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第16話 千里眼の男

お待たせしました。

ついに始動する暗殺計画。

一体どうなる……

——ついに迎えた同盟締結の刻。


 幾度にもわたる打ち合わせと修練の末、ついに皇帝暗殺計画が実行に移される。帝国の悪政に苦しむ者たちが、心の中で強くこの計画の成功を願っていた。だからこそ、誰もが口には出さずとも胸に灯す。願わくば、終わりが来ることを。


 王宮前の大通りがざわつき始めた。やがて威風堂々と歩みを進めてきたのは、黒と金を基調とした軍勢……帝国軍。

 その中心に、黒装束を身にまとい、邪悪な気配を纏った男がやってくる。


 ——パルメシア皇帝だ。


 皇帝の左右に並ぶのは、帝国四天王の二人。その名を聞くだけで多くの兵が震えを覚える存在。


 一人は“剛剣”の異名を持つ、巨漢の男・ガンツ。一振りで盾兵ごと斬り伏せるとされるその腕は、まるで丸太のように太い。


 そしてもう一人の男は、"千里眼”の異名を持つ華奢な青年、シュダ。中性的な顔立ちと透き通るような白い肌、そして薄く笑う口元が不気味な印象を与える男だ。


 物陰からその様子を見ていたルミナとルキは、息を呑んだ。


 「……あれが、皇帝……」

 ルミナは拳を握りしめ、じっとその邪悪な男を睨む。

家族を奪われ、国を奪われ、この大陸に暗黒をもたらした全ての“元凶”を前に、怒りと憎しみが込み上げるのを抑えることなど、到底できなかった。


 「おい、ルミナ……」

 それに気づいたルキが小声で呼びかける。


 その瞬間、


 「……ん?」


 突如、皇帝の隣にいたシュダがぴたりと足を止め、物陰の方へと首を傾けた。


 「っ……!」


 二人ははっと息を呑み、すぐさま身を屈めた。冷や汗が背筋をつたう。見つかったか……そう思った次の瞬間、聞こえてきたのはどこか飄々とした声だった。


 「……おやおや、これはこれは。そちらに立っておられるのは、バルナ最強の騎士様、マール様ではありませんか」


 「……」


 二人がそっと目を向けると、シュダの視線の先には、騎士長マールの姿があった。


 「……帝国兵の影からわざわざ視線を注いでくださるとは。まるでこちらに“殺気”でも向けておられるように感じましたが、まさかまさかそんなことは……」


 口元に笑みを湛えたまま、シュダがマールに歩み寄っていく。その嫌味な言葉の一つ一つが、まるで毒針のように突き刺さる。


 「……それは失礼。少し視線が鋭くなったかもしれませんが、戦意など微塵もございません。王宮内に兵を入れるつもりもないと、あらかじめご説明しております」


 「まぁ、それはそれは……安心いたしました。マール様のような方が嘘などおつきになるはずもありませんし。どうか、これからの儀式が穏やかに進みますように……ふふふっ」


 そう言い残し、シュダは再び皇帝のもとへと戻っていった。その背を見送りながら、ルキとルミナは胸を撫で下ろした。


 「全く……助かったぜ、本当に……」

 「……ごめん、私ったら……つい」

ルミナは我に帰り、ルキに詫びを入れる。だがルミナのごもっともな怒りに、ルキも何も咎めることができなかった。


 二人は再び物陰に身を隠しつつ、気持ちを立て直した。緊張の糸が張り詰める中、作戦の時は刻一刻と近づいていた。


 ——緊張と静寂が空気を支配するなか、帝国兵たちは王宮の奥、王の間へと足を運んでいった。一触即発の気配が漂っていたが、ついに何事も起こらず、儀式の場は予定通り進行していく。


 王の間には、王座に腰かけるバルナ国王の姿。そして、その両端には鎧に身を包んだ兵たちが、皇帝の来訪を迎えるように整列していた。マルクもまた、その一人として紛れ込み、兜の奥から皇帝の姿と、脇に従う二人の男をしっかりと見据えていた。己の気配を完璧に殺しながら、息を潜めて機をうかがう。


(後ろの二人……どうも一筋縄ではいかなさそうだ)


 皇帝の傍らには、堂々たる体躯の男“剛剣”ガンツ。そして、その隣には華奢な体格に中性的な美貌を持つ男“千里眼”シュダの姿があった。どちらも帝国四天王と称される実力者。シュダは例によって不敵な笑みを浮かべており、ちらと横目でガンツを見る。その視線に気づいたガンツは、わずかに眉を動かしただけで、すぐに前を向き直った。


 そして、ついに始まる同盟の儀。


 契約書が差し出され、まずは国王が筆を取り、続いて皇帝が名を記す。これをもって、バルナ王国とパルメシア帝国との同盟は公式に成立した。


 「ふはははっ……これで我が帝国はますます磐石だ!」


 皇帝は高らかに笑い、王に向かって誇らしげに言う。


 「感謝するぞ、バルナ王国、国王殿!」


 「こちらこそ、陛下をこの地に迎えられたこと、光栄に存じます」


 王は恭しく頭を下げた——その隙に、王の間の奥に控えていた“鎧を被った兵”のひとり、すなわちマルクが、わずかに体を緊張させる。


 (まだだ……あの二人が近くにいる限り、斬りかかれない)


 皇帝の傍には、依然としてガンツとシュダが控えていた。護衛が動かぬ限り、奇襲の成功はあり得ない。


 その様子を察してか、国王は次の手に出た。


 「……陛下、心ばかりではございますが、贈り物をご用意しております。どうか、我が国の誠意をご覧ください」


 そう言って、従者に命じると、ずらりと金銀財宝が運び込まれた。


 目を疑うほどの輝きに、周囲の視線が一瞬逸れる。

 ——皇帝さえも、その豪奢な財の山に思わず目を細めた。


 「ほう。……これは見事なものだ」


そしてついに……皇帝が、その宝物に一歩近づいた瞬間。


 ——来た。


 その刹那、鎧に身を包んだ一人の兵が跳ねるように飛び出した。剣を抜き放ち、風すら斬る勢いで一直線に皇帝へ迫る。


 マルクだった。


 研ぎ澄まされた動き、完璧な間合い、寸分の狂いもない一撃。その刃は、まさしく皇帝の首を捉えていた。


だが……


 「……!」


 硬質な音が響き、剣は寸前で巨大な大剣によって受け止められた。

剣の持ち主は……ガンツだった。


 「……!?」


 マルクは咄嗟に距離を取る。想定外の出来事ではあったが、ガンツの動きには、明らかに“予測”があった。偶然ではない。暗殺を察知した上での迎撃だった。


 直後、マルクの背後から襲い来るもう一つの影。しなるような剣閃が背を裂かんと迫る。


 「ふふ、残念でしたね?」


 ——シュダだった。


 しかし、マルクは素早く鎧を脱ぎ捨て、身を翻してその攻撃を回避。一気に距離を取り、剣を構える。作戦は失敗に終わったが、まだ終わってはいない。


 皇帝は一歩も動かず、薄ら笑いを浮かべたままマルクを見据えていた。


 「……生きていたか、アリヴェルの騎士よ」


 その声には怒りも驚愕もない。ただ、薄く驚いたように眉を上げたのみだった。そして、皇帝はゆっくりとバルナ国王の方を振り返り、低い声で問いかける。


 「さて……これはどういうことかな、国王?」

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