二人のグルメ
9 二人のグルメ
無事にまいちと仲直りできたし、テストも終わり、あとは夏休みを待つのみ。
よしつねはというと、顔が痛くて体調が優れないので、今週は休業するとのこと。どうせ客など来ないだろうに。
例のやつかと聞いたが、なぎさのせいとの一点張りだったので、大丈夫と思うことにした。
母には、何か異変に気付かれそうな気がして、先日知り合った古着屋さん(とそのいとこ)が、下校中に具合が悪くなったわたしを助けてくれたと話したが、まいちとのことは話していない。もちろん、よしつねのことも。隠しごとはしたくないのに。
まいちとは、あのあと4日間顔を合わせたが、前と変わらない様子だった、と思う。あのことが消えるわけではないし、いつか喧嘩をしたら蒸し返されるかもしれない、見えない爆弾。けれどそれはわたしのせい。爆発させないように、二度と同じことをしないように、慎重に生きていかなければいけない。彼女とは、ずっと何でも言い合える仲でいられると思っていたけれど、こうやってだんだんと…。想像するだけで恐ろしいので、それ以上考えるのはやめた。
ふと、スマートフォンが呼ぶ。まいちからだ。期待と不安が狂わせる指先を、何とか制する。
『アニメみてるおもしろいね
来週映画たのしみ
さそってくれてありがとー』
いつもと変わらない、たぶん、いやきっとそう。誘ってくれたのはまいちなのに、わたしの手柄にして、感謝してくれる。彼女がいなかったら、わたしの人生はきっと退屈でつまらない。だから、これからは、素直な気持ちで彼女を笑顔にしたいと、メッセージを送る。
『誘ってくれたのはそっちだよ?
だからありがとうはこっち
一緒だともっと楽しいよ』
笑顔でいてくれるだろうか。
明日の土曜日は、なぎさのところへ行くことになった。下校中に助けてもらった話をしたら、母から、どうせ暇なのだからお礼にいくようにと言われたためだ。メッセージを送れば済む話だが、母がわざわざお菓子を買って来て、それを渡せと言うので、仕方なく承知した。暇は暇だし。バッグに入れてあとは寝るだけ。
寝る前のルーティーン、日曜日から始まったことがある。
机の棚、沼島イザナのアクリルスタンドとぬいぐるみが並んでいる。ぬいぐるみは首からフェルト製の勾玉を下げているが、それに重なるように、よしつねからもらった本物の勾玉を紐を調節して付けている。少し大きくて不釣り合いだが、カスタム感が出て嬉しい。
寝る前にその勾玉を外し、ぬいを抱いて眠る。もちろん今夜も。よしつねにはそんなことしないと言ったが、見られるはずもないので構うまい。けれど毎日思い出してしまう。
翌日午前中、なぎさのところへ向かう。勾玉はバッグに入れて、お守り。
最短距離ではあの橋、なぎさがよしつねを助けた橋を通ることになる。少し遠回りになるが、別の大きな橋を渡る。
古着屋の前、タンクトップ姿のなぎさが、腕組みをして待っていてくれている。会釈してそばへ。
「おう、元気やったか?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございました」
「詳細は聞いてへんねんけんど、あいつ、しゃべれんくなりよったから、はっはっは、ええ気味や、んで、良かったなほんま」
邪悪に笑うなぎさ。
「はい、助かりました。その…なぎささんに抱きしめられて、安心したっていうか」
「せやろ、あいつにはできんからな。そないなことしたら、うちがブチ殺して、引きずり回して、ブタ箱ぶち込んで死刑や」
ループのこと知っているかのように、二回殺そうとしている。
「あ、えっとそれで、これ、母からなんですけど」と、母から預かった菓子折りを渡す。
「あ、ありがとうな。お母さんにもよろしく、な」
「はい」
「開けてええ?」
「どうぞ」
丁寧に包みをあけるなぎさ。
「おー!ろっくんもっくんやないか?うちこれ大好きやわあ、48本も入っとってー」
棒状の焼き菓子の大群を前にして、さっきとはうって変わって少女の笑みを浮かべるなぎさ。
「良かったです」
「食べてええ?」
「え、あどうぞ」
「おんしも」
「あ、はい、じゃあ一つ、いただきます」
お菓子を渡され、店内で椅子に座って二人で食べる。美味しいけど、水分が欲しくなる。
「せや、喉乾くわな、ミイラんなってまうわ、待っときや」
「ふっ、ミイ…ラ、ふふっ」
奥から何やら持って来てくれるらしい。間もなく、
「ほれ」
ペットボトルのミルクティーを差し出すなぎさ、受け取る。
「ありがとうございます」
一口、潤う、ミイラも人間に戻る。
「こっちのがええやろ?」
「はい」
「何やミイラがツボったんか?」
「いえ、この前、あのあと友達の家に行ったんですけど、あの人について来てもらって、それで仲直りできたんです。そしたら友達が、ふっ、うしろにミイラ男がいるからわたしが守るって、ふふっ、言ってくれて、違うんだよ、古着屋さんのいとこだよ、って言ったら、あの古着ってミイラのなの?って、ミイラから服剥ぎ取って売ってるの?って、なかなかわかってくれなくて、ふふっ」
「ほんまに、えかったな」
「はい。今度古着見たいって言ってました」
「ネットで買えるで?」
「素材感とかは写真じゃわからないんです、って」
「せやな、歓迎するで」
結局、お菓子3本とミルクティを完食してしまった。
なぎさが食べ終わったお菓子の袋を眺めながら、
「これな、うちが好き言うたらな、あいつ、バカの一つ覚えみたいにトーキョー行くたんびに毎回買うて来てな、こっちでも買えるっちゅうねんて、まあうまいからええねんけんど」
「でも、なぎささんが好きなの覚えてて買ってくるなんて、何かいいじゃないですか?」
「せやな、ずーっと変わらんやつや。笑てまうくらいに」
あんな怪我をさせた人と同一人物とは思えない、優しい、けれど今にも消えそうな笑み。
「…でも、トーキョーってよく行くんですか?」
「あー、それな、あいつんとこのお墓があんねん、で月命日とかにちょいちょい行っとるわ、まめなやっちゃ」
「お母さんの?」
「両親のやな。父親のことはあんま覚えてへんらしいけど。あ、昨日行って今日の夕方には帰る言うてたな」
「じゃあ今いないんですね?」
「せや、残念やったな?」
「いえ…はい…いえ」
「ちゅうかあいつ連絡してへんのんか、またいわさなあかんな」
「あ、いえ大丈夫っていうかやめといてください。わたしも連絡できたのにしなかったから」
「あー半分冗談や」
「…半分」
「ここで待つか?」
「いえ、店の邪魔に」
「閉めたらええ、こんな店けえへん」
「でも…」
「めし、食うた?」
「いえ、今日は母が仕事なので家で何か作ろうかと」
「んなら外、食べいこか?おごるで、そうや、そうしよ、いこ?」
「いやいや、そんなの」
「ここでじとーっと待つんか?いつ帰るかわからん旦那様を?」
「違いますし、待たないです」
「ほな、あいつんとこ行かんでええんか?」
「うー…」
「うち、ラーメン食べ行くから、暗い部屋ん中で辛気臭い顔して待っとったらええやん。ほなな」
「あーもう、わかりました、ついて行きます」
「ははっ、ええ子や。いこ」
左手を差し出すなぎさ、迷ったが握り返した。
10分ほど歩き、ラーメン店に着く。相変わらず暑いので、道中、なぎさがくれた日傘をさして歩いた。そのおかげで、手を繋いだまま歩かずに済んだ。
店の前、客が列をなして待っている、その数10人ほど。店内にも10人ほどが待機しているよう。
「すごい…ですね」
「回転速いからな、日陰やしいけるやろ?」
「あ、大丈夫です。けど行列ってあんまり」
「ランドとかシーとかバーサルとか並ぶやろ?」
「バーサ…?、いやごはん屋さんでは」
「嫌か?」
「全然そういうんじゃないけど、何か緊張…」
「楽しやろ?」
「はい、よく来るんですか?」
「たまにな。他にもラーメン屋あるけど、おんしやから、おすすめのとこでな。あーあいつとも何遍かあるで、あいつのおごりでな」
そのデート、いや監禁、聞いた気がする。
「あの、どういうの食べたらいいかわからないんですけど」
「ラーメン、中華そば…か、基本それやねんけんど、大と中があってな。それに肉、生玉子、メンマを入れるか入れへんか、あとめし、これの普通か小かを付けるかどうかって感じやな」
「おすすめは?」
「うちは全部入れてめしもやけどな。おんし、めし、コメな、好きか?」
「はい、好きです」
「ほしたら、中華そば肉入り中盛生玉子小ごはん、やな。残したらうちが食べる」
「はい、では。えへん、えっと…ちゅーかそばいにくりーちゅーもりまなたまごしょーごはん」
「どしたん?急に?」
「えっと注文の練習しようと思って、ちゅーかそばにいくりーちゅーもりたまなまごしょーごはん」
「あんな…ここ食券制やねん、うちが買うたるし」
「え、じゃあ…言わなくても…?」
「ええて。シバタのコーヒーちゃうんやから、ま、あれもスマホでピッか」
「えー!!は、恥ずかしいッ…」
周囲の視線が肌に刺さる。もう何も見えない、聞こえない。
「…はぁ…ちょっと…かわい過ぎひん?…」
なぎさが何を言っているのか理解できなかった。ただ、時が過ぎるのを待った。
ラーメンとごはんが運ばれてくる。カウンター、右隣になぎさ。
目の前に二つの円。左の小さな円にはごはん。大きな円は褐色の濃厚なスープで満ち、中央に浮かぶ橙色の玉子の黄身、それを支える白身、その向こう透き通って僅かに見えるもやし、その周囲を黒茶色の豚バラ肉、緑の小ネギ、メンマが彩り、そのすべてを麺が確かに支えている。
「あの、どうやって食べたら?」と迷子のわたし。
「好きにしたらええんけんど、ラーメンは主食にもおかずにもなるっちゅうことやな」どちらかというとおまわりさんの厄介になる側のなぎさ。
「うん」
通はスープからと聞いたことがあるので真似て、レンゲでスープを一口。
見た目より脂っこくなくて、でもインパクトがあって、美味しい。次、麺はもっちりでつるっとした食感が楽しい。スープがよく絡む。豚バラはしっかり味がして、スープに負けない。確かにごはんが食べたくなる。玉子を混ぜるとまろかや、すき焼きみたいでさらにごはんに合う。
なぎさを見ると、手を止めてこちらを見て微笑んでいた。かと思うと、一心不乱に食べ進め、終盤にはごはんの上に具材ごとスープをすくって乗せ、かき込んだ。先人の知恵、真似しよう。
昔、こちらに来る前は母と時折外食していた。ラーメン店ではないけれど、メニューを見て迷っているわたしに、いろいろと説明してくれた母。注文するのも母。食べているわたしを笑顔で見てくれていた母。家では母の作ったごはんも美味しいし、わたしがごはんを作ることもあったりして楽しいのだけれど、それとはまた別のテーマパークのような非日常空間。いつか、今度はわたしが母を連れて行きたい。
帰り道、並ぶ日傘。
「どやった?」覗き込んでくるなぎさ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。全部食べましたし」
「せやな、えかったわ」
「あの、今日はこのまま帰ろうと思います」
「何や、腹一杯で満足してもうたか?」
「違います。あ、満足はしましたけど」
「ええわ。送って…かんでもいけるか」
「はい、大丈夫です」
「ま、いつでも会えるわな、知らんけんど」
数分歩き、アーケード街入り口、分かれ道。
「今日はありがとうございました。日傘も」
「おうまたな、いつでも来いや。ツレも一緒でな」
「はい。また来ます」
少し歩いて振り返る。手を振るなぎさに振り返す。
「ほな、けいじのこと、これからも頼むわー」
…けいじって何?




