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勇者ゼイン【悲劇】

 勇者の訃報は世界を悲しみと混乱の底に落とした。

 旅の途中で縁のできた村や町はもちろん、彼の故郷であるダンワ王国は特に深く冷たい闇に包まれた。

 悲劇は王国の首都ドリムアで起きた。

 魔王討伐と勇者一行の帰還を祝う、凱旋パレードの最中に。


――――――――


「いやー、それにしてもすごい豪華だなぁ。目がチカチカしてくるよ」


 勇者ゼインはパレードの開始を待つ行列を、呑気な笑顔で眺めていた。

 堀の跳ね橋はすでに降り、分厚い鉄の城門は準備が終わりしだい開け放たれる。彼らを先頭にズラリと並ぶ馬車たちは、街道の石畳を眩しく飾っていた。


「魔王討伐を疑ったことはなかったけど、こうなることは予想外だ」


 生まれ持った人の良さは、常に体から漂っている。

 だが同時に命がけの旅を終えた百戦錬磨の貫禄が、瞳の奥から光を放っていた。


「出発したときは安全のためとか言って、見送りもロクにいなかったからなぁ。俺たちもやっと、ひとかどの人物になったというわけだ。むしろもっと見ろっ! この豪華絢爛な馬車の数々と美しい女性たちをっ!」


 豪快に笑う男は数カ月前、屈強な肉体と人間離れした体力で、魔王の左腕を斬り落とす戦果を挙げた。

 戦士ゴウ。ゼインと共にダンワ王城から旅をする、最も信頼を置く仲間である。


「こ、こんな行列の先頭がわたしたちなんて、緊張しちゃいます」

「あら、まだそんなこと言ってるのマーブル。あんたはもう世界一の魔法使いなんだから、堂々としてればいいのヨ。まったく、緊張しいなのは変わらなかったわネェ」

 

 魔法使いマーブルと賢者ジョシュア。

 小柄で眼鏡、全身黒づくめのマーブルとは対照的に、ジョシュアはスラリとした長身でこの日のために仕立てた礼服を纏っていた。黒い三つ編みと切りそろえられた銀髪が、そろって風に揺れた。


「ジョシュアの言葉遣いも変わらなかったな。ま、もう慣れたけどよ」

「ゴウったら港町で出会ったころは、ずっと突っかかってきたもんネェ。アタシのことが好きなのかと思ったワ」

「俺は男の体にゃ興味ねぇんだよ。性別を超越したらしい究極賢者様っ」

「そういえばゴウくんって、故郷の村に婚約者がいるんでしたっけ?」

「おうよっ! 王様に褒美をたんまりもらったら、村に戻って結婚するつもりだ」

「あらヤダ、じゃあゼインとお姫様の式と続くじゃナイ。マーブル。この際だから、あんたもドレス仕立ててもらいなさいナ」


 ゼインは下級貴族の出身であったが、勇者の使命を全うしたことで王族入りが決まった。


 王国一の美貌を持つと賞賛されるマリア姫との婚約は、旅に出る前に交わされている。この凱旋パレードが終わるとそのまま結婚式となり、勇者は次期国王となる。


「いやぁ今さらだけど、僕みたいな男がマリア姫に釣り合うんだろうか」

「なに今さら弱気になってんだタコ」

「釣り合うに決まってます!」

「……ゼインの凡夫っぽさも変わらなかったわネ」


 勇者一行の背後では、兵士による馬車のチェックや楽器隊の調整が進んでいた。

 肝心の主役たちはただ笑顔で練り歩くだけなので、旅の思い出話に花が咲くのだった。


「そういえばジョシュアさんは海を渡るとき、わたしは北の魔法学校で出会いましたが、ゼインさんとゴウくんは最初からいっしょだったんですよね? ふたりのときって、どんな旅だったんですか?」

「あぁ、たしかに話したことなかったね。うーん、って言っても三人のときも四人のときも、あまり変わらなかったと思うけど」


 穏やかな口調で、ゼインは「困っている人を助けてたんだ」と微笑んだ。


「最初の戦闘はこの街の酔っ払い相手だったな。早朝だってのに、花屋のねえちゃんに絡んでたのを締め上げたんだ」


 懐かしむよりも自慢げに、ゴウが鼻息荒く語った。


「次は森で魔物に襲われてる母娘を助けたんだっけ」

「エロ貴族を叩きのめして奴隷の女の子たちを自由にしたり」

「商人の女性を近くの町まで護衛したこともあったね」

「……なんか」

「見事に女性案件ばっかネェ。女神様の御導きだったのかしらン」


 そのときひとりの兵士が「まもなく門が開きます」と伝えにきた。

 口ひげが立派なベテラン兵だったが、彼も興奮が抑えられないようだった。


「き、き、緊張っ、しますっ!」

「だったらマーブル、景気づけに一発ド派手な魔法をぶっ放すのはどうだ?」

「あらいいじゃナイ! もし怪我人が出ても、アタシが回復魔法でちょちょいと治してあげるカラっ」

「こらこら、ふたりとも。マーブルが困ってるだろう……ここから先、王城への道が僕らの最後の旅路になるんだ。べつに派手さはいらないよ。いつもみたいに前を向いて、笑いながら歩こう」


 鉄門が開く重厚な音が、彼らの脳裏に今までの旅を思い起こさせた。


 笑い合ったことも、衝突したことも、幸せも命の危機も分かち合ってきた。

 世界が平和になった今、四人の旅は役目を終えた。なのに心の隅のほうで、寂しさが袖を引くのを感じてしまう。


「さあ、いこう!」


 いつだって仲間を奮い立たせてきた、勇者ゼインの声。

 このときも例外ではなく、マントが勇ましい背中を見せながら、先陣を切って爆発するような祝福の声を浴びた。


 ――――門の前には少女たちがいた。


 花びらの入った籠を持ち、左右に並んで勇者たちに投げかけるのが仕事だった。笑顔で、あるいは緊張した面持ちで、籠から柔らかな花びらを掴んでいく。


「勇者さまっ」


 ひとりの少女が駆け出し、ゼインの前に立った。


「覚えていますか。昔あなたに、自由を与えていただいた者です」


 ゼインは少し考えたが、やがて明るい顔で頷いた。

 片膝をつき、目線を合わせると穏やかに笑った。


「あぁ、覚えてるよ。まだゴウとふたりのとき、山奥にあった貴族の屋敷にいた女の子だね。送り届けた町は少し離れてるけど、わざわざ来てくれたのかい?」


 突然の出来事で人々にわずかな困惑が生まれていたが、ゼインの言葉で祝福の温度は高まることとなった。


 かつて救った少女との再会。吟遊詩人も語り継ぐ一幕が生まれたのだから。

 ゴウが間髪入れず「あのときの奴隷のひとりか! よく覚えてんなぁ」と笑い、少女には同情の視線も加わった。


 だから、この場で唯一あった救いの可能性。

 賢者ジョシュアが感じていた違和感も、音楽隊のメロディの中に消えてしまった。


「ぅ゙ガッ――――」


 勇者ゼインは刺された。

 花びらの山から掴み出されたのは、おぞましく黒いナイフ。

 少女はその切っ先をまっすぐ、微笑む男の喉へと突き刺し、体重をかけ、深く深く押し込んだ。


 流れ落ちる血は、鮮血がみるみるうちにドス黒く変わり、倒れ込んだゼインの周りに広がった。


「ゼイーーーーン!」


 叫び駆け寄るゴウ。


「なっ、なんっ、で」


 立ち尽くすマーブル。


「『癒やしの光よ、聖なる奇跡よ……』」


 回復魔法を唱えるジョシュア。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 狂気の顔で笑う少女。


 パレードは中止となり、少女は憲兵に取り押さえられた。人々に混乱が広がり、やがて王や婚姻を控えていたマリア姫にも伝わった。


 ジョシュアの回復魔法により、ゼインの傷はすぐに癒えた。

 しかしナイフには毒が塗られていた。

 解毒魔法は、毒の種類を解読しなければ効果がない。ジョシュアは手当たり次第、ありとあらゆる種類の毒を試したが効果はなかった。


 こんなこと、魔王との戦いでしか経験がなかった。


 少女は毒について、拷問を受けてもけっして口を割らなかった。代わりにゼインへの怨みを支離滅裂に語り続け、翌朝うろ覚えの火魔法を唱えて自爆した。


 二日後、勇者は死んだ。

 自ら救った少女の手によって殺された。

 美しい姫との婚姻も、自身が作り上げた平和な世界を味わうこともなく、この世を去った。


 これが勇者ゼインの末路。

 世界中の人々が涙を流し、英雄の冥福を祈った。


 ――――この死が、この悲劇が、ただの始まりにすぎないなど、だれひとり気づいてはいなかった。

第一話を読んでいただき、ありがとうございます!

これから毎日更新して、一週間での完結となります。

ぜひブクマをして物語を最後までお楽しみください!

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