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できない受験、行けちゃう世界

だるい。とにかくだるい。

身体の節々は痛むし、喉がやられているせいでまともに声も出ない。

鼻水や咳は控えめなのが幸いだ。でもとにかくだるい。

脇の方から体温計の音が聞こえる。


「……39.2度」


この歳になってこの数字は一種の恐怖である。


「もうやだ本当……」


泣き言の一つも言いたくなる。

今日は大学の試験当日だ。つまりそんな日に風邪を拗らせて寝込んでいる。

何を言いたいかは分かるだろう。


「なんで、こうなるんだよ……」


ただでさえ足りない頭を補うために勉強をしてきたのに、その目標の前で見事にずっこけた。

今までの努力は全て水の泡。何のために勉強してきたんだという話だ。


「寝よう」


こんな時は寝るに限る。体調快復の為にも、そして精神的にも……。


* * * * * * * * * *


夢を見た。

晴れ渡る青空。風が吹き、草原の草がなびいている。

地平線の端まで一面の緑と青。緩やかな丘こそあれど、ここには何もない。

ただ一人、自分だけが立っている。


いつもの夢だ。


最近よく見るようになった夢だ。何がある訳でもなく、ただ草原と青空が広がる世界。

でも不思議と落ち着く……どこか懐かしい雰囲気があるのだ。

その理由は分からない。でも、確かにそう感じる。


草原をあてもなく歩く。

夢だからなのだろうか、どれだけ歩いても疲れることはなく、どこまでも歩いて行ける。

しばらく草原を歩き、いくつか丘を越えたところで変化がある。

そこに一人の少女が立っている。

白い服と白い帽子。青空のような色の長い髪を風で揺らす少女がいる。


いつも通りだった。


この夢を見るようになってから一切変わらない展開。夢にしては現実的な感覚と全く記憶のない風景。

なぜこのような夢を見るのか皆目見当もつかないが、何度も見るうちに分かったことがある。

自分の目の前にいる少女の顔を見ようとすると夢から覚めるということだ。

どのような方法でも、その顔を認識する前に必ず夢から覚める。

走り寄ろうが、忍び寄ろうが、夢から覚める。

いつしか小細工なしに後ろから声をかけるようになった。

何度もその少女を見るうちに、いつしか愛おしく感じるようになってしまったからだ。その振り向くさまが綺麗だとも思っている。

まるで恋をしているような感覚だ……顔さえ知らず、会話もしたことがないというのに。


「(熱でやられた……訳じゃないのがなぁ)」


この夢は体調を崩す前から見始めたものだ。決して頭がおかしくなったとかではない。

とにかく、この夢から覚めるには彼女に振り向いてもらわねばならない。

いつも通り近づいて、声をかけるだけだ……そこで明らかな違和感を覚えた。


「(なんか、重い)」


彼女に近づくにつれて少しづつ体が重くなっている気がする……いや、厳密には体を本当に動かしている感覚と言うべきだろう。いくら現実的な感覚があると言ってもそれには限度がある。いつもは体を動かしても、遠隔操作でもしている感覚に近かった。だがそれが、少女に近づくにつれて現実の体を動かしているような感覚へと変わっていく。少しづつ、動かしている体に感覚が馴染んでいく。

風の感触。地面の感触。自分の息づかい。心臓の鼓動……少しづつ繊細で鮮明になっていく。

こんなことは今まで一度もなかった。だからといって歩みを止めるわけにもいかない……最後にもう一度彼女と話したい。


「(……なんで最後にもう一度とか思った?)」


おかしい。なにかが違う。








「ん?」


やはり、いつもと違う。

いつもはこちらに背を向けているのだが、今回は初めから振り向いている。まるで来るのを待っていたかのようだ。

でも、顔は見えない(・・・・・・)。靄がかって認識できない。そこだけはいつも通り……いや、そもそも顔を見ようとするだけで夢から覚めていたのだから、顔が見えないと認識できている時点でおかしい。

そしてなにより、今まで以上に愛おしく感じる。これは恋ではない愛だ。なぜかそう確信できる。


「□□□」


何と言った? 自分の口からでた言葉であるのに分からない。


「また会えたね□□□」


言葉を返してきた。綺麗な声だ。でも、一部分が何と言っているか分からない。

でもそんなことお構いなしに夢は続く。


「□□□。また魔神が蘇ろうとしてる」

「そうか」

「本当は、□□□には静かに暮らしていてほしい。でも、わたし一人だと……」

「大丈夫だ。君の願いのためなら何度でも剣を振るうさ。気に病む必要はない」

「……ありがとう」


何だこれは。

少女と話しているのが誰だか分からなくなる。感覚はあるのに思考だけが切り離されているようだ。そして、今自分の体を動かしている何者かの意思だけが伝わってくる。愛おしさと焦燥感だ。


「だが、オレは既に死んでいる。今は残留思念のようなものだ」

「うん、分かってる」


自分の体を動かしているいるのは何者かの残留思念だそうだ。いや、まさかの憑依乗っ取りである。だが、少女からすると別に不思議な事でもないらしい。初対面の人間の体に知人の意識が入っているのにだ。いや、この雰囲気だと知人どころか恋人とかその類だろう。

随分と親しげなもんだから、それ以外考えられない。そんでもって俺のことは特に気に留めていないらしい。まあ、切り離されてるから当然と言えば当然だが、せめて身体の持ち主の事を思い出してほしいものだが、そのまましばらく会話に突入してしまった。


二人の会話は正直言って現実離れした内容だった。だが、不思議とそれが嘘でも妄想でもないことが分かる。まあ、残留思念から伝わってくる意思のせいでもあるのだろうが。

その会話から(聞き取れない言葉は無視するとして)いくつか分かったことがあった。

まず一つめは、想像通り、この二人はただならぬ関係であること。

恋人というより運命共同体のような感じだ。実際に一心同体とかのたまったので、そうとう深い関係であろう。

次に、およそ現世の人間では無いこと。

魔法とか魔神だとかのファンタジーな単語が頻繁に出てくる。それもどうやら、オレがその魔神を打ち滅ぼすことで世界の危機を救ったようだ。完全に勇者とか英雄とかそんな感じだ。なんだったら主人公だ。

三つめは、両者とも既に死んでいるということ。

オレは魔神との戦闘で相討ちに近い形で命を落としているとのこと。どこまで主人公だったんだ。

そして少女の方は、壊れかけの世界を戻すために自ら犠牲になったようだ。修繕するために世界に溶けたらしい。どっちにしろ死んだようなものだ。完全にバッドエンドだろこの二人。いや、世界とか物語的にはハッピーエンドだけど、主人公とヒロインどっちもロストはもうバッドエンドなのよ。

でも、オレは少女の為なら蘇る気満々だ。なんなら残留思念のくせに人の意識乗っ取って、こっちの思考だけ切り離してるのでとんでもない奴だ。

そんでもって最後に、その命と引き換えに倒した魔神が蘇りそうということ。

完全にバッドエンドじゃねえか。二人の犠牲が水の泡だよクソッタレ。そして、この夢に呼んだのはその魔神を倒してもらうためだったらしい。だが、ただの残留思念に過ぎないオレではどうしようもないとのことだそうだ。まあ、俺の身体使ってる時点で察してはいた。平々凡々な一般人の身体で魔神討伐とか無理難題が過ぎる。

こんな風に、ときどき重くて悲惨な話はあったものの、基本的には穏やかにほほ笑み(・・・・)ながらの会話だった。聞いているこっちが恥ずかしくなるぐらいには仲がいい。てか、何で俺が引っ付いてきたんだろう……完全に異物だろ。


「もうそろそろ時間だ。話せるのもここまでのようだ」

「本当に、最後のお別れだね」

「ああ。すまないがどうか頼んだぞ」

「うん、任せて。これでも今は□□なんだから」

「そうか……それじゃあ、本当にさよならだ」

「うん……ばいばい」


残留思念でしかないので時間に限りがあるらしい。まさしく最後の会話だったようだ。

既に分かっていたことのようで、悲しさという感情は伝わってこない。

少しづつ、身体が風に溶けていくかのように消えていく……ちょっと待て。

なんで俺の身体が消えてるの? 残留思念なオレが消えるんじゃないの? え、なに。乗っ取った身体ごと逝くってこと? 

突然の消滅イベントに動揺を隠せない。いや、身体の方は満足したような表情してるけども。

結局、思考だけが動揺しているうちに、完全に消滅する。そして、当然のように意識も消えた。




再び目が覚めると、青い空が広がっていた。


「青い、空」


そして徐々に先程のことを思い出していく。


「……生きてる。消えてない」


巻き込まれ事故ともいえる形で自分の身体が消滅した。まあ、今こうして身体があることから、無事ではあるのだろう。お騒がせイベントにも程がある。

オレと少女の会話については、結局、理解できなかった。表面的な内容に対して相槌うっていただけで、その本質は何一つ分かっていない。

自分があの少女とまるで恋人のような会話を繰り広げる光景も衝撃的だった。自分の声で全くの別人のような会話をするもんだから、むしろ映画でも見ている気分だった。

不明な点が多すぎて何から考えればいいか分からないが、今は自分の身体があることに安堵しておこう。

それはそうと、辺りを見回してみる。


「……ここ何処だ」


空は青く、地面は白い。まるで雲のようだ……いや、マジで雲だ。

草原にいたはずなのに、今度は雲のお布団で目が覚めたらしい。


「荒唐無稽にもほどがあんだろ!? さっきまで草原にいたんだぞ……いや、この場合、本来なら部屋の布団の上で目覚めないとおかしいのか」


どうやら、夢の中で気を失っていたらしい。明らかにおかしい。夢を見ているのに、夢の中で意識を失うってどういうことだ。まあ、自分の身体に誰かさんの残留思念が宿っていたので今更かもしれないが。

不思議な夢というだけなら、まだ妄想で話がつく。だが、これはあまりにも鮮明すぎる。荒唐無稽さであれば夢も似たようなものだろうが、自分ではない誰かの意思が存在した以上、これをただの夢だとは到底考えられない。何か手がかりでもないか探してみよう。


「どこまでも青い空と白い雲……ほんと何処だよここ」


少女の時のように、少し進めば何かあるかと思ったが何もない。あるのは雲と空だけだ。丘もなければ、景色も変わらない。本当に気が滅入る。いっそ、大声で歌ってやろうか。


「歌うにしても、なに歌うか……」


景色が変わらず、30分は経っただろうか。いよいよ耐えられなくなって、何を歌おうか考えていたところで、ようやく変化があった。だが、それはあまりにも不自然で、でも、むしろ夢らしい光景だった。


「なんだあれ」


進行方向のその先。立っている場所から100メートル程のところに扉がある。そう、扉だけだ。どこぞのひみつ道具のような様相である。とにかく、ようやく見つけた手がかりだ。駆け寄ってみる。

扉は金縁でそれ以外は真っ白な扉だった。西洋風の扉と言うと分かりやすい。扉の面に四角形がいくつかあるやつだ。


「……開けるか」


建物もないのに存在している不気味な扉。手がかり一つないのだから、もはや開ける以外の選択肢はない。恐怖はもちろんある。得体の知れないものであるのは変わらないのだ。だが、開けないことには埒が明かない。

意を決してドアノブを握る。

開け方は捻るだけだ。ゆっくりとドアノブを捻る。掴む手には普段よりも力が入る。手汗もにじんでくる。

ガチャっといかにもな音がした。扉をゆっくりと押し開ける。


「……部屋?」


そこは木製のテーブルと二組の椅子があるだけのい無味簡素な部屋だった。

壁や天井も見る限り木製だが何の木かなんてのは分からない。窓もあり、そこからは何故か草原が見える。先ほどまで真っ白な雲の上にいたのもあって、草の緑が普段より輝いて見える。いや、そもそも入ってきた場所から考えて見えているものがあきらかにおかしいのだが、もはやその程度では動揺さえしなくなっている。慣れとは恐ろしい。照明らしいものもないのに、部屋は明るい。外からの光だけだとこうも明るくはないだろう。簡素な部屋だが、考えれば考えるほど不思議な場所である。

ひとしきり思考を巡らせて、椅子に手をかけたところで、正面から声がした。


「ようやく辿り着いたか」


対面の椅子に白髪に長い髭を蓄えた老人が座っていた。

先ほどまで誰もいなかったのは確かだ。部屋中見渡して、考えて、それから椅子に手をかけたのだから。


「どうした? ほれ、座らんか」

「え、あ、はい」


促されるまま椅子に座る。突如現れた老人には流石に動揺するだろう。むしろ悲鳴を出さなかったのが不思議なぐらいだ。

テーブルに目をやると、先ほどまで置いていなかった茶菓子が置いてある。飴、煎餅、クッキーなどなど、およそ手をつけやすいものが器の中に入っている。一言で言い表すのなら、「おばあちゃんの家セレクション」とでも呼ぼうか。


「警戒しなくてよい。ゆっくりと話そうではないか」

「あ、はい」


気づけば湯呑に入った緑茶まで置いてあった。本当に前触れもなく出てくる。


「うむ。これならむしろ、ちゃぶ台に座布団の方が見栄えが良いかもしれんな」


そう老人が呟いた瞬間、椅子が座布団に、テーブルがちゃぶ台に変化していた。またも前触れなく変化し、初めからそうだったかのようだ。椅子に座っていたのに座布団の上で胡坐かいているのには少し驚いた。


「なんじゃ、もう少し驚いた表情をすると思ったんだがのう」

「あ、すみません。なんというか立て続けに色々あったもんで麻痺してました」

「まあ、そうじゃろうな。このような光景、生きていた時には起きるはずもないことだからの」


どうやらこの老人、俺が死んでここに来たことを知っているらしい。そこまで知っているこの老人は何者なのだろうか。

この部屋で起こった事象は、全て老人の意思で行われたのは先の発言から明確だ。なら、この老人は見た目こそ人の形をしているが、俺と同じ「人間」ではない可能性が高い。生前であればこんな突拍子もない発想は出てこなかっただろうが、直近が圧倒的ファンタジーだったせいでそんな思考ができるようになってしまった。

それでいて、人でないならなんなのか。こんな展開で一番もっともらしい存在を挙げるのであれば……。


「かみさま?」

「お、気づくのが早いの」

「あ、そうなんですか。もうなんでもありですね」


直感は当たっていた。普通なら自分のことを神などと言う奴は信用に値しないが、状況が状況なので信じる以外にない。むしろそうじゃないならこの老人は誰なんだという話だ。そちらの方がむしろ怖い。


「落ち着いてきたようじゃから、改めて自己紹介とでもいこうか。おぬしが言った通り、ワシは神じゃ。一応、名前はあるんじゃが、神話や伝承、宗教でまちまちじゃから割愛させてもらうぞ」

「名前は異なるけど同一視されてるとか、ご利益同じだから一緒くたにされてるとか、そんな感じですか」

「そうじゃな。なにぶん手広くやっておるものでの。いわゆるグループ会社、そこのいち子会社の社長じゃよ」

「社長自ら俺なんかの相手して良いんですか?」

「それがワシの神としての仕事じゃからな。それにワシが相手をしなければならん事の方が少ないからの。むしろ暇じゃ。規模が大きい上に分裂したうえ、その全部に対応しないといけないワンマン経営みたいに忙しくはなりたくないがの。どことは言わんが」

「規模って、世界の1/3とかですか?」

「本当に察しがいいのお」

「あの、日本はどうなんですかね。八百万ですけど」

「中小企業がバカみたいに強いの。高天原は言うななれば親会社というより財閥じゃな」

「財閥解体はされてないんですね」

「それやったらラグナロクじゃ」

「あれって財閥解体だったんだ……」


他愛無い世間話もそこそこに本題に入ろうかと、神さまが咳払いで話を区切る。

本題とは何だろうか。まあ、十中八九ここに連れてきた理由だろう。


「さて、本題じゃが。おぬしをここに連れてきたのは他ならぬワシじゃ。まあ、場所がズレてしまったのは想定外じゃったが、それはこの際気にせんでええじゃろう」

「ズレたと言っても、30分は歩きましたけどね」

「本当はこの部屋に直接連れてくる予定だったのが、ちと手間取った」

「手間取るって……何があったんですか」


神さまが手間取るって何があったんだ。流れで聞いてしまったが怖いぞ。


「こう、自然な感じで魂を導いてみようかなーとやってみたら思いのほか抵抗されての。それで手元が狂った」

「いや、自然なってなんですか。あと、抵抗って……俺してませんよ」

「自然というのはあれじゃ。よく人間たちの中で幽体離脱といわれるものじゃ。抵抗というのはおぬしのがしたことではなくまた別な理由じゃな」


幽体離脱……そんな感じでここに連れてこられたのか。てか、抵抗された理由が別にあるの普通に怖いんだが!?

まさか、あの夢のせいか?いや、あの夢は神さまが見せたものかもしれない。それならまた別の理由があるってこになるが……いや、いずれにしても怖えよ。


「まあ、だから世にも珍しい自分の身体を空から見下ろす体験をしたと思うがどうだったかの」


え?見下ろす?そんなの見てませんが?

そもそも、見たのはあの不思議な夢(特別編)であって、自分の身体なんかじゃない。


「すみません。それ見てないです」

「なに? ここにいるということは引き上げること自体は成功したはずなのだが」

「あの、不思議な夢を見てまして……もしかして、そちらによるものでなかったのでしょうか」

「違うの……ワシは別に夢を見せるようなことはしておらんよ。意識を保ったまま引き上げようとしたからの」

「え……じゃああの夢は?」

「……詳しく聞かせてくれか」


神さまが険しい表情をして夢の内容を聞いてきた。

マジか。神さまによる不思議な夢劇場とかではなく、全く想定外なファンタジードリームだったのか。

とにかく、分かる限りの内容を話そう。


内容を思い出しながら、実にファンタジーな会話を繰り広げる少女と自分……の体を使って話す誰かの残留思念による会話について説明する。本来であれば他人の会話を一言一句覚えていられるはずもないのに、なぜだかスラスラと内容が出てくる。ちょっと自分でも怖いぐらいだったが、今はそれのおかげで神さまに説明できるのだから良しとしよう。


「なるほど……」


お茶を啜りながら神さまが相槌を打つ。

話せる限りのことを話したが、果たして神さまの返答は如何に……。


「……今回おぬしが命を落とした原因と関係があるやもしれん」

「え?」


死んだ原因……てなんだ?

高熱で死んだんじゃないのか俺は?

いや、この口ぶりだとそうじゃないのだろう。だったらなんだ?


「その、原因との関係ってなんですか?」

「順を追って話そう」


神さまが指を弾くとその手元に見慣れたホワイトボードが出てきた。

なんでも出せるな神さま。


「まずの。人間には魂を入れておく器があるんじゃ」


ホワイトボードに黒マーカーで器を描き、その中に『魂』と書かれた玉が描かれる。


「この器には魂を固定する、いわばストッパーのようなもの付いておって、それによって魂が零れてしまうのを防いでおるのだ」


器と玉を結ぶ線が書き足される。


「だが、このストッパーは身体や心に悪影響があると脆くなってしまんじゃ」


『心』『身体』と書かれた玉が描き足され、そこからストッパーまで矢印が引かれる。


「当然、脆くなればいずれストッパーが壊れて魂零れてしまう」

「つまり今回の場合、高熱っていう異常が発生してストッパーが脆くなったということですか」


今のところの説明を聞く限り、高熱という異常によって脆くなったと考えられる。

この質問に神さま頷いてくれた。


「そうじゃ。それによって確かに脆くはなっていた。だが、それだけでは壊れるほどではない」

「え、じゃあ別ですか?もしかして……受験勉強によるメンタルストレス?」

「まあ、それもあるじゃろうが、それも決定的なものではないの」


高熱でもなければストレスでもない。じゃあ、いったい何が原因でストッパーが壊れたんだ?


「……今回お主に起こったのは、本来ならあり得ない、そしてあってはならない事態じゃ」


ホワイトボードの絵を消し、描き直していく。

器と魂、ストッパーまでは一緒だったが、今回の絵は魂を何かが引っ張り上げるような矢印が足された。


「このように、お主の魂を何者かが力ずくで引っ張るような状態だったのだ」

「俺の魂を引っ張る? なんでそんなことになってるんですか」

「それはワシにも分からん。だが、その力に耐えきれずストッパーが壊れ、そのまま魂を抜き取る形になってしまったのじゃ」

「え、じゃああの高熱は?」

「ストッパーに無理やり負荷をかけたことによる影響じゃろうな。本来ならあり得ない器から身体に対しての反応じゃ」

「うそん……」


高熱の原因がとんでもないところにあった。

なんだ魂を引っ張るって。魂引っこ抜いてなんか得でもあるのか。


「ん?」


だがそこで俺は件の夢のことを思い出した。

あの時の内容からして、今回の魂引っこ抜き事件と少女は関係があるかもしれない。

目的に関してはむしろはっきり言っていたではないか『魔神』と。


「どうやら気づいたようだな。おそらくその夢に出てきた少女が何かしら関係しているのは間違いないじゃろう」

「やっぱり」

「そして、少女はこの世界の者ではなく……」

「……異世界人」

「その通りじゃ」


いよいよ凄い話しになってきた。

神さまの話と夢の内容を照らし合わせるとこうだ。

『異世界の少女が俺の魂を引き寄せていて、その目的は復活しそうな魔神を今度こそ倒すため』というものになる。いや、待ってくれ。あまりの急展開に感情の方が追いついていない。そのせいで無駄に冷静になってしまった。


「異世界少女に生殺与奪の権を握られて、マジで逝くとはなぁ」


世界を跨いでピンポイントで魂を引っこ抜くことができる少女。明らか人間技ではないのだが、異世界にはそれができる方法でもあるのだろうか。


「あー……少女について考えているとこ悪いだが、おぬしの魂を引き寄せているのは件の少女ではないのだ」

「え」


なんてこった。


「魂を引っ張っているのは異世界の方なのじゃ」

「異世界が魂を引っ張る?」


異世界に意思でもあるのだろうか。いや、世界の意思ってそんなフィクションじゃあるまいし……絶賛フィクション見たいな目にあっているので全然あり得る。ことここに至っては常識は捨てたほうがいい気がする。


「世界そのものが引っ張っているってどゆことですか」

「ワシにも詳細は分からん……だから頼みたいことがあるのじゃ」

「頼みごと?」


神さまが居住まいを正すと、大層申し訳なさそうな表情で言った。


「おぬしに、少女と異世界について調査を頼みたい。本来であれば神たるワシがすべきなのじゃが、如何せん異世界となるとワシでは手が出せんのじゃ」

「俺が、調査?」


まさか、神から本格的に頼まれごとをされてしまった。人生、何があるか分からないものである……ついさっき人生が終わったばかりなので、人生というか死後だが。


「もちろんタダでとは言わん。ただ、内容ゆえ現世に蘇生は無理だ。それ以外であれば最大限のことはしよう」


まさかの神さまから『願い事を叶える権利』を与えられてしまった。しかも具体的な制限なしの超豪華仕様。だが、ここまで言うほどに今回のこれは危機的状況なのだろうか。まあ、異世界からの干渉で犠牲者が出ているわけなので分かる話だ。


「今回、俺の身に起こったことってそれほどの事なんですか」

「非常事態も非常事態。下手をすれば世界中の神が一同に会するほどの事態じゃ」

「……マジすか」

「おおマジじゃ」


まさかの世界中から神さま招集案件。ちょっと規模が大きすぎやせんか?

しかも、それの調査をワタクシに頼むときた。重責すぎないか。


「正直……尻込みしてます」

「そうか……」

「だけど、自分のことでもあるんで。このモヤモヤした感情を晴らすためにもイッチョやってやりますよ!!」

「おお!!頼まれてくれるか」


この件に関してはもはや責任も何も気にしなくていいだろう。開き直っても問題ないはずだ。なんせ神さまが他人頼みする事態だ。やけくそ上等、なんとでもなれだ。


「それで神さま。具体的にはどうやって調査するんでしょう」


決心したのはいいものの、そもそも調査手段が皆無だ。さっき見た夢もあくまで情報にしかならず、調査手段としては使えない。


「おぬしに異世界に行ってもらう」

「現地調査っすか」

「その通り」

「して、現地入りの方法?」


自分の中でやる気が燃え上がったせいだろうか、どこか食い気味になっている。まあ、これぐらい勢いつけておかないと、いつ自分の中の不安が首をもたげるかわかったもんじゃない。

それにしても異世界に現地突入とは。まあ、神さまでさえ外部からじゃ分からんみたいなので当然と言えば当然だろう。

現地入り方法として、転生、召喚、転移、憑依あたりがオーソドックスだろうか?


「現地へと送る形になるな」

「なるほど。異世界転移ですか」


異世界転移だった。正直、転生だと思っていた。なにせ死んでるし。そうなると当然の疑問が出てくる。

転移するにしても肉体が無いということだ。


「転移するにしても肉体はどうしましょう」

「それならすぐに用意できるぞ。現世に蘇生は無理じゃが同じ肉体を用意するのは可能だからの」

「すげえや神さま」

「ほれ。もう肉体にしといたぞ」

「え!?」


感覚は全くなかったがどうやら肉体を取り戻したらしい。改めて神さまというのは凄い。そしてそんな神さまでもどうしようもない事態に取り組もうとしている……いやはや、不安が底から湧いてきたぞ。


「肉体はこれでよいとして……異世界に行くための準備をせねばな」

「準備ですか?」

「そうじゃ。異世界じゃからな。こちらの世界の人間は対応しておらんのだ」

「あー……やっぱりそこって問題になるんだ」


現代人が異世界で生きていけいけるか問題。たまに話題になっているのを見かけるが、実際にそういう話をされると、あながち間違ってはいなかったわけだ。


「なので、おぬしの肉体に修正パッチをインストールして互換性を持たせるのだ」

「いきなり現代的になった」

「分かりやすいじゃろ?」

「ええ。すごく」


この神さま、かなり人間の文化に明るいと思う。まあ、それだけ現代人を見ているということなのだろう。というか、異世界に対応ってそんな修正パッチ感覚でできるものなのか。もっとこう、リンゴと窓みたいな違いがあるかと思っていた。たぶん、人間というハードは共通してるからソフトを更新すればいけるってことなのかもしれない。


「おぬしの体を異世界仕様にするにあったて、最大限の補強もしておこう」

「補強?」

「異世界はこちらよりも大分危険なところじゃからの。現代兵器でどうにかならんやつまでおる」

「ドラゴンとか?」

「それも一つじゃな。まあ、並みのドラゴンであれば戦車と戦闘機で倒せることには倒せるがの。一部の奴は無理じゃ」


やっぱ現代兵器でもダメなもんはダメなやつがいるのが異世界らしい。いや、そんな存在がいる世界に住んでる人間てどんだけタフなんだよ。魔法とか何かで対処してるんだろうか。


「少女を追えば最悪『魔神』なる存在とも相対せねはならぬやもしれん」

「あのー露骨にドラゴン超える脅威だと思うんですが」

「だからこその補強じゃ。とはいえ、限度はあるがの」


『魔神』を相手にすることも想定されてるのか。人間にどうにかできる存在なのか?まあ、夢の誰かさんは相討ち覚悟で仕留めたっぽいけど……。それに、補強にも限度あるっぽいし、それで足りなかったらどうしようか。


「あの、補強の限度って具体的にはどういったものなんですか?場合によっては俺、サックリ死にますよ」

「個人差があるから一概にどれぐらいとは言えぬが、今回であれば向かってもらう異世界においての魂の力で決まることになるの」

「俺、ただの一般現代人ですよ。たかが知れてません?」

「そこはワシが少し上乗せしておくぞ。とは言え気休め程度じゃがな」

「結局、俺の素質次第ってことですか」

「そうなるの」


やっぱそう美味い話はないらしい。異世界チートにも素質がいるようだ。


「では、早速始めるとしようかの。補強には少し時間がかかるからゆっくりしておれ」

「はい」


さっきまで気づいたら終わってるぐらいの速度でなんでもしてた神さまでも時間がかかるとは、意外と異世界対応アップデートは大がかりなのかもしれない。大規模修正パッチか。


「気になっていたんですけど、神さまは異世界のことをどれだけ知ってるんですか」


時間がかかるとのことなので、この際色々聞いてみたいと思った。直接なにかはできないけど異世界のことは知っているようなので入れておけるだけ情報は入れておこう。


「多くは知らんのだ。なにぶん見れる範囲が限定的でな。テレビのチャンネルが一つしかないようなもんじゃ」

「そりゃ限定的だ」


相当に限定的なのが分かる例えだ。実際にどれほどのことが見えているのかは定かではないが、少女や『魔神』について知らないのも、見える範囲にいなかったからということなのだろう。

神さまは質問に答えつつ、異世界行の準備をしてくれた。準備と言っても手に何やら温かい光を当てるというものだ。これが本当の祝福というやつか。そろそろ慣れてきたと思ったが、やはりこの現実離れした光景には驚くものだ。もうしばらく慣れるのには時間がかかりそう。


「見える範囲で役に立ちそうな情報ってありますか?」

「そうじゃな。まず、人間社会は構築されておるからその点は大丈夫だ。生活スタイルは変わるかもしれんが生きていけないということはない」

「つまり、何かしら稼ぐ方法が無いとダメってことですよね」

「そうじゃな。それはどこの世界の人間社会も変わらんな」


異世界にいったらまずは食い扶持を見つけないといけないということか。定番のギルドとかあるのだろうか?なかったらなかったで探すしかないが、できるだけ自由の利くものがいいだろう。なんせ目的は調査だし。


「稼ぐ手段としてなら冒険者協会というのがあるな。ギルドとも呼ばれておる。そこから仕事を貰えばいいかもしれんな」

「やっぱりあるんだギルドと冒険者」

「ただ、制度については詳しく知らんのじゃ。そこは現地で確かめてくれ」


想像するような冒険者協会……ギルドかどうかは分からないけど、いきなり食いっぱぐれて餓死するおそれは少なそうだ。希望的観測かもしれないが少しは楽観的にならないと何もできなくなりそうだ。なにせなんも知らないのだから。


「む」


異世界での生活について考えていると、神さまが怪訝な表情をした。

いや、俺の手を凝視しながらそんな険しい表情しないでほしい。また何かあったみたいじゃないか。


「なんじゃこれは……魂に封印?いや、保護か。内外を遮断して魂を維持していたのか」

「あの、なにが?」

「すまぬ。想定以上に時間がかかるやもしれん」

「はい……」


そこから神さまは随分と険しい顔で作業を再開した。先ほどとはうって変わって話しづらくなってしまった。無言のまましばらくして、ようやく一山越えたように深く息を吐いた。神さまでもそんな緊張感だすものなのか。


「ふぅ……これは少し事情が変わりそうじゃ」

「何かあったんですか?」

「かなり大きなものがな」


何があったんだ俺の魂。さっきさらっと封印だとか保護だとか言っていたが、およそ平時では聞くことがない単語だぞ。


「おぬしの魂に強力な封印が施されておった。それも、ワシでさえ直接触れなければ気づけないものじゃ」

「な、なんでそんなもんが……」

「分からん。魂を封印をすることは神の間でもおいそれとすることではない。しかも、巧妙に隠されていたというのも気がかりなところじゃ」


神さまでさえ気づけないほど周到に隠されていた封印。そんなものが自らの魂に施されていたとは、一体何の冗談だろう。いや、冗談じゃないのは分かっているのだが、それでもそう思ってしまう。だって、ただの一般人の魂を封印して何がしたいのさ。俺には分からないね。


「ただ、1つだけ断言できることがある。これを施した者に害意はないということだ。むしろ、外敵から護るための保護と言えるじゃろう」

「……ますます分からん」


何者かが俺を護るためだけに神さまもビックリな封印を施していたというのか。困惑に次ぐ困惑。どうなってんのマイソウル。


「……この封印には外部から護る以外に、魂を維持し修復する作用もあった。ワシの推測にはなるが、何者かによって害された魂を隠し、癒やす目的だったのやもしれん」

「何から護ってたっていうんだ……」


魂を害するって、それどう考えても人間技じゃないだろ。それこそ魂を引っこ抜いてきた異世界とか夢に出てきた少女と同じぐらいには……いや、待てよ。もしかして関係あったりするのか?


「……まさか、これも魂引っこ抜き事件に関係してたりしますかね?」

「濃厚だのう。なにせ異世界はおぬしの魂を狙って引き抜き、少女はおぬしの夢の中に現れた」

「魂に干渉してきたってことですもんね」

「そうだ。魂に干渉したのなら必ず保護機能が働くはずじゃ」

「もしかして、その両者は俺を害する存在ではない?」

「保護機能の意図が正しければそうじゃろう。魂を引き抜こうなどとすれば干渉せざるを得ん。そうなれば自ずと封印を破ることになるからの」


封印という存在のおかげか異世界と少女に害意がない可能性が高いことが分かった。まあ、別の問題が浮上してきたが。異世界と少女について調べるという状況で両者に害意がなさそうなのは幸いだ。だって、調査を進めたら攻撃される可能性だってあったわけだし。怖いだろ。


「異世界と少女に害意はない。じゃあ魂を害するような存在って……」


そこまで口に出して気づいた。そうだ、少女と残留思念が言っていたではないか。『魔神』なんてもっともらしいヤツ。そうなるとなんだ、件の『魔神』は俺の魂なんてもんを狙うような奴なのか。なんで狙う?向こうの立場からして異世界にいる俺の魂をわざわざ狙うような理由はなんだ?


「……魔神ぐらいしかいないけど」

「魔神……根本の原因といえる存在じゃな」

「神さま的にどうですか。魔神が魂を狙う可能性」


質問に対し神さまは少しばかり唸ってから思案し始めた。まあ、神さまでも分からんことを調べるって話なのにさらに分からんこと聞いたらこうなるか。悪いことをしてしまった。


「魂の保護が魔神に対してのものというのはありうるだろう。むしろ自然じゃな。だが、おぬしの魂であった理由は流石に分からんの」

「ですよね流石に」


保護の理由としては妥当だが、俺である理由としては突飛すぎる。そりゃそうだ。一体何だって別世界の一般人狙うんだよ魔神が。


「気に留めておくに越したことはないじゃろうが、これに関しても情報が少なすぎるの」

「ですね。やっぱ現地で情報あさるしかなさそう」


異世界のこと。少女のこと。残留思念のこと。魔神のこと。そして封印のこと。なんもかんも分からないし、確実なことはない。でも、そのどれもが独立した問題でもないだろう。


「つい話し込んで後回しになってしまったが、おぬしへの補強で話さなければならんことがある」

「え?」


分からんことまみれの現状に目を回していたら、補強についての話になった。そう言えば神さまが魂を基準にバフしてくれるって話だった。てかこの言い方だとなんかあったんだろう。まだあるのか。


「まさか、失敗したとかですか?」


一番に思い浮かんだのがこれだ。だって封印されてたんなら当然神さまも阻まれた可能性がある。だったら初期ステで異世界に行くことになる。流石に死ぬって。


「そういうわけではない」

「よかった」

「まあ、ワシの強化が最小限にはなっておるがの」

「はい?」


まさか、俺には異世界チートの才能がなくてほとんど強化できなかったということか!?


「異世界の才能ゼロってことすか!?」

「安心せい。むしろありすぎるぐらいじゃ」

「えぇ?」

「おぬしに施されていた封印をなんとか解除して異世界適応にしたら勝手に強化不要になってしまったという話じゃ」

「意味わからん」


なんで強化不要になるんだよ。いやホント小一時間で色々起こりすぎだろ。我が身に起こった事態がどれも予想不可能なものなんだよ。どうしてこうなった。


「具体的に説明すると、おぬしの魂が持つポテンシャルは異世界においては類稀なものじゃ。今回ワシが施した補強はせいぜい異世界適応ぐらいだ」

「むしろそれだけでいいレベルってことですよね」

「その通り。というかこれ以上強化のしようがない。引き出せるだけ引き出されておる。まあ、経験と技術はその都度積むしかないがの。いわば異世界においては万能の天才じゃ」

「歴史上の偉人と同じ称号貰っちゃったよ」


なんてことだ。異世界限定とはいえ、神さま直々に『万能の天才』とかいう称号いただいちゃったよ。俺の魂ってそんな大それた才能秘めてたんだ。せめて生きてるうちにその一割でも発揮してくれよ。


「だが、手放しに喜べるものでもない」

「ふ、不穏な」

「本来、これだけのモノが秘められておれば少なからず現世でもその発露があったはずなのだ。だが、その自覚はないであろう?」

「そりゃあ、はい」

「つまり、施されておった封印はその才覚を完全に封じ込め、感知されないようにするものでもあったということじゃ。封印の意図が保護なのであれば、力を封じ込めたことにも理由があるのだろう」


力を封じ込める理由……そんなの、誰かから狙われていたからという以外思いつかない。少なくとも、見つからなければ追われる心配はないのだから。


「とはいえ、この力を生かさないのは宝の持ち腐れじゃ。これを気にして異世界での生活が立ち行かなくなっては調査どころではなかろう」

「それはそうですね」


魂の封印は解除されてしまったんだ。ならばもうそれを使ってどうにかする以外に対処のしようがないだろう。あるかも分からない危険を恐れて何もできないなんてのは避けるべきだ。とはいえ頭の片隅にはいれておこう。うっかりやられるのは嫌だし。


「さて、身体の準備はできた。あとはおぬしの心の準備だけじゃ」

「ふー……少し、時間ください。色々ありすぎたんで」

「もちろん。お茶とお茶請けを出しておこう。しっかりと準備するんじゃ。冒険は準備こそが肝要だからの」


本当、良い神さまだ。下手をすれば魂だけ異世界に持っていかれるかもしれなかったのをここに連れてきてくれたんだ。その上、頼まれたとは言え異世界行きの手筈も整えてくれた。まあ、色々と理解に苦しむ事態が明らかになったが……これが青天の霹靂というやつなのだろうか。


まあ、今はこれからのことを考えよう。時間も貰っているし、一旦ここまでのことをざっと整理しておこう。

まず、魂が異世界に引っ張られていることについてだ。これはまあ、十中八九魔神復活が理由だ。ただ、「なぜ俺なのか?」についてはさっぱり分かっていない。これを調べなければならない。

次に少女についてだ。これが一番気になっている。なんせずっと夢に出てきてたので当然一番興味があるし意識してる。正直に言えばこれ以外のことは無茶苦茶すぎて考えたくないぐらいだ。問題は顔が分からないので見つけるのも調べるのも苦労しそうということだ。

三つめは残留思念だ。他のに比べて影が薄いがかなり気になっている。だって俺の体乗っ取った奴だぞ。気にならない方がおかしい。しかも少女と並々ならぬ関係がある。まあ、少女を調べていけば芋づる式に分かる可能性が高いと考えられる。それに魔神を倒した英雄様らしいので伝承として残っているかもしれない。もしかすると一番早く真相が分かるかも。

四つ目は『魔神』について。これは後回しがいいだろう。たぶん英雄様と一緒で伝承でもありそうだが、ここで考えてもどうにもならない。一つ言えるのは、復活したら世界がヤバいということ。

五つ目は封印について。神さまに解除してもらったとはいえ、なんでそんなもんがあったのかは全く分からない。これも『魔神』と一緒で後回しだろう。なんせ俺自身の話だから、それこそ伝承どころの話ではない。

今までの話を順序立てて振り返ってみて改めて思う。これ本当に現実の話か?マジでただのファンタジーじゃん。ことここに至ってもなお、一息入れないと混乱する。これから本物の異世界に旅立つというのに大丈夫だろうか。たぶん、これ以上のものに直面するだろうし、果たしてまともに動けるのだろうか。それは未来の俺に委ねよう。がんばれ。


「よし……頑張れよ俺」

「どうやら準備できたようじゃの」


用意されたお茶を飲み干し、お茶請けもそれなりに食べつつ、心の準備が整った。いやーよくある異世界物語よろしく、準備も無く放り出されるなくて本当によかった。絶対に野垂れ死ぬよ。


「それじゃあ神さま。異世界へお願いします」

「分かった。すぐに繋げよう」


部屋に穴ができる。中は真っ暗で何も見えない。うん、怖い。


「改めて、礼を言わせてほしい。ありがとう」

「自分のことですから」


つい先ほどと同じように返す。神さまも律儀な方だ。


「すー……よし。行くぜ異世界!!」


自分に喝を入れつつ、勢いよく穴へ飛び込む。なんも見えないのがあまりに怖いので勢いよくいったのだが、ちょっと勢いをつけすぎたかもしれない。


「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


落下速度が尋常ではない。風を切る音と感触。紐なしバンジーだこれ!?


「新たな命、新たな世界。無事であれよ、水元みなもと 充流みちる


神さまの声なんか当然聞こえるわけもなく、俺は重力の井戸に落ちていった。

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