第Ⅲ部 聴覚の消失(Ⅷ)
第二十二章 同伴を推奨します
言い方は、
とても丁寧だった。
「禁止ではありません」
「可能な範囲で」
「念のため」
そういう言葉が、
順番に置かれていく。
再診の日。
透は診察室の椅子に座っていた。
医師の口が動く。
声は、ほとんど届かない。
だが、
スライドする資料と、
医師の視線の動きで、
話の構造は分かる。
危険性。
回避策。
責任の所在。
「……」
透は、
話が一区切りついたところで、
小さく首を傾けた。
医師は、
すぐにメモ帳を取り、
要点を書き出した。
《外出時の注意》
《交通環境》
《単独行動》
文字を見て、
透は理解した。
《できれば、
一人での外出は
控えてください》
“できれば”。
柔らかい。
拒否も、反論も、
できる言葉だ。
だが、
続く一行が、
それを無力にする。
《事故が起きた場合、
予測可能だったと
判断される可能性があります》
透は、
その文を二度読んだ。
自己責任。
そう、
はっきりとは書いていない。
だからこそ、
逃げ道がない。
診察室を出ると、
凪が立っていた。
視線が合う。
凪は、
透の表情で察したらしく、
何も聞かずに
隣に並んだ。
帰り道。
人の流れが、
前から来る。
透は、
視線でそれを把握する。
だが、
接近する速さや、
注意喚起の音は、
もう判断材料にならない。
凪が、
半歩前に出る。
自然な動き。
守る、というより、
先に判断している。
透は、
その位置関係を
黙って受け入れた。
「今度からさ」
家に着いてから、
凪が言った。
口の動きは、
ゆっくりだった。
透は、
一語一語を
目で追った。
「一緒に行こう」
どこへ、とは言わない。
病院。
買い物。
外。
すべて、含んでいる。
透は、
すぐに頷かなかった。
拒否する理由は、
もう無かった。
「……ありがとう」
それは、
同意だった。
凪は、
少しだけ安心した顔をした。
その表情が、
透には、
頼られる側から
管理される側へ
移った合図のように見えた。
数日後。
透は、
一人でコンビニに行こうとして、
玄関で立ち止まった。
靴を履く。
ドアノブに手を伸ばす。
だが、
行き先の音が想像できない。
車の接近。
自転車のベル。
呼び止める声。
それらは、
もう“警告”として
機能しない。
透は、
靴を脱いだ。
ドアを閉める。
その音は、
自分には届かなかった。
夜、
ノートを開く。
今日の記録。
・単独外出:非推奨
・同行者:凪
・判断基準:安全/責任回避
少し迷ってから、
一文を書き足した。
守られるとは、
危険から遠ざかることではない。
選択肢が、
先に減ることだ。
ペンを置く。
凪が、
照明を落とした。
部屋が暗くなる。
透は、
それを見て理解した。
音がなくなった世界では、
自由もまた、
静かに音を立てずに
減っていく。




