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ショーダウン

5 ショーダウン


 駅前のデパートビルの5階にある本屋に向かう。


 途中、4階のアミューズメント施設の誘惑され、クレーンゲームを横目で見つつ、将来のことを考えているまいちのことを思い出し耐えていると、


「え、待って」


 ふとクレーンゲームの景品が目に入る。『イルエトワール!ぬいぐるみ 全10種』とある。


 知らないんですけど?公式ですか?ラインナップは?折り重なるぬいぐるみの山を凝視する。


「いた…」沼島イザナのぬいぐるみが目に入る。欲しい。お迎えしたい。


 スマートフォンで情報を確認する。短文投稿サービス・ピーチクに、公式アカウントから2週間くらい前に投稿がされていた。テスト中。迂闊。痛恨。


 しかし、クレーンゲームは得意ではないし、いくらかお金を使わないと獲れないようにできているという話も聞いたことがある。まいちがおごってくれたからお金に余裕はあるけれど、これを使ってしまったら彼女に顔向けできない。殺される。


「さよなら…」と小さく声に出し、エスカレーターで上の階に向かう。



 たまたま興味がありそうな本を見つけたので購入し、階下へ降りる。お釣りがあるので1プレイくらいならとも思ったが、いったんさよならをしたのに、またさよならするのは余計につらくなるだけと思い、そのまま3階へと降りた。時刻はもうすぐ14時30分ころ。帰ろうかな。いや、もう一度だけ確認しようと、御代史堂へ向かう。


 アーケード街に戻り、御代史堂の辺りに着く。やはり見当たらない。二度あることは三度あるという、帰ろう。


 と、そのとき、うしろから体を掴まれた。力強く芯のある腕。


「ひぃッ!」と声が漏れた。よしつねのことを信用したのがいけなかったのだろうか。このままどこか連れていかれるのだろうか。母に申し訳ない。そんな気持ちが瞬時に巡る。じきに体を掴んでいた腕が離れる。


「あ、ごめんごめん」と、例のタンクトップ女がわたしの前に回り込んで差し伸べた手、わたしはそれをすばやく払いのける。


 声を出せない。おそらく泣いているのだろう。安堵感、焦燥感、敗北感、嫌悪感、何か。


 女はわたしの前で悲しそうな顔で立っている。わたしを待っているのだろうか。沈黙が全身にまとわりつく。


「な、ん、なんですか?」と消え入りそうな声で抵抗する。


「あ、あんな…落ち着いて、な?」


「…」何かあったというのだろうか?


「あの、あいつがな…」


「…は…う」


「連絡あってな」


「…う…ん…」


「女の子がうろうろしてたら頼むて」


「…え?」


「せやから、女の子がおったら助けてやってて言われよって、そいで来とんねん」堰を切ったようにしゃべり出す女。


「…生きてる…ですか?」


「何で片言やねん。って死んでへんてさっきも言うたやん」


「はあ…」


「けど、心配してくれよったんやな?あいつも喜ぶで」


「…」しばらく沈黙が続く。落ち着いてくる。


「いけそか?」


「…はい。すみません」


「いや、こっちこそすまんな」


「いえ…」


「こんなとこでなんやし、店いこか?」


「客引きですか?」


「ちゃうし、さっき見よったやろ?古着屋。って何でそんな言葉知っとんねん」


「…テレビとか?」


「ええから、店で休憩しよな?ドクペ?買っといたし。歩ける?」


「…うん」


 手を差し出してくる女。バツが悪いので今度は恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりと握ると、柔らかく握り返された。手を繋いだまま歩き出す。


「あの、店大丈夫なんですか?」


「何で?」


「店番とか?」


「あー心配あらへん、滅多に人来んし。ネットの時代やで」


「はあ」


「あいつも生きてるし、心配あらへん」


「はい」


 古着屋が見える。開けっ放しだ。


「今日は終いや、さ、入り」


「お邪魔します」店の中に入り、示された一人用のソファに座る。


「はい、これ」店の奥から持ってきたドクペの缶とおしぼりを渡される。


「ありがとうございます」


「準備するから飲んで待っとってな」


 疲れていたのでさっそくいただく。美味しい。生き返る。


 女はテキパキと、外に出ているハンガーラックをしまったり、看板の電気を消したり、ドアを閉めたり、店じまいをしている。その間にわたしがおしぼりで顔を拭いていると、


「あーそんなんで拭いたらあかん、待って」と洗顔シートを渡される。こんなのは使ったことない。印象とは違って気が利くのだろうか。


「ふんッ」と顎で、使えというような仕草をしてくる。袋から取り出し広げ、顔を拭う。涙のあとは消えただろうか?さっぱりする。


 店じまいは済んだのか、女がレジの横を通り、奥から丸椅子を持ってきてわたしの正面に座る。


「いけるか?」


「はい、ありがとうございます」


「ほならえかったわ、どうしよか思たわ」


「すみません」


「悪いのはうちや。気にしいな」


「あ、はい」


「で、あいつの話やけどな、午前中に会うたあと、あいつに連絡したん。何やったっけ?あ、スマホ」と女はポケットからスマートフォンを取り出して、見る。


「えーっとな、


 『いんでもうたか?


  お前の店の前に挙動不振な女の子がおったけど何かしたんか?いわすで!』


って送ったんよ。ほしたら、えー


 『僕は大丈夫です。彼女は、りかおんといって僕の恩人で、ドクペが好きな優しい子です。


  僕に会いに来たのだと思います。


  厄介ごとに巻き込まれないように助けてあげてください。


  嘘はつかないと約束したので、僕のことを聞かれたらすべて正直に話してください。


  あと、なぎさのようなカス人間は嫌われると思うので気を付けてください』


ってゆう話や、って誰がカスや」


 棒読みが過ぎる。挙動不審に見えたわたし。


「はい?」


「何や?あ、なぎさ、っていうのがうちや。タンクトップおばあちゃうで?」


「え、そんなこと言ってないですよ」


 似たようなことは思っては、いた。


「せやな、まだギリアラサーや」


「はあ」


「で見守ってたっちゅうわけや?」


「でも厄介ごとってなぎささんがそんな感じなんですけど」


「すまんて」


「でも、すごい言われよう、ですね」


「あ、いつもあんな感じやからな。けんど、あいつの言う通りや。けたくそわるいわ。うちのこと嫌いやろ?」


「は…い、いえ」


「ちょと!正直過ぎひん?」


「あの、最初はいやだな、って思ったんですけど、今はもう大丈夫っていうか。でも掴まれてびっくりしたし、さっき通ったときも、すごい見られてて怖かった、っていうか…」


「そうなん?スキンシップってやつや。時代か。さっきは、かわいらしなー思て見てただけや、デート中やし話しかけんかったけんど」


「で、デートって、女の子同士ですよ?」


「女の子とデートしよったらあかんのか?」


「いけなくないですけど、あんまり言いませんよ、そういうふうに」「ええやろ?楽しそやったで?」


「い?見てたんですか?」


「そらそうやろ?頼まれたし」


「プライバシーですよ」


「こんな大通りでプライバシーもへったくれもないやろ?」


「全然人いないし、閑散としてますよ」


「ひどいこと言うなあ」


「あ、すみません」


 言い過ぎた、まいちにも申し訳ない。


「まええわ。で、何かあいつに用あったん?」


「あ、いえ、ちょっと寄っただけっていうか」


「デート前やもんな?」


「だか…んもう、わかりました」


「せやろ?。まあ、あいつもじき戻ってくるやろ」


「あの…なぎささんはあの人とどういう関係…なんですか?」


「どういうて、おとことお…」


「もういいです!」


「あーすまん。いとこや、いとこ。うちのおとんの妹があいつの母親で」


 今日はいとこの日か何かだろうか?


「仲、良さそうですよね?」


「いやな、どっか消えそうっちゅうか、危なっかしいねんあいつ、自分を大事にせんっちゅうか。せやから、いとこのよしみで仲良うしとんねん」


「何か…あったんですか?」


「言うていいんかな、何やったっけ?」と再びスマートフォンを取り出して、「えー、『嘘はつかないと約束したので、僕のことを聞かれたらすべて正直に話してください』ってことやから、ええよな?むしろすすんで話せっちゅうことやな」


 聞いてみたい、けど、怖い。


「…お任せします」


「ほなな、話したるわ」と椅子から立ち上がり、レジ横の照明スイッチを操作する。部屋が少し暗くなる。


「ちょ、何するんですか?」


「この方が、ふいんき出る思て」


「雰囲気です。って怖い話なんですか?」


 怖いと思ったけど、その怖いとは違う。


「笑ってする話やないな。あいつの頼みやから話してもええけんど、うちも別にしとうないし。やめるか?」


 よしつねが、『話してください』と言ってるということは、彼の前の人生ってやつの中でもわたしはそのことを聞いているのだろう。だから大丈夫。そこにも嘘はないのだと信じたい。


「いえ、聞きます。お願いします」


「わかった。その前に喉乾いたわ、飲みもんとってくる」と、奥から辛口ジンジャーの瓶を持って、飲みながら歩いてくる。


「違うんですね?」


「あー、これか?うちドクペはよう飲まん。あいつの趣味や」


 やっぱり仲が良いのだろうか。



 柔らかな照明の古着屋で、なぎさと向かい合って座っている。


 時刻は15時過ぎ、よしつねの暗い過去、まだ聞いていないけどそんな口ぶり、それをなぎさが話してくれる。


「あいつ、5歳かそこらでオトンを亡くしてな、ずっとオカンと暮らしとったみたいなんやけんど、うちのオトンの妹な、でそのオカンも15歳のときに死んでもうてな。


 一人になってもうたんで、親戚を頼ろうとしてな、いろいろ回ったけんどだめやったんやろな?うちんとこにも来てな。ほれでもそない交流もあれへんし、他に行くとこあるやろ思てな、オトンも断ってもうたん。


 うち、それ見よってな、ものごっつ雨の日やったしな、何か知らんけんど気になってな、帰りよるあいつのことつけてん。


 ほしたら、あいつ、あっこの川のちっさい橋あるやん、その上で川見てうっすら笑いよんねん。


 いける思て、帰ろうとしたらな、バシャーンって、見たらあいつ川に飛び込んどるやんか。気ぃ付いたらうち、川に飛び込んであいつのこと助けてたわ。


 んでな、うちからオトンに何とかしてやって頼んで、けんど、うちんとこも狭いからな、あいつの店な、オトンの知り合いが昔店やりよってんけんど、もうやってへんから、そこ貸してもうてな、それからずーっとあっこで暮らしとるわ。あいつが金出す言うて、今はうちの名義になっとるけんど」


 わたしの父も2年前に亡くなった。今は母がいるから大丈夫。でも母がいなくなったらどうなるのだろう?想像できない。


 続けるなぎさ。


「でもな、そのわり悲壮感がないっちゅうか、うちも心配でしょっちゅうあいつんとこ入り浸ったりしとったけんど、いつも元気そうにしとんよ。心配ささんように思とんのかな。それが逆に心配になんねん。


 あとな、うちが勝手に思てるだけかもわからんけんど、何かふら〜っといなくなってまいそうな気ぃすんねん。昨日みたいに急に倒れたりしたんも前にもあったし。何日か連絡取れなくなったりな」


 なぎさは椅子から立ち上がり、両腕を上に、体を伸ばして天井を見ながら、


「けんど、まあいけるやろ?おんしんこと気にいっちょるみたいやし」


「そうでしょうか?」


「恩人なんやろ?」こちらを向き直る。


「それ言ったら、なぎささんが恩人ですよ?」


「ほなけん、うちもあいつが来てから楽しかったな」


「いいひとですね」


「あいつ?」


「い、いえ」となぎさの方向を手のひらで示す。


「うち?」


「はい」


「そらせやろ?徘徊少女を助けてんから」手を腰に当てて威張っている。


「でも、感じ悪いし、ニヤニヤ見てくるし、拉致されるかと思ったし」


「誤解は解けたやろ?」


「はい、今は…」


「ありがとうな。にしても、あいつ人をカス呼ばわりしよって」


「あの、好きなんですか?」


「何を?」


「あの…人?」


「うちが?」


「はい」


「う〜ん、別にな〜…いや〜でもな〜。よし、嘘つかないで全部話せっちゅうことやからな…話すわ」


「あ、あの…」/「好きや」


 制止できずに、聞いてしまった。


「嘘つかないっていうのはあの人がっていう話で」


「ん?」


「ですから、あの人が嘘つかないってわたしと約束しただけで、それであの人自身のことは隠さずに話して欲しいっていうだけで」


「で?」


「だからー、なぎささんのことは別に話さなくてもいいっていうか」


「ほいで?」


「なぎささんは、今の質問、無理に答える必要がなかった、ということです」


「はー、へ?騙しよった?」


「早とちりです。それに、あの人に言われたからって従わなくてもいいんじゃないですか?カス呼ばわりされてるし」


「せ…やな」


「…あの、大丈夫ですか?」


「あ、あん…でも、もう言うてもうたしな、かまへん、好きや」


「…そうですか…はあ、あの…じゃあ、その…結婚とか?したいですか?」


「いや、それは無理や、そういうんちゃうわ!」


「は、はあ」


「うち、婿もうたし、オトンと仕事しちょるし」


「あ…は…そうなんですね」確かに、距離感がおかしいことを除けば、ビジュ、行動力、気配りなど申し分ない。


「けんど、そもそもいとこ同士は結婚できないんやろ?」


「…」


「どした?」


「…あ!…え?」


「いとこ、結婚、無理、やろ?」


「あ、いえ…できますよ。いとこでも」


「ほんまに?」


「ほんま…に」


「あー苗字違うからいけるんか?」


「い、いえ…苗字は関係ない、です」


「そうなんか?騙されたんか?いや、誰から聞いたんやろか?うーん」


 どこかに、いとこ同士を結婚させまいと暗躍している組織でもあるのか。まいちは無事に買い物が済んだだろうか。


「よう知っとるな?そんなこと。勉強したんか?」


「あ、いえ、たまたまです」


「けんどな、あいつと結婚なんて考えられへんわな。そういうんちゃうんちゃう?好きやのうて、憐れみっちゅうか、同情っちゅうか、捨て猫看てるみたいちゅうか。あいつのこと下に見てるんかもな。そういえばうち、猫好きやし猫の話わかんねん」


「何かを好きになるのに理由なんていらないんだよ!」


「どした?」


「…って友達が言ってました」


「うん」


「だから、何を好きになってもいいし、好きな気持ちを否定しなくていいと思います」


「…そうやね」と、なぎさは少しかがんでわたしの頬に優しく手をあてて微笑む。


「けんど、そうも言うてられんねんて、大人になってまうとな。おんしはまだな、子どもでいなあかんで」


「あの、ありがとうございます。今日は、楽しかった…っていうんじゃないですけど、話せて良かったです」どう伝えたら良いかわからず、立ち上がって発せられた言葉。


「楽しかった、やろ?それでええやろ?」


「はい」


 直後、振動が伝わる。なぎさのスマートフォンからだ。


「お、何や、あいつか、えーと


 『病院から戻りました。気にしなくて大丈夫です。


  もしりかおんに絡んでいるなら、即時解放してください。


  かわいそうです。』


やって。何やこの言い草!やっぱうち、あいつ嫌いや!」


 無造作にスマートフォンをポケットに突っ込むと、


「ほな、いこか?」と手を差し出してくるなぎさ。


「はい」今度は迷わずまっすぐに、手を握った。



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