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デリート

16 デリート


 翌朝8時頃、「おはよう、姫」とまいちに起こされる。普段は余裕で夢の中の時間だが、郷に入っては郷に従えだ、やむを得まい。


 朝食にトーストをいただく。普段の休みは朝食を抜くのは黙っていた。昼前にまいちとバスでショッピングモールへ。ガチャガチャや雑貨屋を回ったあと、フードコートでランチ。相談の結果、パリパリ唐揚げ、サクサク天丼、カリカリたこ焼き、もちもちドーナツ、とろとろチョコミントアイスをシェアして食べた。


 昼食後、まいちが服を選んでくれた。白地に紺のリンガーTシャツ、グレーのTシャツ、デニムスカート、黒いワイドパンツ、どの組み合わせでも大丈夫とのこと。せっかくだから全部購入することにしたが、かなりの出費である。また競馬に手を出そうかという考えがちらつく。前回は買っていないし、当然買える年齢に達してはいないのだけど。よしつねに頼んだら買ってくれるだろうか。それは問題ないが、わたしが贅沢をしていたらすぐ母に気付かれるだろうし、問い詰められたら答えるすべがない。いっそのこと母に競馬をやってもらおうか。


「おーい、りかおん、何ボーッとしてんのさー」まいちが顔を覗き込んでくる。


「んあ、競馬」心の声がそのまま出た。


「うぇ?競馬って、ギャンブル?」


「うん、お金がね…」


「だめだよー、身を持ち崩すよー、その前に買えないよー」


「そうだね、お金ないしね」言ってしまった、まずい。


「あーごめんねーりかおん、あたしが調子に乗っていっぱい選んだばっかりにー、買うのやめよー」


「あ、ううん、買う。こんなにかわいいの、わたし持ってないし、お金は、その…何とかやりくりするよ」


「ならいいけどさー、バイト?」


「だめでしょ」


「んじゃあさー、神バイト?」


「闇バイトのこと?もっとだめ。何なら闇以上にだめそうだよ」


「じゃーミイラんとこのお宝かっさらって売っ払おうチャレンジ、しよー」


「それならまあいいかも…ってママに言えないことはだめなの」


「じゃー何かい?、あたしとのあんなことやこんなこともママに言うのかね?えー?」


「もう、そういうことじゃないの」


「ふっ、かわいいやつ」


「んもう、買ってくるよ」レジへ向かおうとする。


「あーちょっと待って、これー」と千円札を3枚渡してくるまいち。


「何?」


「お昼ごはん代もらってて。さっき手分けして買ったからさー」


「悪いよ。そんなに買ってないし。この前のお好み焼きだってそうだし」


「その分さー、いろいろ楽しませてもらうからさー、お願い、足しにしてよー、ねー?」


「う、うん、じゃあ、ありがたくいただきます。ありがと」


 全部購入。手提げ袋にいれてもらったけれど、胸に抱えて持ち歩く。背伸びしてしまったという高揚感と、宝物が増えた喜びも。


「では、帰りますかー?」


「まいちは買わなくていいの?」


「あたしは、さい、パパが一緒のときに買うからさー」


「…そう、ならいいけど」


「今、たく、パパ呼んだから、10分くらいで入口着くってー」


「あのさ、『さい』って何?財布…」


「言ったかなー?あー最高のパパってことかなー?ははは」


「じゃあ『たく』って?タクシ…」


「たくさんのパパだねー」


「…それ、事態が悪化してるよ?」


「危ないね、気を付けるよ」




 建物から出て少し歩くと、まいちの唯一の父が車で待っていた。「今度はパパと行ってあげる」なんて嬉しそうに話すまいち。わたしの父は忙しくしていて、あまり一緒に出かけることはなかったし、こんな風に話すことも少なかった。けれど、もしかしたらこんな未来もあったのかと目頭が熱くなったが、水を差してはならないので堪えた。


 夕食前に母にメッセージ。ホームシックを誘発しないように、元気だ、というだけの内容。お土産話は取っておくが、母の負担にならないようにしなければ。今のわたしにとっては母との時間が一番なのだから。



 夕食はすき焼き。いつもこんなに豪勢なのかと羨むところだったが、わたしが来るから特別とのこと。ありがたいが申し訳ないので、食材を切るのを手伝わせてもらった。その間、まいちは弟とじゃれあっていて、昨日の言葉とは裏腹に、ちゃんとお姉さんしていた。一方でまいちの母からは、まいちはもともとは大人しかったが、弟が話せるようになったころから変わった、無理しているかもしれないから何かあったら力になってくれたらありがたい、と言われた。いつも楽しく接してくれているし、わたしも役に立ちたい、と伝えた。今夜は、多少は何かされても我慢してあげようと思う、多少は。


 夕食では、まいちの弟がわたしに料理を取り分けてくれた。小2にも世話をすべき存在だと認識されているのだろうか。役目を、もともとそんな役目はないのだが、それを取られたまいちが弟にイラついているのも伝わってきた。まいちにはあとで優しくしてもらうから、今は我慢のときだよと、念を送った。


 風呂の時間、最初から自然に一緒に入ってくるまいち。早くも前言撤回したい気持ちを抑えて受け入れ、今日はわたしもまいちの背中を洗ってあげる。白くてすべすべしている。傷付けてしまわないか不安で、優しく泡だけが当たるように撫でるが、「そんなんじゃ綺麗にならないよー」と怒られた。


 風呂上がりはもちろん、いちごミルクをいただく。やっぱり美味しい。今日はまいちの希望で、わたしの試着ファッションショーを開催することになった。昼間言っていた、いろいろ楽しませてもらうというのはこれのことか。恥ずかし過ぎる。まずは今日買った服、シャツ2×ボトムス2で4パターンを着てポーズ、続いてまいちが自分の服でわたしに似合いそうなものを選んで、それを合わせてまたポーズ、すべて彼女が撮影した。全部かわいいって言ってくれて、まいちのスマートフォンの「りかおん」フォルダの画像が大量に増えたが、一方でわたしはTシャツを2枚もらえたので良しとする。しかし、わたしのこと、妹か何かと思っているのだろうか、いや今日は我慢すると決めたのだ。


 歯を磨いて、二人でベッドに入り、天井を見上げている。わたしの右にまいち。まだ終わっていないが、この二日間、ずっと一緒にいた。これまでで断トツで最長。楽しかった。その気持ちを伝えたい。


「まいち、今日は、昨日からだけど、すごく楽しかった。お泊まり会させてくれてありがとう。一緒にいられて嬉しい」


「りかおんが提案してくれたから。あたしもおんなじ気持ち。いっぱい写真撮れたしねー」


「うん、うちはさ、ママ仕事忙しいし、お泊まりに来てもらうの難しいと思うけどさ、いつかまた、一緒に旅行とかさ、行ってくれる?」


「もちろんだよー。地獄の果てでも一緒に行くよー。トーキョーに引っ越しても遊びに行くからねー」


「何か、トーキョー行かせたがるよね?」


「うーん、りかおんいっぱい勉強してるからさー、トーキョーの大学とか行くんじゃないかなって思ってね…」


「まだ、決めたわけじゃないけどね、行くことも考えてる、漠然とだけどね。けどまいちって察しが良いよね」本当にそう、言えないこともあるけれど。


 するとまいちは左、私の方へ身体を向けて


「ずっと見てるから…あなたを」


 目つきと口調がいつものまいちではない。


「…えっと、どう…したの?」右へ顔を向けるが直視できない。


「ごめん、おかしいよね、あたし。でも、あなたにだけなんだ、こんな気持ち、あなたの笑ったり、泣いたり、怒ったり、びっくりしたり、そんな顔、いろんな表情のあなたをずっと見ていたいって。他の人にはこんな気持ちにならないし、かと言って男の人が嫌とかそういうのではないんだけど…でも、変だよね?」


 まいちの方へ身体を向けて彼女の顔を見る。涙が右、枕の方向へ流れているのがわかる。その涙を一滴残らず、ゆっくりと優しく、彼女の肌を、心を、決して傷付けないように、わたしの指と言葉ですべて拭う。


「好きになるのに理由なんていらないって、まいちが言ってたんだよ?だからおかしくなんてない。わたしも、まいちのこと、まいちとは違う種類なのかもしれないけれど、その…大好きだし…まいちがいなかったらわたし、学校に行けていたかわからないし、だからね…まいちが望むなら、何でも…できることなら何でも…したいって…」


「…じゃあさ、えっと…目を瞑って…」


「うん、わかった」と仰向けに戻って目を閉じる。瞼が暴れそうになるのを抑える。呼吸を止める。苦しい。早く終わって…


「カシャッ!」


「カシャッ!」


「カシャッ!」「カシャッ!」


「カシャッ!」「カシャッ!」「カシャッ!」「カシャッ!」


「カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ!」


「ピッ!……………」


 堪えきれず声をかける。


「あのさ…」


 返事がない。いるのだろうか。


「あの…まいち…」


 目を開ける。まいちがわたしにまたがり、上からスマートフォンで撮影している。


「お!良い表情だねー」


「もう、何してんの!?」と飛び起き、手を伸ばす。


「撮影だよーりかおんフォルダだよー」まいちは後ずさり、ベットから降り、部屋の隅へ逃げる。


 気が抜けて、ベッドの端に座るわたし。


「したいことってこれ?」


「そだよー昼間っからさんざんしたけどねー。何だと思った?逆に?」


「え?…その…抱きつかれたり?…」


「それはたまにしてるけどね。たり?あとは?」


「あ…き、キス…とか?」


「いいの?」


「う…あ…えっと…」


「嫌でしょ?」


「…うん」


「りかおんが嫌なことはしないよー見損なうなだよー」


 いつものまいちの口調で、わたしも平常心を取り戻す。


「…じゃあそれ…」とまいちが持っているスマートフォンを指差す。


「え?これ?」


「うん、撮ってる?」


「もち」


「それも嫌」


「嫌?」


「うん」


「じゃあやめる。いいの撮れたし」満足げなまいち。逃げ切れると思うなよ。


「消して」


「何?」


「写真。撮ったでしょ?」


「撮ってない」しらばっくれる。


「さっき、もちって」


「いー」


「わたしの嫌なことはしないんでしょ?」問い詰める。


「あー」


「見損なうよ?」もう少し。


「えー」


「帰ろうかな?」これでどう?


「うー、わかったよー消すよー」観念した。


「じゃこっち来て、スマホ、写真選んで、今撮ったの全部」


「はい」わたしの右隣に座って、スマートフォンの写真一覧で選択していくまいち。


「全部、動画も」


「…はい」


「ゴミ箱ボタン、押して」


「うー…はい」一覧から選んだ写真と動画が見えなくなった。


「次、最近消した項目、出して」


「え?」


「いいから、その下にあるから、ほらそこ」


「はい」


「全部チェックして」


「はい」


「右下押して、削除」


「うー、これ押したらもう戻らない?」


「うん」


「押さなかったら?」


「わたしが戻らないよ、二度と」


「わかったよー押すよー」


 全部消えたのを確認できた。


「それにしても随分たくさん撮ったね?」


「うん、りかおんかわいかったからー、でも消えちまったよーあっけなく、ねー」


 少しかわいそうになってしまった。仕方ない。


「スマホ、借りるよ」とまいちから取り上げる。


「え!昼間のも?」泣きそうなまいち。


「いいから、スマホ見て」とまいちの肩を抱き寄せる。


「カシャッ!」撮影ボタンを押した。


スマートフォンに少し驚いた表情のまいちとニヤニヤしているわたしが映されているのを確認し、


「はい、1枚だけだよ」とまいちに返す。


「ありがとう、りかおん。いつにない表情だね。隣のモブはトリミングするね」


「だめだよ。わたしの大切な友達なんだから、ね?」


「うーん、わかったよー。感謝しろよ、真衣」とスマートフォンに話しかけるまいち。


「じゃ、わたし寝るよ」とわたしはベッドに横たわり目を瞑る。


 すぐさま、まいちも隣に飛んでくる。


「…」


 まいちの視線を感じる。


「もう、早く寝なよ」目を閉じたまま、声だけ出す。


「だってー、こんなに近くでりかおんを見られるの、最後かもしれないしー」


「不吉なこと言わないでよ。大丈夫だって」


「ならいいけどさー気を付けなよーミイラ」


「え、何で?いい人だよ?」そう、よしつねはわたしのことを助けてくれる。信用している。それは良くないことなのだろうか。


「それはわかるけどさー、本人にその気がなくてもミイラに触れたら水分持ってかれるとかさー、そういうヘーガイがあるかもしんないよー」


「うん、わかったから、寝よう」


 よしつねのおかげでなぎさとも知り合えたし、このお泊まり会だってそう。だから、こればかりはまいちの見込み違い、そう思うが伝えずそのまま眠った。



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