第Ⅳ部 視覚の消失(Ⅲ)
第二十六章 声のない絶叫
暗い。
光がない、という意味ではない。
返ってくるものが、何もない。
透は、
そこに一人で立っていた。
立っていると理解しているだけで、
床の広さも、
天井の高さも、
もう確信が持てない。
喉が、
ひりついている。
胸の奥が、
押し上げられる。
これは、
声を出す前の身体だ。
透は、
口を開いた。
何かが、
身体の中から
外へ出た。
胸が震える。
喉が痛む。
腹の奥が、
強く縮む。
確かに、
叫んでいる。
それだけは分かる。
だが――
音が、来ない。
耳が静かなのではない。
世界が、
一切、反応しない。
透は、
もう一度、
大きく息を吸った。
そして、
全身を使って
叫んだ。
肩が上がる。
首の筋が張る。
顎が、
わずかに震える。
叫んでいるはずの自分が、
身体の感覚として存在している。
なのに、
証拠がない。
「――――」
口は、
確かに動いている。
舌が、
歯に当たる。
喉の奥が、
焼けるように痛い。
それでも、
世界は
一切、揺れない。
透は、
恐ろしくなった。
叫んでも、
返事がない。
壁に向かっているのか、
空間に向かっているのか、
それすら分からない。
自分が今、
どこにいるのかが、
声で確認できない。
透は、
口を閉じた。
閉じた瞬間、
世界は何も変わらなかった。
叫んでいても、
黙っていても、
同じだった。
喉に、
鈍い痛みだけが残る。
それが、
唯一の証拠だった。
自分は、
確かに何かを
外へ出そうとした。
透は、
自分の胸に
手を当てた。
鼓動が、
速い。
それは、
音ではなく
振動として分かる。
生きている。
それだけは、
まだ確かだ。
透は、
もう一度だけ
口を開いた。
今度は、
叫ばなかった。
ただ、
息を吐いた。
世界は、
やはり
何も返さなかった。
その瞬間、
透は理解した。
聴覚を失うとは、
音が消えることじゃない。
自分の存在を、
世界に投げても、
何も跳ね返ってこなくなることだ。
透は、
暗黒の中で
ひとり立っている。
叫んだはずの喉は、
痛い。
だが、
その声を
聞いた者は、
どこにもいない。
――
自分自身すら、
聞いていない。




