オン・アンド・オン
6 オン・アンド・オン
古着屋を出て、御代史堂に向かう。今日4度目。なぎさの手を握ったまま歩く。
間もなく御代史堂が見える。灯が煌々としている。一目でわかる。光の中によしつねだけが一人、立っているのが見える。
あと10メートルというところで、小声で「ごめんな、離すで」となぎさが手を離すや否や駆け出し、よしつねに殴りかかった。よしつねはその場を動かない。
なぎさの拳がよしつねの顔面に当たるすんでのところで止まった。
「また、倒れられたらかなわんからな」とわたしのところへ引き返してきて、再び手を繋ぎ、よしつねの方へ歩き出す。
「こんな子を放ったらかして、おどれ何ぶっ倒れてんねん!」なぎさの怒号。
「すみません」と頭を下げるよしつね。
「いえ、わたしが勝手に来ただけですから」とわたし。
「けんど、来るかもわからんて思てたやろ?」となぎさ。
「はい」とよしつね。
「女の子泣かすような真似すんなやボケが!」またもなぎさの怒号。しかし、泣いたのはよしつねのせいではない。
「はい、すみません」頭を下げるよしつね。
「うちにやない、この子にわびんかい!」なぎさは止まらない。
「はい」わたしの方に向き直って「申し訳ありません」と再び頭を下げるよしつね。
「もう、やめてください」としか言えず、うつむくわたし。
「スマホ出せや」とよしつねに向かってなぎさ、わたしにも「ええかスマホ?」
「はい」と肩にかけていたスマートフォンを手に取る。よしつねも手に持っている。
「うちに使いっ走りみたいな真似させんなや。連絡先交換しい。直でやり!」
無言で頷くよしつね。
「おんしもええか?」
「はい、あの…なぎささんのもお願いします」と伝えると、なぎさは少し驚いた様子で
「え?…ええで」と、三人で連絡先交換した。
「ほなな、うち店あるから」と立ち去るなぎさ、今日は閉めたんじゃなかったのだろうか。
「ごめんな」とよしつね。さすがに覇気がない。
「ううん、悪くない、よしつねは。わたしが勝手に来ただけ」
「入ろか?時間ええかな?」
「はい」
持っていたスマートフォンのカメラで、去って行くなぎさのうしろ姿を捉える。シャッターは押さなかった。
二人で店の中に移動する。
店に入ると、入り口付近、営業に差し支えそうな位置に以前はなかった椅子がある。背もたれのうしろにフックのついた、キャスター付きで座り心地のよさそうな椅子。用意していたのだろう。
「そこ座り。何か飲むか?」
「さっきドクペいただいたから、大丈夫」とトートバッグをフックにかけて座る。
「そっか、用意してくれたんか?なぎさ」と前と同じ椅子に座るよしつね。
「うん、すごく気が利くっていうか、言い方が正しいかわからないけど、いい人」
「あんな…聞いたか?」
「うん、川に飛び込んだって」
「せやからな、あん人に頭あがらへん、あんときもめっちゃ怒られた」
「だろうね。さっきもすごかったね」
「それもな、こっちはわざとやってるからな、余計罪悪感があんねん」
「そっか、人生を何回もやってるから」
「うん、最初はほんまに死のうと思て飛び込んだんやけど、なぎさが助けてくれて、ここにいさせてもろて、それまでのどの人生よりも普通っちゅうか、楽しいっちゅうか」
「なぎささんを騙してるみたいに思ってる?」
「実際そうやし」
「でも、なぎささんも楽しかったって言ってたよ。伝聞になるから本当に楽しかったかはそっちの判断だけどね。あと…」やっぱり言わないでおく。
「何?」
「うん、素敵な人、ちょっと距離感おかしいけど」
「せやな」
「でも、今日のは仕方ないよ」そう、よしつねは悪くない、と思う。
「そうでもないんや」
「どうして?わたしが勝手に来ただけなのに?」
「何回も人生繰り返しとる言うたやろ?けどわからんことがあってな。意識が途絶えることがあんなん」
「なぎささんが前にも倒れたって言ってた。病気とか?」
「そうかと思て、病院行ったりしたんやけど、いっつも原因不明でな。今日も病院で検査したんやけど異常なしやて」
「それで急に倒れたら危ないよ?」
「そうやな。それで何遍も死んどるしな」
「死?え!?」さすがに死の扱いが軽すぎるとは思う。
「で、多分やねんけど、意識のうなるタイミングがな、ランダムやねん。
もしかしたら、自分の行動によるかもわからんけど、まったく同じ動きってできひんから、それが影響しとるんかもやけど、いずれにせよいつ意識がのうなるか自分では制御できんねん」
「あと突然いなくなったりするって」
「それはな、急に死にそうな気がするっていうか、そう感じるときもあんねん。
現世ではこの通りまだ死んでへんねんけど、過去の経験からな、あ!やばいわ!って感じるときがあってな、そんときは人知れず山奥とか行ってな、こっそり死ぬんや」
「じゃあ、いきなり意識がなくなるのと、だんだん危ないって感じるパターンがあって、どっちもそのまま死ぬこともあるし、助かることもあるってこと?」
「そういうことやな。理解が早くて助かるわ」
「それで昨日は、いきなりだけど助かったパターンってことだね?」
「せや、で気ぃ付いたら病院や」
「やっぱり仕方ないよ」
「でも倒れる可能性があるならそれを勘定にいれとけって話やろ、リスク管理ってやつや。
それにな、昨日の夜まではな、全部まったくではないけど、だいたい同じ人生を前にやっとんねん。だから、今朝りかおんが来るやろて思っとったんや」
「そか。でもなぎささんはループのこと知らないんでしょ?」
「ループ?」
「あ、人生を繰り返すこと、今度からそれをループって言うから」
「おう」
「あと前の人生っていうのも、これからは前世で」
「ほな、前の前の前はぜんぜ…」
「キリないし、数えても仕方ないから、前は全部まとめて前世!で、今は現世、次は来世」
「わかった」
「でもあんなに責めなくてもいいのに。理不尽だよ?」
「大人になるとそういうこともあんねん。けど、倒れることあるってのはそうやし。りかおんを不安にさせたんは事実やし」
「そうだけどさ」
「なぎさは優しいからな」
「そうだね」
「せやけど予定っていうか、ちょいちょい前世と変わったな」
「そうなの?何が?」
「今朝わしがりかおんに会えんかった、りかおんがなぎさに会うた、わしとりかおんと連絡先を交換した、結果今会ってる、ループと前世の定義をされた、って辺りやな」
「結構変わってるね」
「せやな」
「困る?」
「たぶん困らへん」
「前は連絡先知らなかったの?」
「せやな、わしがここいるとき、ふら〜とりかおんが来て、って感じやな」
「今度から来るときは連絡しようか?」
「だいたいわかるで」
「でも前世と変わったから」
「せやな、けどどっちでもええわ。基本ここやし。おらんかったらなぎさんとこ行ったらええ」
「そうだね。暇そうだし」
「また来るか?」
「暇だったら買い物ついでとかで寄るかも」
「かまへん」
「そもそもさ、どうして人生繰り返してるの?」
「わからん。望んでもおらんし」
「そうなんだ。つらい?」
「どやろな?そう思た時期もあったけどな。慣れたわ」
「何回くらい?人生」
「正確にはわからんけど、かれこれ100万回以上やな。猫もびっくりや」
「え、そんなに?大変なんだね」
「そんなん言うてくれんの、りかおんだけや?」
「誰かに話したことある?」
「ない」
「じゃあそうだよ。知る由もないよ」
「せやな」
「どうしてわたしには言ったの?ループのこと」疑問は尽きない。
「それやけどな、前にほんまに助けられたって話したやん?」
「うん、行き倒れて死にかけたって」
「そんときな、あれはほんまに体調のせいか、ランダムのやつかはわからんけどな。そのあと救急車で病院付き添ってくれてな、意識がボーっとなっとるとき、りかおんがいろいろ話してくれてな、聞いてへん思たんかな、好きなものとか、友達のこととか、な。
せやけど、わし、じき死んでな…」
「え、嘘」
「嘘は言わんて。で次のループ、な、わしは倒れはせんかったんやけど、りかおんがな、あの店から出て、奥の方へ進むやん」
「うん、よしつねを蹴った」
「でもわしはおらんやん」
「そうだね、倒れないから」
「ほしたら、やっぱ帰ろ思たんか、そのまま引き返してな、急いだんかな…うぅっ」
「どうしたの?」
「あんまり話したない思てな」
「現世のわたしは、大丈夫だよ」察する。
「せやな…あんな、りかおん、車にはねられて…」
「嘘…あ、ごめん」身体が痛くなった気がして椅子から少し身を乗り出す。気のせいだ。
「大怪我してもうて、でもその前世では知り合いでも何でもないからな、そのあとどうなったかはわからんけど、難儀しよったやろな」
「うん」
「で、その次や、車にはねられる直前で何とか助けたんやけど」
「良かった…ありがと」人ごとなのか自分ごとなのか微妙だが、ほっとする。
「そのあと、りかおん、そやってお礼言いに来てくれたりしてな、ここ寄ってくれるようになったんけど、ポロッと言うてもうたんよ、その、好きなものとか前に聞いたことを。ほしたらな、ごっつ疑われて、助けられたんもおかしいって。賢こやな」
「そこで、人生2回目なんじゃないかって?」
「せや、で、そのあとも何回かループしとんやけど、言うた方がいい思うようなった。信じてもらえるかは、わしの話ぶりにもよるんやろな。そのときどきやけど」
「ってゆうかさ、恩人だよね?よしつね」
「1回だけやろ」
「でも、わたしがはねられないように、わざとあそこで倒れてたんでしょ?」
「うん」
「ずっと、何回も?わたしに脇腹を蹴られて?」
「うん。そしたら、りかおんが、はねられそうになることもないし」
「ありがとうね」
「…」黙っているよしつね。
「でもさ、何回もわざと倒れてるの想像したらさ、何かバカみたいだね?」
「せやな、でもやめられへん。りかおんも何回目かなんちゃう?実は、あーまた倒れてる、って思っとったりしてな?」
「覚えてないだけかな?ううん、違うと思うよ。もし覚えてたらさ、かわいそうだから次は蹴らないようにしてあげる」
「ふっ、助かるわ。もしかしたら、みんな何回目かなのに、知らんふりして生きてたりな?」
「そんなだったら、おもしろいね」
「したら、わしがいろいろ悩んだんもアホみたいやな?」
気が付けば昨日一昨日と同じくらいに持ち直しているよしつね。
「そうかも。前世ではこんな話もしてないの?」
「してへん、今初めてや…あッ!」急に立ち上がるよしつね。
「どうしたの?」
「ミツコ!」
「もう行ったよ?」
「ぬいぐるみは?」
「それ知ってるんだね?うん見た、だけ」
「獲ってへんの?」
「うん、お金かかるし」
「ほな行こ?ゲーセン」
「でもお金かかるから」
「ふっふっふ、儲けるすべが、あんねんて」
「それ、よしつねのお金だから」
「恩人のためなら、や」
「でも、ズルだよね?」
「恩人の言うことや、きき」
「じゃあ仕方ないね、行こう」と、立ち上がって、よしつねに手を差し出した。
「お、おう。準備するわ。帽子持ってくるわ」そう言ってよしつねは店の奥へ行った。
待っているときにスマートフォンを確認する。通知あり。なぎさからだ。
『さっきはごめんなさい
あいつに言い過ぎたって言ってください
よろしく』
なぎさはさきほど何と言ってただろう。自分で言えばいいのに。
二人並んで、本屋のあるビルへ向かう。アーケード街を出て大通りを右に少し歩き、川にかかる橋を渡る。次第に人通りが多くなってくる。
ふと、よしつねの横顔を見る。気付いてこっちを向いて
「ここちゃうで」
「うん、聞いてる」
「フェイクやし」
「うん」でも、最初は本当だったのだろう。
「わたしが車に…」
聞いたら、よしつねは嘘をつかない。
「聞きたいか?」
「ううん、これからはいつでも気を付けるようにするから」
「せやな、ええ子や」
「子ども扱いしない!」
「そうか、ぬいぐるみいらんか?」
「ちょっと!わたしはなぎささんみたいに優しくないよ?」
「どうやろな?」
ほどなくして差し掛かる歩道橋は、交差点の真上を覆い、四隅をNの字で結んでいる。このまま進み、Nの右下にあたる場所にある階段を登ったら、そのまま斜向かい、Nの左上にある目的のビル2階へと繋がっている。
「暑いね」と声をかける。
「大丈夫か?」
「うん、そっちこそ」
「前科ありやしな」
歩道橋を登り切ると、通りのさきに駅が見える。その道中に椰子の木が連なっている。
「何か、ハワイみたいだね、暑いし、椰子があって」
「せやな」
「何で椰子があるんだろう?」
「戦後でこの辺焼け野原になってもうてな、復興のシンボルらしいで」
「そうなんだ。ただ楽しいからってだけじゃないんだね?」
「せやけど、楽しんだらいいやろ?目的達成や」
「うん。ハワイ、行ったことある?」
「ああ、前の…でな?」前世のことだろう。
「わたしも行きたいな」
「大きくなったら機会あるやろ?」
「そうだね、でも」
「家族全員で行きたかったな」
「うん」
「わしもや。何遍でもオカン死によるし」
「ごめんね」
ループしても母は亡くなってしまうのだろうか。聞けなかった。
「おあいこや。いこか」
4階のアミューズメント施設に着く。もうすぐ17時になる。
クレーンゲームへ駆け寄る。さきほどとは、ぬいぐるみの山の形が違って見える。いるだろうか。
『ピコーン』
硬貨が投入されたことを示す電子音が聞こえる。焦る。見るとよしつねだった。操作盤の脇に『6』がデジタル表示される。
「獲られちゃったかな、見つからないよ」
「とりあえずやってみたらええ、チャレンジや」さっきも言われたような。
「うん」
お目当ては見つからない。が、操作盤に向かい、構える。
一つ目のボタンを押すと球体が奥へ進み、離すと止まる。二つ目は右へ。そして自動的に球体が、その両脇についたアームを広げて降下し、アームの先についたシャベルが山に突っ込む。山に当たるとアームが閉じられ、球体が上昇し切ると、まっすぐ元の位置に戻る。
何も獲れないが、山の一角が崩れる。いるだろうか。6回やっても見つからない。
「ほら、次」よしつねが500円硬貨を渡そうとしてくる。
「今度はよしつねがやってよ」
「いや、ええて」
「年を重ねてチャレンジ精神なくしたの?」と場所を譲る。
「言うなあ?ほな、やったるか」と投入口に硬貨を入れるよしつね。
『ピコーン』
「獲ったらわしのもんやからな?」
「えーズルい!」
「行くで!」
アームが山を切り崩すこと5回、向かって右、取り出し口から遠い方の山の中腹から麓あたりに、沼島イザナの衣装らしきものが見えた。
「あれだよ、たぶん、あの白くて赤い帯がついてるの!」
「お、あれか、獲ってまうで?」
「うん、いいから、獲ってよ、格好いいとこ見せて」
「わった」威勢良くボタンを押す。
アームが白いぬいぐるみを捉える。獲れるか。惜しくも逃すが、ぬいぐるみが動いて顔が見える。
「ほら!あれだよ。間違いない」
「見えてきたな。次やるな?」
「うん、ありがと。仇はとるよ!」
「任した」
『ピコーン』
アームでぬいぐるみを掴もうとする。捉えはする。しかし持ち上がらない。
「これ、貧弱だよう」
「諦めたらあかんで、チャンスはいっぱいあるんやから」
「うん」ぬいぐるみの側面のタグについているであろうナイロンの紐に引っ掛けたら、あるいは獲れるかもしれない。場所を微調整しながら挑むが、残り5回すべて持ち上げることができない。
「ほら」また硬貨をくれるよしつね。
「いいの?」
「引き際を知らん、大人の悪いところや」
「次やる?」
「いや、仇とってくれんやろ?化けて出るで?」
「化けられないでしょ?やるよ」
「その意気や」
『ピコーン』
球体が5往復するも、ぬいぐるみは表情を変えず、ガラスの向こうでこちらを見ている。
「まだだ」
「せや、金ならあるで」と悪い大人のよしつね。
「黙って、集中するから、たぶんあの辺…」
球体がぬいぐるみの上に達する。開かれたアームが舞い降りる。捉えた。ここから。
シャベルに引っかかった紐がピンと張る。
「お願い」
次の瞬間、球体とともにぬいぐるみが舞い上がる。
「お!」よしつねも感嘆の声をあげる。
塊が、なだらかな山の上をロープウェイのように過ぎて行く。そのまま。
「やった…」
取り出し口へ落ちるぬいぐるみ。すぐさま取り出す。
「ようやったな!りかおん」
「うん、しかも同じの2個、絡んでくっついてたね」
「飾る用と使う用やな」
「使うって何?」
「抱っこして寝る?」
「しないよ」おそらく。
「ほな、ぬい活みたいな?」
「それはしてみたいかも。うん、でも1個はさ…」と片方のぬいぐるみを
「よしつねが持っていてよ」と差し出した。
「りかおんが獲ったもんやで?」とぬいぐるみに手を添えながらよしつね。
「でも出捐はよしつねだから」
「せやな」
「あ、うん。だから、ね?」
「ありがとうな。りかおんとおそろやな」
今度は空耳ではない。
「…あ、そうだね」
「ほな、かえろな」
「うん……あ!」
「今度は何?」
「バッグ忘れた」
エスカレーターを降りてビルを出て、再び御代史堂に向かう。
「ごめんなさい」
「別に謝ることやない」
「前は忘れなかった?」
「うん、店であんな話したりせんかったし。なぎさに殴られてから、歯車が狂ったんかな?」
「殴られてないよ」
「せやったっけ?」
「せやった、よ」
「時間、大丈夫なん?」
「ママ、今日夜勤だから。ごはんも勝手に食べてって」
「そうか、寂しいな」
「慣れた」
「さすがやな」
歩道橋から見える夕焼け、わたしの身体にも残っている太陽の余韻が、目の前に広がってオレンジ色、白、濃紺のグラデーションへと変わっていく、それを支えるなだらかな山が、椰子の向こうに見える。
「ちょっと待って、写真撮りたい」
「おう」
スマートフォンのカメラで夕焼けを撮影する。実際に見たものとは違って見える。普段、画面に流れてくる映像も、加工をしていないとしても実際とは違うのだろう。
ついでに、微笑んでこちらを見ているよしつねも撮影したが、顔ははっきり写らなかった。
「そういえばさ、ちゃんと戸締りした?」
「自信ないわ」
「急ぐよ」




