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阿呆

20 阿呆


 盆踊り本番初日。昼過ぎに雨。中止の可能性もあったが何とか持ち直し、決行。


 毎年この時期におこなわれる、街を挙げての催し。多くの道路が車両通行止めになり、道路や公園に演舞場が設けられる。お囃子が流れる通りは人々で溢れ、突発的に踊りが発生したりもする、そんな極めて非日常の空間。


 夕方、わたしたち30人ほどのグループが演舞場で踊る時間が迫る。場所はアーケード街入り口付近、いつもは車が行き交う大通り。いつかの前世でわたしが車にはねられたという、現世ではふらついてよしつねに助けられた、通り。


 衣装を着てスイッチを入れる。上手に踊れるはず。練習したんだから。緊張して待っていると、多くの声をかけられる。


「阿呆どもがぎょうさん見に来よるけん、へたうってもうても阿呆やからわからんで」

「楽しめばいいから、気楽にね」

「踊りに来てるだけで成功よ」

「はじめてなんだから、何も気にすることはないわ」

「失敗してもあたしはりかおんの味方だよー」


 皆、失敗を前提としているのが引っかかる。


 演舞場となった道路へ。多くの提灯が飾られている。周りは人、人、人。人がつぶあんに見える。母、見えるだろうか、見てもらえるだろうか?よしつねもそう。人混みが苦手と言っていたが、具合悪くならないだろうか。こちらも具合悪くなりそう。


 4列になって待つ。わたしはうしろの方、まいちが左隣にいる。始まった。手を上に、足を蹴り上げ、鉦や太鼓のリズムに合わせて、膝は内側に。


 緊張で身体が思ったように動かせない。頭ではわかっているのに、いや、もう何もわからない。どう動けばいいんだったか。周りを見る。笠で狭まった視界。暑い。そして突如振り始めた雷雨。全身で浴びる。身体が重い。


「莉花!」


 ふと、声がした気がする。昼間に倒れそうになったあの日と同じ声。声の主を目だけで探す。どこ?


 少し離れた人だかりの向こう、声なんて聞こえるはずもない場所で、背伸びして笑顔で手を振っている母と、真顔で傘を差しているよしつねが見えた。


 母と目が合う。安心する。いつだってそう。大丈夫だってわかる。それにしても、こんなにたくさんの人の中から見つけるなんて、わたしもママもすごいよね。だから、ってわけじゃないけどさ、これからもずっと親子だよ。踊るのは大変なんだけど、笑ってくれるからこっちも笑顔で踊るよ。


 よしつねも。恥ずかしいのかな。手を振ってもいいんだよ。応えられないけど。最初は、頭のおかしいおじさんだと思っていたけど、おかげで笑うことが増えた。泣くこともだけどね。今は、頭のおかしい…おにいさんくらいにしておいてあげようかな。


 完全に周りが見える。笠をしていてもはっきりと。つぶあんのつぶが全部笑っている。わたしの知らない、わたしを知らない人たちが楽しんでくれている。そう、川で手を振ったときも楽しかった。理由なんてわからない、いや、いらない。


 隣でまいちも笑っている。いつも笑っているけど、それとは少し違った素敵な笑顔。わたしもそうなのかな。だとしたら写真に撮れなくて残念だね。目に焼き付けておきなよ。意識していないかもしれないけれど、まいちがいつもわたしを引っ張ってくれているんだよ。


 もう、どう踊っているかなんて頭ではわからないけど、身体が自然に動いている。たくさん、でもないかもだけど、練習したからね。よしつねは報われるのは努力した分だけって言ってたけどさ、こんなに楽しいなんて報われ過ぎかもね。


 少しずつ進んだのに、もう演舞場の端がすぐそこに見える。あっという間で、すごく怖くて、でも楽しくなって、最後は笑顔で終わって、わたしにとって大切な時間になった。まだ、踊りは続くし、人生も続く、このあとも、来年も、そのさきも。この感動を味わうことは二度とできないけれど、思い出すことは何度でもできる。


 場所を移動して再び踊る。雨は止んでいる。緊張はするけれど、初回ほどではない。母とよしつねもすぐ見つけられた。母は撮影してくれている。本当はそんな母の姿も残しておきたいのだけれど、あとでよしつねに頼んでおこう。今度は最初から楽しんで踊れる。あっという間に出番が終わる。声を掛け合う。


「すごく良かったよ」

「楽しかったね」

「頑張って練習していたもんね」

「かわいかったよー」

「あの阿呆がアホ面で見に来よったな。ほんまうっとおしいわ」


 皆、楽しそう。失敗したとは言われなかったから、失敗していないのだと思うことにする。良かった。それにしても毎年参加している人たちが羨ましい。いや、まだ明日以降もあるし、来年だって。


 母とよしつねとも会えた。二人が並んで歩いているのを見ると父を思い出す。よしつねとは年も背格好も違うけれど、母の隣に誰かがいるのが珍しくて。でも、見ようによっては執事にも見える。暑い夏だからタキシードを免除された、忘れ物の多いダメ執事。


 母はすごく喜んでくれた。去年の夏休みはほとんど家にいたし、母も自身がどこかに連れていけないこともあって、それを気にしていたことだろう。今年は、今年からは、もう大丈夫。その記念に、二人での写真をよしつねに撮ってもらう。


 よしつねはずっと言葉少な。もしかしたら、人混みにいたせいで調子が悪いのだろうか。昨日もスマホ見つからないふりしてくれて、おかげでよく眠れた。でもよしつねは眠れただろうか、体調が悪くはないだろうか。そもそも、よしつねが変なときに倒れたからなぎさに会って、今日踊ることになったから、これもよしつねのおかげ。だから、これ以上倒れても、もう意味ないから、もう倒れないで欲しい。



 4日間に渡っておこなわれた盆踊りが終わる。一日に10分程度を2箇所の演舞場で踊った。母は初日と三日目、よしつねは全部に来てくれた。その他にも歩道で踊ったりもした。まいちに動画も撮らせてあげた。踊ったあとは、まいちと一緒に、焼きそば、串焼き、フィッシュカツ、たこやき、フランクフルト、いろいろなものを食べた。


 全体の規模としては4日間で110万人ほどの人出があったそうだ。いつもの街からは考えられない数。踊っているときに見えただけでも物凄い人だかりだった。普段から多くの人で溢れかえる街を期待してしまうところだが、無理な発展ではよしつねの言うように歪みが出てしまうのだろう。けれど、この4日間を待っている人たちがいるから、この街はなくならないし、その人たちのためにも、この街は続いていかなければならないと思う。



 祭りのあと、じきに街は静謐を取り戻す。わたしも、疲れて家から出たくない。けれど、まだ夏休みは終わっていない。遊んだばかりではいられないし、わたしを信じてくれている母の負担を減らすためにも、できる限りわたしがごはんを作る。今日は、母から教えてもらって、よしつねが美味しいって言ってくれた味噌汁に野菜炒め。すごくではないかもしれないけれど、それなりに美味しくできたと思う。他にも作って、これからどんどん美味しくなっていくので、たくさん食べて元気でいて欲しい。


 次の二日間、ほぼ家にいたが、買い物前になぎさのところへお礼。また来年一緒に踊りたいって言ったら、すごく喜んでくれた。ろっくんもっくん48本のとき以来の笑顔だと思う。でも、踊っているときの姿も素敵なんだよ。よしつねも言ってたよ、いつかの前世で見たって。教えてあげられないけど。


 そのあと、よしつねのところ。買い物してごはん作るから、長居はできないけれど、いつもみたいにリビングでドクペを用意してくれた。お礼を伝えたい。


「あの…ありがとうございます」立ち上がって頭を下げる。


「どういたしまして…って何?かしこまって?」と、向こうも立ち上がっている。


「だってさ、盆踊りの前日、わたしが一人だったときに、家にいてくれて、寝てなかったでしょ?それなのにママの送り迎えもしてくれて」


「何やそないなことか?」ソファに雑に座って言葉と態度で示している。


「そないって、大変だったでしょ?寝てなくて」じゃあと、わたしも座る。


「まあ寝てへんかったけどな。ぼーっとしてただけやし。帰ってから夕方まで寝たし、送り迎えも行けるとこまではタクシーやし。気にすることあらへん」


「でもさ、よしつねのおかげで踊ることになったんだからさ、やっぱりありがとうだよ」


「せやけどな、りかおんのおかげで、わし盆踊り久々、もう何千年ぶりやろかな、見られたんやから。こっちがありがとうや」


「そうだね。なぎささんの踊るのも見たよね?わたし踊ってたから正面から見てないんだよ」


「見たで。めっちゃ綺麗やった。感動したわ」


「やけに素直だね」


「嘘つかんからな。しゃべらんなぎさは綺麗やし」


「なぎささんもアホが見に来てくれたって言ってたよ」汲み取って伝えたが、アホと言ってしまった。


「ほか。去年までは踊りも見いもせん阿呆やったからな。一億万年生きてきて1回だけしか見てへんかったし」


「また。でも本当にもったいないよ。アホだよ。超阿呆」


「せやな。来年も見られるやろか」そんなこと言わないで欲しいので話をそらす。


「なぎささんは絶対出るでしょ。わたしのは?どうだった?」


「えかったで。手足がちゃんと合うてたし」


「へへーん。練習したからね。なぎささんとどっちが綺麗?」


「そらなぎさやろ?断然」


「あのさ、社交辞令って知ってる?」


「おう」


「嘘とは違うからね」


「せやけど、りかおんの方がかわいかったで」


「本当?」


「これ、社交辞令になるんかな?」


「んもう。すぐそういうこと言う」


「あー、かわいかったんはほんまやで。雨で泣きそなってったけど」


「やっぱり一言多いよね。でもいろいろしてくれたから許す」


「すまんな」


「あとさ、ママと一緒にいてさ、何て言うのかな、その、おかしかったよ。もしお父さんが来てたらあんな感じなのかなって」


「不思議な感じやろ。似てた?」


「似てないよ。お父さん、ママより10歳くらい上だったし。立ち位置的な話だよ」


「さすがにわし、そない老けてへんもんな?」


「うん。最初会ったときは汚かったけどさ、ちゃんとしたら年相応かもね」


「あれは演出、やからな」


「…んとさ、よしつね、前世でさ、その結婚…したことある?」


「あるで、一回だけ」即答。何か嫌。


「へー、そー…で、どんな感じだった?」


「んー、そんときはトーキョーで暮らしとったな、普通に楽しかったけどな。お金もぎょうさんあったし、まあ平和やったし」


「あーいろいろズルして仕事してたときね。またしたい?」


「いんや…最期、わしが死ぬときな、めっちゃ泣かれてな、こっちはまた繰り返すだけやのにな。ズルもしとるし、それ言われへんし。申し訳なさ過ぎてな。せやから、もうしたないな」


「どんな人?」


「明るくて、真っ直ぐで、笑顔が素敵で、嘘が苦手な人、やったな」


「ふーん。何か妬ける」


「昔の話や」遠い目の見本のようなよしつね。本当に、昔の話なのだろう。


「その…誰?」身を乗り出す。


「前世の話やで?聞いても現世とは関係あらへんからな」


「…うん、わかってる」けれど、気になる。


「ほな、あのー…」


「んあー!!やっぱりいい。聞かない。ごめん!どっかでもし会ったとしたら気にしちゃうと思うから、ね」


「ほうか…」優しく微笑んでいるよしつね、あたふたしているわたしを見て、また憎まれ口でも叩くのだろうか。


「あーもう買い物行かないと。今日は帰るよ。今度、打ち合わせしないとね」


「おう。送ってくか?」


「いいよまだ早いし。阿呆の一つ覚えみたいに」


「言いよるなあ。ほなまたな」



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