第4話 姉弟(後編)
姉と弟の絆をご覧ください。
後編です。
次の日も、マルクは木陰で剣を振るう少年の姿に目を細めていた。
「悪くない動きだ。……けど、防御の型も覚えないとな。攻めるだけが戦いじゃない」
「くっ、分かってるよ!」
憎まれ口を叩きつつも、少年ルキは真剣な眼差しでマルクの動きを見つめていた。その姿に、マルクは心の奥に静かな熱を覚える。短期間ながら、彼には確かに剣の才能があった。
一方で、少し離れた場所で山菜を摘んでいたルミナは、小さく笑っていた。
「やれやれ。あの子ったら、あんなに張り切っちゃって」
そして、訓練を終えたルキがふと顔を上げる。
「……あれ……?」
彼の視線の先、村の方角から黒煙が立ち昇っていた。
「村が……!」
ルキは叫び、迷うことなく駆け出した。
「ルキ!」
マルクとルミナもすぐにその異変を察知し、後を追う。だが、村に到着したとき、そこには燃え上がる家々と、暴れ回る盗賊の姿が広がっていた。
「ルミナ、ルキのもとへ急げ!」
マルクの命に、ルミナは頷き、火の海を抜けて走る。マルクは剣を抜き、大勢の盗賊へと斬り込んでいった。
一方その頃。
自宅へと急いだルキは、倒れた扉の向こうに、ラキの背中を見つけた。
「姉ちゃん!」
一人の盗賊が、ラキに襲いかかろうとしていた。ルキは迷いなく飛び込み、朝に習ったばかりの防御の型でそれを受け流し、渾身の一撃をもって、盗賊を叩き伏せた。
「ルキ……!」
「姉ちゃん!」
再会の喜びに、二人は力強く抱き合った。
だがその刹那。
倒れたはずの盗賊が、不気味に立ち上がり、手にした刃をルキへと振り下ろす――
「……っ!」
「姉ちゃん!」
ルミナが駆けつけ、慌てて魔法を放つが、間に合わない。咄嗟にルキを庇ったラキの背に、盗賊の剣が深く突き刺さった。
「――っ……!!」
ルキの腕の中で、血が広がっていく。ラキの体はぐったりと重く、冷たい。
「嘘だろ……姉ちゃんっ! こんなの……いやだ……!」
駆け寄ったルミナが治癒魔法を施すも、傷はあまりに深かった。
「……ルキ……聞いて……」
ラキの声は震えながらも、優しい言葉でルキに言った。
「あなたは、生きなさい……生きていれば……きっと、楽しいこと……たくさんあるから……」
「やだよ、そんなっ、いかないでよ! まだ一緒にいたい……!」
「ごめんね……苦労、ばかりかけて……強がって、叱ってばっかりで……お姉ちゃん、母さんの代わりになれなかったね……」
「違う……違うよ! 姉ちゃんがいたから……俺……ちっとも寂しくなかった!」
「……ルキ。私の……かわいい……弟」
そう言い残して、ラキは微笑みながら、息を引き取った。
ルキは、声にならない悲鳴を上げて泣いた。震える肩を、ルミナがそっと抱きしめていた。
――しばらくして、盗賊を一掃したマルクが村へ戻ってきた。焼け落ちた家々、倒れ伏した者たち、そしてラキの亡骸。
「……こんなの……あんまりよ……」
涙し、この惨劇から目を背けるルミナに、マルクは静かに言った。
「目を逸らしてはいけない。……これが、現実なんだ」
マルクの言葉に、かつて聞いた「辛い戦い」という言葉が重なり、ルミナは目を伏せたまま、拳を握りしめた。
翌朝。三人は、村の人々とラキのために、簡単な墓を作った。
墓の前で動けずにいるルキを、マルクとルミナは後ろから静かに見守っていた。
やがて、旅立とうとするマルクの前にに立ちはだかる
ルキ。
「……俺を……連れて行ってくれ」
ルキは、真っ直ぐな瞳でマルクを見つめていた。瞼は腫れ、声は震えている。それでも、その一歩を引かない気迫に、マルクはしばしの無言の後。
「……どうしてだい?」
「……俺、強くなりたいんだ!もう誰にも、こんな思いをさせたくない。」
マルクはしばらく黙っていたが、やがて優しく頷いた。
「……家族を失うよりも、もっと辛いことが起きるかもしれない。その覚悟が、君にはあるか?」
ルキは大きく頷いた。
その背を見つめながら、ルミナは小さく微笑んだ。
――こうして、三人の旅が、再び始まった。心に新たな痛みと、決意を刻んで。