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恐怖!ミイラ男

8 恐怖!ミイラ男


 テスト、前日の心配は杞憂だった。今回のテストは学力を測るためのもの、一夜漬けが通用しない分、普段から勉強していたことが役に立った。


 ただ、まいちは違った。前日に、ちょっとだけとわたしが紹介したアニメを見たところ、引き込まれてしまい、結局7話まで見てしまったという。テストは散々だったらしい。


 帰り道。


「留年したらりかおんのせいだかんねー」まいちの恨み節。


「今回のテストは留年とか関係ないやつだし、自分の責任」


「このショックを引きずって、とかの可能性もあるしー」


「そうだね、なら、もうまいちと遊ばないよ」それで困るのは100%わたしなのだけれど、まいちになら言える冗談。


「わかった。なら映画も一人で行って」と早足に去って行くまいち。


<待って、嘘、冗談だってば、ごめんねって、昨日はあんなに仲良くしてくれたのに、どうして>


 声が出ない、動けない、目眩、追いかけて肩に触れて、伝えたいのに。


 まいちが見えない。もう何も見えない。


 息が苦しい。明日から学校でどうしたらいいの?それだけじゃない。これから、ずっと一人?


「おい、どないした!?」


 身体を支えられる。抱きしめてくれる。誰かわたしを助けてくれるの?


「しっかり、大丈夫や」声が聞こえる。


「…だ…れ?」声が出る。


 視界がはっきりしてくる。


「うちや」


「なぎさ…さん…」


「とりあえず、運ぶな」


 抱え上げられた。お姫様抱っこ。姫って言ってくれたのにな。



 なぎさに運ばれ、車の助手席に座る。落ち着きを取り戻せたよう。


「すまんな、うしろにあいつがおってな」


「え、あ…はい」


 後部座席を見ると顔に包帯を巻いた人間、見えるのは髪、口元、目元付近、察するによしつね、がぐったりしている。


「いけるか?」


「う…たぶん」


「無理せんで。車出してええか。ゆっくり行くで」


「はい…」


「家でええか?」


「はい…でもどうして?」


「あー、このアホがな、昨日おんしを送って戻ったあとな、盛大にぶっ倒れよったん。今朝んなって痛い死ぬとかぬかしよるからな、そのまま死んどけ思たけんど、それも寝覚め悪いしな。で、しゃあなしに病院連れたったんや。ほいで帰りにおんしを見つけたってわけや。こいつも役に立つことあるんやな」


 半分くらい理解できなかったが、なぎさとよしつねがいてくれる安心感は認識できた。


 なぎさの車に乗って、母のいない家に着く。今日ばかりは仕事に行っててもらって良かった。こんな姿見せられない。


 車を降り、なぎさに支えられて玄関へ。よしつねがとぼとぼと付いて来ている。


「あの…ありがとう…ございます」


「今はゆっくり、自分のこと、な」


「はい」


「うち、帰らなあかんけんど、どないする?」


「どない…?」


「あーこのアホ、置いてくか?」とよしつねの方を顎で示す。


「あの…大丈夫なんですか?」


「打撲やて、腫れやら口んなかデロデロんなってんやらで2、3日しゃべれへんみたいやけど、うっさいからちょうどええわな、スマホあるからいけるやろ?その他は問題なしや」


「…はい」


「ほな、何かあったらこんなんじゃ済まさんからな、安心しいや」


 帰ろうとするなぎさに駆け寄って、抱きついた。涙が溢れ出る。


「わたし…友達に…遊びたく…ないって…冗談で…、言った…ら、いけなか…たのに」


 涙で滲んだわたしの言葉。


 なぎさは少し屈んで、抱きしめてくれた。


「不器用なうちより、あのアホの方が少しは役にたつやろ?」


 わたしが離すまでずっと抱きしめてくれたなぎさ。


「ア…ウ…」


 そばでよしつねが声を発しているが何を言っているかわからない。


「ほな、警察呼ばれる前に、な?」



 今日はうちのリビングによしつねがいる。


 ここで母とまいち以外の人をみるのは初めて。まいち…。


 案内してトイレに行っている間に、一人用のソファに座っているよしつね。狭い方が落ち着くのだろうか。その手前、わたしが長いソファの右端に座る。右斜め前によしつねがいる。


「大丈夫?」


 うなずくよしつね。


「ごめん」


 首を横に振るよしつね。


「前世はこんなことあった?」


 首を振る。


「そっか、昨日よしつねが倒れなくて、ランチのあとわたしが店に行ったから、まいちと散歩してないんだ」


 首を斜めにして疑問を表現するよしつね。


「えっとね、昨日よしつねがいないから、まいちと散歩して、そこでアニメのおすすめして、それをまいちが見ちゃって、勉強できなくて、それでテストができなくて、留年するって言って、それをわたしが冗談で、からかって、それで」


 両手のひらを下向きに、腕を上下してなだめてくるよしつね。


「うん、ごめん…だから、わたしのせいなんだ」


 激しく首を振る。


「わたし、まいちがいなかったら、友達いなくなっちゃう」


 首を振りながら、自身を指差している。


「よしつね、友達?」


 首を振る。


「じゃあ、な、何?」


 スマートフォンを操作し始める。


 わたしに通知が来る。よしつねからだ。


『僕が知っている前世のこと知りたい?ズル?』


「わからないけど、それでまいちと仲直りできるなら…何だって…」


 そして、ものすごい勢いで操作するよしつね。


『前世で僕が知っているすべての莉花は、井内さんと友達で、それは大人になってもずっと』


『僕はだいたい早く死ぬから、そのあとはわからない』


「っもう…」


『その莉花は、僕と会って影響されているから全部違う莉花』


『僕が毎回同じようにしようと思っても、まったく同じにはできないから』


『でもそのすべての莉花と井内さんが互いを大切に思っている』


『その気持ちが、そんな些細なことで壊れると思う?』


「思わない、まいちのこと大切なんだ、ずっと」


『なら、それを伝えるだけで十分だけど』


「うん」


『同じ内容のことを話しても、ちょっとした言い回しや声の強弱が違ったりすることは避けられない。けれど、それが影響してしまうこともある』


『だから影響されない言葉を選んだり、心に合った言い方をしたりして、君の心を、頭で考えて、言葉にして、忠実に伝えるんだ』


「そうだね、わたしの冗談が、傷付けた…」


『君にならできる。何せ一億万年生きてきた僕が思うんだから』


「ふふっ、何それ?…そんな数ないよ」


『それに井内さんに言われたんだ、莉花を傷付けたら許さないって』


「え?…そんなことを?」


 どんな状況なのだろうか?未来に関わることなのか、聞けない。


『これいじょう…ダメージをうけたら…しんでしまう』


 ひとしきり操作し続けて、ぐったりしているよしつね。


「まいちのところに…行くよ、準備するから休んでいて」


 よしつねの返事はなかった。



 家を出て、何度も通ってきた住宅街を歩く。


 早く伝えなければと、はやる気持ちが進める一歩、うまくいかなかったらどうしようという恐怖が足元に絡みつき、その歩幅を狭めること十数分。


 まいちの家の前。わたしの家より大きくて素敵な家。アーチの付いた門が閉まっていて、その向こうに玄関が見える。


 斜め後方でよしつねがスマートフォンをいじるそぶりをしてこちらを見ている。


 わたしは門へ向き直り、脇についたインターホンを押す。


『ご用件をお話しください』と自動音声が流れる。


「え、えっと」不意を突かれて言葉がでない。


 次の瞬間、ガチャッと玄関の扉が開き、まいちが駆け寄って門の向こう側に立つ。


「りか…おん」目を見開いて、怒っているのか、驚いているのか、判断がつかない、今までに見たことのない表情のまいち。


「あ、あの…」


「ごめん!」/「ごめんなさい」


 二人の言葉が重なりぶつかり、溶け合う。


「あたし、りかおんを置いて行っちゃって」


「ううん、聞いて、わたしが悪いの。


 まいちのこと大好きで、大切に思っていて、いつも笑ってくれるから、怒るふりして、笑ってくれるようなことを言いたくて。


 それで冗談で、もう遊ばないなんて、思ってもみないこと言って。


 まいちが行ったあとも、学校でどうしたらいいとか、一人になっちゃうとか、自分のことばかり考えて。


 でも、まいちの気持ちを考えて、遊ばないって言われたら悲しいだろうなって。


 そんなこと冗談でも言っちゃいけないんだって思って。


 わたしのこと嫌いになったら、もう遊ばなくてもいいから。


 ううん、本当はずっとまいちと仲良くしたい。


 それでね、まいちを傷付けたから謝りたくて。


 だから、ごめんなさい」


 自分の心の全部を言葉にして、声に乗せた。涙に流されてないで向こう岸まで届いて欲しい。


「うん、あたしもさ、怒ったふりして。


 そうしたらさ、りかおんが追いかけてくれてさ、嘘だよーって言おうと思ってたらさ、来てくれなくて、戻ってもりかおんがいなくて、本当に、もう、遊んでくれないんだーって思って。


 一つも嫌なところなんてない、大好きなりかおんに、困らせるようなことして。


 だからさ、ごめん!」


 まいちの声、泣いているけれど全部、心で聞き取れた。


 門を開けて、抱きついてくるまいちを、涙を、一滴残らず全力で抱きしめた。


 お互いが泣き止むまで。



 不意にまいちが小声で、


「りかおん、静かに落ち着いて聞いて。


 この手を離したらさ、全力で玄関から家に入って。


 わたしが門を閉めて食い止めるから。


 絶対に姫を守ってみせるよ、この命に代えてもね」


「え?何?」


「さっきからさ、りかおんのうしろでさ、こっち見てるんだよ、ミイラ男が」



 まいちの家からの帰り道、安心して、違う涙がこぼれる。よしつねは隣を歩くがこちらは見ない。


 誤解、和解。


 後悔は消えないけれど、自戒になった。


 すぐにいつも通りの二人に戻れたんだと思うことにする。


 むしろ、ミイラ男のことを説明する方に時間がかかった。


 わたしが金曜日にミイラ男を助けて、昨日まいちと別れたあとに知り合った古着屋さんが、たまたま今日、立ち尽くすわたしを助けてくれて、そのいとこがミイラ男で、ここまで付き添ってくれたこと。


 人生を繰り返すことは言っていない。


「良かった。仲直りできて」


『そもそもなぎさが莉花を拉致しなければ何もなかった。全部なぎさが悪い』


 よしつねは話せないのでスマートフォンのメッセージで返してくる。


「でもさ、あの人の手と身体と、あと言葉、すごく力強くて優しかったよ。軽々とだっこしてくれたし」


『強いのはそう』


「ところで、その怪我?大丈夫?」


『まだ』


「まだって何?ってゆうか、もしかしてなぎささん?」


うなずくよしつね。


「また殴られた?」


今度は首を横に振る。


「違うんだ、ならいいけど」


また首を横に振る。


「じゃあ…何?」


『大車輪キック』


「だ、えっ、蹴られたの?」


うなずく。


「また何か言ったんでしょ?」


うなずいて、


『帰ってきた暴走タンクトップゴリラ』


「そりゃ怒るよ。骨が残っただけましだよ」


『冗談で』


「冗談でも、状況とか蓄積とか、いろいろあるんだよ?ってゆうかそれ、普通に単体で充分ひどいけどね。気を付けなよ」


『そっちも』


「あ、そうだね」


『顔合わせ いらなかったね アドバイス』


「そんなことないよ、ちゃんと伝えられたから」


『役に立てたら ほんと良かった』


「そうだよ、謝りに行ってなかったかもしれないし。でもさ、前世でもまいちに逢ってたの?」


『莉花とあうとだいたい』「ループ、話したことは?」


『ない』


『全部の前世で莉花だけ』


『嘘をつかないも莉花にだけ』


『あとは嘘まみれ』


 連続で来た。


「まみれって」


『なぎさ』


『毎回騙す』


『当然報い』


「そっか。何か片言だけど、大丈夫?」


『指疲れた』


『家に着く』


 気が付けばもう家のそばに来ている。よしつねは歩みを止めてぐったり、立っているのもつらそうにしている。


「そっか、ずっとこれだもんね、うん、ありがと」と親指を動かして見せる。


『さよなら』


『おやすみ』


『もうすぐ』


『迎え来る』


「迎えって?…え!嘘…でしょ?」


 スマートフォンとよしつねを交互に見回す。ついに塀にもたれかかっているよしつね、包帯の隙間から見える目はうつろだ。


『嘘つかぬ』


『約束した』


「いやだよ!そんなの…またごはん作ってよ。もっと…」


 また違う涙の順番がそこまで来ている。


 その刹那、傍らに、白く光る目の、大きな漆黒の物体?…車が現れ、口?…ドアを開ける。吸い込まれるよしつね。


「お待たせしました。みよしさん?どちらまで?」



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