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罪と罰

18 罪と罰


 展望台から西の方向を見渡す。太陽が沈んで行く。ときにわたしの心を照らし、ときにわたしを苦しめる、太陽。オレンジ色から空色のグラデーションがゆっくりと濃紺に変わっていく過程。景色の移ろいで、山道で自分を見失いかけたことが遠い過去のよう。太陽は沈むけれど、夕焼け空に橙の帯として、わたしの体に熱として、まだ残っている。やがてそれも消えるだろうが、また次の太陽が昇る。その繰り返し。いつか、今隣に立っている人が消えたら、わたしの心からも消えてしまうのだろうか。そして生まれ変わってまた別のわたしに…


 当人は、ずっと黙ったまま、浸っているわたしに気を遣っているのだろう。本当はずっと夕焼けを見ていられるのだけれど、わたしから声を掛ける。


「すごく綺麗。苦労して登った甲斐があったね」


「うん」今度は素直なよしつね。


「近くでこんな景色がみられるなんてね、また来よう」


「もうええわ」


「えー何で?つまんなかった?」


「いんや。りかおんが具合悪くなったりキレ散らかしたりするのは嫌やからな」


「ごめん、でも具合は悪くなったけどさ、キレてないよ」


「ほな、具合悪くなるから嫌」


「やけに素直だね?」


「またキレられたらかなわんからな」


「全然素直じゃない」


「ともかく、無理するからな、りかおんは?」


「じゃあどうしたら?」


「考えてみ?」


「うーん。水を飲むとか、ゆっくり歩くとか?」


「ちゃうな、不正解」


 辺りは暗くなって次第に夜が近付く。建物、橋、車、人々の点す灯りの数々が目についてくる。


「ロープウェイ」


「せやな。正解」


「でもそしたら苦労してないからさ、感動が減らない?」


「今日の思い出が消えるわけやないやろ?思い出したらええんや」


 橙の帯は消え、空は濃紺、けれどまだ、わたしの身体には熱は残っている、それに思い出もずっと。


「そういえばさ、これ」とバッグから勾玉を取り出して、紐を持ってよしつねと自分に見せて「どうしようかな?」


「かまへんで。放るなら人がおらんとこに、な?」


「うん。でもさ、もう来世では掘り起こしちゃだめだよ」


「せやな。りかおんに負担かけてまうからな」


「…やっぱり、持ってることにするよ」


「そか。ふふっ、バチ当たるかもわからんで?」


「そしたらさ、一緒に受けてあげるよ」


「すまんな」


「かまへん…よ」



 少し夜景を堪能したあと、ロープウェイで下山する。降りた先でお土産を買う。時間がなかったので藍染のハンドタオルを二つ買ってもらい、一つはよしつねに渡す。喜んでくれた。そっちのお金なのに。


 いったん店で、荷物の整理。もらった帽子は汗かいたし洗わないと。白いバッグも山道で土がついたみたい。落ちなくても思い出になるだろうか。


 送ってもらうついでに駅前で夕食にラーメン。最近ハマっている。今回の店は麺の硬さが選べる。わたしはふつうで、よしつねはバリカタを頼む。少し食べさせてもらう。食感がいいのはわかるが消化に良くないのではと思う。


 帰り道。今日はたくさん楽しんだけど、迷惑もかけた。謝りたいけれど、言ったら水を差してしまうから言わないでおく。わたし、冷静だからね。そう思っていたのだけど、異変に気付かないなんて、やっぱり浮かれていたのだろう。


 家が見えた。今日のお礼をよしつねに伝える。歩いたから少し飲み物でも飲んで行けばと伝えて、家に招き入れる。電気がついているけれど、母がつけっぱなしにしたのだろうと思って。母が仕事に出るのはまだ明るい時間だということも忘れて。


 玄関を開けると、母が出てきた。わたしのすぐ後ろにいるよしつね、出くわした。


「莉花、その人は?」


「え、あの…」


 振り返るとよしつねはいない?いや、土下座している。


「莉花さんを連れ出してしまいました。申し訳ありません」


 よしつねが謝っている。わたしは泣いている。


「あなたは話さないで。莉花、答えなさい」


「…うん」


 どうしたらいいのだろう。心配かけたのはわかる。でもわたしは、人にどう思われるかわからないけれど、悪いことをしたとは思わない。けれど全面的に正しいとも思わない。だから、伝えて、それで、母が許してくれなかったら、もう終わろう。隠し事はもうしなくて良いのだから。


「あのね、この人はみよしさん。アーケードで雑貨屋さんをやっている人、前に倒れているところを、わたしが水をあげて、その、助けてね。それで、別のとき、まいちと約束したときに通りがかって、店、見たらやってなくて、みよしさんまた倒れちゃってて、そのときに古着屋さん、なぎささんと知り合って、みよしさんとなぎささんがいとこだって、教えてもらって。それで、学校帰りに具合悪くなって、その、なぎささんに助けてもらったときもね、みよしさんもいて、助けてくれたりして、それで、今日はわたしがお願いして、山登るの付き合ってもらって…」


「急にトーキョー行きたいって言ってたのも?」


「…うん、その…みよしさんがね、ご両親のお墓参りに毎月行くって聞いて、それでわたしもトーキョー行きたいから連れてってもらおうって思って、それでママを説得する方法を一緒に考えたりしてもらって、だからね、この人は悪くないの…」


「莉花、でもね、たまたまこの人がそうだっただけでね、あなたのしたことは危険なことなの、わかる?」


「うん、ごめんなさい。ママに話せなくて。やっぱり良くないことだって思っていたから話せなかったんだと思う。でも…わたし…」よしつねを失いたくないという気持ちを伝えたいけれど、伝えたらいけない思いが邪魔をして、言葉が出てこない。


「もういいわ、莉花。あなたのことはわかるから。みよしさん、顔をあげてくださる?」


 矛先がよしつねに向いてしまう。何とかしなければ。その場で母にすがりつく。


「ママ!違うの!この人は悪くない。わたしが全部…。もうトーキョーも、盆踊りも行かないし、夏休みは…ずっと家から出ません。だからお願いします。この人を責めないでください…お願い…します…」


 母はわたしの頭を撫でながら「優しい子ね、もう怒っていないから、中で座りましょう?つねはる君も」


 母の優しい声、安心する。もう怒っていない、それが本当なら。でも、どうして?母がよしつねの名前を?よしつねの方を見る。


「…はい」


 よしつねが、目を見開いて驚き、そして潤ませて、いや涙を流した。どうして?



 ダイニングテーブルに移動、母の右隣にわたし、対面によしつね。聞きたいことがあるけど、頭の整理ができていない。母の言葉を待つ。


「つねはる君だったのね?」


「はい。ご無沙汰しております。アキさ…秋月さん」よしつねと母が知り合いということだろうか。


「覚えていらしたのね。今は恩田になったけれど、夫を亡くしてね」


「はい。莉花さんから」


「莉花がわたしの娘だということは?」


「いえ、存じ上げませんでした」


「そう…不思議なことってあるのね」


 頭がついていかないが、ようやく聞きたいことがわかり、声を出す。


「ママはどうして知ってるの?」


「そうね、驚くわね。ごめんなさい、莉花。昔、あなたが生まれる前、結婚する少し前ね、トーキョーで看護師をしていたときの患者さんに三好さん、つねはる君のお母さんがいてね、そのとき毎日つねはる君がお見舞いに来ていてね。それで知っていたの」


「じゃあ、よしつねのお母さんが亡くなったときも…」


「そうね。ずいぶんショックを受けていたようだし、わたしたちもつらかったわ」


「はい。ご迷惑をおかけしました」


「三好さんが亡くなって、あの頃は国中が大変な時期でね、わたしたちも結婚を控えていたのだけれど、もし子どもができて、その子を孤独にするようなことがあったらつらい思いをさせるんじゃないかって、将来への不安があってね、踏ん切りがつかないでいたの。


 そんな頃、14、5の男の子にしてはお母さんによく甘えていたつねはる君がどうなることかと心配していたのだけれど、少ししてから急に大人びた顔になって、何か決心をしたように見えてね。それで、子どもは親が思うほど弱くないんだって思い直して。


 もし、わたしたちがいなくなっても、子どもは強く生きて行ってくれるって思えて、だから結婚して子どもを育てる決意ができたの。もちろん、つねはる君には言っていないけれどね。莉花がこうして育ったのも、つねはる君がいたからかもしれないわね」


「おかげさまで何とか生きています。迷惑をかけっぱなしですが」


「でも本当に、立派に生きてきたようね。莉花、少し部屋で待っててくれないかしら?」


「いや…でも…わたしが悪い…んです、だから…」


「別につねはる君にどうするとかではないから、安心して。あとで呼ぶから」


 わたしの頭を撫でながら、そんなにいっぱい撫でなくても、言うこと聞くから。


「…う、うん、わかった」


 もう大丈夫なのか。信じ切れたわけではないけれど、争ってもどうにもならないだろう。今のわたしは無力だ。荷物を持って2階の自室へ向かう。



 いつもの部屋、わたしだけの空間。感情をどうにかしたい。けれどまずは荷物。思い切り投げつけたいけれど、それをしたって仕方ないから。勾玉はぬいぐるみに掛けて、トートバッグはフックに掛けて、ハンカチともらった帽子と買ったタオルは洗濯物エリアへ、もらったバッグはとりあえず椅子に。そうして落ち着いて来た気持ちだが、思い出してまたざわつく。ベッドに飛び乗る。うつ伏せで押さえつけるが、はみ出してくる思い。


 よしつねと出会って1か月。だけど前世ではきっと何回も。それはよしつねの嘘かもしれない、でも本当だと思える理由もいくつかある。だからって完全に信用して良いわけではない、普通に考えたらそう。でも、理屈ではない、誰にも理解されない、危険な感情。もうわからない。涙が止まらない。また泣いている。宿題が早く終わったからって、ちっとも成長していない。


 まいちに友達を紹介すると言われても断った。自分で決めたい。だから友達はまいちだけ。そんなわたしがよしつねを選んだ。いや選ばされたのかもしれない。でもわたしのわがままによしつねは応じてくれる。前世のことも教えてくれる。それはよしつねの嘘かもしれない。でも、わたしの言葉に泣いたり、はにかんだり、たしなめてたりしてくれる、そんなよしつねは嘘ではないと思う。そう、よしつねをそのまま信じるのではなく、自分を信じよう。そうすれば、人のせいにしなくなるから。罰は全部わたしが受ければいい。


 ベッドから起き上がると、ドアがノックされる音。


「莉花、降りてらっしゃい」


 準備はできた。自分のしたいこと、もうわかる。



 テーブル、よしつねの隣に座る。わたしの立場はこっち。母に向かう。


「莉花、今つねはる君と話したんだけどね、トーキョー、行ってもいいわ」


「わたしも考えたんだけどね、やっぱりよしつねと一緒に出掛けたりしたい。楽しいし、いろいろ考えてくれてわたしも成長できると思うし、だから」


「え、誰と?」困っている顔の母。


「誰って、よしつね…?」とよしつねを指差す。


「人を指差さないでって言ったよわね?ってそれはいいけれど、つねはる君?」


「はい、よしつねと呼ばれております。なぜか」と恥ずかしげなよしつね。


「うん、そう。だからわたしは懲りずにまた遊びに行く。トーキョーに行けなくても」


「莉花、人の話聞いてる?」


「うん…よしつねとは会うなってこと…え?」


「大丈夫かしら?ねえ、つねはる君」


「はい。思いの強い子ですから。思い込みもですが」うつむき気味に、半笑いのよしつねが母の味方をしている。


「そうね。あのね、ママ、トーキョーに行ってもいいって言ったの?」


「え、何で?」理解できない疑問をぶつける。


「行きたいのではないの?」


「行きたいけど、心配じゃないの?」


「つねはる君がついててくれるなら、ね?」


「この人は心配じゃないの?」とよしつねを見るが無反応。


「そうかしら?立派にお仕事もされているし」


「もしかして、わたしに愛想が尽きた?」


「何言っているのかしら?どこか間違えたかしら?ねえ?」とよしつねに同意を求める母。わたしの知らない間にいったい何が。


「いえ。とても優しい子です」


「でも何で?」


「本当はね、わたしが連れて行ってあげたいのだけれど、仕事で忙しくしていてね。あなたに寂しい思いをさせてしまっているから。それにまだ夏休みあるのに、まいちちゃんとばかり遊んでいては迷惑でしょう?他に友達もいないようだし」


「う、嬉しいやら悲しいやら…」急に恥ずかしくなったわたし。


「だから、つねはる君を利用することにしたの。旅費も持ってくれるっていうし」


「子どもを売り渡すの?」


「何言ってるの?あなたが行きたいんでしょ?」


「あの…僕はそろそろ…」と席を外そうとするよしつね。


「待っててつねはる君」/「待ってよしつね」


「…は、はい…」よしつね、すぐ戻る。


「莉花、何が不満なの?」


「う…ママと戦おうと思って来たら、拍子抜けして」


「振り上げた拳の落とし所を探しているのね?」


「…そう言われると元も子もないね」


「で、行くの?行かないの?」


「行きます…」


「最初からそう言っていれば良いのに、ねえ?」


「はい」もうよしつねは完全に母の手下のようだ。


 その後、三人で話し合い、トーキョー行きの日程をとりあえず、8月25日から28日に決めた。また、盆踊りの初日に母とよしつねが一緒に見に来ることになった。そして、よしつねは帰った。帰り際に「頑張った分、報われたやろ?」なんて言っていたけれど、今回は運が良かっただけだと思う。



 寝る前、母ともう一度話す。


「ママ、本当にありがとう。気を付けるから。でもびっくりした」


「ママもよ。まさか、つねはる君とね。お母さんがこちらの方というのは聞いていたけれど、彼が来ているなんてね」


「身寄りがなくて、なぎささんを頼ったみたいだよ」


「そう。個人情報でもあるし、患者さんの家族がどうなったなんてわからないものだから、彼があのあとちゃんと生きて行ってくれて嬉しいわ」


「でもさ、そんなにだめそうだったの、あの人」


「大人しくて、ぼんやりしていて、泣き虫で、今のあなたに似ているような、もっと頼りなさそうだったかしらね、お母さんが亡くなるまでは」


「わたしを引き合いに出さなくても…」


「あなたは、このところしっかりしてきたものね?」


「そ、そうかな…でも、よしつね、頑張ったんだね?」


「そうね。想像でしかないけれど、とても大変だったでしょうね。だから、莉花を信じているのと、つねはる君を信じたのと、合わせて一本ってところね」


「うん。嬉しい。盆踊りもさ、来てくれるなんて頑張り甲斐があるよ。でも今日はどうして家にいたの?」


「明日の朝の人が足りなくて調整が入っただけよ」


「そっか、罠かと思った」


「そうなら電気消すわよ?それに罠って、やましいのはあなたでしょう?」


「うう…ごめんなさい」


「ふふっ、でもね、莉花が自分の思うことを言えるようになってくれてね、それはそれで嬉しいのよ」


「うん、怒られるかもしれないって思ったけど、トーキョー行きたいって言えて良かった。こんなことがあったから言うんじゃないけどさ、ママ、大好きだよ」


「ママもよ、おやすみなさい、莉花」


「おやすみなさい」


 部屋に。ぬいぐるみから勾玉を外す。手放していない。バチが当たったかと思ったけれどそんなことはなかった。今のところは。こういうのはフラグになるのだろうか。


 ぬいぐるみを抱いてベッドに横たわる。天井を見上げて今日を思い出す。結局、悪いことなんてなかった。だから、もしバチが当たるのなら、わたしにして欲しい。よしつねはもう十分に苦しんでいるはずだから。



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