第Ⅲ部 聴覚の消失(Ⅶ)
第二十一章 席を外してください
それは、面談という形をしていた。
上司と人事、
小さな会議室。
ガラス張りで、外の様子が見える。
透は、その配置を見ただけで理解した。
これは叱責ではない。
調整だ。
「体調のことは聞いています」
人事の女性が、柔らかい声で言った。
「無理をさせたいわけじゃありません」
透は頷いた。
「ありがとうございます」
言葉は、正しかった。
上司が続ける。
「最近の会議で、
聞き間違いや行き違いがあったよね」
「はい」
否定はしなかった。
「業務の性質上、
細かいニュアンスが重要になる」
その説明も、正しい。
「だから」
人事が言った。
「一時的に、
会議参加や進行に関わる業務から、
外れてもらえないかな」
透は、
すぐに“解雇”ではないことを理解した。
だからこそ、
逃げ場がなかった。
「一時的、というのは」
透は、確認した。
「いつまで、でしょうか」
人事は、
少し困ったように笑った。
「医師の判断次第、ですね」
医師。
また、未来に送られる。
「デスクワーク中心で、
できることはあります」
上司は、
フォローのつもりで言った。
「無理のない範囲で」
透は、
その“無理”の定義が、
もう自分の手を離れていることを感じた。
「分かりました」
透は、
静かに答えた。
それ以上、
話すことはなかった。
面談が終わり、
透は自席に戻った。
モニター。
キーボード。
メモ帳。
すべて、
昨日と同じだ。
だが、
役割だけが違う。
会議の招集通知が、
届かなくなっている。
透は、
それを確認して、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
痛みは、
長くは続かなかった。
代わりに、
空白が残った。
香澄が、
そっと声をかけてきた。
「……聞いたよ」
透は、
頷くだけで答えた。
「大丈夫?」
その質問は、
あまりに難しかった。
「まだ、働ける」
透はそう言った。
香澄は、
少し目を伏せた。
「それ、
“できる”と“求められる”が、
ずれてきたってことだよね」
透は、
何も言えなかった。
帰宅後、
凪に話した。
言葉は、
淡々と選んだ。
「一部の仕事、外された」
凪は、
すぐに理解した。
「……安全のため?」
「たぶん」
凪は、
それ以上聞かなかった。
聞かないという選択が、
優しさだと知っていたからだ。
だが、
その夜、
凪は眠れなかった。
透も、
同じだった。
ノートを開く。
今日の記録。
・業務制限開始
・会議参加・進行業務から外れる
・理由:聴覚の信頼性低下
透は、
少し考えてから書き足した。
仕事を失うとは、
能力を失うことではない。
信頼の前提が、崩れることだ。
ペンを置く。
透は、
自分がまだ“働ける”と
思っていることに気づいた。
だが同時に、
世界はもう、
その前提で動いていないことも。




