表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

魔王ジョシュア【復讐劇】

「その姿……愚かな。たとえ魔王になっても、私に危害を加えることはできないというのに」


 女神はかつての使徒に、最後の憐れみを向けた。

 

「そんなのわかってるわヨ。魔王の力は世界を破滅させるためのものだモノ」

「なら覚悟しておきなさい、ジョシュア。貴方はその世界によって消されてしまうのです。ゼインと貴方たちがしたように」

「――――それはどうカシラ?」


 この世で最も不遜で不敵で不気味な笑みが、整った顔に浮かび上がった。


「本当に寝てたのネェ。アタシが七十年以上なにをしてたのか知らないナンテ」

「どういう、意味です」


 ハッタリではないとわかるのに、世界を創りし偉大な女神はその細部を見透せなかった。


「この半世紀、世界は完全に平和なのヨ。アタシが二十年以上かけて全世界回って、すべての戦争を終わらせた。争いの種を解決に導いて、同盟やら連合やらを締結。経済的、人道的な条約も結ばせた」


 両手を広げ高らかに語る姿は、すでに魔王の風格を備えていた。

 言葉の節々からにじみ出る不吉が、大気を嫌に震わせる。


「その結果、今この世界に兵士という職業はないのヨ。砦は観光地、武器防具はコスト重視。今各国にいる主な戦力は、治安維持を行う憲兵だけ。どうかしら、女神様? 今の世界から、かつてのゼインやゴウのような豪傑を見出すことができるカシラ?」


 挑発的な笑みが瘴気の闇と踊った。

 しかし女神は小さくかぶりを振り、ため息をついた。


「ジョシュア。本当に愚かな。その程度で勇者が無力化できると思ったのですか? 選定の剣に選ばれた者は、たとえ年端のいかない少年でも絶大な力を得るのです。ゼインはたまたま最初から強かったというだけ……浅い目論見でしたね」


 常に降り注いでいた柔和な光が、頬を撫でるようにユラリと揺れた。

 瘴気の波は絶えず広がり続け、もはや果てすら見えなくなっている。


「それに魔法を使えば、肉体的な強さがなくとも戦える。そのために私はヒトに魔力を与えたのですよ」

「本当に本当に…………なぁんにもわかっちゃいないんダカラっ!」

 

 ギャハハハハハハハハハハハハハハハッ!


 大爆笑がふたりを包んだ。

 老若男女が混ざり溶け合い、歪んだような捻じれた声は、周囲に満ちた瘴気の中から生まれていた。


「こ、これはっ。瘴気だけじゃない?」

「アタシが最初に手をつけたのは魔法学校の解体ヨ。カルミアの暴走をすべて、魔法のせいだと公表した。魔法にのめり込めばのめり込むほど、魔力は穢れて人の心を失うと言った。根拠? あるじゃない、ピッタリなものが。マーブルでさえ魔力と似てると感じた、この瘴気が」


 止まない笑いにさらされながら、女神の顔に一筋の冷や汗が流れた。


「みぃんな魔法も魔力も怖くなった。だから魔法に関する記録はすべて燃やし、技術は封印。それでも使い続ける者には、歴史に則ったかわいそうな末路が待っていた。もうわかるわよネ? 今この世界に魔法使いはひとりもいない!」


 高まった瘴気は空へと昇り、雲を取り込んだ。

 雷鳴が降り注ぎ、女神の威光に影が落ちていく。


「ジョシュア……貴方、そこまで」

「いいえ? ここまでじゃありまセン。まだまだありますトモ」


 長年の欲求を解放するかの如く、ジョシュアは妖艶で満ち足りた吐息を吐いた。


「マーブルのメッセージには『毒りんご』があった。仲間の死にも必ず毒が関係していた。たぶんあなた、元カレに毒を盛ったんでショウ?」


 強く口を閉ざし全身の震えを抑える女神には、答えることができなかった。


「だから――――今度はあんたが盛られる番」


 膨大な恐怖と強烈な寒気が神秘の肉体を犯し、満たしていく。


「この魔王城に着く前、女神の試練を行うダンジョン。レベルアップとあんたの奇跡、勇者には伝説の鎧兜が与えられる場所。その最奥に置いてきたワ、とっておきの毒……瘴気に染まった戦士ゴウの頭蓋骨を」


 かざした手のひらから、真っ黒な髑髏が浮かび上がった。


「勇者一行のあらゆる傷を癒す奇跡の泉の底には、魔法使いマーブルのかわいらしい頭蓋骨」


 一回り小さな髑髏がゴウのとなりに並んだ。


「そして、勇者ゼインの髑髏は選定の剣に」


 現れた三つ目の髑髏を前に、女神はやっと口を開いた。


「そ、それは不可能ですっ。勇者の選定は私が行う。どこに現れるかは私にしかわからないっ。選定の剣は穢されない!」

「女神を信仰する敬虔な心が条件ですわよネ?」


 ついに女神は恐怖で泣き出した。

 なにを出してもなにを言っても、恐ろしい現実が返されると悟ってしまった。


「魔力は女神が与えたものだというのは、神話を通してみぃんな知っていたのヨ? それが瘴気になると知ったらどう思うカシラ? 魔王の原因が痴情のもつれと知ったら? 勇者一行への仕打ちを知ったら? 女神への信仰はどうなってしまうカシラ?」


 天から注いでいた光はもう、細々と伸びる糸でしかない。

 女神はまるでただの少女のように怯え、浅い呼吸を繰り返していた。


「そ、そ、そ、そんなっ、こと。ならっ、私はっ、こうして現界できないはずっ」

「神様って信仰の力が存在に影響するんですもんネ? だからひとりだけ育てたのヨ。とっても無垢で、一枚残った肖像画の女神に恋した男の子。この子が今の世界で唯一、あなたを信仰する人間なのヨ。勇者に選ばれる触媒だと言って、ゼインの頭蓋骨を肌見放さず持って。」


 鼻先がつくスレスレの距離に、ジョシュアは顔を近づけた。

 互いの吐息は威光と瘴気が触れる前に消し去るが、恐怖を与え恐怖に怯えることは防げない。


「さあ、女神様。始めましょう、勇者と魔王の最後のおとぎ話をっ!」


 轟音と共に瘴気が昇り、絢爛豪華な漆黒の魔王城を作り出した。

 開け放たれた門からは次々に異形の魔物が解き放たれ、世界を埋め尽くさんと進軍を開始した。


「ひいっ!」


 情けない声を上げ、女神は雲のむこうへと飛び去った。


 新たな魔王は城へ入り、出来立ての玉座へ腰掛けた。そして瘴気で作った仲間の頭蓋を見つめ、目を閉じた。


「ごめんなさい、みんな。アタシ魔王になっチャッタ。でも、後悔はしてないワ。こんな姿見守んなくていいから、あの世で仲良くやっててよネ。あぁ……でも……マーブルのおねがい、聞いてあげられなかったわネ。『生きて 幸せに』って」


 ――――やがて世界のどこかで勇者が立ち上がり、魔王討伐の旅を始めた。


 しかし魔王の城に現れることはなく、ジョシュアによる世界侵攻は十年ほどで完遂。


 創生の女神が創り上げた世界は、魔王によって滅ぼされた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ