File02 -「 」
いらっしゃい。
来て早々申し訳ないんだが、君に質問がある。
君は余白をどう思う?
そう。新聞とか書類の端にある余った部分だ。
──なんとも思わない。
そうだね、私も同意見だ。
いったいなんの質問かって?
いやね、君が来るほんの10分前に帰った女性が話してくれたんだけども。
彼女は余白が怖いんだそうだ。余白恐怖症だよ。
彼女はなぜか、ふらっとここに来ては、その話をして帰っていった。
スッキリした表情をしていたよ。私はカウンセラーじゃないんだがね。
その話を聞きたい?
君も物好きだ。
こんなこともあろうかと、録音していたんだがね。
ふふん、先見の明があるだろう?
題して「 」だ。
ああ、言っておくと私の声は入ってないよ。彼女の声だけだ。
◇◆◇◆◇◆
あの、もう録音してますか?
そうですか。では話しますね。
私、余白が怖いんです。
そう、その余白です。
例えばノートの白い隅だったり、カレンダーの空白だったり。
だから予定はいつもビッシリ入れて、必ず空きを作らないようにしてるんです。
それに、空間でもダメなんです。
はい。仰る通りエレベーターとかです。
もちろん電車とかもダメで、満員電車しか乗らないようにしています。
私、実家は岩手なんですけど、余白のためだけに東京に引っ越したんですよ。
東京なら、いつも人でいっぱいだから……。
なんで余白が怖いか、ですか?
だって、そこには何も無いんですよ!?
何も無いってことは、そこに「何か」が入ってしまうじゃないですかっ!!
私にもわからないけど、何かがそこに!
……ごめんなさい、ちょっと取り乱しました。
はい、ありがとうございます。
いえ、その……。
実は、1度だけ予定を空けてしまったことがありまして。
その時、なにかが入ってきたんです。まるで空気みたいに、なにか感じたんです。
なにが来たのかはわかりません。でも入ってきてしまったんです。
あ、でも、もう来た「何か」で埋まったから……今は大丈夫なんですけどね。
いつから怖くなったか?
……はっきりとは覚えていません。
ただ、物心付いたときにはもう、そうだったと思います。
覚えていないということは、記憶の余白?
……あぁ!あああああっ!
嫌嫌嫌嫌嫌嫌!
あああ、うるさい!黙ってて!!
ああ、ああ、あ──。
そうだ思い出しました。
私、産まれたときからこうなんです。
今作った記憶じゃないかって?
だったら何の問題があります?だって余白は無いんです。無くなったんです。
何も問題ないじゃないですか。
問題ないですよね?そうですよね?
……そうですよねぇ!問題ないです!問題ないんですっ!
はい、わかってもらえて嬉しいです。
え、ここに来た理由、ですか?
それは空いていたからです。
いえ、そういうことじゃなくて。
私、買い物も混む店でしているんですけど、普段行っている所がたまたま空いていて。
仕方なく別の混む店に行く途中で、ここに続く道があったんです。
ここまでって、人通りのない道だから、それって余白ですよね?
だから埋めたくなってここに来ました。
はい。
貴方が居たから余白じゃないってことで安心しましたよ。
来た理由はそんなところですね。
……余白を埋めるのって当たり前じゃないですか?
埋めなきゃいけないんですよ。
わかりますよね。
そうですか。
あ、いえいえ。謝らないでください。
謝ったら、他人が入り込む余白が、貴方に増えてしまいますから。
今日は話を聞いてくれてありがとうございます。
これで、コミュニケーションの余白が消えました。
それでは、これで失礼しますね。
◇◆◇◆◇◆
録音を聞いて改めて思うんだが、私はなにを聞かされてたんだろうね。
余白恐怖症、とはよく言ったもんだ。
私は彼女との会話中、ずっと溝を感じていたけど。
なにが原因かは知らないが、彼女にとっては、自身とそれ以外のあらゆる距離が広いんだろう。
ここで言う距離は物質的な意味ではなく、心、感覚的なものと捉えてくれ。
私なりに考えてみたんだが、恐怖症と片付けるのではなく、
なにかに怯えているのではと思ってね。
彼女が感じた「何か」。
それが恐怖の源なのだろう。
それに、余白があるということは、想像して楽しめる余地があるということだ。
私たちは、そこに自由を感じる。
でも彼女にとっては、それが許容できない。
……とても窮屈に思えてならないよ。
タイトル?
あえて空白にしているのさ。
──彼女だったら、もしくは君だったら。
果たしてどのようなタイトルを付けるのか。
……なんて、ちょっとクサかったかな。




