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輪廻

21 輪廻


 夏休み最後にして、わたしにとって最大のイベント、トーキョー旅行。


 この日はその打ち合わせ、出発は8月25日で帰宅は28日、飛行機はよしつねが手配した。それ以外は決まっていない。いつものリビングでドクペ片手に。


「でもさ、よしつねとわたしが一緒にいたらさ、何か怪しいよね?」


「まあ、普通にしてたらええんちゃう?やましいことないし」


「もし何かあったらさ、わたしが、パパが死んでママも仕事で忙しくて友だちもいなくて、仕方なくこの人にお願いした、って…泣きながら弁解してあげる…からさ」と言葉にすると悲しくなる。


「もう泣きそうやないか?ええて、そんときは捕まるから。射殺まではされんやろ?」


「そうだね。法治国家だし。防衛行為として必要性、相当性を欠くよね」


「んで、行きたいとこ、どこや?」


「んとね、アサクサお参りして、ウエノでパンダとか見て、ブクロとシブヤとビビヤ行って、どっかでパフェとステーキとうなぎが食べたい」


「ランドとかシーはええの?」


「そういうのはさ、まいちと行くからさ、いずれ。あとはさ、その、昔住んでたあたり、行きたい」


「まあ、4日間あるからな、時間は余裕やな」


「もちろん、お墓参りも行くからね?」


「お父さんの?」


「違うよ。トーキョーじゃないし。よしつねのご両親のだよ?」


「ええて。別にりかおん関係あらへんし、先月も行ったし、何か恥ずかしいし」


「だめだよ。お墓参りでトーキョー行くのに付いていくんだからさ、本末転倒だよ。わたしも、ほら、ちゃんとご挨拶しておかないと」


「よう恥ずかしげもなくそんなん言えるな?」


「だって、よしつねが死んでたらわたし生まれてないかもしれないし。その挨拶、だからね」


「そないなことないやろ?生まれるて」


「でも死んでるからわからないでしょ?」


「りかおんも生まれてへんかったらわからんやろ?」


「とにかく、行くからね。お墓参り。それで予定立ててよ」


「もう、勝手にしいや…ほなら、ちょっと考えるから、待っとって」スマートフォンとにらめっこし始めるよしつね。


「でもさ…本当に嫌だったらさ、その…無理にとは言わないから…」つい熱くなってしまったのを反省する。よしつねのためにと思ったが、独りよがりかもしれない。


「いや、ありがとう。嬉しいよ」いつもと違う様子のよしつね、考え事をしているせいだろうか。


「えと、掃除機とか雑巾みたいなの、ある?使っていい?」


「あー、そっちの玄関の横らへんのラックの中、ええけど何で?」


「2階、この前使わせてもらったから、掃除しようかなって」


「ほうか、頼むで、ありがとうな」そう、その感じだよ。




 御代史堂の2階へ。リビングから店内にいったん出て、まっすぐ行った階段を登ったさきにあるフローリングのスペース。殺風景。まいちと一緒のときは気にならなかったけれど、一人でいると寂しい。でも1階にはよしつねがいてくれるから安心。あのとき、盆踊りの前日だってそうだった。一人だけどすぐ近くに誰かがいるのって、何しててもいいけど何かあったらすぐに会えるから、何か贅沢。いや、今は掃除するって決めたからね。


 壁の埃を落として、掃除機をかけて、水拭き、乾拭き。学校でやっているのとだいたい同じだけど、一人でやると結構きつい。けれど、この部屋のおかげで上手く踊ることができて、すごく楽しい時間を過ごさせてもらえて、良い思い出ができた。また来年も練習させてもらいたい。来年。そう、よしつねも、来年も見られるか、なんて言ってたけれど、その保証はない。わたしだってそう、だから。




 掃除が終わって1階へ。よしつねが片付けを手伝ってくれた。そして休憩。


「あのさ、盆踊りなんだけどさ」さきほど思ったことを切り出す。


「何?」


「もし、次のループに行ったらさ、来世のわたしのこともなぎささんに紹介してさ、盆踊りさせてあげて欲しい。トーキョーの話もしてさ、行きたいって言ったら、そうなるようにして欲しい。もし、嫌じゃなければだけど」


「せやな。りかおん、現世のりかおん楽しそうやもんな。うん。そうしたる。わしの宿題やな」


「よしつねは、その…楽しい」


「おう、楽しいで」


「なら、盆踊り、ちゃんと見に行ってね、来世でも」


「来世のりかおん、また変な踊り見せてくれるやろか?」


「あんまりバカにしちゃだめだよ、傷付くんだから」


「でも、ケーキ出したら許してくれるやろ?」


「そんなんじゃ許さないよ。子どもじゃ…子どもだけどさ」


「おー、成長したな。子どもであることを認めるのが大人への第一歩やからな」


「そんな意味わかんないこと言ってもだめ」


「ほな、ケーキいらん?冷蔵庫、あるで」


「いる。許す」思わぬ収穫。まだ子どもだし、ね。


「手え洗っ…たな。ケーキ頼むわ」と立ち上がりキッチンに行くよしつね。


「うん、出しとくね」と冷蔵庫へ。開けると白い箱。完全にケーキ。


 箱とお皿やらをリビングのテーブルに持って来て、箱を開ける。中にはいつかのいちごショートとチェリーの載ったタルト、もう美味しそう。皿に載せる。


「紅茶、用意したで」とトレイを持って来たよしつね。


「ありがと。またこのいちごショートだね?」


「好きやろ?」


「うん。大好き」


「反応よかったもんな」


「そう?ばればれだね」


「ええから食べや」


「はーい。じゃあ…」とまず中央のいちごにフォークを刺してペロリ。


「はえ?さき食べてまうの?いちご」よしつね、きょとん。


「だってさ、残しとくと気持ち悪い食べ方するから。真ん中残し」


「何やその技みたいなやつ。もう全部食べや」


「でもそっちも食べたいし。こっち半分食べるよ」と半分に切ってバクリ。


「ほなこっちも半分に切るわな」とタルトを切ってくれる。


「んぐ…あのさ、いちごで思い出したんだけどさ、まいちの家に泊まったときね、お風呂上がりにいちごミルクくれてさ、すごい美味しくて、わたし夢中になっちゃってね、そんでね、まいちが話しかけてくれたのにテキトーに返事しちゃって、そしたらまいち、『あ!?』みたいにちょっとキレててさ、すごく面白かったー」


「ふーん」たまに見る、はにかんで静かに微笑むよしつね。


「何?」


「わかるやろ?」


「うん、こっちが恥ずかしいよ」




 ケーキを食べてから、日程の最終調整。いろいろ話し合って、スマートフォンのスケジュールに登録して共有、完了。


「ほな、こんな感じやな。予約もできたし」


「ありがとう。いよいよ来週、あとは行くだけ、だね」


「楽しみやな?」


「そっちこそ楽しみでしょ?」


「わし、しょっちゅう行ってんねんで」


「いつもお墓参りだけでしょ?ほら、どうなの?」


「そらあ、楽しみやけど。そっちもやろ?」


「そっちほどじゃないけど?何なら去年まで住んでたわけだし?」上から目線のわたし。


「でも行くとこ決めたのりかおんやし」


「関係ないよ。それに、よしつねの方が普段何もイベント事ないし、ズル競馬しかしてないし、だらだら無気力に生活してるだけだし」


「あんな、りかおん。言うてええことと悪いことがあんねんて」声のトーンが上がるよしつね。


「あ、ごめん…なさい」ちょっと言い過ぎた、謝る。


「…かまへんけどな。ふふっ。実際そうやし」


「え?何?騙した?嘘つかないのに?」


「騙してへんて。一般論を言うただけや」


「もう。反省したのに…」


「まあ、相手がわしやからええけどな。他人を完膚なきまでに叩きのめしたらあかんよ」


「うん、気を付ける」


「せやから、わしの方が楽しみでええよ」


「ううん。わたしの方が楽しみだよ。ステーキとかうなぎとか滅多に食べないし」


「…まだやるんか?」


「もうええ、よね?」


「せやな。ほな、めし食べるか?ステーキにもうなぎにも及ばんけどな」


「うん、いいの?」


「おう、希望あるか?」


「ありがと。えっと、前にチャーハンと迷ったんだけど、カルボナーラってできる?」


「ちょっと待ってな」と冷蔵庫とキッチンを確認してから「できるで」


「じゃあそれで。お願いします」ありがたい。


「ほな、お待ちください」食材やらを用意し始めるよしつね。


「あ、あとさ、ここのレコード、聞いてもいい?」棚の上にあるレコードプレイヤーに目をやる。


「ええけど、そんなん使わんでもスマホ聞けるやろ?面倒臭いで?」


「いやさ、一曲を手間かけて大事に聞くとかさ、あとノイズとか雰囲気とかさ、そういうデジタルにはない良さ?ってのがあるんでしょ?って、普通こういうこと、そっちが言うもんでしょ?」


「ふっ、せやな。けどわしかて世代やないからな」


「けど気に入ってるんでしょ?」


「まあな。その下開けたら何枚か入ってるから聞いてええで。針付いとるから気ぃ付けや。あと回転数な。いろいろスマホで調べたらわかるやろ?」


「うん、ありがと、やってみる」


 棚を開けると十数枚のレコードが縦置きされている。大きさは2種類。小さい方の中から1枚を取り出す。黒い背景に男性が写っているジャケット。これにしよう。うん。そうさせてもらおう。


 プレイヤーに向き合う。スマートフォンで検索。カバーを開ける。アンプとかスピーカーとかが付いているので電源を入れる。取り出し方?溝があるところ、盤面には触れないように。レコード形状?取り出すと大きく穴が空いている。アダプターが必要?プレイヤーにもう付いているよう。さっき言ってた回転数?このサイズは45回転らしい。確かにレコードにも「45」って書いてある。回転数のボタン、もう「45」になっている。スタートスイッチでレコードを回転させて、アームの横に指をかけて、レコードの外側の位置に持って来て、リフターというので針を落とすということらしい。やってみる。壊したらごめんなさい。


 レコードをセットし、スイッチを押すと盤面が回転し始める、くるくると時計回りに。全体を見るとゆっくり回っているようだが、外側を見ると結構速く感じる。もちろん、時計よりもずっと速い。


 よしつねの時計の針も、こんな風に、わたしが感じるよりもずっと速いのだろうか。よしつねにとったら、わたしといた時間なんて一瞬で過ぎ去ってしまうもの。だから、そんなわたしのことで煩わせたくないのと、だからこそ、わたしとの時間は楽しくあって欲しいのと、相反する二つの面を持つわたし。


 回転する盤面に、針がゆっくりと降りていく。


 小さなノイズ。


 激しいピアノの旋律に続き、艶やかに響く男性ヴォーカルが歌い上げる。別れの歌。去って行く人、その予感はあった、良い思い出もあったのに、でも追いかけない、うしろ姿を見送って強がる、そんな歌。ため息のような叫びのようなスキャット、印象的なピアノのアウトロ。


 曲が終わり、針を上げて回転を止める。


「ちゃんとできたみたいやな」よしつねがキッチンから声をかけてくる。料理は順調なようだ。


「うん。結構さ、やる順番があるんだね。慎重に扱わないといけないし。これお母さんの?」


「もろたか、買ってもろたかしたみたいやけどな」


「大事にしてたんだね?」


「せやな。もうそろそろできるで」


「うん。この歌さ、恋人だかがどっかいなくなっちゃうのにさ、追いかければいいのにって思っちゃう。お願いしたら戻って来てくれるかもって」レコードを、丁寧に片付けながら。


「まあ、そうせえへん背景があんのやろ?想像するしかないけどな。自分なりの解釈をすんのも楽しみや」


「よしつねの立場だったらどういう感じ?」


「わしの場合やったら、顔合わせたら泣いてすがりついてまうから、格好つけて放っとこうとすんやけど、未練があるからそうも行かんくて、遠くから見送る、ってのがしっくり来るな。んで、あ〜あ、行ってもうたって具合やな。りかおんならどうや?」


「わたしだったら、急にいなくなられたら、悲しいし、ムカつくし、それにいろいろ予定とかもあったろうにどうしてくれるの!あ〜あ!って感じかな。気持ちの整理もつかないし」


「せやな。トーキョー行く予定とかあったらえらいこっちゃな」


「何それ?伏線?フラグ?絶許だよ」


「ええから、手え洗ってき」


「はい…ってならないよ。ねえ約束して。絶対トーキョー行くって。もし具合悪くなってもさ、死ぬならさ、せめてトーキョーで死んでよ」


「過激なこと言うなあ。わかったて。ほしたらりかおん看取ってな?」


「縁起でもないね。わたしが言ったんだけど」


「まあ頑張るわ。ほらもうできたで」




 洗面所、手を洗う。鏡のわたしに向き合う。あなたならどう?よしつねがいなくなるなんて、わたしは絶対嫌。トーキョーに行けなくなるから?わたしが寂しくなるから?母が傷付くから?なぎさが悲しむから?全部そう。だけど一番は、よしつねがきっとまた苦しんでしまうから。でも頑張るって、嘘つかないんだから、絶対。急に倒れることもあるかもしれないけれど、きっと大丈夫。




 リビングに戻る。よしつねが…いる。


「あ、いた」思わず声が出た。


「そらいるやろ。座り」


「うん」テーブルつく。カルボナーラとスープが用意されている。


「どうぞ」と手のひらで示すよしつね。


「ありがと。いただきます」/「いただきます」


 山吹色のソースが絡んだスパゲティ、濃い赤茶色の肉と砕けた黒胡椒が入っていて、頂上には細く削られたチーズがふわりと盛られている。軽く混ぜてからフォークで巻いて一口。チーズの風味を感じる、そしてソースの濃厚な舌触りと旨み、肉の塩味が口に広がる、噛むと麺の切れる食感、胡椒の風味があとから来る。


「うん。いける。これ生クリーム入ってないよね?味も濃くて、でもしょっぱいんじゃなくて深いっていうか、美味しい」


「一人分で卵黄2個にチーズをぎょうさん混ぜとるからな」


「肉は?ベーコンじゃないよね?」


「せやな。短冊切りの生ハムや。本場はグアンチャーレっちゅうのを使うんらしいけど、その辺に売ってへんから代わりな。それとニンニクをオリーブオイルで焼いて。あとでちょっとだけ鶏の出汁みたいんを入れてな。その出汁の残りに白身入れて茹でたんがそのスープや。サスティナブルやろ?」


 スープをいただく。ちゃんと成立しているし、口がさっぱりする。


「これもいいね。食材無駄にしないのもね」


 スパゲティをもう一口、正体がわかると納得がいく。わたしのレパートリーに追加したい。


「気に入ってもらえたか?」嬉しそうに聞いてくる。


「うん。クリームじゃないやつ初めて食べたかも。わたしも作りたいからさ、今度教えてね」


「ええで、順番間違わんかったら失敗せえへんからな。おすすめや」


 普段は母に教えてもらった料理をつくることが多いけど、これを作ったら喜んでくれるだろうか。成長したって思ってくれるだろうか。味を研究するつもりが、忘れて全部平らげた。


「これ、よしつねはどこで知ったの?考えた?」


「実はな、いつかの前世で教えてもろうてん。もともとそない料理せえへんかってんけど、これならできるやろってな。せやから、白身無駄にせえへんのもそん人のアイデアや。偉そうなこと言うてすまんな」


「ううん。でもさ、ということは、時空…ていうか輪廻?を越えるレシピだね」


「おもっしょいこと言うなあ。りかおんが引き継いでくれるんなら嬉しいわ」


「けどさ、ステーキにもうなぎにも及ばないって、その人に失礼だよ?」


「せやな。ごめんなさい、や」


「直接言いなよ、あとお礼もね」


「ん…ああ」


「それとさ、来世以降のわたしにもさ、教えてあげて」


「宿題、増えたな」


「でもだいぶさきだよ。現世でやること、まだいっぱいあるんだからね」


「せやな。順番、間違うたらあかんわな」



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