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山茶花の落ちる頃

作者: アル・パカ
掲載日:2026/03/31

もはや名前も分からない彼女を世界が完全に忘れてしまう前に

 良い人生だったと思う。自分には勿体無いと思うほどの幸せを与えられた。

 

 病室の窓は開かれていて、春先の暖かな風が入り込んでいた。清潔に保たれた白いカーテンが揺れ、少しの花の香りが私の頬を撫でる。ベッドのすぐ横に置かれた心電図モニターが規則的な音を発していた。


 もうすぐ終わりだというのに、恐怖なんてものはちっとも感じなかった。不思議なほどにいつも通り。食事とか、睡眠とか、まるで毎日当たり前に繰り返してきたことのように、私は死を受け入れていた。


 ただ、全てが上手くいったという訳ではなかった。むしろただ一つ、強い心残りがあった。

 私は、自分が彼女から与えてもらっただけの事を彼女に返すことができなかった。こんなにも多くの事を貰ったのに、彼女には全てを貰ったとも言えるのに、私にはそれを返し切る事は叶わなかった。私は、それをするだけの存在にはなれなかった。



 幼い頃から私は独りぼっちだった。これは、私が特殊な人間だったからというのもあるが、一番の原因は私自身の人付き合いが苦手な性格だった。私は他人との間に無意識に壁を作ってしまいがちだった。


 私の特殊性はこの世界に存在する超自然のエネルギー、「魔力」と深い関係がある。世の中の大多数の人とは違い、私はこの魔力を扱える稀有な人間、即ち「能力者」だった。


 もちろん、特殊とは言え能力者だって一人の人間。無から生まれてくる訳なんてなくて、私にだって両親が()()

 私の能力、『山茶花(さざんか)』。この能力は「握手をした対象の夢を叶える」という強力な力だった。でも強力な能力には相応の代償があった。夢を叶えた後、その人は私の事をきれいさっぱり忘れてしまうのだ。そしてそれは記憶喪失なんて生易しいものではなく、私との記憶が無くても整合性が取れるよう、周囲にも影響するらしい。この能力によって、私の両親は私の事を忘れてしまった。

 

 両親が私を忘れたことで、両親の元には子供なんて存在しなかった事になった。つまり、私は両親が存在しない孤児となった。

 不幸中の幸いと言うべきか、この世界には魔力や能力なんてものがあるせいで孤児が少なくなく、たとえ身元が分からなくともその受け入れ態勢は充実していた。両親がいなくなってから程なくして、私もある孤児院で暮らすこととなった。

 

 ただ、前述の通り私は周りには馴染めなかった。途中から普通の小学校にも通ったけど、そこでもやっぱり独りだった。



 しかし、中学校に入ってからは違った。私にも初めて友達ができた。

 中野(なかの)(まい)。能力者ではない、普通の女の子だった。席が隣だった事で彼女から話しかけられたのが最初だった。


 殻に籠りがちな私とは対照的に、舞は明るくて、社交的で、愛嬌のある可愛い子だった。でもだからこそ、私は彼女と友達になれたのかもしれない。彼女の方からグイグイ来てくれなければ、きっとこうはならなかっただろう。


 彼女には、ある意味で能力者(わたし)よりも不思議な力があった。彼女は距離を縮めてくるけど、それは決して私を不快にさせるようなものではなかった。私が作り出した壁を、殻を、壊すことなく、ヒビ一つ入れることなく透過してくるみたいな、そんな力。彼女は私の初めての友達で、いつしか唯一の特別な存在になっていた。


 私と違って舞には友達が多かった。だってこんな私とも友達になってくれるくらいの良い子で、それでいてあらゆる人から好かれるような魅力的な子だったから。でもだからと言って、舞は私と疎遠になるなんてことはせずに、いつまでも友達の一人として接してくれていた。


 一緒にお喋りして、一緒にご飯を食べて、そんな普通の学校生活を送った。私が欲しかった普通の生活。半ば無理だと諦めていたけど、舞はいとも簡単にそれを与えてくれた。そんな中で、私は舞と離れたく無いと思うようになっていた。


 だから、勉強もすごく頑張った。舞は頭もよくて、県内でもトップの進学校を受験することになっていた。舞は必ずそこに受かるけど、私はどうかわからない。むしろ、私は勉強は少し苦手な方だった。でも絶対に舞と同じ高校に行きたかった。だから死に物狂いで勉強した。


 その甲斐あって、無事私は舞と同じ高校に合格できた。ギリギリだったけど、そんな事はどうでもよかった。私の中学からその高校には、私と舞を含めて数人しか受からなかった。――正直、私は少しだけ嬉しかった。落ちた子や諦めてしまった子がいる中でそんな思いを抱くのはどうかと思ったけど、それは紛れもなく私の本心だった。出身が同じ子が少なければ、私が舞と居られる時間は増えるかもしれない。そんな期待に胸を躍らせて入学した。


 しかしその期待とは裏腹に、残念ながら私は舞と別のクラスになってしまった。私は友達作りが大の苦手だったし、新しく仲良くなることは断念して舞の元を訪ねることにした。


 私が舞のいる教室を覗くと、舞は既に周りの子と仲良く話していた。その時、私の胸はモヤっとしたけど、すぐにそれもそうか、とも思った。そもそも、中学の時だって舞は同じように私と仲良くなってくれたのだから。

 胸の中で燻る思いの一方で、舞が楽しそうにお喋りする姿に見惚れ、微笑む私がいたのに気付いた。

 でも舞は、そんな私の姿を発見すると、すぐに大きく手を振った。周りの子達に断ってから、私の方へと駆け出してきた。

 普通に考えたら、出身が同じ友達がいたら、それくらいの事はしても何らおかしくない。けれど、私にとってはそれが何より嬉しかった。



 そんな平凡で幸福な日々も突然変わってしまった。

 高校入学から一年以上が経ったある日、舞は病気になった。それもかなり重く、そして珍しい難病で、舞はすぐに大きな病院に入院することになった。

 

 私は何度もお見舞いに行った。でもやっぱり舞には友達が多いから、高校の子たちや、中学以前の知り合いも多く来ていて、タイミングが被ってしまって引き返す事も多かった。でも私は何度も何度も舞の元を訪れた。無駄足に終わっても、どんなに短い時間だとしても、舞と話がしたくて何度も訪れた。


 舞とは何度か話すことができた。ほかの人たちが置いていったであろうお見舞いの品を横目に、舞の寝るベッドの横まで行って、話をした。必死に勉強して入った高校の勉強もあまり身にならず、病室で舞と話すことだけが私の楽しみになっていた。


 元気そうに振舞っていたけど、さすがの舞でも体調の悪化は隠しきれていなかった。以前よりも痩せていたし、咳をする頻度も明らかに多くなっていた。それでも舞は、私を、いや私達を安心させるために、できる限り振舞ってみせていた。



 舞の体調が本格的にまずい事を、何度目かも忘れた訪問時に病院の人から教えてもらった。


 不安が病室に向かう私の足取りを速めた。でも扉の前に立った時、一番不安なのは舞自身だと思って、私の不安は隠そうと決めた。深呼吸して、なるべくいつも通りの手付きで扉を開け、いつも通りの速さで舞のベッドの側へと歩いた。

 でもやっぱり舞の方が上手で、私を安心させるような優しい口調で、重病人とは思えないような穏やかな口調で「大丈夫だよ」と言ってきた。私が何か言う前に、開口一番に。私は舞には敵わないと思い知らされた。またしても、私の心は舞に救われてしまった。



 舞の病状はさらに悪化していて、面会できる日も制限されてきたけど、対して私は毎日のように病院まで足を運んだ。

 高3になる前の春頃、さらに数回の訪問を経たある日だった。その日はたまたま舞の体調も良くて、比較的長めに話す時間を取ることができた。

 

「舞はさ、何かやりたい事とかある?夢っていうか」


 口をついて出た私の質問に、舞は少し困ったような顔をした。それもそうだろう。舞自身も体調が回復することを信じ切れていないのに、こんな勝手な質問をされたのだから。でもそこで嫌そうな顔は決してせず、すぐに真剣に答えようとしてくれる人の良さが、舞の良いところで、私が大好きなところ。


「夢、夢かあ。うーん、そうだなあ。今はさ、元気になって、もう一回学校に行ってみたいかな。また友達と皆で一緒に授業受けるの。アハハ、これは夢じゃないか」


 頬は痩せてしまっていたけれど、えへへと笑う顔はあの頃の無邪気さがそのまま残っていて、可愛かった。私の大好きな笑顔。


 舞のやりたい事。夢。もう一度、あの頃のように元気になること。生きたいという夢が、舞にはまだあった。その夢を聞き出せた時、高校に入ったときと同じように、私はやっぱり少しだけ複雑な思いを抱いた。


 舞が生きたいと思う理由は、言われるまでもなく分かっていた。舞には友達が多い。私にとって舞は唯一の友達で、大好きな人だったけど、舞にとって私は数多くいる友達の一人。舞には、私以上に仲の良い人たちがいっぱいいるし、舞をよりたくさん笑わせられるのは、私の大好きな笑顔にしてあげられるのは私ではなく彼らだということも分かっていた。


 私は、舞の特別にはなれなかったという事を十分に理解していた。私にとっての特別は舞だったのに。舞が思い浮かべる友達は大勢いて、私はその中の、少し端の方にいる一人でしかない。私は舞にとっての一番ではないし、舞を一番幸せにするのは私じゃない誰かなんだ。


 でもね、それでもよかったんだ。だって舞は私の特別な人だから。私は、舞の事が大好きだったから。舞が幸せならそれでいい。私にとって一番の幸せは、舞が幸せであることなんだ。私は、舞に幸せに生きてほしい。

 

「ううん、立派な夢だよ」


 私は舞の生きたいという願いを、夢として肯定した。そう、「夢」。これで、私に宿った能力によって舞は生きることができる。


 この能力のせいで散々な目に遭ってきたけど、今となってはあってよかったと心の底から思う。それも全部、舞のおかげ。舞のおかげで、私の人生は劇的に変わった。こんな生活が送れるだなんて、夢にも思わなかった。舞が、私に全てを与えてくれて、私にとっては、舞が全てだったの。


 この能力のデメリットは実はもう一つあって、それは命に関わる回復はできないってこと。でもできないっていうのは、代わりに私が死んでしまうから。逆に言えば、この能力を使えば、私が舞の代わりになってあげられる。


 私が身代わりになったなんて知ったら、きっと舞は悲しんでくれると思う。舞は優しいから。でもその点は心配いらない。私に関する記憶はすっかり消える。私が舞を悲しませることはない。


「ねえ舞、ちょっと手、出して」

「えー何するの?」

「握手。おまじないだよ。舞の夢が叶うように」


 大丈夫。舞はこれですっかり元通りになるよ。これから先も病気になることなんて一切なく、生きていけるんだ。それとごめんね。私にはこれくらいしかしてあげられなかった。舞は私に全てをくれたのに、私が舞にできた事はこれだけ。

 

 じゃあね、ありがとう。元気でね。舞が幸せであることを心から願ってるよ。


 そうして、とびきりの愛と感謝と、一抹の心残りとともに、私は舞の手を握った。

 

激重感情が好きです!

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