第19話 絶望
王宮での戦いが始まった。
一体、パルメシア帝国の狙いはなんなのか?
戦が始まり、怒号と共に剣がぶつかり合い、地面が揺れる。ルキとルミナを先頭に、バルナ兵たちは奮い立ち、恐怖を微塵も感じさせず帝国兵に立ち向かっていた。
マールはその様子を見て、心のどこかで安心していた。だが、空を舞いながら、ただ流れるように動く男——帝国四天王、シュダの存在だけは、どうしても胸に引っかかっていた。
「いつまで、そうしている……?」
マールが鋭く睨みつけてそう言い放つと、シュダは口元をゆがめる。
「ふふ……もっと戦いを、楽しみましょう」
その軽薄な笑みに、マールの眉がピクリと動いた。
そこに、ルキとルミナは連携して魔法と剣を繰り出す。だがシュダの反応はあまりにも的確だった。ルミナの魔法を最小限の動きでかわし、ルキの突進を紙一重でいなす。
「おっと……同じ手は通じませんよ」
そう言って、彼はふわりと空へ舞い上がる。
「逃げてんじゃねえ! 降りてこいよ、鳥野郎ッ!」
ルキが怒りを露わに吠えたそのとき、シュダはふと首をかしげた。
「ふふ……ちゃんと周りを見ないと、後悔することになりますよ?」
その言葉に、ルミナは直感的な嫌な気配を感じ、顔を上げて辺りを見渡した。
そして——見つけた。
「……魔法使い?」
王の間の周囲に、何かの準備を終えた数人の魔法使いたちが立っていた。その手に握られた杖、足元に刻まれた魔法陣。どれもが、尋常ではない力を放っていた。
「ダメッ……! あの人たち、何か変——!」
その叫びに、皇帝は静かに言った。
「ほう……気づいたか」
そしてすかさずシュダが囁くように言い添える。
「気づくのが、遅かったですねぇ」
シュダがつぶやいたその刹那。
雷鳴のような音と共に、空気が凍りつくような重圧が王の間を包み込んだ。
「……!」
光が弾け、重厚な魔力の膜が王の間を中心に張り巡らされる。
「結界……!」
ルミナは叫んだ。
結界の内に閉じ込められたのは、マルク、バルナ国王、そして数人の兵。
帝国側は、皇帝、剛剣のガンツ、そして多くの精鋭兵たち、——圧倒的な戦力差だった。
「嘘……これじゃ……!」
一瞬にして外界との空間は完全に遮断された。
ルミナの背筋を氷が這うような寒気が走る。
そして——その時だった。
結界の内側から、ただならぬ“何か”が蠢く気配。
ブチッ、ブチチ……ッ!
禍々しい音と共に、皇帝の体から無数の触手がうねるように伸びる。
「ぎゃあああああっ!!」
中にいたバルナ兵たちを、何の抵抗も許さず、一瞬で引き裂いた。
赤い霧が立ち込めるように散り、血飛沫が王の間の柱を染めていく。
「なっ……あれが、皇帝……?」
ルキは呆然と呟いた。
ルミナもまた、言葉を失って立ち尽くす。
「——皇帝も、半妖……?」
結界の向こうでうごめく皇帝の姿は、もはや人の形をしていなかった。
異形と化したその存在が、ゆっくりと、しかし確実にマルクたちに歩み寄っていた。
シュダは空から、楽しげに声を上げる。
「見ましたか? これが、絶望です」
一度は恐怖を乗り越え、士気を取り戻していたバルナ兵たちだったが、再び突きつけられた現実は、あまりにも残酷だった。
魔導士たちによって展開された結界は、まるで厚い氷壁のように王の間を隔て、外からの干渉を一切許さなかった。結界内のバルナ兵は全滅し、残ったのはバルナ国王とマルクだけだった。
「……っ、消えない……っ!」
杖を構え、次々と詠唱を放つルミナ。しかし彼女の魔法でさえ、結界を揺らすには至らない。唇を噛み締めながら、ルミナはその場に膝をついた。
「一体、どうしたら……」
彼女の目に浮かぶのは、結界の中に立つマルクの姿。そこには、もう助けの手は届かない。
——そしてさらなる絶望が彼らを襲う。
王の間の中央、かつて騎士として数々の戦に身を投じてきたバルナ王が、皇帝の放つ禍々しい触手に絡め取られ、まるで玩具のように宙に持ち上げられていた。
「うぐっ……ッ!」
王は口から血を吐き、痩せた身体が痙攣するように震えていた。
「陛下……!」
外からその光景を見ていたマールの目に焦りが走る。バルナの兵たちもまた、絶望的な状況に声を失い、戦慄するのだった。