作戦会議
13 作戦会議
夏休みが始まった。目覚めると雨。
週明けには三者面談、8月には登校日、そのあとには街を挙げての盆踊り、他に予定はない。まいちは家族旅行やら宿題やらで忙しくするようなので、一緒に遊べるのは主に盆踊りまでの期間。よしつねは…おそらく暇だろう。
昼食後、雨が止んでいる。気付くと御代史堂の前にいた。開いている。入って右、三和土のあたりで椅子に座っているよしつね。
「おう、いらっしゃい」
「せっかく驚かそうと思って来たのに」
「残念やったな」
「いただけ良しとするよ」
「上がるか?」
「うん」
「ほな、早いけど店仕舞いするから待ってな。ドクペは…」
「自分でやるよ」
ドクペと氷とグラス二人分を用意する。場所はもうわかっている。リビングのソファで待つ。
じきに戻って来てソファに吸い込まれるよしつね。
「用意してくれたんやな、ありがとうな」
「ほら、乾杯しよ?」
「ええけど、何で?」
「一学期が無事に終わったから。あとはまあ、ね」
「ほな」
「かんぱーい」/「カンパーイ」
「やっぱり美味しいね」
「せやな。けど今日はどないしたん?」
「用がないと来ちゃだめ?」
「ん別に」
「だよね。だから今日はよしつねに提案があって来たんだ」
「…うん?」
「あのね、この前言ったけどさ、よしつねには素敵な人生を送って欲しいんだ。その…お母さんのことがあるからさ、繰り返すのはつらいと思うんだ。それなのに、わたし、人生を大事にしないなんていけないって簡単に言っちゃって、ごめん。でも、わたしも、お父さんいなくなっちゃったし、ううん、同じとは言えないけど。
でもさ、一番の、お金がとかじゃなくて、楽しいっていうか、幸せっていうか、そういう人生を送ってさ、最高のエンディングを迎えたら、物語のトゥルーエンドを迎えたら、ループが終わるんじゃないかって。
終わらなくても、また次の人生が楽しく思えるような、そんな人生を送って欲しいって、やっぱりそう思うんだ」
だめ、こらえて行き場を失った涙が言葉を、心を滲ませる。伝わらない。
「…うん」
「でも、一人だとさ、いろいろ考えたりして難しいと思うからさ、その…わたしも秘密を知っちゃったからさ、何かできないかなって思って…
だから、よしつねの人生が楽しくなるようにしたい。だから、それを伝えたくて…んと、だからね、これからも、よしつねに会いたい、だから、ここに来てもいい?」
「ええて」
「………はい?」
「うん」
「その…来てもいいと?」
「せやから、さっきから言うとるやろ?別に用がなくても来てって。前にも言うた気ぃすんで、現世で。どうせ夏休み暇なんやろ?」
「暇じゃないよ、宿題とか、その…宿題とかあるし」
「でも来るんやろ?」
「その…良ければ?」
「ええて。それにこの前だってわし、用がないのにりかおんとこ行ったしな」
「あれは心配してくれたのでは?」
「何を?」
「なぎささんとのことを見たわたしを」
「見られてるって知らんし」
「あ、そっか」
「にしても、りかおんにえらい怒られたな」
「そんなに、っていうか怒ってないよ」
「せやろか?怒られ耐性ないんかな?」
「そんなことないでしょ?なぎささんによく怒られてるんだから」
「ほうか。まありかおんに言われると、こう、心にグサッと来るからな」
「そう?」
「何か、わしのこと考えてくれはるんやなって。それに、一生懸命さがいじらしいっていうかな。今もちょっと泣いてるし」
「泣いて…ないよ」
「ええやろ?そんなりかおん見とったら、じきわしも泣くから」
「うん…そっちは泣いてもいいよ」
「ふっ、りかおんとおったら、ほんまにトゥルーエンド迎えられそうやな」
「でも、それでさ、もしループが終わっても、いい?」
「かまへん。いやむしろそれがええな。最高やな。そもそもループせんのが普通やしな」
「じゃあさ、目指そうよ」
「せやな。ほな、りかおん来てくれるんか?」
「うん。来てあげるよ」
「何か、話変わってへん?」
「へんよ」
「ごめん、やっぱな」
「え?何?何ー?」
「楽しくて、泣きそうにあらへんな」
スマートフォンで夏休みの予定を確認する。ほぼ空いている。よしつねには、壁に掛けてあったカレンダーを手元に持って来てもらった。商店街で配られた、下部にどこかの店の名前が入った、それ以外は実用性しかないカレンダー。
「では諸君、作成会議を始める」と背筋を伸ばして切り出すわたし。
「何や急に?どないしたん?」
「ほら、君。慎みたまえ、雰囲気だよ」
「…さ、いえっさー」
「まず、当面の問題はだな、3日後に迫った三者面談だ」
「質問よろしいでしょうですか?りかおん司令」と、よしつねがカレンダーに何やら記載してから手を挙げる。
「うむ、許可しよう。よしつね二等兵」
「えー三者面談とは何でありますですか?」
「これはだな…おほん、中学校で担任と保護者とわたしの三者でな、わたしの成績や生活や今後の目標について話し合う場だ」
「では、わたくしは何をすればいいのでありますですか?」
「それはだね、君…今すぐその話し方をやめたまえ」
「い?」
「もう、だからさ、普通にしゃべって」
「何や、もう飽きたんか?」
「うん、っていうかさ、語尾変だよ?何?ありますですかって?」
「そんな言うた?」
「言った。ちゃんとやってくれないと」
「じゃあも1回?」
「ううん、もういい」
「難儀なやっちゃな。んで、何すんねん?」
「うーん。まずは成績についてだね。どう答えるか」伸びをしてからソファに沈む。
「りかおんなら問題あらへんのやろ?」
「まあそうなんだけどさ、他に比べて数学がね」
「んなもんパソコンでどうとでもなる時代やしって言うたれや」
「生活するにはそうなんだけど、思考力というかさ、必要なんだよね」
「ほなら、夏休み中にこれまで基礎を復習して理解を深めて、その上で応用力を付けるような問題に取り組み、頑張ります、とか言うといたらええやん」
「やってもないのにそれらしく聞こえるね。っていうかその通りな気がする」
「どれだけ中学卒業した思てんねん」
「そうだね。では次、生活。主に学校生活ね」
「問題あらへんやろ?」
「あ、いや、まいちしか友達いないから」
「十分やろ?」
「そうなんだけど、何か言われるかなって。学校ではわたし、その…暗いし、授業中もぼーっとしたり寝たりするし」
「よくそんなんでええ成績とれるな」
「うーん、簡単なところの授業とかさ、眠くなっちゃう」
「せやったら、これを機に先生方も眠くならない工夫を考えてみてはどうでしょうか、って言うたら?」
「それは却下。相当やばいと思われるね」
「けどあんま寝てるとな、家の仕事で忙しいとか思われてまうで」
「まずいね。ママが悪いみたいだね」
「困るやろ?まあ、あれやな、夜遅くまで勉強してしまって睡眠時間が減っているかもしれないので気を付けます、ってとこやな。けど実際のところどうなん?寝てん?」
「うう…ゲームとか漫画とかで」
「ええんや、一度しかない人生やから好きなことやり、な?」と憎らしい笑顔のよしつね。
「よしつねが言うと説得力皆無だね?」
「まあな。あと友達いない問題やな?」
「いるよ。まいちが」ムスッとしてみせる。
「友達一人しかいない問題」腕組みをして真剣な眼差しを作るよしつね。
「それの方が否定できない分、逆にグサッとくるんですけど」
「すまん。けど、困ってへんやろ?」
「困ってないけど、気にはなるかな」
「けど、自然にしてて、友達ができたらできた、できなかったらできなかった、それでええんちゃう?それに、井内さんのこと大事にしとるんやから、その気持ちがあれば十分やと思うで。それを先生に伝えたれや」
「うん、何か言われたらそうする、自然がいいよね。次、今後の目標」
「頑張って成績上げますみたいな?」
「それもそうなんだけどさ、進路とかね。高校受験とか」
「行きたい高校とかあるん?」
「具体的にはまだだけど、将来は大学に行きたいからさ、それを見据えてどうするかって感じかな」
「ほなら、大学進学しますー、なのでこの高校あたりで考えてますー、って言うといたらええんちゃう?」
「そうだね。投げやりっぽいけど、実際こんなとこだね。具体的な高校はこれから考えるよ」
「こんなとこか?」
「だね。ありがと」
「役に立つんか?」
「わかんないけどさ、別に大丈夫な気がしてきた。それに、楽しかったからさ、役に立たなくてもいいよ」
「せやな。んで、他は?」
「登校日があるけど、行けばいいだけだから、あとはさー」
「何や?」
「トーキョー行きたい」
「は?」
「トーキョー、ご存知ですよね?」
「ごぞ…はあ?」
「行くでしょ?またトーキョー」
「行くけど?」
「ついてく」
「いやいやいや、え?…何で!?」本気で驚いている。
「いいでしょ?」
「だめやろ?こっちが良くてもそっちがだめや。いやこっちもだめや」
「何で?」
「その、お母さんに何て言うんや?」
「一人でトーキョーに旅行する」
「許可せえへんやろ?」
「じゃあいいって言われたらいい?」
「うん、まあ、一人よりはわしがおった方がええからな。けど捕まる可能性あるわな」
「遠縁ってことで、さ?」
「嘘がバレたら余計あかんて」
「何とかなるよ、もしものときは警察からママに電話してもらうから、だからさ、ママがいいって言ったらね、考えて」
「何で学校では暗くて友達いない子がこんなこと言うねん?」
「もう!冗談でも普通に傷付くよ」
「ごめん」テーブルに手をついて、平謝りのよしつね。追い込みどころ。
「許して欲しかったら、さ?」身を乗り出す。
「でもなー」腕組んで天井を見上げるよしつね。
「一度しかない人生だから好きなことをやった方がいいんでしょ?」
「危ないやん。人生大事にせえよ」
「だからさ、一緒に行くんだよ」
「う、うーん…」
「ね?」
「けど、盆踊り行くやろ?」
「うん、まいちと一緒に」
「向こう行くん、その頃やねん」
「えー何でよ?」
「お盆やし。それにぎょうさん人おって苦手やねん」
「来たらいいのに。わたしの踊るところ見てよ」
「踊るんか?でも下手そうやし」
「下手じゃないよ」
「踊ってみ」軽く言ってくれるよしつね。
「え、今?」
「うん」
「嫌」
「ほな行かん」
「やったら来る?」
「え?うーん…」
「それじゃ踊り損だよ、前代未聞だよ?来てよ、お願い」
「わかったわ。行ったる。ちゃんと踊らなやで?」
「うん、準備するから待って」
洗面所に移動し、鏡の前で腕を上げるポーズ。わたしならできる。
リビングに戻ると、テーブルがキッチンの方に移動され、踊るスペースができている。
「おう、いけるか?」ニヤニヤよしつね、憎らしい。
「上手い下手じゃないからね?踊ったら、だからね?」
「わかっちゅう」とソファに座り、膝に手、こっちを見てくるよしつね。
心を落ち着かせる。踊ればいいんだ。勝ち確。緊張しなくていい、はず。
腕を上前方へ上げ、手を柔らかく動かしながら、軸足のかかとでリズムをとる、足を右右左左と少しづつ前へ、足と同じ腕を少し前へ。
「あやっとさー…よいさー…あやっとさー…よいさー…あやっとさーやっとさー…」
腕と足が合わないけど、リズムは悪くないと思う。どうだろうか。
よしつねを見る。うつろな目をしている。
「あのさー!もういい?」
「…え、あ、すまん。合格や」
「はい、もう終わり。来るんだよ、決まり、ね?」踊りをやめて詰め寄る。
「…ああ、行くわ」
「はあ、良かった。っていうかさ、何?合格や、って。踊ればいいんだから、合格とかないよ?下手だったらとか、そもそも関係ないんだからね?」
安心してソファに座ったものの、引っかかる疑問をぶつける。
「…あ、うん」ぼーっとしているよしつね。
「何?どうしたの?」
「言わなあかん?」
「あかん、基本あかん」
「う…かわええなって」うつむいて、はにかんでいるよしつね。
「…」
「……」
「…どこが?」
「手と足が合ってないとこ?」
「もう!ちょっと失敗したって思ってたのに!」
「でも、良かったで。予想外にちゃんとしとった」
「ふ〜ん、まあ甘く見ないことだね。本番はもっとうまくやるからね?なぎささんのところで、まいちと練習してるんだ」
「へえ、なぎさが?」
「うん、この前教えてくれたんだ。また行くよ」
「それでか。昔、いつかの前世でな、一回だけやけどなぎさの踊り見たことあってな。ちょっと思い出したわ」
「どうだった?なぎささんの踊り」
「うーん…綺麗っちゅうか格好ええっちゅうか、素敵…やったな。うん、踊ってる最中はしゃべらんからな」
「褒めてるのかけなしてるのかわからないけどね。でもハードル上がるなあ」
「りかおんはりかおんらしく、楽しめばええんや」
「うん。で、盆踊りは決定であとはトーキョーだね?」
「ほしたら来月はトーキョー行かんで?」
「えー!ママが良いっていったら、ね?どうせ暇でしょ?お願いっ!」
「まだ諦めてへんのんか?」
「リカオンは獲物を追い続けるハンターだからね?」わたしは爪を立てて飛びかかる真似をしておどけて見せる。
「もう、わしの負けや、好きにせい」立ち上がって、テーブルを元の位置に戻すよしつね。
ソファに置いてあるカレンダーを見つけたので、
「はい、ちゃんと書いてね?」とテーブル、よしつねの前に置くわたし。
「わかったて。何日?」
「12から15だよ?」
「せやから、りかおんはいつ踊るん?」疑問が解消されない風なよしつね。
「せやから12から15」
「12から15?」
「うん、せやから」
「全部?」
「せやから」
「ほんまに?…いけるんかな?」
「たぶんね。10分を何回かって感じだし。休んでもいいって」
「わしの話や」
「見るだけなら大丈夫でしょ?」
「けど人いっぱいおるし」
「倒れないでね?ほら、書いて」
「うう」カレンダーに矢印と「ぼん」と書くよしつね。
「本当に、ちゃんと来てよね?」
「約束する」
そう言ってくれたが、不安はある。また倒れたり、いなくなったりしないで欲しい。それが一番のお願い。
面談対策と予期せず踊らされたことで疲れてしまった。身体が糖分を欲している、気がする。
「あのですね、ちょっと甘いものやら、あります?」
下手に出てみる。
「ドクペ」
「また?飽きない?」
「全然飽きひんなあ。腹減ったん?」
「うん、おやつとか?ありませんかねえ?」
時計はちょうど15時になろうとしている。
「ほな、ちょっと待ってな」こういうのはすんなり受け入れてくれる。
「あ、ありがと」
「ええて」
「うん」
よしつねはキッチンへ向かう。何やら確認している。
「あんな、どんくらい食べる?」
「そこそこ食べるよ」
「うん、わかったわ」
「よろしくねー」
何やら焼いている?まあ、楽しみに待っていよう。
その間、部屋の中を見回す。あまり物がない。その分、店の方にいろいろな物が置いてある。なので、この部屋にある物は大切なものなのだろう。そんな中にぬいぐるみを飾ってくれている。
「もうできるわ。手え洗ってき」
「うん」
洗面所へ、手を洗う。鏡に映るわたし、さっきかわいいって言ってくれた。よしつねは嘘をつかないから、本当だ、と思う。でも、もっとかわいい人いると思うのだが。いや、せっかく言ってくれたのだから、そんな気持ちはすぐに洗い流そう。
リビングに戻ると、「お待たせ」とよしつねがテーブルで準備し終わっていた。
「ありがと。何これ?」
見ると直径6センチ、厚さ2センチくらいの円形のお菓子が2個、一方はあんこのよう、他方は緑の塊。泡立った茶の入った碗が添えられている。
「きんつばっちゅう和菓子や。トーキョーで買うた。スタンダードなあんこと季節限定の抹茶入りやて。あと抹茶、苦いかもわからんけど、試してみ?」
「へえ。じゃあ、いただきます」食べたことない感じ。緊張する。
まずはあんこの方、つぶあんを薄い生地が包んでいて、中央に黒ごまが載っている。手に持って一口、少し暖かくて表面がパリッとしている。あんこが柔らかく、優しい甘さ、ごまの食感と風味、ほんのりごま油を感じる。
「どう?」
「うん、美味しい、気分が落ち着く感じ。パリってするのもいいね」
「ちょっとごま油塗って焼いてるんや。抹茶もいってみ?」
「どっち?」
「どっちって?あ、お茶やね」
「ふふっ、ややこしいね」
飲んでみる。甘くないけど、思ったより苦くない。
「抹茶ミルクとかじゃない抹茶、初めてだけど、あんまり苦くなくて美味しいね。さっぱりする」
「よかったわ。泡立てるとな、口当たりも良くなって苦味も和らぐんや。あんこに合うと思うで」
きんつばをもう一口。甘さが際立つ。抹茶を飲んですっきりさせて、つぎは抹茶味のきんつば。白ごまが載っている。これも違った味わい。同じ抹茶でも違う面を感じられる。あっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ、意外に」
「ちょっとドキドキしたけどな」
「もしかして、一皮向けさせようと思った?」
「他に甘いもんがなかっただけや」
「ふーん。それも本当なんだね?」
「そら、嘘つかんからな」
「でもさ、何かつまんないな。もっと無茶する人かと思った」
何でこんなことを言っているのだろう。冗談でもないのに。よしつねを傷付けるだけなのに。
「買いかぶり過ぎや。りかおんが思っているよりずっと臆病な人間やで」
「そうだね、トーキョー連れってってくれないし」
違う。それはわたしが無茶を言っているだけ。よしつねは悪くない。
「失望したか?」
「ううん、わたしが勝手にさ、変われるって勘違いしただけだから。平凡なわたしの日常に、急によしつねが現れてさ、普通だったらついていかないのについて行って。そんなことしたんだからさ、変われるって思ったんだ。でも…」
どんよりした気持ちが顔に張り付いているのがわかる。
「トーキョーに行ったら変われるん?」
「うーん…ちょっと違うかな、行きたいと思ったのに行けなくてもいいやって思っちゃう自分、それを変えたいんだと思う」
「トーキョー行くん諦めた?」
「だって、ママ許可してくれないよ」
「聞いたんか?」
「聞いてない。だめに決まってる。よしつねだってさっき、許可しないだろうって」
「あれは連れて行きたくないわしサイドの方便や。せやけど、ほんまに変わりたいんならな、その決めつけをまずやめなあかん」真剣な眼差しのよしつね。直視できない。
「だって、わたしがママだったら許さないと思うし」うつむいて答えるわたし。母の顔を想像する。そんなのだめって言う母の顔、想像できない。そんなこと言わせたらいけないって思っているから。
「何でや?」と、依然として真剣なよしつね。
「何でって…心配だから」
「何が心配なんや?」
「危ないし…」
「それだけか?」
「宿題もやらないといけないし」
「あとは?」
「お金がかかるし」
「ほなそれだけか?」
「ホームシックとか」
「他!」
「う、うん…そんなもんかな」
「ほしたら、危険、宿題、お金、ホームシック、これを克服したらトーキョー行きっちゅうことやな」
よしつねが手を差し伸べてくれているような、目の前の霧が晴れるような感覚、だけど。
「そんな簡単に行くかな?」
「他に支障ないんやろ?」
「思う限りはそうなんだけどさ」
「まず、この4つを何とかする前提で考えようや。できたらママを説得や」
「…うん、…そうだね。考えてみる。まずは宿題だね。これはもう頑張るよ。盆踊りまで、いや今月中に終わらせる」
「その意気や。何や早くも変われそうやな?」
「おだててもだめだよ」
「お金はわしがどうとでもできるけど、どう説明するかやな。あと危険っちゅうのもそうか」
「よしつねがついて行くって言っても、信用性ないしね」
「せやな。なぎさを利用するか?」
「一緒に来てもらう?」
「できればそうしたいけどな。考えどころやな」
「ホームシックはわたしの問題。たぶん大丈夫なんだけどね」
「井内さんちにお泊まり会とかは?」
「何か利用するみたいで嫌だな」
「でもお泊まり会したない?」
「したいね」
「なら、言ってみたらええやん。それ自体楽しいやろ?」
「うん、そうだね。楽しそう。お願いしてみる。あと、修学旅行が二学期にあるから、ホームシックとか言ってられないよね」
「それも言うたらええしな」
「何か行けそうな気がしてきた。わたし、変われるかも」
「もう、ちょっとやけど変わったと思うで」
「そう?ありがと。あとごめんなさい、よしつねに当たるようなこと言って」
「かまへん。どうせわしは、りかおんをトーキョーに連れてけんくらい臆病でつまらないただ長く生きているだけのビビリやからな」
「そこまで言ってないと思うけど」
「それに、りかおんにちょっとやそっと言われて心にグサッと来たくらいではへこたれへん鋼のメンタルを手に入れとる、何せ一億万年生きとるからな」
「なにそれ?効いてんのか効いてないのかわかんないし、つまんないよ」
言葉とは裏腹に笑顔を見せているのが自分でもわかる。
「まあ、とにかく、当面の目標が決まったな」
「うん。わたしは宿題とお泊まり会、よしつねはなぎささんにお願い、だね」
「宿題、手伝ったるか?」
「ううん、それだけは自分でやる。あとさ…」
「何や?」
「…こういうの、前世でもあった?聞きたい」
「盆踊りで踊るとは言ってへんかったな。この時期にりかおんとなぎさが仲良うなることがなかったからな、なぎさに踊り教えてもらわへんし、せやからわしも盆踊りには行ってへん」
「トーキョーは?」
「盆踊りの時期にな、トーキョー行く計画は立てたことは何遍もあるで。けど、りかおんがママを説得できんくて失敗や」
「う…何かそんな気はしてた。けどね、わたしさ、ママに強く怒られたり、否定されたりすることないんだよね。最近こことかに来てるのも、ママ何かしてるとは気付いてるけど、言いたくないって言ったら一応許されてるし」
「ええことやないか。信頼されてるんやろ?」
「うん、そうなんだけど、それはさ、わたしが怒られないようにしてるって言うことでもあるんだ。怒らせちゃうのは嫌だから。でも前世のわたしはさすがに怒られただろうね」
「せやろな。がっかりしとったもんな、りかおん、前世で」
「そう考えるとさ、前世のわたしはさ、その怒らせちゃうかもしれないっていう怖さを乗り越えてはいるんだよね。頑張ったんだよね?」
「うん。頑張っとった」
「そう考えるとさ、やっぱりハードル高いよね?」
「けど見えたやろ?成長の余地ありや。わしなんかもう伸び代あらへん」
「うん、頑張るよ。前世のわたしたちの分もね」
「せやな、それに今回はなぎさっちゅうジョーカーがこっちにはあるんやからな」
「そうだね。責任重大だよ?よしつね二等兵」
「はっ!玉砕する覚悟であります!」姿勢を正すよしつね。
「そしたら、少尉くらいにはしてあげる」
こうして、10日後に経過報告とその後の作戦会議を兼ねて会う約束して、この日は帰宅した。母との食事、また異変に気付かれないか心配だったが、何も言われなかった。少し待ってて、必ず説得してみせるから。




