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17. 勉強会の終わり

 公的にお披露目が済んだ、ということで、イサベリータ殿下は部屋に閉じこもっているばかりではなくなった。

 さすがに一人では難しいのかアルトゥーロ殿下が側についていることが多かったが、来賓があれば出向いて挨拶したり、新しい施設が出来れば視察に行ったりと、公務をこなすようにもなった。

 他にも、寄付金を渡すだけではなく、養護院へ足を運んで慈善活動をしたり、病院を慰問し患者に声を掛けて回ったりもしている。


 十一歳のイサベリータ殿下には、いろいろと重荷ではないかとも思うのだが、殿下の母親は平民出身ということで、一般庶民からの人気が高いらしい。だから城外での活動は率先して行うようになったようだ。


 それに伴い、専属騎士の緊張感も増していった。

 今までは部屋の片隅で立っていればよかったものが、城外に行くと、神経を尖らせて警戒するようになる。

 俺なんかは、なにかあったらどうしよう、と物陰に動くものがあればビクッとしてしまう。


「お前のほうが不審者に見えるぞ」


 呆れたようにドロテアに指摘されたりしながら、それでも日々、他の騎士たちを見ながら学んでいった。


 そんな風にお互い忙しくなったから、勉強会も終わるのかと思ったが、合間を見ては開かれた。

 実は、イサベリータ殿下の戯れ、と言っていいこの勉強会は、思わぬ効果をもたらしていた。殿下の成績がメキメキと上がっていたのである。


「やはり、人に教えることによってご自分の問題点がわかったのかと」


 教師は嬉しそうにそう口にする。

 だからしばらく勉強会は続いたのだが、いくら幼くとも、王女と騎士見習いが男女二人でいるのは外聞がよろしくないということで、俺が十六歳、イサベリータ殿下が十四歳のときに、完全に終わりとなった。


「エド、お前、いつの間に背が高くなっていたの」


 今までのお礼を述べようと目前に立ったとき、殿下は右腕を伸ばして、自分の頭の上と俺の頭の上で手のひらを行き来させた。


「いつの間に……というか、じわじわと」


 勉強会のときは座っているし、ある日突然伸びるものでもないから、気付きにくいのかもしれない。

 身長で負けたのが悔しいのか、殿下は口を尖らせている。


 しかし変わったのは俺だけではない。むしろ殿下のほうが、日々、淑やかに可憐に、花開くように成長した。

 もう、いずれ美しくなる、ではなく、誰もが美女だと認める立派な王女殿下だ。


 確かにこれは、平民上がりの騎士見習いなどあまり親しくさせないほうがいい、と不安にさせてしまうだろう。

 いくら俺が、心配などしなくとも分はわきまえている、と訴えたところで、平民の言葉など信用に値しないのだ。骨の髄まで王族に対する畏敬を叩き込まれた貴族とは、違うのだ。


「今まで、ありがとうございました」


 心からの感謝を口にする。

 おかげで、『全然できない』から、『少しできる』に変わることができた。食堂で他の騎士たちに揶揄われることも少なくなった。

 すべて、イサベリータ殿下のおかげだ。


「エド、わたくしが見ていないからといって、勉学を疎かにしてはダメよ」


 最後にイサベリータ殿下は、腰に手を当て、胸を張ってそう言い放った。

 俺はその前で、頭を下げる。


「ありがたいお言葉を賜りまして光栄に思います。今後も精進いたします」


 そう礼を述べると、なぜか殿下は眉尻を下げ、悲し気な目で俺を見つめた。


   ◇


 食堂にて、片手で頭を抱えながら、ドロテアがなにかを読んでいた。

 やけに難しい顔をしているので、気になって近くに寄ると声を掛ける。


「なんですか、これ」


 ドロテアの前のテーブルに、封筒が何枚かずつに分けられて、並べてあった。


「イサベリータ殿下への恋文だよ。検閲だ」


 ドロテアは一枚を手に取ると、ひらひらと顔の横で振ってみせる。

 恋文。そんなものを送る男がいるのだ、と思うと胸の中にモヤモヤするものが湧いてきた。

 いや、そりゃあいるだろう、と思い直して小さく首を横に振る。


「えっと、恋文を勝手に見ていいんですか」

「仕方ない。まあ嫌なものではあるがな、これも騎士の仕事だよ。本当に恋文かもわからないし」

「なるほど」

「これを読んでみろ。恋文と思うか?」


 差し出された便箋を受け取って、隣に腰掛けると目を通す。


『愛しいイサベリータ様、今は力のない僕ですが、いつかあなたを迎えに行くことをお許しください。あなたが僕に微笑みかけてくれるたび、この胸は早鐘を打ってしまうのです。叶うことなら、天使と見紛うその美しさを、僕一人のものにしたい。その日まで待たせてしまうことが悔しくてなりません』


 そんな熱烈な愛の言葉がずらりと並ぶ。


「これは間違いなく恋文じゃないですか」


 しかもこの文面からは、回数を重ねて会っているように思える。それなりの身分の者が、権力だか財力だかを手に入れるまで待っていてくれと、必死になって愛を乞うているような。

 でも、誰かそんな男がいただろうか、と首を捻る。夜会や公務で人と接することはもちろんあるが、そこまで特別に、親密に接する男がいた覚えがない。


 俺の返答を聞いたドロテアは、鼻で笑うと、こう返してきた。


「ところがこれを書いたのは、一般庶民なんだな」

「えっ、だって何度も会っているんじゃないですか。ほら、『微笑みかけてくれるたび』って」

「会っているというより、王城を出るたび、つけ回しているんじゃないか」

「うへえ」


 つまりどこかで一目見て夢中になってしまった男が、勝手に恋慕を募らせているのか。

 恋文といえば恋文なのだが、ある意味、犯罪予告ではないのか。


 いつか迎えに行く。その言葉が、意味を変える。


「そんなの珍しくないぞ」


 ドロテアはさらに、机上に置かれた手紙をペーパーナイフで開封していく。

 それらを受け取り、読み進めているうちに、三通目ほどでお腹いっぱいになった。

 怖い。ドロドロした感情が溢れ出んばかりだ。


「おっ、こっちはプレゼント付きだ。ほら」


 封筒の両端に指を当て、軽く力を入れて開くと、ドロテアはこちらにその中身を見せてくる。


「うわあっ」


 思わず声を上げて椅子から立ち上がり、飛びのいてしまった。

 髪の毛だ。茶色い短髪が何本も固まって底にある。なんのために、という問いに、まともな答えが返ってくるとは思えない代物だった。


 俺の反応を面白がっているのか、ドロテアはニヤニヤしながらさらに続けた。


「こんなの、まだ可愛いものだ。この間なんか、瓶に入った……」

「やめてやめてやめてやめて」


 俺は慌てて両耳を両手で塞ぐ。絶対ろくでもないものだ。

 ドロテアが口を閉じたのを見て、おそるおそる耳から手を離す。

 すると彼女はため息交じりに言った。


「こんなもの、王女殿下に見せるものじゃないだろう?」

「確かに……」

「『あなたを殺して自分も死ぬ』なんてものがあったらどうする。騎士団の出番だろう?」

「ごもっともで……」


 俺は納得するしかなかった。


「というわけで、分かち合おう。エドアルドも検閲しろ。今までは子どもだから刺激が強すぎるかと思ってさせていなかったんだが、お前も見てくれると助かる」

「は、はい」

「私が再度確認してやるから。酷いものは、差出人に会って釘を刺さないといけない」

「わかりました」


 そんなわけで、俺の仕事に、勉強会の代わりに嫌なものが加わる。

 なんという落差だろう、と肩を落とした。

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