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第7話 小さな勇者 (前編)

子供の無邪気さには心を打たれますよね。

まずは前編どうぞ。

陽が高く昇った昼下がり、一行はついに街道の先に見える大きな街へとたどり着いた。


 「おお……にぎやかだな」


 目を輝かせたのはルキだった。石造りの家々が立ち並び、行き交う人々の声、露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。


 「かなり栄えているみたいね」

とルミナが感嘆する。


 「そうだな。数日、滞在することにしよう」


 マルクの同意を得て、一行は宿屋に入り、部屋をとって荷をほどくと、それぞれが自由行動へと移った。


 「なあ、街見てきてもいいか?」

 嬉々として聞くルキに、マルクは頷いた。


 「あんまり、遠くに行かないでよ」


 「わかってるって!」


 駆け出していくルキの背を見送りながら、ルミナはくすりと笑った。


 「まだまだ子供ね」


 「……そうだな」


 マルクも微かに笑みを見せると、街へと出た。目的は、 情報収集だ。今後の進路を定めるためにも、この街の情勢を知る必要があった。


 彼がまず訪れたのは街の広場だった。噴水の近くでは人々がにぎやかに会話し、商人たちが行き交っている。そんな中、マルクはふと耳にした名前に足を止めた。


 「……テスカ?」


 記憶を辿る。確か、アリヴェル王国にいた頃にもその名の商人がいた。まさか同一人物では――。


 「その人、今じゃ大金持ちで、街にでっかい屋敷を建ててる。ーー滅多に姿を見せねぇけどな」


 そう聞いたマルクは、屋敷へと足を向けた。街外れに建てられたその建物は、まさに豪邸で、まるで小さな城のようだった。


 門の前に立つと、使用人が丁寧に頭を下げた。


 「申し訳ありません、ご主人様はただいま不在でして。 数日中にはお戻りになると思いますので、あらためてお越しくださいませ」


 「そうか。また来ます……」


 「ご用件は帰宅次第、必ずお伝えいたします」


 マルクは礼を述べ、その場を後にした。


 賑わいを見せる市場の喧騒を背に、ルキは歩き疲れた足を休める場所を探していた。見上げた先には、小高い丘と、 一本だけぽつんと立つ大きな木。街を見下ろすには絶好の場所だと感じたルキは、そこへと登っていった。


丘の上の木に腰かけると、風が頬を撫でた。街を一望できる景色に、ルキはしばし見とれる。そしてふと目を落とした先、屋敷の広い庭に、ぽつんと座る少女の姿が見えた。


――あれ、なんか……つまんなそうな顔してんな。


気になったルキは迷いなく丘を駆け下り、屋敷の塀を乗り越えると庭へと忍び込んだ。警戒する様子の少女と向かい合う。


「あ、あなた誰ですの……!? 勝手に入ってきて……」


いかにもお嬢様という言葉遣いに、ルキは思わず目を瞬かせた。


「俺はルキ。なんか、つまらなそうな顔してたからさ。どうしたんだ?」


少女は少し驚いたように瞬きを繰り返し、やがて小さく答えた。


「……私は、ナナと申します。父が……この街で商いをしておりますの。でも、私は屋敷の外には出られなくて……」


聞けば、母を幼くして亡くし、盗賊の増加を恐れた父テスカにより、ナナはずっと屋敷の中だけで暮らしてきたという。


「そっか……それじゃ退屈でしょうがねえよな。よし、今から抜け出すぞ」


「な、なにをおっしゃいますの!? お父様に叱られてしまいますわ!」


「怒られたらそのときだ。行くぞ!」


言うや否や、ルキはナナの手を引いて庭の裏口から抜け出した。ナナは驚きの声を上げたが、引かれるままに街の通りへと踏み出した。


ルキと並んで歩くナナの瞳には、初めて触れる世界が次々と映り込む。


「……あれは何ですの? お菓子屋さん? こっちは……パン屋さん?」


「おいおい……ほんとに何も知らないんだな。……食べてみるか?」


「……はい!」


初めての体験に、ナナは目を輝かせて笑った。その笑顔にルキも思わず釣られて笑っていた。


やがて、2人は再びあの丘の木のもとに戻った。ナナは少し不安そうな顔をする。


「……高い場所はちょっと、怖いですわ」


「大丈夫、俺が手、引っ張ってやるよ」


ナナの手を取り、枝に登らせるルキ。ふたりが木の上に並んだとき、街は夕陽に染まり、橙色の光がきらきらと広がっていた。


「……きれい……こんな景色、初めてですわ……」


「……さっき、ここからお前が見えたんだ。寂しそうな顔してたから、気になってな」


ナナははっとして、ルキの方を見た。彼の言葉は、どんな飾りよりも心を打った。


「……ありがとう、ルキ様。また……会ってくださいますか?」


「へへっ。当たり前だろ。また明日も来るから、ここに来いよ」


「……はい。」


照れたように微笑むナナに、ルキは元気よく頷いた。そしてふたりは木の下へと降り、夕暮れの風に吹かれながら、それぞれの宿へと帰っていった。


 宿に戻ったルキは、ベッドに腰を下ろすなり、ぱたりと横になった。昼間の出来事に心を躍らせながらも、体は正直だったのだろう。まぶたを閉じた彼は、あっという間に静かな寝息を立てはじめた。


ルミナとマルクは、そんなルキを見てふっと微笑んだ。


「……元気だよね、ほんと」


ルミナが呆れたように小さく呟く。マルクも肩をすくめながら、苦笑をこぼす。


「そうだな。……そういえば、テスカさんのこと、まだ話してなかったよな」


マルクの口から出た名に、ルミナが軽く眉を上げる。


「テスカって?」


「この街の大商人さ。アリヴェル王国にいた頃からの知り合いでね。情報通でもあるし、本当は今回、会って話がしたかったんだけど……不在だった。だが、また伺うつもりでいる」


その語り口に、ルミナは静かにうなずいた。


旅の中で、二人は幾度も荒廃した村や街を目にしてきた。盗賊が横行し、人々が怯えて暮らす様は、帝国の侵略が引き起こした恐怖そのものだった。


「……一刻も早く、帝国を倒すーー。」


マルクの言葉に、ルミナも小さく「うん」と応えた。


しばしの沈黙のあと、マルクがふと目を向ける。


「ルミナは……アリヴェルにいた頃、何をしてた?」


不意を突かれたように、ルミナの瞳が揺れた。


「……家族が、帝国兵に殺されたの。あたし、運良く逃げ延びただけ」


それだけを告げて、彼女はそれ以上を語ろうとしなかった。マルクも無理に問い詰めることはせず、軽くうなずいて「……すまなかった」とだけ言うと、そのまま部屋の灯を落とした。


 翌朝、ルキは目覚めるなりぱたぱたと身支度を整え、まるで何かを待ちきれないように宿を飛び出していった。


その様子を見送ったルミナは、マルクにちらりと目をやる。


「ねえ、今日はマルクと一緒に行ってもいい?」


「ん? ああ、もちろん」


「テスカって人の話……あたしも、直接聞いてみたいの」


マルクは軽く頷くと、ルミナを連れて再びテスカの屋敷へと向かう。


一方その頃、ルキはすでに丘の上にたどり着いていた。


「あ、ルキ様!」


ナナが嬉しそうに駆け寄ってくる。今日もまた、使用人の目を盗み、屋敷を抜け出してきたのだろう。


「今日は何をして遊びますの?」


「今日は虫とかカエルとか探して、川で遊んだりしようぜ!」


ナナは一瞬、きょとんとした表情を見せたが、すぐに微笑みながら「はいっ」と答えた。


最初は戸惑っていたナナだったが、川に足を浸しながら水を掛け合ったり、小さなカエルを手に乗せて笑ったりするうちに、彼女の顔は次第に生き生きとしたものに変わっていった。


遊び疲れた二人は、また木に登ってひと休みする。


ルキは風に吹かれながら、これまでの旅のことを話した。盗賊に襲われた村の話、人々の苦しみ……ナナにとってはどれも想像もできない世界だった。


「……そんなに危険なのですね、なんだか怖いですわ。」


「まぁな。でもオレ、剣の修行してるから。……いざって時は、オレが守ってやるよ」


ルキの真剣な瞳に、ナナの胸はときめいていた。


「……ありがとうございます」


別れ際、ナナは名残惜しそうに手を振り、再び庭の隅から屋敷へと戻っていった。

 ナナの服はいつになく汚れていたが、使用人は彼女の明るい表情を見て聞く。


「楽しそうですね、ーー何かありました?」


「お庭で遊んでいましたの」


ナナはそう微笑み、今日もまた小さな秘密を抱えたまま、静かに夜を迎えた。

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