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1 第三王女イサベリータ

 我がクルーメル王国第三王女であらせられるイサベリータ殿下には、五名の専属騎士がいる。

 殿下のおわす場に合わせて人数は増えたり減ったりするため、騎士団から補充があったり、また逆に、専属とはいいながら別の部署の手伝いに回ったりすることもあった。

 しかし基本的には、五人で受け持つことになっている。


 この五名の末席にいるのが、エドアルド・スマイス、二十歳。

 俺だ。


 どうしたわけか王女の専属騎士見習いとして採用された俺が、初めてイサベリータ殿下に引き合わされたのは、十二歳のときだ。

 そのとき王女は十歳だった。


 ガチガチに緊張してしまい、ぎこちない動きで面談室に入室した俺を出迎えたのは、豪奢な椅子に腰掛けた、見目麗しく眩い王女。

 栗色の髪と瞳の俺の前に、緩く波打つ輝く金の長い髪と、深い海の色の瞳を持つ少女がいる。ひどくちぐはぐな組み合わせのような気がして落ち着かない。


 肌は透けるように白く、長い睫が頰に影を落とし、桜色の唇が形よく弧を描く。

 まるで、腕のいい職人が生涯をかけて作り上げた人形のようだ。


 落ち着いた柚子葉色の生地に、金糸と銀糸で袖口や裾へと広がる薔薇が刺繍されたドレスに身を包んでいて、身じろぎするたびにそれらはキラキラと輝き、少女の美貌を引き立たせていたが、おそらくみすぼらしい服を着ていても、彼女の美しさは色褪せないのだろう。


「お前がエドアルドね。よろしく」


 まるで違う世界にいるかのように眩しく煌びやかで、かつ穢れを知らない清廉な空気を纏う少女は、しかし大人びている冷めきった声を俺に投げかけた。

 その声は高く響いて耳に届き、俺の動きを止める。

 世界が違う、と感じたのは、まさしく目の前に違う世界への扉があるせいではないか、と思えるほどだった。


 しばらくの静寂ののち、背中を指先でつつかれる。


「返事を」


 小さく密やかな声を掛けてきたのは、俺の所属する王家直轄の騎士団、ウォード騎士団の騎士団長たる、ヘルマン・ヘイワードだった。

 その声に弾かれたように肩を跳ねさせて現実を取り戻した俺は、慌ててガバッと腰を折る。


「はい、エドアルド・スマイスと申します」


 なんと言うのだっけ、と懸命に、この面談の前に教えられたことを記憶の中から引っ張り出す。


「不束者ではございますが、御身のため、誠心誠意尽くして参る所存でございます」


 確かこんな感じだった、とおそるおそる誓いの言葉を述べていく。

 しかし王女は短く、「そう」と答えただけだった。


「失礼いたしました。イサベリータ王女殿下の高貴さと美貌を前に緊張して、怯んでしまったようでございます」


 騎士団長は俺を庇おうとしているのか、ことさらに明るい声で、そんな弁解を口にした。


 ぶっちゃけ、その通りである。

 俺の人生の中で、こんなに美しい女の子は見たことがなかった。ここまで綺麗な少女が本当にこの世に存在しているのだと、驚いてしまったせいなのは間違いない。


「気にせずとも、よくてよ」


 その返事に上目遣いで視線だけを向けると、彼女は片方の口の端を上げていた。

 その笑みは、決して嬉しそうなものではなかった。


「私が美しいことは言われなくてもわかっている」のだと、「褒められ過ぎてもう飽きた」のだと、そう思っているのが、ありありとわかった。


 あ、これ、きっと高慢ちきな女だ。わずか十歳で、褒め言葉に飽き飽きか。

 俺は、天使のようだとか妖精のようだとか感じた評価を、脳内であっさりと取り消した。

 とはいえ、そんなことはおくびにも出さなかったが。


   ◇


「いやあ、参ったよ」


 ヘルマン団長は、自分の頭の後ろをガシガシと搔きながら、ため息交じりの声を漏らした。

 王女との面談を終え、騎士団の宿舎に帰るべく城内の廊下を歩きながら、俺の隣でブツブツと零し続けている。


「黙りこくってしまうから、どうしようかと」

「すみません……」


 俺は足を進めながらもペコリと頭を下げた。謝るしかない。

 この面談の数日前から団長と向かい合い、さんざん挨拶の練習をさせられたのだ。


「緊張してしまって」


 たいした挨拶ではない。挨拶だけすれば退室していい。当日は顔見せだけだから。

 何度も何度もそう言い聞かせられたのだが、なんの効果もなかったらしい。


 イサベリータ殿下がとても綺麗な王女さまだということは知っていた。それはもう、ありとあらゆる人から聞かされていた。

 しかし、話に聞くのと、実際に見るのは違うのだ。

 あんなに綺麗な子を前に、緊張するなというほうが無理だろう。いくら高慢ちきっぽい態度であったとしてもだ。


「実のところ、あんまり美人だから驚いちまったんだろ」


 団長は俺を覗き込むように身体を前に倒すと、笑いを含んだ声でそう揶揄ってくる。


「いや……そういうわけじゃ」


 まったくもってその通り、なわけだが、それを素直に認めるのは気恥ずかしくてできなかった。

 だが、否定の言葉は団長の耳には届かなかったのか、もしくは届いたが無視されたのか。

 団長はさらに俺を指さしながら続ける。


「惚れるなよ」

「まさか」


 俺の即答に、団長は何度か目を瞬かせたあと口を開いた。


「すぐさま答えたな。好みじゃないのか」


 なぜそうなる。


「そういうんじゃなくて。別世界の人でしょう。惚れるとかいう感情は出てこないです」

「そりゃそうだ」


 団長は俺の説明にあっさりと同意した。わかっているなら、揶揄わないでほしい。


「大人になったらどんなに美しい王女さまになるだろうって、みんな騒いでるぜ。きっと、どこかのすごい王子さまとかに嫁ぐんだろうなあ」


 確かに、とても綺麗な王女さまだった。

 でもさすがの俺だって、手に届かない人だということは理解している。

 俺は、拾われただけの、なにも持たない平民なのだ。


 王女さまと俺とでは住む世界が違いすぎる。

 十二歳の俺だって、それくらいはわかっていたのだ。

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