2. 騎士見習いの任務
その翌日から、俺はイサベリータ王女専属の騎士見習い、ということになった。
つまり、王女のお側に仕えるのは、五名の専属騎士と見習いの俺、合わせて六名となる。
王家直轄のウォード騎士団の中でも、王族専属、というのはこの上なく光栄な配属なんだそうだ。
その光栄な立場に騎士見習いが任じられるのは、異例中の異例らしいのだが、どういうわけでそんな配属になったのかは知らない。俺の教育係が王族専属だから、やむなく付けざるを得なかった、というところじゃないだろうか。
その日は、イサベリータ殿下が他の王子や王女とのお茶会に参加するということで、その警護が任務だと命じられた。
といっても、城内での王族同士のお茶会程度のことに騎士は五名も必要ないので、イサベリータ王女専属からは、正騎士と俺との二人だけを出すそうだ。
「エドアルドは、なにもしなくていい。私がなにをしているのか見ていなさい。他の王子さま方の騎士たちもいるから、それもちゃんと見て学ぶんだぞ」
肩よりすこし長い赤毛を後ろでひとつに纏めている、俺の教育係であり、女性騎士であるドロテア・マーサーが、口酸っぱく俺にクドクドと言い聞かせてくる。
王城内でのお茶会の警護、という特に危険が起きそうもないことは、騎士見習いの研修にはうってつけということだろう。
わかってますって、などといういい加減な返事をしようものならゲンコツが落ちてくるので、俺は神妙な顔をして、はい、と首肯する。
イサベリータ王女の専属騎士は五名だが、そのうち二名は女性騎士だ。
「男性騎士では、常に王女殿下のお側にいられないからな」
ドロテアが以前、俺にそう教えてくれた。
確かに。特に、厠や湯浴みのときの警護は、男性ではできないだろう。
女性騎士自体が少ないので、ドロテアのような存在は貴重なんだそうだ。
「女だからといって、お前に負けはしないよ」
笑いを含んだ声でそう窘められたことがあるが、そんなことは言われなくても身体で知っていた。
剣術指導を何度も受けたが、そりゃあもう嫌というほど打ち込まれて、身体中に細い痣を作るのが常だったのだ。
俺だけでなく、彼女に負けっぱなしの男性騎士も多い。
今の女性騎士の地位を作ったのはドロテアなんだと、団長が誇らしげに教えてくれた。
そういうわけで、俺はドロテアの指示を大人しく聞くしかできない。
「いいか、エドアルド。何度でも言うが、お前はなにがあっても口を開いてはいけないし、動いてもいけない」
「えっ」
とはいえ、意外なことを命じられれば、驚きの声も出てくる。
「今日は見るだけだからな」
それはもう何度も聞いている。しかしさきほど言われたのは、少し厳しい言葉だった。見ることが勉強だ、という意味だと受け取っていたのだが、動いてはいけないとまでは思っていなかった。
でも、なにか非常事態が起きたとき、そこに突っ立ったままではいけないのではないだろうか。
俺が小さく首を傾げると、ドロテアは両手を俺の肩に置いて、焦げ茶色の瞳で、じっとこちらを覗き込んできた。
「いいか、絶対に口を開いてはいけないし、動いてもいけない。無表情のままでいろ」
そしてそう念押ししてくる。
「もし破ったら、即刻騎士団を脱退させるからな」
「えっ、えっと、はい。了解しました」
よくはわからないが、脱退とまで言われては了承するしかない。脱退だけは困る。
俺の返事を聞くと、ドロテアは身体を離してから、はあ、と腰に手を当て大きく息を吐いた。
「お前は感情が顔に出そうだからな」
それはそう、その通りだ。それがいけないということは、やはり高貴な方々の前では自分の感情を出すのはご法度なのかもしれない。要は見習いでしかない俺は、人形のようにそこに立っていろ、ということだろう。
そうして俺たちは、第一王女フロレンシア殿下の主催する、お茶会会場へと向かったのだった。