第11話 宴
2人の関係性が徐々に進む王道展開です。
どうぞ見守ってあげてください。
翌朝、三人はバルナ国王より王宮で催される宴への招待を受けた。
だがその朝の空気は、いつもより幾分か重かった。前夜の気まずさを引きずっているのか、マルクとルミナは互いに視線を逸らし、言葉も交わさないまま王宮への道を歩いていた。
「……なんで俺までこんな服着なきゃいけないんだよ……」
ルキがぶつぶつと文句を漏らす。身体に合わないかのような華やかな礼服に袖を通し、慣れぬ歩き方にぎこちなく足を運んでいた。一方でマルクはいつも通りの落ち着きで、
バルナ王国の騎士たちと挨拶を交わしながら談笑していた。
宴の準備は進み、やがて豪華な料理が並べられた大広間で賑やかな祝宴が始まった。ルキは早速テーブルの料理に夢中になり、次から次へと口に運ぶ。
だが、その場にルミナの姿はまだなかった。
彼女はまだ衣装室にいた。ドレスに着替えさせられ、鏡の前でメイドの手によって化粧を施されていた。けれどその表情は冴えず、どこか遠くを見つめるような目で黙って座っていた。
そんな彼女を見ていた中年のメイドが、ふと優しい声で呟いた。
「……恋ですね」
ルミナはハッとして、思わずメイドを見つめた。
「えっ……?」
「相手は……マルク様、でしょう?」
図星を突かれたルミナは、頬を赤らめながら視線を逸らした。
「な、なんで分かったの……?」
メイドは穏やかに微笑んだ。
「だって、あんな素敵な殿方と旅をしていたら……好きにならない方が難しいでしょう?」
ルミナは何も言えず、ただ俯いた。
「でも……あの人、私の気持ちなんて、ぜんっぜん気づいてないの……」
自信なさげな声で呟くルミナの肩に、メイドはそっと手を置いた。
「それでも大丈夫。ほら、……あなたはとても、綺麗ですから」
その言葉に、ルミナの瞳がわずかに揺れた。
――そして、ルミナは静かに会場の扉を開けた。
ざわり、と場の空気が変わったのが分かった。
煌びやかな照明の下、銀の髪に淡い桜色のドレスを纏ったルミナの姿に、男たちの視線が一斉に集中した。会話の途切れる音、息を呑む気配、そしてやがてざわめきが広がっていく。
その異様な空気を感じ取り、マルクは振り返った。
そして、彼女を見た。
目を見開いたまま、言葉を失った。
ルミナはうつむき、小さな声でマルクに問いかけた。
「……どう、かな……?」
しばらく沈黙が流れた。
だが次の瞬間、マルクは柔らかな声で応えた。
「……とても、綺麗だ」
ルミナの瞳が潤み、ほっとしたように微笑んだ。
そしてマルクは、そっと彼女の手を取った。
「……踊ろう」
ーー導かれるまま、二人は踊りの輪の中心へと歩を進める。宴の喧騒の中に、たしかな気持ちが交差し始めていた。
宴の会場、その中央。華やかな音楽に身を委ねながら、マルクとルミナは静かに踊っていた。
言葉はほとんど交わさない。それでも二人の視線は何度も重なり、互いの体温を感じるたび、胸の奥に秘めた想いが確かに通じ合っていくのを感じていた。
「……よかったな」
離れた席でそれを見ていたルキが、小さく呟く。ぎこちない二人の関係にずっと気を揉んでいた彼は、ようやく交わり始めた心に安堵し、胸を撫で下ろしていた。
宴は賑やかに続く。豪華な料理、華やかな舞台、賑やかな笑い声。酒も進み、マルクの頬はほんのり赤く染まっていた。
「……少し、酔ったかもな」
静かに席を立ったマルクは、宴会場を抜けてバルコニーへと歩を進めた。夜風が心地よく、月明かりが静かに彼を照らしていた。
数分後、ルミナがドレスの裾をたくし上げながら、追いかけるようにしてバルコニーへと現れた。
「……やっと逃げられた。あの人たち、しつこすぎ」
眉をひそめながらも、マルクの姿を見つけた彼女の表情は、どこかほっとしたものに変わっていた。
「マルク、ここにいたんだ」
「ああ、酔いが少し回ってな。風に当たってた」
互いにどこか気まずさを抱きながらも、他愛もない言葉を交わす。少しずつほぐれていく空気の中、マルクがふいにぽつりと語り始めた。
「昔……まだ子供だった頃。王城の中庭で、一人の女の子に出会った。銀色の髪に、凛とした瞳の……とても綺麗な子だった。名前も、身分も知らなかったけど、あの時の景色は今でも忘れられない」
ルミナの瞳が大きく見開かれる。
「その子が、ずっと……僕の初恋だ」
ーーあぁ、気づいたんだ。
ルミナは胸を押さえ、口を開こうとした。今こそ、胸の中にしまった“全て”を話すべきだと思った。
だが、その瞬間。
「話さなくていい」
マルクがそっとルミナの肩に手を添え、柔らかく唇を重ねた。
夜風が止まり、音楽が遠のく。
ただ、月明かりの下で時が止まる。
やがて唇が離れると、ルミナは顔を真っ赤に染めたまま、ぽかんとマルクを見つめていた。
「今は……まだ、その時じゃない。君が何者であれ、僕の想いは変わらない。だから、君を必ず守る。そしていつか、アリヴェルを復興させて……君を、幸せにする」
その言葉を聞いた瞬間、ルミナの瞳に涙が溢れた。
「マルク……!」
抑えていた感情があふれ、ルミナはマルクの胸に飛び込む。
マルクはその小さな体を優しく抱きしめ、二人は静かに、夜の帳に包まれていた。