第12話 暗殺計画
ついに帝国に一矢報いるための計画が始動します。
どうぞ。
次の日の朝。
マルクは静かにマントを羽織ると、未だ眠るルミナとルキに声をかけることなく、ひとり王宮へと向かった。
宴の晩、バルナ国王はマルクにそっと耳打していた言葉があった。
――「後日、作戦会議に参加していただきたい」
それはただの招待ではなかった。帝国に対抗するため、
バルナ王国が長年秘めてきた策。その中枢に、マルクは足を踏み入れようとしていた。
王宮奥の会議室。
そこにはバルナ国王と、重鎮であり最強の騎士・マールの姿があった。彼らの表情は重く、緊迫した空気が室内に満ちていた。
「ーー帝国との偽りの同盟条約を口実に、皇帝をこの地へと招く予定だ」
国王が静かに語り始めた。
「その儀式の場で、皇帝を……暗殺するつもりです」
マルクはその言葉に目を細め、真剣な眼差しで続きを促した。
「ただし、問題はその実行手段です」
マールが言葉を継いだ。
「皇帝の警備は厳重を極め、兵を多く配備すれば逆に不審を招く。ですが、少人数では任務の成功は見込めません」
会議の場にはしばし沈黙が流れた。
マルクは、その重たい空気を断ち切るように、静かに口を開いた。
「――僕がやります。僕ひとりで、必ず皇帝を仕留めてみせる」
国王とマールが同時に目を見開く。
「策はあるのか?」
と国王が問う。
「はい。儀式の場には、少数の兵士を離れた位置に配備するだけでかまいません。皇帝に油断させるためです。その中に、僕も鎧を被って紛れ込みます。そして……一瞬の隙を突いて、皇帝を討つ」
国王は即座に首を横に振った。
「あの距離では無理だ。剣を抜く暇もあるまい」
「……可能かもしれません」
マールが静かに口を開いた。
「マルクさんは“大陸の光速剣”と呼ばれる男です。剣速と反射は、常人の域を遥かに超えている」
国王は迷いの色を浮かべたまま、マルクに目を向けた。
「……だが、危険すぎる。成功率は五分もない。命を賭けるには、あまりに……」
マルクはわずかに微笑し、真っ直ぐに言った。
「ーー僕の命なんて、とっくに捨てたものです。大丈夫。そう簡単にはやられません」
その言葉に、マールがふと目を細めた。
「無茶な作戦でございますね」
そう言いながらも、その眼差しには微かな光が宿っていた。
「しかしながら、もしマルクさんがやると言うなら、私から止める理由はありません」
重く沈黙していた空気が、その言葉で少し動く。続けてマールは一礼しながら言葉を繋いだ。
「ギルバディア王国への援軍要請も済ませていますので、たとえ全面戦争となりましても、劣勢にはなりませぬ。どうか、ご安心を」
「……安心した」
マルクはうなずいた。
そのやり取りを見て、国王は長い沈黙の末に、ついに決断を下した。
「――わかった。マルク、その策でいこう。だが……無茶だけは、しないでくれ」
マルクは深く一礼した。
「必ず。僕の命に代えても、アリヴェルの、そしてこの大陸の未来を、取り戻します」
こうしてマルクは、秘密裏に暗殺計画に加担するのであった。
ーーそれからもバルナ王国に滞在する日々が、ゆっくりと流れていた。
今日もマルクは、作戦会議の為に席を外していた。
窓の外を見つめていたルミナは、ふと背後で聞こえた足音に振り返った。
「今度はどこに遊びに行くの?」
ルミナがそう尋ねると、扉の前で立ち止まったルキはすぐに首を横に振った。
「違うよ。マルクが修行付き合ってくれないから、兵士の訓練所、ちょっと覗いてみようかと思ってさ」
ルキの声には、ほんの少しだけ拗ねた色が混じっていた。
ルミナは軽く息を吐きながら、心配そうに眉を寄せる。
「邪魔だけはしないようにね。怪我しても知らないから」
「へーきへーき!」
そう言って、ルキは駆け足でその場を後にした。
一人残ったルミナは、窓の外に視線を戻し、ぽつりと呟いた。
「マルク……少しくらい、こっちにも構ってくれたっていいのに」
ーー訓練所に着いたルキは、少し背伸びするようにして柵の向こうを覗き込んだ。
そこでは大勢の騎士たちが、剣を交え、声を張り上げながら訓練に励んでいた。
「うお……すっげえ……」
目を輝かせて見入っていたそのとき、近くの騎士がふと気づいたように声をかけた。
「……混ざりたいのか、坊主?」
ルキはこくこくと勢いよく頷いた。
「だったら……そうだな。一番新米のやつとやってみるか」
数人の騎士たちが訓練を止めて集まる中、背丈も体格もルキより大きい若い戦士が剣を手に進み出た。
「やさしく頼むぜ、小僧」
にやりと笑った新米戦士の挑発にも、ルキは一言も返さず静かに構えた。
そしてーー合図と同時に戦いは始まった。
その瞬間、地面を蹴ったルキの姿は、まるで風のようだった。
剣が打ち合わされる間もなく、戦士の膝が崩れ、地面に叩き伏せられた。
「な……っ!?」
「うそだろ……!?」
騎士たちの間に、どよめきが広がる。
ルキは肩をすくめると、剣を肩にかけてぼそりと呟いた。
「……こんなもんか。だったら次は、一番強いやつとやらせてくれよ」
その言葉に騎士たちはざわめき、やがて怒号が飛ぶ。
「生意気言うな!」
「ガキが調子に乗りやがって!」
場が荒れ始めたそのとき……
「どうしましたか?」
静かでよく通る声が場を制した。
集まった騎士たちが一斉に姿勢を正す。騒ぎを聞きつけ現れたのは、金色に輝く長髪を携えた男マールだった。
「マール様!」
「これは……失礼しました!」
騎士のひとりがすぐに頭を下げ、ルキとの一件を説明する。
マールは一言、「なるほど……」とだけ呟いた。
その様子を見て、ルキはピンときたように目を細めた。
「おっさん……あんたがここの一番か?」
「おっ……さん……?」
マールは瞬きし、小さくため息をついた。
「私はマールです。この国で一番強いかどうかはわかりませんが、君と戦ってあげましょう」
「よっしゃ、決まりだ!」
ルキはにやりと笑い、構えを取った。
マールは静かに一歩前に出ると、騎士たちに一言。
「少し離れていてください。すぐに終わりますから」
静寂が戻る中、ルキとマールの戦いが始まった。
ーー陽の高い訓練場に、剣の打ち合う音が激しく響く。
「はぁっ!」
ルキは叫びながら鋭く踏み込み、剣を振るう。だが、マールは動かない。ただ淡々と、手元の木剣で攻撃を受け止めた。
一太刀、二太刀、三太刀――どれだけ斬りかかっても、マールの構えは微動だにせず、すべての攻撃が吸い込まれるように逸らされる。
(……通じない!)
ルキは内心で焦りを感じながら、すぐに攻めの手を切り替える。足運びを変え、タイミングをずらして切り込む。子供離れした柔軟な動きに、周囲の兵士たちがどよめいた。
「おい、あいつ……本当に子供か?」
「信じられん……」
けれど、その変化すら、マールの前では意味を成さなかった。彼は一歩も動かず、目で追い、呼吸を乱さず、ただ静かにルキの剣筋を捉え続ける。
そして次の瞬間、マールの剣が一閃し、ルキの木剣が宙を舞った。
「……っ!」
膝をついたルキの顔に、悔しさが滲む。拳を固く握りしめ、歯を食いしばった。
「くそっ……!」
周囲からは小さな笑い声が漏れる。
「当然の結果だな」
「流石は、マール様だ」
マールは静かに歩み寄り、地に手をついたルキに優しく声をかけた。
「どうして、そこまで悔しがるのですか?」
ルキはふいに顔を上げ、言葉を探すように視線をさまよわせる。そして、ぽつりと呟いた。
「強くなりたい……強くなきゃ、守れないから」
その目には、過去の痛みが浮かんでいた。守れなかった家族の記憶。ルキの幼い肩に刻まれた罪と悔恨。
マールはふと優しく微笑んだ。
「……わかりました。では、バルナにいる間は、私が稽古をつけましょう」
ルキの顔がパッと明るくなり、驚きと喜びの混じった声を上げた。
「ほんとか!?」
「はい。でも……“おっさん”ではなく“マールさん”と呼んでくださいね。私はそこまで歳をとっておりませんので」
マールの冗談混じりの言葉に、ルキは照れくさそうに頷いた。
その後、マールは周囲の騎士たちを見渡し、穏やかに言った。
「それと皆さん。子供相手に声を荒げたり、罵声を浴びせるなどというのは、未熟な証拠です。……心を律するのもまた、騎士の務めではありませんか?」
その一言に、場の空気が引き締まった。騎士たちは頭を下げ、小さく「申し訳ありません」と謝罪する。
一方ルミナは宿舎の片隅で、魔法書と睨めっこをしていた。日々の学びに余念はない。
それでも時おり訓練所に立ち寄っては、ルキの様子を見守り、負傷者には回復魔法をかけてやっていた。
その姿は、騎士たちの間でも密かに評判になっていた。
「今日も来てくれてるな、あの子……」
「笑った顔が、なんかこう……清らかっていうか……」
そんな男たちの会話に、ルミナ本人は気づいているのか、いないのか。
一方のルキは、最初こそ「なんだこのガキは」と距離を置かれていたが、訓練を重ねるうちに「生意気だけど元気な弟分」として、次第に打ち解けていった。
「おーい、ルキ、今日も来たか!」
「おら、手加減してやるからありがたく思えよ!」
「うっせー! 今日は俺が勝つからな!」
訓練所には今日も、剣戟の音と、笑い声が響いていた。