File06 -隙間たち
やあ、今日も来たな。
そういえば、君は音楽を嗜むかい?
そうか、好きなアーティストが居ると。
いいね。好きなものがあるだけで、人生の幸福度はぐんと上がるものさ。
なら今日は、音楽にまつわるちょっとした話をしよう。
タイトルは「隙間たち」。
◇◆◇◆◇◆
ミュージシャンっているだろう?
ジャンルは何でも良い、自らの感情や衝動を音楽にのせて表現する存在。
そうして披露された楽曲は、遍く広がり人々の感性に突き刺さる。
「泣けた」「共感した」「エモい」──
賛否あれど、確かに“誰かに届いた”証がそこにある。
思いを3分や5分の枠に閉じ込めて、旋律とともに心に滑り込ませる。
私は作詞や作曲したことがないので偉そうなことは言えないが……。
彼ら彼女らは、ある意味哲学者だと思うんだよね。
さて、ここからが本題。
あるバンドの話だ。
友人でもある怪奇収集家の茂木 センテンス氏から聞いた話でね。
氏は『リガーセット』という男性4人で構成されたメタルバンドのファンだそうだが、
その楽曲に不思議なことが起こるというんだ。
それは、「誰も知らない楽曲がアルバムに収録される」というものだ。
現に彼らのアルバム『第三弾界』……本来は12曲で構成されているアルバムの最終トラックに、
1曲に増えているというんだ。
その事にバンドメンバーはもちろん関係者も一切関知していない。
5分02秒にわたるバラード調の曲であり、それにあわせ歌詞ページも増えている。
氏がそのCDを持っていてね。
曲を聴かせてもらったんだが……。
なんというか、これは歌なのかと思うほどに難解で窮屈で……。
内容としては「愛について」を歌っているんだが、これが驚くほどつまらない。
試しにワンフレーズだけ歌ってみようか。
「普遍の愛は不変だけれどそれに甘えて笑ってる」。
いや、もう、うん……。これはなんなんだろうか……。
久々に頭を抱えたよ。
けれど氏は興奮しっぱなしでね。
なぜかと言うと、この曲は『引越し癖』があるようなんだ。
うん。曲が入り込むんだってさ。
今回はたまたまリガーセットに入り込んだだけで、常に"そこにいる"訳じゃあないらしい。
そういった、ある意味幻の曲だから興奮していたんだろうね。
なんでも氏のような怪奇収集家の間では有名な話みたいだ。
その引越しも、規則性はない様でね。
アイドルのCDに入る事もあれば童謡にも、果ては海外のマイナーアーティストにも入った事があるらしい。
けれど、これが話題になったことはない。
SNSでもニュースでも誰も騒がない。
聞いた人がいても、その後に曲が消えても──誰も不審がらないんだ。
だけども氏の様なオカルトに傾倒している者は、しっかりと認識している。
その違いはなんなのか。
氏が言うには「疑問を持たないから」だそうだ。
「そこにある物を、ソレ、と提示されれば誰も疑問を抱かない。
そういう物だと受け入れてしまう。
その後消えたとしても、勘違いだとして済ませてしまう。
でも僕らは、"違いにアンテナをはっている"から」
そんなことを笑いながら言っていたよ。
◇◆◇◆◇◆
ここで話は終わりだ。
ただ一つ、先に言いたいことがある。
氏が言っていた"アンテナをはる"、つまりは感受性だが。
それについて、私の考えを述べさせてくれ。
気づく者が偉いのか。
気づけない者が劣っているのか。
──そうじゃない。
私は、感受性に上下などないと思っている。
あるがままを受け入れることも、差異を見つけて受け入れることも、
どちらも間違いなんかではない。
ただ、環境や経験の違いがあるだけなんだ。
タイトルの意味かい?
この世の中にはあらゆる所に様々な隙間がある。
そこに入り込むものはいるのさ。
曲も情報も思想も、そして優越感も。
なぁ、君。
この話を聞いてさ。
──"甘えて笑ってる"のは、一体誰なんだと思う?




