湖を飛ぶ
湖を飛ぶ(惑星間探偵事務局KSK)
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「1、2、3、4……」
シリカ君の指導で健康管理のためのダンスの練習をしていた。事務所の奥にはトレーニングルームがあるけど、トレーニングルームなのに何にもない。鏡と手すりがあるだけで、何のために作ったのか勘ぐりたくなる。「カリンカさんにも、誰かが教えないと!」とカゼノさんが意気込んでいたのでシリカ君にお願いした。このダンスは地球の伝統のもので、上手い人なら爪先一点で立つくらいへっちゃらになるらしい。指の動きはこう、と見せてくれるシリカ君がとても上手いので、やっぱり女性向きを教えてもらったんだと思っていたら男女とか関係なくみんなやるらしい。ほら、とシリカ君が振り抜いた手は、こないだキョクシンの道場でハリーさんがやっていたのに似ている。弧拳だっけ?シリカ君が同じ手を大きく回してみせると、カゼノさんが病院でしていた盆踊りにも似ていた。女性で、叩くイメージがない人なら踊ればいいだけでみんな同じらしい。せっかくだから歌いながら盆踊りをしてみた。たった一つのこと……♪「著作権が三つほど絡むからやめた方がいい」とシリカ君に止められた。歌と踊りはわかるけど他の権利者って誰だろう。
コツがわかれば結構上手く行くし、つらい運動は体に毒だからというカゼノさんの方針でこれくらいしかしない。次は手首を返す動きをするらしい。こういう風に、と見せてもらうと、まるでハイヒールを履いてスカートを押さえる女優さん。セクシー女優じゃないですか!と言ったら「セクシー女優とセクシーな女優は少し違う」と注意された。ああそうか、カゼノさんもわかってるんですね、と感心したら「カゼノさんは同じだと思っている」らしい。やっぱりやめてもいいですか?
30分ほど練習して今日は終わり。部屋を出るとカゼノさんがふてくされていた。何かひそひそ話してたでしょう、と気にしている。後半10分「カゼノさんに手を出したらわかってますね?」というお説教を受け続けてひたすら同意し続けたのが聞こえたらしい。出口の近くでドリンクを用意してくれていたのに、自分の分にも手をつけていない。そんで急に「邪魔ですか?」とか聞いてきた。私とシリカ君が隠れて話している=自分が除け者だと思ったらしい。そうでなければ隠れる必要ない、と全然違うのに否定しづらい意見。シリカ君の「つかず離れずそばにいればカゼノさんは僕のもの」大作戦は根本どこかおかしいらしくて向こうに不満がたまっている。隠すっていうのはカゼノさんを追い出すかカゼノさんを食べちゃう以外にする場合がない。この場合後者なんだけど、カゼノさんは前者だと思っている。シリカ君がLとBTの間にいるという前提がないからこうなる。違いますよ!と二人して否定したけど、カゼノさんは「15かそこいらで新社会美人を狙うとは太い野郎だ!」となかなかズレたところで怒っている。うらやましいらしい。新社会美人、と聞こえたけどそんな言葉はないからきっと聞き違いだ。
そうとう落ち込んでいるカゼノさんは「もうケイトのところに行って撃ち殺してもらう」なんて言い出して、やっぱり信用できる人に介錯してもらうんだなあなんて思っている場合じゃないから止めた。カゼノさんが死んじゃうし、私も失職しちゃう。シリカ君はどちらだろう、でも止めた方がいいだろう。
その途中で、カゼノさんが誰かに呼び止められた。紫の色のスーツを着たその人は、「マルクスに聞いたぞ」って言ってたから、カゼノさんの知り合いだ。やめた方がいいのに、今は。明日なら死ぬ前に止めてもらえるのになあ。でもカゼノさんはなんだかためらっていた。その人は、ガチッと爪を伸ばすとうなり声を上げて飛びかかってきた。息を上げて目を血走らせて、まるで大きな犬。カゼノさんが感心していた。
「改造のときそっちにしたのか。お前、やるなあ」
強化改造の時に人工物をたくさんつける兵隊はよくいるけど、今あるものを変化させる人もいる。爪とか、鼻とか、牙、筋肉。こっちに走る人は手強い、とカゼノさんは考えているらしい。もう一度飛びかかられたカゼノさんは、潜り込んで手のひらで押して、空中にいる相手のバランスを崩した。でもそれだけで次がない。たぶん長引く、と思ったらシリカ君に「行くよ!」と言われた。シリカ君が空中の相手を後ろからつかんで、私は体が勝手に動いてよりにもよって相手の前に。きゃー!と言いながら手を突き上げると手首にすごい衝撃があった。私の手はさっきの練習と同じ、ハリーさんがやる弧拳。練習で大きく開いていた足は、がしっと地面をつかんでまるで道路で叩いたみたいな力が相手の顎に伝わった。あーあ、伸びちゃった。偶然なのかな、あんまり強くなかったのかな。カゼノさんを見ると、「やっぱり二人がいいんだ」とすねていた。連携にちゃんと入っていたのに、自分のことだけ見えてないらしい。




