの耳元で囁く。
囁いた瞬間、イリスの頭の上の本が落ちそうになったが、
アルバートがそっと支えて、頭に乗せ直した。
「で、できましたわ!」
見事に頭から本を落とすことなく、姿勢を保ちながら真っ直ぐに歩くことができたイリスは
顔を赤らめながら嬉しそうにいった。そしてすぐに少し俯いた。
その照れた顔は喜びを隠しきれていなかった。
その姿に満足げなアルバート。
『イリスったら可愛すぎるよ〜
あんなに喜んで・・・もうサイコーかよ』
こんな感想のイリスの至近距離で言ってのける。
ここでもやはり透明化魔法がアルバートを積極的にさせる。
その後ももちろんアルバートはイリスの淑女教育をサポートし続けた。
ダンスの練習の時は転びそうになったイリスをしっかり支えてあげたし、
歴史の授業もテストに出そうなページを常に開き直してあげた。
いつも一生懸命なイリスの姿を見ては、惚れ直す日々。
ある日のピアノのお稽古の時には、
『イリス、ここは指を柔らかくして鍵盤を押すと滑らかなメロディーになるんだよ』
そう言って、ピアノを弾くイリスの横にベッタリくっつき自分の手を添え、
アルバートは満足げに微笑んた。
また、ある日のお茶会の練習の時には、
「あっ」
イリスがうっかり落としてしまいそうになったクッキーをキャッチし、
『イリス、はい、 あ〜ん てして♪』
とイリスの口に運んであげた。
『まるで恋人みたい!!』
と透明化をいいことに、顔を赤くしてはしゃいでしまうアルバート。
アルバートは自分のサポートがどんどんエスカレートしているという自覚はあるのだが、どうにも止められない。
イリスは淑女としての振る舞いがうまくいけばいくほど、顔を赤らめて嬉しそうにはにかむ。
その様子がいじらしくてたまらないのだ。
*
4年後ーーー。
淑女教育の成果はイリスへの縁談の申込数として顕著に表われた。
巷ではイリス嬢がどの貴族からの婚約を承諾するか噂されるほどだった。
「アネス!!! どうなってるんだ!!!」
怒り狂うアルバートがアネスを怒鳴りつけた。
「いや、だから、王命なんですって!!
流石にここ4年も婚約者不在はまずいですって。」
アルバートを宥めようとアネスが必死に説明する。
「だとしても!王妃候補を見つけ出すために夜会なんて・・・。」
アルバートは納得がいかない。
「でも、参加予定の令嬢リストに目をしっかり通されていたではありませんか!?」
アネスの言うことにも一理ある。
アルバートは何枚にも渡る夜会参加令嬢のリストを昨晩から何度も見返した。
握りしめるリストはもうくしゃくしゃになっている。
「で、でも・・・」
そう、イリスの名前がどこをどう探してもリストに載っていなかったのだ。
元婚約者の妹の名前を載せるのは配慮に欠けるのでは、、、との大臣たちの気遣いがこのリストに盛り込まれているのだろう。
そもそも自分が蒔いた種。
アルバートは自業自得の状況に行き場のない気持ちに耐えるしかなかった。
「あ、そうそう。マリーナ様の妹殿も婚約が決まりそうらしいですよ。」
アネスが夜会の準備資料に目を落としながら、雑談のように重要な話題を出した。
「は???!なんで!!?」
アルバートが目を丸くしてアネスに迫る。
「え?だって、年頃ですし。
最近綺麗になったとか、淑女としても気品があるとか。
先日、友人主催の夜会に参加したら、偶然イリス嬢がいらして、
もちろん私もご挨拶したのですが、それはもうお美しくて、見惚れましたよ。
私なんかじゃ相手にされませんけど、やっぱり気になりますよね、婚約相手。」
アネスが先日の夜会のイリスの姿を思い出し、少し顔を赤らめながら話し出す。
アルバートは思考が停止し、硬直した。
この4年、毎日のように一緒に過ごしていたのに・・・
恋人のように過ごしていたのに・・・
全ては透明化魔法により自己満足で初恋を拗らせていたのだと
アルバートはやっと自覚した。
*
夜会当日ーーー。
《イリスのいない夜会なんて、なんの意味もない。
誰かにイリスを取られてしまうなんて想像しただけで虫唾がはしる。
もっと早く、イリスに気持ちを伝えていれば・・・》
イライラを募らせたアルバートは
妃候補の令嬢たちとのファーストダンスを前に会場を後にした。
ーーーーーイリスに会いたいーーーーー
その気持ちだけに従い、アネスの一瞬の隙をついて転移魔法を使った。
そして今、アーモルト公爵家の敷地内にある大きなどんぐりの木の枝に腰をおろし、
窓辺で本を読むイリスを見つめている。
『イリス、愛しているよ。
ずっと、ずっと、君だけなんだ。』
透明化魔法をいいことにアルバートは人生で一番大きな声で叫んだ。
今までの意気地のない自分を打ち消したい想いがそうさせた。
その時、風がピューと吹いて、イリスの長い髪を揺らした。
イリスの目線は本から満月に向いた。
そして、満月からアルバートへ移った。
ーーー??ーーー
アルバートはイリスの視線が自分の方向に向けられていることに驚いた。
もちろん透明化魔法はしっかり施されている。
声も姿も彼女には聞こえないし、見えないはずだ。
アルバートの困惑が冷めやらぬ間に、
「アルバート様、大好き!!」
満面の笑みでイリスが、窓から身を乗り出し、淑女らしからぬ大きな声で叫んだ。
そして、アルバートの方へ大きく手を振っている。
ーーーどういうことだ??ーーー
動揺が止まらない最中、アルバートの横に気配が。
「アルバート、久しぶり」
「マ、マリーナ!?」
「さ、イリスのところへ行こっか!」
マリーナが転移魔法でアルバートをイリスの部屋へ連れて行った。
「こ、これは??」
脳内の混乱が魔力の不安定さを生み出し、
イリスの部屋に着くと同時にアルバートの透明化魔法は解かれた。
動揺と同時に、目の前のイリスに顔を赤らめるアルバート。
イリスの方も顔を赤くして、アルバートを見つめたり、目をそらしたりと、
2人ともソワソワしてしまい、会話が先に進まない。
それをみかねたマリーナが話し始めた。
「私も暇じゃないの!だからごめんなさいね、私から説明させて。
アルバート、全てイリスは把握済みなのよ。」
「え?」
アルバートの混乱は増すばかり。
「だから、あなたが今までしたことを」
「え?」
アルバートの混乱はおさまらない。
「お姉様、ここからは私が。」
イリスはドレスの裾を握りしめながら、意を決して話し始めた。
「アルバート様、私も少しですが、魔法が使えますの。
もちろん、魔力はそこまで強くないので、
自分に対して意図がある魔法だけなんですけど・・・
えっと、高位魔法を無効化・・・できます・・・。」
少し気まずそうに、勇気を振り絞るような小さめの声で。
「ということは・・・
僕がこの何年もの間、毎日のように君のもとに通っていたことも?」
アルバートは信じられないと言わんばかりに目を丸くしてイリスに近づき、
イリスの表情と共に感情を読み取ろうとした。
こくりと頷くイリス。そして続けた。
「はい。いつも私のそばで、私のために・・・」
あまりにアルバートが近づくので、イリスの顔は真っ赤だ。
妹のいじらしい恋路をサポートしたくて黙っていられなくなったマリーナが会話に割ってはいる。
「だから、アルバートの気持ちはもう4年も前から、イリスに伝わっていたってこと。
でもイリスはアルバートになんて切り出したらいいのかわからず、私に相談してきたってわけ!
わかった?
じゃあ、私は学会の準備があるから学園に戻るわね。
あとは 想い合う2人でごゆっくり〜^^」
そういうと、あっという間にマリーナは転移魔法で隣国へ戻って行った。
残された2人は、マリーナの【想い合う2人】という言葉に恥ずかしさが溢れて、
赤い顔を手で覆いながら、想い合う相手の顔を見れずにいた。
「あ、あの。」
イリスが顔を覆っていた手をゆっくりと下ろしながら、アルバートの方を見た。
「あ、あれ?アルバート様?」
アルバートは透明化魔法を使い、この場を切り抜けようとしていた。
真っ赤になった情けない顔を愛しのイリスに見せるのはカッコ悪い!と逃げたのだ。
しかし、4年もの歳月を透明化アルバートと過ごしたイリスにこの手は通じなかった。
「アルバート様、そちらですね。」
と透明化したアルバートが座っている部屋の隅にあるソファーの方へ足を進めるイリス。
『!?イリス!!イリスが近づいてくる!!
やっぱり見えているのか、僕が!!』
透明化魔法を施して発する言葉もイリスにはしっかり聞こえている。
透明化中は心の声を口から出しても大丈夫!という4年で培われた習慣は突然治るわけもなく、
アルバートの心はイリスに筒抜けだ。
『このままヘタレ王太子のままではいられないよな。
よし。イリスに今日こそは言うぞ!
イリス、愛してる!!僕と結婚してください!!って』
そして、決意に満ちたアルバートが透明化を解いた瞬間、
イリスがアルバートに抱きついた。
「はい!喜んで!!」
抱きつかれたアルバートがバランスを崩しそうなったが、
根っこが【秀才王太子】なので、
しっかりイリスを抱き留め、そして立ち上がった。
そして、彼女にひざまづき、改めて言った。
「イリス、君を愛しているよ。
今までも、これからも、ずっとずっと。
どうか、僕の妃になってくれませんか?」
イリスも淑女らしく丁寧にお辞儀し、
「はい、殿下」
と愛らしく返事をした。
アルバートと手を取り合った2人は透明化魔法なしで語り始めた。
「この日をずっと待ち望んでおりました。
本当は初めて会った日から殿下をお慕いしていました。
幼い頃に淑女教育がうまくいっていない私が庭で泣いていた時、
殿下は落ちていたどんぐりを拾い上げ、高位魔法で結晶化してくださいました。
今宵は満月だから、月にかざすともっと綺麗に輝くよ、と。」
「あぁ、覚えているよ。僕も幼かったけれど、その時の嬉しそうな君の顔が忘れられなくてね。
一目惚れだったよ。ほら、これでしょ。」
アルバートが胸ポケットからあのどんぐりを取り出す。
バルコニーで手にした日からアルバートは胸ポケットにいつも忍ばせていた。
すると、イリスがあの頃の幼さを面影に大きな笑みでアルバートを見つめる。
アルバートはそのどんぐりを大事そうに胸ポケットにしまい、
愛おしそうに、イリスの頭を優しく撫でた。
「なのに!あんまりですわ!!
お姉様と殿下が婚約された時は、悲しすぎて、淑女教育をわざと真剣に取り組まなくなりましたのよ。」
「え?それで??」
確かにアーモルト公爵家のご令嬢が婚礼期手前であんなに淑女教育がダメダメだなんて、今思うと不自然だった。
「はい。ですが、お姉様が留学されてから、
毎日のように殿下がいらして、甘い言葉を耳元で囁いていかれるので・・・
もう一度きちんと淑女教育を頑張ってみようかなと・・・。
そしたらあれよあれよと殿下とは別の方との婚約が決まりそうになって・・・
いてもたってもいられず、お姉様に相談したのです・・・」
恥ずかしそうに殿下の袖をつまみながら、イリスがいじらしく言った。
イリスが上目遣いで、アルバートの顔を覗き込む。
殿下も何かおっしゃって?と言わんばかりに、どんどん顔を近づける。
「ん・・・ん・・・・」
こんな時なんて言えばいいのかわからないアルバートは口籠る。
ーーー悩み抜いたアルバートはまたもや魔法に頼った。ーーー
真っ赤な顔をしたアルバートが秋の夜風に勇気をもらい、
精一杯の言葉をイリスに捧げた。
「・・・・・これ・・・、月にかざしてみて」
今回は透明化魔法ではない。
結晶化魔法でもない。
アルバートは、転移魔法を使った。
〈王城の自室〉から〈自分の手元〉に。
10年前にイリスのために用意していた国宝級の婚約指輪をーーー。
最後まで読んでいただき、
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