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殺人予告

4 殺人予告


 翌日、日曜日。


 目を覚まして右側にある机の方を見る。アクリルスタンドが目に入る。ニヤついたのが自分でもわかる。


 右手で枕元を探る。指に紐の感触、そのまま紐をつかんで引き寄せる。仰向けになって顔の上に右手を掲げると、紐にぶら下がった勾玉が目の前をたゆたう。


「ふふっ…おそろい」


<嬢ちゃんとおそろやな>


 不意に脳内で、沼島イザナ(CV:よしつね)の声が再生される。


「だから、違うって…」


 もしかしてしゃべり方さえ同じならば違和感ないのだろうか?


<あなたとおそろいですね>


 悪くない。


「いやいやいや、何でそうなるの!」


 大げさに首を振って気持ちを打ち消した。


 この勾玉はよしつねが探したと言っていた。昨夜調べたところ、翡翠という天然の石でできているようで、数万から数百万円と価格差はあるが、いずれも中学生が簡単に買えるようなものではない。ただ、よしつねにとって価格は気にするものではないだろう。


 問題は模様がまったくと言っていいほど似通っていることだ。沼島イザナの持つ勾玉には不規則な細かいムラがある。アクリルスタンドでは小さいので、細かい点はゲーム内や公式サイトの複数の画像で確認した。天然の石の模様がこれほどまでに一致するだろうか?と疑問が浮かぶ。


「聞いて、みよう…かな」


 スマートフォンを探し当てるも、連絡先は聞いていない。


 10時を過ぎたところ。通知を確認、まいちからのメッセージが来ている。


 『ちゃんと起きたか寝太郎』


 姫から転落させられた。確かに寝るのは好きだが。わたしも三年寝太郎のように、将来は人の役に立てるだろうか。


 『起きてるよむにゃむにゃ』おざなりに返事する。


 今日はまいちとのランチ。待ち合わせが11時30分なのでまだ時間がある。勉強しようか、それとも少し遠回りになるが、よしつねのところに寄ってみるか。思いも寄らずに登場した選択肢に驚く。


 急いで支度をする。勾玉はトートバッグの中に入れた。夜勤に備え眠っている母を起こさないように、静かに外へ出た。



 アーケード街に来た。御代史堂に向かう。昨夜のような光は見つけられない。まだ昼間なので灯りは点けていないのだろうか?日曜日は休みの可能性もある。


 この辺りだろうというところまで来てみたが、店は見つからない。ここかなと思うところはあるが、看板は見当たらず、シャッターが閉まっている。もしかしたらあの店はなかったのだろうか?全部夢?確かによく寝るし、変な夢も見るし。でも勾玉はあるから。


 トートバッグに手を突っ込んで確かめる。財布、タオル、ペットボトル、ポーチ、グミ、折りたたみ傘。どこだ?焦る。ふと紐が指にかかる。


「あった…」


 そのまま紐を持って勾玉をトートバッグから取り出して見る。鼓動が速くなっているのに気づく。


 良かった、と本気で思ったのが自分でもおかしく思える。


 落ち着いてから、うろうろしてみる。怪しい人と思われるだろうか?


「あの、どうかされました?」


 思いがけず声をかけられた。灰色のタンクトップをまとう女性、2、30代くらいだろうか。


「えっと、この辺りに雑貨屋さん?みたいなのがあったと思うんですが…」


「今日は休み、臨時休業」


「そうなんですか、ありがとうございます…はぁ」


 急に出た疲労感と、店自体あるのだという安心感。


「何か探しもんでも?」


「いえ、ここの店長さんにちょっと…」


「へ、知り合い?」


「知り合い…っていうか、まあ、知り合いですか、ね?」


「そう…あいつ、昨日ここでぶっ倒れよって、救急車呼んでしん…」


「え?し…えっ?」


 速まる鼓動。


「あー死んでないって、病院。夜には戻ると思うけど」


「そうですか」


「何か用なら連絡しとこうか?」


「ついでに寄っただけなんで、大丈夫です。失礼します」


「ふっ…かわええな…」


 もう、きゃっきゃがくる。



 もうすぐ11時になる。予定がなくなったので少し時間が早いが待ち合わせ場所に向かう。


 アーケード街を通り過ぎ、左に川を見ながら、川沿いを歩く。川幅は2、30メートルというところか。幅10メートルほどの歩行者用の橋が見えて来て、それを渡る。途中、右から7、8人が乗った遊覧船が向かって来て、手を振っている。周りに他の人はいないので、わたしに向けてだろう。少し恥ずかしいけど立ち止まって手を振ってみる。声は出さない。楽しい。橋の下をくぐり抜けていく船を見送ってから歩き始める。橋を渡りきったところの河川敷は公園になっている。暑いけど、こういうところを散歩するのも気持ちが良い。


 公園を過ぎるともうすぐ、今日の目的地、まいちのおすすめお好み焼き屋さん。まだ待ち合わせ時間の15分くらい前。なのに、水色のTシャツに紺のワイドパンツ、キャスケットを被ったまいちが並んで待っているのが見えた。普段のセミロングヘアーをうしろで巻いてお団子のアレンジ。いつもボブのわたしと違っておしゃれなまいち。


 駆け寄って声をかける。


「はあ、早いね!」


「暑いのに走らなくていいのにー。姫を待たせるわけにはいかないからねえ」姫に返り咲いたらしい。


「そっちこそ、暑いのにありがと」


「けど、何であっちから来た?」


「え、散歩。川で船見てた。」


「へぇー、あのりかおんが、この暑さで?」


「あのって、どのよ?」


「そこの、かわいい、りかおんだよー」


「お次の2名様どうぞー」と店員さんから呼ばれる。


「ほら。行くよ」と、まいちの肩に手を当てて時計回りにくるっと振り向かせて、背中を押して入り口へ促す。


「積極的ー」と茶化すまいち。


「いいから」


「こちらのお席へどうぞ」と店員さんに案内される。大きな鉄板が中央に据え付けられた4人席だ。まいちが窓際奥に座ろうとする。わたしが対角に座ろうとすると、まいちが左手で真横の席の背もたれをポンポンと叩く。


「こっちだよー」


「えー」戸惑うわたしの手をつかんで、


「遠慮しない」引っ張るまいち。


「どっちが積極的なんだか」


 仕方なく向かいの席に荷物を置いて、まいちと隣り合って座る。


「メニューはこちらでぇーっす」と、まいちが右手で壁のメニューを示す。


「誰?」


「どれ作りまひょ?」


「うーん、わたし作ったことないからなあ、どうしようかなあ」


「チャレンジしてみるのは大事よ?りかおんはやればできる子。尻込みしてたら勿体無いよー」


「困るよ、まいち作ってよ、ね?」


「仕方ないなー。ってここ、作ってくれるから食べるだけよ。見てみ?」


 まいちの視線を追う。それぞれの席に鉄板が備えられてあるが、自分で焼いている客は一人もいない。その先で店員さんがお好み焼きを焼いている。


「もう!」彼女の左肩を叩く。


「かわいいやつー」


「うっさいな」



 お好み焼きが順に運ばれてくる。わたしは肉と海老が入ったもの、まいちは練り物の天ぷらと豆が入ったものを注文していた。


 二人で「いただきます」


 半円形のお好み焼きが鉄板の上で湯気を発している。


「熱くないの?」


「はふはふしながら食べるのがいいんだよー」と自分のお好み焼きをへらで切って取り皿に乗せるまいち。真似てみる。


 ひとかけらを取り皿に乗せたところで、まいちが缶の青のりを渡してくれる。


「ありがと」


 受け取って、青のりをかける。かけ終わると、まいちが受け取ってくれる。


「召し上がれ」と言いながら、彼女は自分のお好み焼きに青のりをかけている。


「いただきます」と箸で口に運ぶ。


 熱い、けれどもっちりとした食感、対照的にカリッとした豚肉、歯ごたえのあるキャベツ、ソースの酸味の向こうに和風出汁の風味、美味しい。


「あっ、ふ!」熱過ぎて口元に何かが垂れる。


「ほらほら、大丈夫?」とティッシュでわたしの口を拭って、水を差し出すまいち、いつもありがとう。


 水を飲んで、口の中のざわめきを鎮める。


「熱いけど、美味しいね…熱いけど」


「相当熱いみたいだけど良かったよー。こっちも食べてみる?」


 切り分けたものを取り皿に乗せてくれる。


「豆ってどんなの?」と聞いてみる。


「甘いやつ」


「合うの?」


「いいから食べてみ?チャレンジ!」


「うん、いただきます」恐る恐る口に運ぶ、熱さには慣れたけど。


「どう?」


「うん、不思議な味、だけど、豆の甘さとソースの酸味がハーモニー?」


「いけそ?」


 もう一口食べてみる。悪くない。


「おん、あ、わたしのも食べてよ」


 結局、それぞれのお好み焼きを半分ずつシェアすることになった。



 最後の一切れをほおばる。名残惜しいがまたいつか来られたらと思う。


「おいしいでしょー?豆?」


「うん、意外に」と答える。こんなに合うとは思わなかった。


「こっちではメジャーなのよ。チャレンジして良かった、ねー?」


「うん…」



 中学入学に合わせてこちらに引っ越してきて1年と3か月が経つ。


 入学式で、周りは地元の友人で固まっている中、一人でいたわたしにまいちは「はじめまして」と声をかけてくれた。彼女は他の子とも仲が良くて、わたしがいなくても困らないだろうに。しばらく話したあと、思い切って「友達になってくれますか?」と聞いてみたら、「友達になろうよ、でしょー?わたしも言おうと思ってたとこ」と言ってくれた。わたしの、唯一の友達。



「…まいちが友達になってくれて良かった」


「それはこっちの台詞だよー。あ、『まいち』のところは『りかおん』ね?」


「ったく、細かいよ。でも、何でわたしに声かけてくれたの?」


「ん?何の話?」


「今の文脈でわかるでしょ?ほら、入学式の日にさ」


「あー、あれねーって、わからんよ、想像力豊か過ぎ」


「わたし、一人だったから?」


「あのさあ、何かを好きになるのに理由なんていらないんだよー」


「ちょっと何言ってんの?」


「りかおんだってそうでしょ?あのマンガのやつとか」


「ゲームね」


「はい細かいー」


「もうっ!」


「何で急にそんな話するのさー?」


「まいちのおかげで楽しいから、かな?他に友達いないし」


「あたしの友達とも仲良くしたらいいんだよ。ひと昔前はさ、みんな友人の紹介で結婚したりしてたんだよ?」


「それはいいんだけどさ。でも今のわたしがまいちにそれをしてもらうと、何かズルっていうか、やっぱり自分で見つけなきゃって。それに、まいちに頼りっきりで迷惑かなって」


「あたしはどっちでもいいんだよ?りかおんのためなら迷惑なんてないし、りかおんを独占できるならそれもまたよしだし。大事なのはさ、りかおんのここが決めるってこと」と言って、開いた右手を、わたしの右胸に触れる直前で止める。


「何?これ?」とまいちの右手を差す。


「コンピラ?」


「コンプライアンス、略してコンプラのこと?」


「何それ?」きょとんとしているまいち。


「法令遵守、だけじゃなくて社会規範、倫理、マナーなどを守って行動すること、かな」


「日本語でしゃべってくれたらいいのに、たぶんそれのこと」


「え、日本語…」


「あたしは何も考えずにどんどん行くけどさ、りかおんは考えすぎちゃうから。でもさー、いつか友達になりたいって思う人が出てくるよ。あたしにしたみたいに、りかおんを惹きつける人が。って、あたしにかなう人なんていないかー」


「ふふっ、そうだね」


「もしそんな人がいたらさ、あたしが査定してあげるよー」


「難関だね」


「で、これからどうする?」と、まいちが顔を近づけてくる。


 よしつねのことがよぎる。本当に生きているならよいが。


「あ、わたしは何もないよ。ママ夜勤だし。テスト勉強くらいかな」


「そうか、テストかー。んじゃーさー、ちょっとだけ、散歩しよー?」



 店を出る。頭上の太陽が眩しい。


「ごちそうさまでしたー」とまいち、「またどうぞ」と声が聞こえ、店の戸を閉める。


「いいの?」まいちがおごってくれた。


「お会計別で、って面倒くさいっしょー。今日はあたしが誘ったんだから、お返しはいずれ、ねぇん?」


「う、うん、何か怖いけど」


「それに今日は買い物頼まれてるから、お金あるんだよー」


「それ使ったら買い物できなくなっちゃうよ?」


「いけるって。多めに渡されたしー」


「ならいいけど」


「じゃあ行こっか?」と、わたしが来た方向、川の方を指差すまいち。


「こっち?」


「こっち。あたしも船見たいしー」


「うん」


 歩き出す二人。


「美味しかった。誘ってくれてありがと。あと、ごちそうさまでした」


「お粗末さまでしたー」


「それは違うって、作った人が言うんだよ」


「へえ、勉強になるなあ、さすが姫」


 おごってもらったわたしとの関係性をナチュラルに戻してくる。


「気をつけなよ?」


「はーい」


「ところでさ、さっきのお店いつも家族で行くんでしょ?いいの?わたしとで」


「あー、家族っていうか、いとこがいてさー、近所に住んでて。その人に何回か連れて来てもらってさー。あたしも久々に行ったんだよ。懐かしかったなあ。小学生のときでさ、熱くてこぼしちゃったりして、ティッシュで拭いてくれたりしてさー、今日はいとこの真似しちゃったよー」


「え、わたし、小学生扱い?」


「りかおんは子どものままでいいんだよー。ずっとそばにいてよー」と泣き真似をしてすがりついてくる。


「よしよし」と帽子の上から頭を撫でてやる。


「いとこ、もういなくなっちゃったから…」


「え?し…えっ?」


「死んでないよー、就職するとかで引っ越しちゃって、最近結婚したとかって」


「んと、好き、だったの?」


「結婚してって言ったら、ホーリツだかでいとこ同士は結婚できないんだってさー、生まれの不幸だよー」


「いや、いとこでも結婚できるけど…」


「えー?苗字一緒だよ?」


「うん、苗字は関係ない。兄弟とかはだめだけど、いとこは大丈夫」


「じゃあ嘘なの?本当は結婚できたー?」


「まだ年齢が足りないね、18からだから」


「でも今30くらいだよー」


「まいちの年齢も」


「あと5年くらい待つよー」


「そうしたら向こう35とかだよ?」


「だめ?ホーリツ?」


「法律じゃない」


「コン、プラ?」


「でもない、気持ちの問題?」


「なら関係ないよー、うえーん」


「でも、まいちはもてそうだからさ、泣かないで」


「泣いてないよー嘘泣きだよー」


「知ってる」


「んーもー、騙しやがって、ムカつく、あいつぶっ殺す!」急に泣き真似をやめ、怖いことを言いながら歩き出すまいち。


 川沿いに差し掛かる。遊覧船が通り過ぎようとしている。今度は川べりまで走り寄り、全力で叫ぶまいち。


「おーい!!!」


 大声に気付き手を振り返してくる遊覧船の人たちに対し、叫びながら大きく手を振り続けている。帽子が風に飛ばされ落ちたのにも気付かない。わたしはその帽子を拾い上げ、土埃を払う。彼女のうしろ姿、いつまでも見ていられる。けど、どっちが子どもですか?


 遊覧船が見えなくなり、疲れて息切れしているまいちのそばまで近付いた。


「ほら、落としたよ」帽子を差し出す。


「あーありがとー」まいちは帽子を受け取らずに、少し前傾になって微笑みながら見つめてくる。


「もう」両手で帽子を被せて整えてあげる。不意に抱きつかれた。


「じゃあさー、りかおんが結婚してくれる?」


「うーん、女同士はできないんだよ」帽子越しに撫でる。


「ホーリツ?」


「…うん」


 全身でまいちの鼓動が感じられる。もしかしたらわたしの、かもしれない。彼女の気が済むまでこのままいよう。


「ムカつく」また怒っているまいち。


「…殺す?」


「殺す。捕まる?」


「…うん、法律」


「そんくらい知ってるよー」急に手を離してくるりと反転して回ってみせ、「行くよー」と進み始める背中は、いつもの彼女のそれだった。



 まいちの設定した散歩コースはアーケード街へと続く。午前中に通った道を逆に進むことになる。


「あそこに古着屋さんあるんだよー」と右手に見えた店に駆け出したとたん、「あいつと行ったんだった」と、まいちがすぐに引き返して来た。


 店を見ると、午前中に、御代史堂の前で会ったタンクトップ女がニヤニヤしながらずっとこちらを見ている。古着屋の店員だったのか。この辺りに詳しいのだろうか。いや、かかわるのはよそう。


「行こう」と声をかけて、まいちの肩に手を当てて歩き出す。声をかけてくるなよとドキドキしながら。


 少し歩く。やり過ごせたようだ。御代史堂がある辺りに差し掛かる。横目で確かめるが、開いていない。ようやく鼓動が落ち着いてくる。


「この辺さー、昔は繁盛してたらしいよー。


おっきいスーパーとかー、デパートとかー、ハンバーガーとかドーナツとかー映画館とか、ねー」リカバーできたようだ。


「映画館ならあるよ」


「りかおんの好きそうなマンガばっかりでしょー?」


「アニメね」


「ごめんよー。でもいっぱい店あったんだって。


それがさー、駅前にミツコのビルができたり、ジャスティのショッピングモールとかできて、それにあいつみたいに就職とか言ってさー、余所に行っちゃうやつが増えたりショーシカとかでさー、だんだん廃れちゃったんだよー」


「うん」


「でさー、何が言いたいかっていうと、あたしはさー、このアーケードがどうとかじゃなくてさ、学校とかお城とか駅とかも全部ひっくるめて、この辺りが好きなんだよー。ずっと住んでいたい。


 だから、将来はさ、盆踊りのときだけじゃなくてさ、街に人の笑顔がいっぱいとか、観光に来て楽しいって思ってくれる人が増えるとか、そういうのに役立つ仕事をしたいって思うんだよ。っていう決意表明」


「うん…すごいね。応援する」


 あんなに全力で遊覧船に手を振ったりしていたのは、人を笑顔にしたいという彼女の本質の表れだろうか。全然子どもじゃない。


「だから、りかおんもここから出て行っても、たまには遊びに来てね」


「え?別に出て行く予定ないよ?」


「例えばの話ー」


「まだ中学生だよ。でもまいち、都会のお店の情報とか見て、すぐ行きたいとか言うよね?」


「それはさ、あれよ、敵を知り…とかってやつ?」


「はいはい」


「そいえばさー、金曜は何か用事あったの?何?」


「別に…何でもないよ」


「そっかー、りかおんも隅に置けないなー」


「ち、違うって」


「じゃあ、何かあった?」


「ないよ、なんで?」


「だって、いつもはさ、あたしがじゃれても、かわしたり肩つかんでクルッてするのにさー、今日は優しかったからさー、人に優しくされると自分も優しくなる的な?」


「え、いつもは優しくない?」


「うん」


「いや、だって、暑かったし。くっつかれても、その…困る」


「今日も暑いよ、言ったらここ最近で一番の暑さだよー。何がそうさせるのー?」


「本当、何もないよ」


「じゃあさ、金曜日はどうしてたの?」


「えっと、あそこで、買い物」おととい行った量販店のちょうど近くまで来ていたので、立ち止まってそれを指差す。その二階に例の映画館がある。


「マンガのやつ?」


「ゲーム」


「なら別に言ったっていいのにー」


「だって、まいち、そういうの興味ないし、嫌いかなって思って」


「ごめんよー、そんなにこじらせるまで気付けなくてー」


「こじらせてないよ」


「じゃあさ、今度一緒に映画行こうよー、シコクのカタナだっけ?すごい流行ってるやつ。そこでやるんでしょ?」


「いいけど、アニメ見ないと内容わからないよ」


「見るよー、りかおんを助けるために」


「別に困ってないけど、付き合ってくれるなら行こう」


 一人で行こうと思っていたから、一緒に行けるなら本当はすごく嬉しい。


「テスト終わったら見るー、キネマックスとかのサブスクにある?」


「あると思うよ。けど全部で63話」


「うわそんなにかー。歌飛ばしてもいい?」


「一回聞いたら次からはいいけど、Cパートが…」


「何それ?NPO?」


「んと、終わりの歌のあとにまだ話がちょっとだけ続く場合があるんだよ」


「へえ、騙し?」


「サプライズ、みたいな。あと予告も見て欲しいな」


「そうするとー、全部で24時間くらいかな?ジャクバウだね?」


「そうだね。まだ間に合うよ」


「倍速で見てもいいー?」


「殺す」


「そしたら心中だね」


「わたしは映画見るまで死なないから」


「ならちゃんと見るよ、りかおんを犯罪者にするわけにはいかないからねー」


「楽しみにしとく」


「今日はどうする?そこで買い物する?りかおんの好きなもの知りたいし」


「でも、この前行ったから、それより本屋に行きたいと…」


 特に買う予定もないが、母に本屋に行くと言った手前、どうしても寄る必要があった。


「あー忘れてたー!買い物頼まれてたんだった!」


「言ってたね。もう行く?」


「うーん…」


「わたしは大丈夫だよ。一人で本屋行くし」


「そっか、なら行かせてもらうよーごめん。一応テスト勉強もしなきゃだし。この埋め合わせは必ずするからー!」


 走ってアーケード街を引き返すまいち。埋め合わせをしなきゃなのはこっちだ。


「じゃあ、気を付けてねー!!」と、走りながら振り向いた彼女が大声を出す。気を付けるのはそっち。


「前向いて!!」わたしの精一杯の大きな声。全力で駆けて行く彼女のうしろ姿、危なっかしくて見ていられない。




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