ビーフ・オア・フィッシュ
11 ビーフ・オア・フィッシュ
翌週、久々の雨、木曜日は一日中。
学校から帰る。明日は終業式、まいちとそのあとの約束を確認。
結局、よしつねのところには行っていない。連絡もしていない。来ることもない。あんなに泣いて笑ったのに、どうして連絡して来ないのだろう。でもそれはわたしも同じ。
連絡しなくなって、疎遠になって、どこかへいなくなって、来世に行って、それでもよしつねは、わたしに、別のわたしに会いに行くのだろうか。きっと会いに行く。よしつねはそう。優しいから。だったらわたしにも、現世のわたしにもさ。
スマートフォンを取り、よしつねとのメッセージ履歴をさかのぼって見る。心にざらつく4文字が手を止める。まだ卒業の季節ではないはずなのに。
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『さよなら』
『おやすみ』
『もうすぐ』
『迎え来る』
『嘘つかぬ』
『約束した』
『タクシーだったんだ
びっくりした』
『ごめんね
ありがとう』
『こっちがありがとうだよ
でも大丈夫?心配』
『心配させてごめん
まだ顔が痛い』
『急に来る例のやつ?』
『違うと思う
なぎさにやられたせい』
『ほんと?
つらそうだったよ?』
『なぎさ、力強いから
体調悪いから今週は休業するよ』
『どうせ人来ないしね』
『来る?』
『行かないよ
用ないし』
『そうだね。おやすみなさい』
『うんおやすみ』
『元気?何してる?』
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最後に、知らないメッセージ。見逃した?いや、たった今。
すぐに既読がついたのがバレるだろうか。待っていたみたい。待っていたのだけれど。
それに『元気?何してる?』ってさ。もっとあるでしょう。でも、いっぱい考えて送ってきたんだよね?わかる。わたしもそう。
だから、焦らせるのもかわいそうだから、すぐ返信してあげる。
『元気
一人でごはんだけど雨でどうしようかとおもっていたとこ』
送信即既読。
『用意しようか?届けるよ』すぐ来た。
来てくれるの?
『来てもいいよ?』意訳して送信。
『ご希望は?』
『美味しいもの。二人前』
『いっぱい食べるね?』
『よしつねの分だよ』
『待ってて』
『気を付けて』
洗面所へ向かい鏡のわたしを見つめる。いつもと同じ。
30分ほどしてメッセージ。
『お待たせしました。玄関前です』
窓へ駆け寄り、カーテンを開ける。間違いない。よしつね。
階段を駆け降り、玄関を開ける。変わらない、よしつね。
「…ありがと」
「おまたせしました、アーワーバイツです」
「ふっ…何それ?入って」
「ええんか?」
「うん…一緒に食べようよ…手、洗って」
「ほな、これ」
紙袋を受け取り、キッチンで準備、中身をテーブルに。
丸っこい包みが二つ、小さい紙袋が二つ、飲み物が二つ。
「ハンバーガー?いいね」
いつもは母の座る席に座って待つ。洗面所からよしつねがやって来る。
「どやろか?いける?」
「うん、やるね。そこ座って」
「よかったわ。チーズバーガーとフィッシュバーガー、どっちにする?」
いつものわたしの席によしつね。
「そりゃお肉がいいな、チーズ」
「ほい」包みを渡される。
「ありがと。重いね。あとこれは?」小さい袋を指して聞く。
「ポテトやな」
開けてみる。
「皮付きだね。美味しそう。ドリンクは?」
「二つとも、もちろん…」
「ドクペ!」/「ドクペ!」ユニゾン。
「じゃあ、いただきます」包みを開ける。
「いただきます」続いてよしつねも。
バーガーはバンズに、下から折りたたまれたレタス、トマト、上にたっぷりのチーズがかけられたパティが挟まれている。直径より縦幅の方が長い。
「すごいチーズ。それに大きいね。ちゃんと食べられるかな?」
「ゆっくり軽くつぶすとな、食べやすくなるし、肉汁とソースが染み渡ってよりうまなるで」と包みをテープルに置いて、上から押さえるよしつね。
「やってみる」真似をする。手のひらがじんわり熱くなる。
再びのご対面、バーガー全体がひとつにまとまっている気がする。これなら食べられそう。
一口。行けた。レタスの食感とトマトの酸味、すぐに旨味溢れる肉汁とそれを支えるソースの柔らかな甘み、そして濃厚なチーズが口の中に広がる。美味しい。もう一口。これ、止まるのだろうか。
「どうや?」よしつねが話しかけてくれなかったら、バーガーがなくなるところだった。
「…うん…お、いひぃ…よ。…うん」飲み込んだところでいったんストップ。
「そやろ?うまなったやろ」
「美味しいけど、美味しくなったかはわからないよ」ささやかな反抗。
「せやけど、そのままだったら食べられへんかったやろ?」
「うん」
「とするとな、一遍にすべての食材を口にできひんわけや」
「そうだね」
「つぶした結果、全食材を一気に食べられるように、つまり美味しくなったってわけやろ?」
「そうだけど、一口で食べられないのはわたしの口が小さいっていう身体的素因だから、バーガー自体の美味しさの問題ではないよね?」
「でも肉汁とソーズが絡むんや」
「でもね、わたし、前を知らないから、わからないはわからないよ」
「何や、負けず嫌いやな」
「それは否定しないけど、そっちもなかなかだよ」
「ふっ、せやな」
「でも美味しいの食べられたのはよしつねのおかげ」
「まあな」嬉しそうなのが伝わってくる。たぶんわたしからも。
「ところで相談なんだけどさ…そっちのも食べたいんだけど、いい?」
「ええで、やるわ」フィッシュバーガーを差し出すよしつね。食べた形跡がない。
「え、食べてないよ?」
「いるかな思て」
「その判断は間違ってないけど、食べてよ。全部は食べないよ。あと、こっちのも食べて」とチーズバーガーを渡す。
「でも間接キッスなるで」
「いいから、冷めるよ」自分で言っといて、どっちの意味かはわからない。
フィッシュバーガーはパティとチーズの代わりに魚のフライにタルタルソースが入っている。一口。サクッとした衣の食感の奥、柔らかな旨味の魚、タルタルソースはくどくなく、ほどよい甘みと酸味で引き立てる、野菜も相まってさっぱり食べられる。美味しい。気付くと半分ほど食べていた。
「そっちもうまいか?この辺の鯛やって」
「うん、美味しいよ。半分食べちゃった」
「かまへん、戻すか?」
「食べた?チーズ」
「食べた」包みを開いて見せて来るよしつね。あまり減っていない。
「もっと食べなって」
「ええの?」
「ええよ」
「ほな」っと口いっぱいに頬張るよしつね。
「あー食べ過ぎー」
「…ええて…んぐ…言う…ごく…たやろ」
口元にソースを垂らしているよしつね。拭いてあげたい。けれど、届かない。けれど…
「ふふっ…楽しいね」
こんなに笑いあえるんだから、このあとどんな話になっても大丈夫、そう思って笑みとソースがこぼれた。
食後、残ったドクペを飲みながら、だんらん…
「あー美味しかった」
「喜んでもろうて何よりや」
「うん、ありがとうね」
「お安い御用や、儲け…」
「はいはい。それはわかったから」
「ほい」
喉を潤す。自然に話さないと、ね。
「ところでさ、なぎささん、大丈夫だった?」
「へ?何が?」
「お土産。大量のろっくんもっくん」
「あー全然問題なかったわ。喜んでたで」
「それだけ?他に何か話した?」はやる。
「りかおんにたまたま会うて話したとか」
「そのあと」
「お土産渡して、ありがとうて」
「そのあと!」
「聞きたいん?」
「聞いてみないとわからない、から、聞く!」言ってしまった。
「わかった」声のトーンがだいぶ低いよしつね。
「ちゃんとね、嘘は…」
「もちろん、つかない…」
「うん、ごめん」
そして静かに、消え入りそうな声で話す、よしつね。
「…お土産、りかおんに聞いて被ったみたいで、ごめんて言って渡して、怒られるかと思ったけど、なぎさがさ、わたしの好きなもの覚えてくれてありがとう、それに帰ってきただけで嬉しいって。そのあと、抱きつかれて、好きやって言われて、それで、生まれ変わったら一緒になろうって。何も言えなくてな、じっとしてたら、なぎさ、冗談やって言って、手を離して。それで帰ってきた…」
ちゃんと、嘘をつかずに話してくれた。だから、わたしも。
「…ごめん、実はさ、見てたんだ…声は聞こえなかったけど。殴られそうになったりしたら止めようと思って。でも、その…抱きついたのが見えたから、怖くなって、帰った。ごめんなさい」
「りかおんも…ありがとう」
「…でも、なぎささん、勇気出して言ったんだと思うよ。だから、ちゃんと答えないと」
「来世の約束を?」
「そう。来世一緒になるのは嫌なの?でもよしつね以外はさ、来世なんてわからないんだからさ、いいよって言っちゃえば良かったのに」
「…でも来世で、なぎさの記憶が残ってたら…裏切ることになるから」
「んもう、本当に…だけど、わたしも何となくわかる…でも、ううん、だからさ、やっぱりなぎささんと仲良くしてほしい。大事な人なのは変わりないんでしょ?」
「うん」
「だったらさ、約束できなくても、その気持ちを伝えないと。わたしがまいちにしたみたいに。自分ばっかり偉そうなことばっかり言って。はやく行って。行かないなら今度こそ警察呼ぶよ」
「うん。わかった…わ」
「祈ってるよ」
「ありがとな。ほな、行って来るわ」




