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第22話 絶体絶命

地獄絵図となったバルナから、やっとの思いで逃げる事を決意したルミナ。

だが、その先に待っていたのは絶体絶命の危機だった。

「マールさん、ごめん!」


ルキの叫びと共に、彼とルミナは振り返ることなく王宮の裏門から駆け出していった。マールは剣を構えたままその背中を見送り、小さく「ご無事で……」と呟いた。

次の瞬間、怒りに震えるシュダの鋭い一撃がマールを襲う。空中から振り下ろされたその斬撃を、マールは寸分違わぬ精度で受け止める。


「邪魔ばかり、しやがって……!」


「絶対に、通しません」


静かな声音とは裏腹に、火花を散らすような剣戟が響き渡る。バルナ随一と謳われた剣士マールは、確かにここにいた。


一方で、バルナの国土は、すでに焼き尽くされようとしていた。いざという時に備え、マールが王命を受けて手配していた避難の準備が功を奏し、多くの民はなんとか城下を離れることができた。だが、それでも街は火の海。帝国の妖魔と兵が容赦なく侵攻し、バルナの滅亡は、もはや時間の問題だった。



——ルミナとルキは燃え盛る街を抜け、深い森の中をひたすら走る。目的地は、ギルバディア王国との国境。そこには、あらかじめ要請を送っていた援軍がいるはずだった。


「国境まで走れば……きっと、援軍がいるはず……!」


ルミナは息を切らしながらも前を向く。隣を走るルキは歯を食いしばり、ひたすらに前だけを見つめていた。


だが、その希望を打ち砕くように、一匹の妖魔が姿を現し、ルキに襲いかかった。


「くそっ……!」


ルキが剣を抜き応戦する。ルミナもすぐに魔法で援護にまわる。息を合わせた攻撃でなんとか撃破に成功したものの、ルキは体に深い傷を負っていた。その腕は、見るからに血で濡れている。


「……こんなのが、まだ“何匹もいる”ってのかよ……」


ルキの呟きに、ルミナも顔を曇らせる。

何度も諦めようかと心で思ってしまうほど、疲労も極限だった。


その時……


「……まだ来る。音が近づいてる」


ルミナが耳を澄ませると、帝国兵の怒声が、確かに森の奥から近づいていた。もう猶予はない。


「……二手に別れよう」


ルキが不意に言った。


「えっ?」


「バラバラに逃げた方が、生き残れる可能性が高い……!」


「……わ、わかったわ——!」


迷う間もなく、ルミナが言葉を継ぐよりも早く、ルキは全力で反対方向へ走り出した。

 これが正しい選択だって事は頭ではわかっていたが、心中ではルキとの様々な思い出が飛び交っていた。


(マルクだけじゃなく、ルキまで……)


だが、悲しむ事をやめルミナも全力で走る。


(絶対生き残って……ルキ……!)


祈る様に、そして縋る様に何度も心で呟いた。

その直後の事だった……!


「おいこらああああああ! ここだ、こっちにいるぞぉぉっ!」


叫びが、森に響いた。


「ルキッ……!」


あまりに突然の行動に、ルミナは立ち止まり、呆然とする。だが、すぐに彼の意図に気づいた。


——姉を守れなかった。何もできなかった。だからこそ、今度こそ。


「……バカ……」


ルミナの頬を涙が伝った。だが、今は立ち止まっている暇などない。足を踏み出し、彼女もまた走り出す。生きてこの悔しさを未来に繋ぐために。


——帝国兵の声が森に響いた。「あっちだ!」


その声とともに、一斉に兵がルキの方角へと駆けていく。だが、彼らは気づいていなかった。頭上の木陰から静かに狙いを定める一つの影、——ルキがそこに潜んでいたのだ。


「今だ!」


枝から跳ねるように飛び降りたルキは、勢いよく帝国兵の一人に剣を振り下ろした。奇襲は見事に成功し、数人が倒れる。しかし、さすがに多勢に無勢。次第に数の暴力に押され、ルキは苦戦を強いられていく。


「くそっ……!」


絶体絶命のその時!


ボンっ!!


轟く爆音とともに眩い光が帝国兵を吹き飛ばした。



「……なんで……戻ってきたんだよ……」


霞む意識の中で、ルキがかすれた声を漏らす。そこには、魔力の残光に包まれたルミナの姿があった。


「弟を置いて、行けるわけないでしょ……!」


その声に、安堵と怒りと焦燥が混ざっていた。しかし、ルミナの魔法は明らかに弱まっている。倒れたと思った帝国兵たちが、呻きながら起き上がると、ルミナとルキへと襲いかかった。


「ルキッ!」


ルミナの叫びが虚空に響いた。鈍い音がして、ルキは地面に転がされる。


「やっと捉えたぞ……!」


——今度こそ、絶体絶命だった。

ルミナは魔力のほとんどを使い果たし、ルキは倒れ、意識もほとんどなかった。何も考えず飛び込んできたものの、もう逃げる体力すらなくなったルミナだった。


そして……

「死ねっ!」

帝国兵の一人が、ルキに剣を振りかぶる。


「待って!!」


その声は、空気を震わせるほど鋭く切実だった。ルミナが、必死に帝国兵へと駆け寄る。


「お願い……! ルキだけは助けて……この子はまだ子供……!」


彼女は両手を前に出し、戦意の無さを示し、帝国兵の前に立ち尽くす。


「……わたしを連れていって……代わりになんでもするから……お願い……!」


その必死の懇願に、帝国兵はゆがんだ笑みを浮かべた。


「ほぉ……そいつは、いい考えだ」


そう言って、ルミナを無理やり抱き寄せる。その目には欲と支配の色が滲んでいた。


ルキの為に、ルミナが差し出せるのは己の体しかなかった。


(ごめん、マルク。でも……ルキを守るには、これしか……)

そう、必死に心に言い聞かせるルミナ。

だが——


「やっぱりダメだな。ガキが邪魔だと困る」


帝国兵は笑ったまま、剣を再びルキに向ける。


「そんな、約束が……っ!」


声が震える。約束が、簡単に破られる。それが、あまりにも悔しくて、情けなくて——


「やめて……!」

ルキのもとに駆け寄ろうとするが、すぐに帝国兵に押さえつけられるルミナ。


「今度こそ死ねッ!」


振り下ろされる剣。


「やめてえぇぇええええええっっっ!!!」


森に響いたルミナの叫びは、空を裂き、地を揺るがすほどの、魂そのものだった。

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