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6. 王女の命令

 翌日からも、俺はドロテアと一緒にイサベリータ殿下の警護についた。

 第三王女だからなのか、まだ幼いからなのか、公の場に出ることはあまりなくて、ただ殿下のお側で突っ立っている、ということがほとんどだった。


 殿下は一日のほとんどの時間を、なにかの習い事に充てられている。

 王族って大変なんだな、と思う。普通の座学ももちろんだが、ダンスやら礼儀作法やら歩き方に至るまで、教師が付いている。


 俺はそれを、殿下の私室でボケッと眺めるだけだ。


 あまりに退屈すぎて、窓の外に目を向ける。

 そういえばイサベリータ殿下の部屋は、他の王族方の部屋からは離れているな、と思った。

 王城の端っこのほうにあり、窓から外を見れば、騎士団の宿舎の裏手が目に入った。騎士たちの乗る馬のための厩舎も近くにあり、とても良い場所とはいえない。


 王女のための部屋でありながら、王城の中心からは外れた、中途半端な位置。ここが、イサベリータ殿下の居場所。


 その場所は、「王族だとは認めたくない」という、他の王族たちに配慮したものなのかもしれない。

 とはいえ、部屋が粗末かといえばそうではなく、寝室も勉強室もそれぞれに分けられていて、広さも十分にあったし、作りの良い家具もたくさん置かれていた。

 教師以外に訪れる者はあまりいないが、来客対応のための部屋もあって、テーブルセットも部屋の中央に用意されている。


 今はそのうちの勉強室で座学を受けていて、殿下は真剣な顔つきで教師の話を聞き、ノートになにごとかを書き込んでいた。


「はい、では今日はここまでにしましょう」


 教師の声が響き、俺はハッとして背筋を伸ばす。

 殿下が、ふう、とひとつ息を吐き、「ありがとうございました」と教師を見送った。


 教師が部屋から出ていったあと、殿下は少しの間、背もたれに身体を預けたかと思うと、すぐにテーブルの上にあった、なにか分厚い本を手に取って立ち上がる。

 勉強室から出ていくイサベリータ殿下の背中を追って、俺とドロテアも部屋を出た。

 どこに行くのかと思ったら、来客用のテーブルセットのソファに座り、そして持っていた本を開いて目を落とす。


 俺たち二人は室外へと続く扉の近くの壁際に寄り、殿下の邪魔にならぬよう、肩幅に足を開いて手を後ろで組み、またボケッと突っ立っている任務に入った。


 イサベリータ殿下は、なにもないときは、そこでよく本を読んでいた。一人で時間を潰すとなると、勉強にもなるし、読書をするのが一番なのかな、と思う。


 読む本は、侍女が適当に見繕って図書室から持ってくることもあるが、殿下が取りに行くこともあった。

 難しそうな本をよく読んでいて、ときどき、うつらうつらと舟を漕ぐ。ガクッときたときには可笑しくて、笑いをこらえるのが大変だった。

 いつもつんと澄ましていているし、なにごとにも冷めたような目をするから、その落差が面白くて仕方ない。


 その日もやはりガクッとなった。しばらく俯いて肩を震わせていると、なんとか笑いが収まる。ひとつ息を吐きながら胸に手を当てて顔を上げると、バッチリと殿下と目が合った。


「あ」


 しまった、と思わず口元に手をやると、殿下は顔を真っ赤にして唇を尖らせた。

 慌ててドロテアのほうを振り返ると、こめかみに指を置いて、眉間に皺を寄せている。


 どうしよう、これって不敬というやつでは。まさか騎士になることなく即刻退団、なんてことに。


 背中に冷や汗が流れる。顔色は蒼白になっているに違いない。これはどう取り繕えばいいのだろう。

 固まってしまって、ただ立ち尽くすしかない俺に、イサベリータ殿下は声を掛けてきた。


「エドアルド、お前、これを読んでみなさいな」


 尖った声を発すると、持っていた本をこちらに差し出す。


「ええと」


 ドロテアのほうにもう一度目を向けると、彼女は目を閉じたまま、頷いた。

 とにかく言う通りにしろ、ということだろう。


「で、では、失礼します」


 おそるおそる近くに歩み寄り、差し出された本を手に取る。ズシリと重い。

 もう一度、殿下のほうにチラリと目をやると、読め、という圧を感じる視線を向けられたので、仕方なくパラリと表紙をめくる。


 なんだこりゃ。『サウーリャ時代の前期から読み解く繁栄と衰退の構図』。


「えっと……?」


 思わず首を傾げる。題名の意味からわからない。


「サウーリャ時代というのは……?」


 ぼそりと問うと、イサベリータ殿下は、「まあ!」と華やかな声を上げた。


「自分がそんなこともわからないような状態で、わたくしのことを笑ったの?」


 してやったり、とでも思っているのか、イサベリータ殿下は嬉しそうにそう返してきた。

 くそう。王女でなければ、ほっぺたをつねってやるのに。


「サウーリャ時代については、先日、家庭教師が授業をしていたでしょう」


 つまり、俺がボケッと突っ立っていたときに、殿下が学んでいたことらしい。


「聞いていませんでした」


 正直にそう答えると、殿下は小さく首を傾げる。


「そうなの」

「……だって、俺の授業じゃないし」

「そうなんだけれど、興味がないの?」

「まあ……そうですね」


 取り繕っても仕方ない。


 すると殿下は少しの間、人差し指を頰に当て、考えるような素振りをしてから、口を開いた。


「わたくしに仕える騎士が無学なのは困るわ」

「すみません」


 それはもうまったくその通りで、返す言葉はない。

 俺はこのウォード騎士団に入る前は、勉強などできる環境にいなかった。そのため、文字を書くのも、読むことすらも怪しい、という有様なのだ。


 王城に仕える者がそれでは困る、と団長とドロテアが、手が空いたときにいろいろと教えてくれてはいるのだが、残念ながら俺は、物覚えの良い生徒ではなかった。


 イサベリータ殿下は、もじもじと両手の指先を弄び、キョロキョロとそのあたりを見回したあと、小さな声で続けた。


「で、では、わたくしと一緒に勉強なさい」

「えっ」

「なによ、嫌なの?」


 俺が思わず上げた声に、殿下はまた口を尖らせる。


「嫌ではないですが、ええと、畏れ多いことですし、お邪魔しては」

「邪魔は邪魔だけれど」


 やっぱり。


「でも、お前が勉強できないのよりはマシだわ」

「いえ、でも」


 王女と一緒に勉強? 一介の騎士見習いが? まったく想像がつかない。ありえない。


 俺がなんとか断ろうともごもごと口を動かしていると、王女はガバッと立ち上がって腰に手を当てると、言い放った。


「もうっ! 命令よ! 一緒に勉強するのよ!」


 命令。

 俺は慌てて事の成り行きを見守っていたドロテアを振り返る。

 彼女は深く腰を折った。


「王女殿下の仰せならば」


 ええー?

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