「ごめん、今は部活に集中したいから」と言って告白を断り続けるクラスメートの鵜久森さん。ただの帰宅部なのに。
「鵜久森さん、僕と付き合ってください!」
放課後。俺、保志乃薫が靴を履き替えて昇降口を出る直前、校舎裏から男子生徒の声が耳に入ってきた。
その生徒の口振りからして、今まさに告白が行われているのだろう。
声の聞こえてきた方にこっそりと近づいてみれば、やはりそこには向き合う男女の姿があった。
手を差し伸べて相手の答えを待つのは男子生徒。確か、隣のクラスのサッカー部員か。
背丈があり、その爽やかな見た目から女子人気の高いイケメン。昨日の体育でも、ゴールを決めるたびに黄色い声援が飛び交っていたのを覚えている。
そんな人気者の好青年から告白される女子がいるとなれば、周りの浮いた話に興味のない俺としても少し気になる。
相手は一体誰なのかと、もう一方に注目してみれば……そこには俺のよく知る人物が立っていた。
その人物とは、鵜久森穂波。
スクールカースト上位の明るい陽キャで、その愛嬌と整った風貌から学年一の美少女と称されている女子生徒だ。
大きな瞳、柔らかそうな髪、ころころ変わる表情。制服姿でさえ妙に絵になっていて、校内を歩くだけで自然と目を引く存在感がある。隣の席でなければ関わることもないタイプだろう。
しかし鵜久森さん、また告白されてるのか……
彼女はその人気から、定期的に男子に呼び出されては交際を迫られている。
とはいえ、アイドル顔負けのビジュアルと人当たりの良さを考えれば、校内で群を抜いて注目されるのも頷ける。
「告白してくれてありがとう。でもごめん。私、今は部活に集中したいから……」
長い睫毛が伏せられ、憂いた表情で鵜久森さんは告白を断る。
返事を聞かされた彼は目を伏せるが、すぐに取り繕った笑みで顔を上げた。
「そっか……そうだよね。僕も夏の大会が迫ってるし、鵜久森さんの気持ちもよく分かるよ」
「池くん、本当にごめんね」
「いや、こんな時期に告白して困らせちゃった僕こそごめん! どうしても君に気持ちを伝えたくて……でも、これで僕も余計な迷いなく大会に集中できると思う」
振られたにもかかわらず爽やかな対応ができるのは、流石は好青年といったところだろう。
申し訳なく思う鵜久森さんに負い目を感じさせないよう気を遣いつつ、場の雰囲気を明るくしようと振る舞う姿は素直に尊敬する。
「そういえば鵜久森さんって何部だっけ? お詫びと言っていいのか分からないけど、よかったら今度応援に行かせてよ」
「帰宅部だよ」
「帰宅部か。うん分かった、じゃあクラスのみんなと応援に……え?」
その瞬間、男子生徒の笑みが引いていくのが遠くからでも分かった。
「帰宅、部? 帰宅部って……あの? 別名とかではなく? あの?」
「うん、そうだよ」
「家に帰るのが目的の?」
「うん、家に帰る部活」
「そ、そうなんだ……」
うーわ、めっちゃ反応に困ってる。明らかに目が泳いでるし、何て返したらいいか分からなくて黙ってしまっている感じだ。
いや、うん、そりゃそうなるよ。帰宅部の人に部活を理由に告白を断られたんだから。端から聞いてる俺も理解できないし、目の前で言われた彼にはちょっと同情する。
「え、えっと……じゃあ、帰宅頑張って?」
「うん、ありがと。じゃあね」
呆然とする男子生徒に軽く手を振り、昇降口に戻って来た鵜久森さんはようやく俺に気づく。
「あ、保志乃くん。用事はもう済んだの?」
「提出物に記入漏れがあって先生に呼び出されただけだからな。それより鵜久森さん、また告白断ったのか」
「見てたんだ? うん……申し訳ないなって思ったけど、今は部活の方が大事だからね」
「そっか……」
ただの帰宅部なのに、と思ったが敢えて口にはしない。
それを理由に断る光景はもはや見慣れてしまったし、ツッコミを入れていい時期はとうに過ぎていた。そもそも個人のあれこれに他人が口を挟むべきではない。
確かに告白を断る理由に部活を持ち出すのは常套句だが、帰宅部所属でそれを言う奴は俺の知る限り彼女しかいない。多分、世界的に見てもこの人が唯一無二なんじゃないかと思う。
やはり鵜久森さんはマイペースというか、どこかズレている気がする。
普段は明るくて親しみやすい陽キャだが、たまに理解できない行動を繰り出してくる。
先程のような断り文句も、そして今も続くこの奇妙な関係も。この人とどういう距離感で接すればいいか未だに分からない。
「じゃあ、今日も一緒に帰ろっか」
にこっと笑いながら隣に並んで距離を詰めてくる鵜久森さん。
最初の頃は抵抗感があったはずの関係も、今ではすっかり受け入れてしまっている。俺は頷くと、歩幅を合わせて二人で帰路に就く。
正門を出るまでの間、刺すような視線をビシビシと感じてとても気まずい。
傍から見れば完全にカップルの男女。しかも相手が平凡な男子生徒ともなれば、釣り合ってないと嫉妬心を剥き出されても仕方ない。俺だって不釣り合いだと思うし。
しかし、鵜久森さんはそんな視線を気にする素振りを見せない。
今日の小テストの内容が難しかったとか、食堂の今日の日替わり定食が良かったとか、振ってくるのはそんなありきたりな話題。相変わらずのマイペースっぷり。そもそも気づいていないのかもしれないが。
―――この奇妙な関係の始まりは、数か月前に遡る。
元々鵜久森さんはこの学校の生徒ではなく、半年前にやって来た転校生だった。
とはいえその風貌と性格から瞬く間にクラスに馴染み、校内でも一躍有名人に。一方、俺はずっと教室で目立たないタイプの一般男子生徒。住む世界が別と言っていい。
だから、鵜久森さんから「一緒に帰ろうよ」と唐突に言われた時は目を疑った。
仲の良い友人に提案するなら何らおかしくはない。しかし、俺とは席が隣同士というだけで大した接点はなく、困惑した俺は理由を尋ねてしまった。
「えっと……なんで俺と?」
「なんでって、同じ帰宅部だから?」
「えぇ……」
さも当然といった表情で答えられ、思わず呆気に取られたのを覚えている。
陽キャ集団によるドッキリを疑ったが、その場にいた周囲も困惑していたから違うのだろう。訳が分からず色々と勘繰ったものの、変な憶測が立つのも嫌だったのでその日は結局応じることにした。
(まあ、流石にこれっきりだろうな)
彼女の気まぐれだと思うことにしてその日はやり過ごしたのだが……俺の予想に反して、鵜久森さんは次の日も話し掛けてきた。
「保志乃くん、今日も一緒に帰ろ?」
「なんでだよ」
これまでに何かあった訳ではない。
隣の席同士だからといって関係性が進むような何かがあった訳でもない。
それにもかかわらず、鵜久森さんと一緒に帰る仲になっている。
帰宅部なら他にもいるのに、どうして俺だけが妙に懐かれているのか分からない。
転校して来た頃に助けてあげたとか、隣の席からフォローしてあげたとか。そういったキッカケがあって仲良くなることはあるかもしれない。
しかし、同じようなことは他のクラスメートもやっていたから、やはり心当たりがない。
何度理由を聞いても答えは変わらない。ニコニコと微笑み、ゲームのNPCみたいに俺の了解を待つだけ。
その後も思考を巡らせるが埒が明かず、最初は疑っていた俺も今では彼女との部活動(?)を渋々受け入れるようになっていた。
「ねえ、さっきから話聞いてる?」
不意に鵜久森さんの顔が視界に映り、俺は少し顔を仰け反らせる。
「ああ、ごめん。何の話だっけ?」
「だから、駅の通りにあるカフェ、新作が出たんだって」
「へぇ、そうなんだ。カフェの新作ね……」
「……な~んか反応薄いなぁ。もっとびっくりしてくれないと」
そんなこと言われても、実際興味がないのだから仕方ない。
男友達と行くような場所ではないし、帰ってゲームするだけの引き籠り人間に興味を持てと言う方が無理な話だ。
「ということでさ、今から行こうよ。期間限定だから早くしないと売り切れちゃう」
「ということで、って……帰ってゲームしたいんだけど」
「いいでしょ? 一日くらい。ゲームはいつでもできるんだから」
「そう言って先週も連れ回された気がするんだが……」
確か、観たい恋愛映画があるからだったか。周りがカップルばかりで気まずかった記憶がある。
恐らく、今から行こうとしているカフェも陽キャ御用達の店だろう。そもそも自宅と真逆の方角だし、できれば直帰させてほしい。
「全く……保志乃くんは帰宅部としての自覚が足りないよね。寄り道も立派な部活動なのに」
「そもそも帰宅部なんだから、寄り道せず真っ直ぐ帰るべきだろ」
「陸上部だって競技種目が分かれてるでしょ? だったら帰宅部も直帰部門と寄り道部門があって当然だと思うけどね」
「納得できそうでできない謎理論やめろ」
相変わらず訳の分からない理屈を持ち出す鵜久森さん。ちょっと決め顔作ってるのが地味にムカつくな。
呆れる俺だったが、その後も攻防は続き、最後は俺が折れることに。
毎回同じ結果な気がするが、俺が拒否し続けると拗ねるから仕方ない。
歩くこと数分、俺達は目的地のカフェに到着する。
店内は混雑していたものの、少し待てばすぐに店員に案内された。店員からメニュー表を受け取り、二人でそれを眺める。
「保志乃くんはこの抹茶パフェ頼んでね。私はこっちの苺パフェにするから」
「因みに拒否権は?」
「もちろんありません」
「左様ですか……」
有無を言わさずに期間限定デザートの二つを選び、店員に注文を済ませる鵜久森さん。
好き嫌いしないから別にいいのだが、せめて注文前にメニューをもう少し眺めさせてほしい。サイ〇リアのメニュー表でまだテンション上げられる年頃なんだよ俺は。
「せっかくの期間限定メニューだからね。両方頼んで両方味わっとかないと」
「食い意地張るのはいいけどよ、俺の分もちゃんと残しとけよ?」
「失礼なっ。乙女に対してその言い方は良くないと思うなぁ」
ご立腹な態度の鵜久森さんだが、ある程度知るとこの人が乙女かどうかは疑問が残る。
この間も「一口だけちょうだい」を言うのであげたら、俺の棒アイスは丸々平らげられてしまった。全く遠慮を知らないというか、自分の欲望に正直過ぎる。
注文したパフェを待つ間、俺は何気なく店内を見回す。
周りの席には放課後の学生が多く、特に女子グループやカップルの姿が目立っていた。
おしゃれな照明、甘い匂い、やけに距離の近い男女。こういう雰囲気の店に慣れていないので、席に座っているだけでも妙に落ち着かない。
そして、俺の向かいには……学年一の美少女。
正直、場違い感が凄い。
「保志乃くん、顔が金剛力士像みたいだよ」
「例え方で個性出してくるなよ。怖いって意味か変って意味か分かんねーよ」
「じゃあ怖い意味で」
「じゃあ、で選ぶな」
俺が眉を寄せると、その反応が面白かったのか鵜久森さんはくすくすと楽しそうに笑う。
その笑顔は明るくて、柔らかくて、やはり目を引くものがあった。
「……」
こうして向かい合って座っていると、嫌でも思ってしまう。
この人は本当に俺といて楽しいのだろうか、と。
クラスには彼女と仲の良い女子がたくさんいる。
告白してきた男子みたいな、容姿も性格も優れた相手だっている。
それなのに、どうして俺なのか。
いくら同じ帰宅部だからと言われても、納得するには流石に無理がある。
当然ながら他にも帰宅部の生徒はいる訳で、どうして俺が選ばれたのか分からない。
「保志乃くん、また考えごとしてる」
「あ、ああ。悪い」
「私といる時は私のことだけ考えてくれないと困るなぁ」
「いや言い方」
聞く人によっては勘違いさせてしまう発言だ。
わざと言っているのかと疑いたくなるが、相手が鵜久森さんとなれば判断に迷う。裏表を感じさせない顔でとんでもないことを言ってくれるものだ。
そんなことを考えていると、注文していたパフェを店員が持ってくる。
俺の目の前に置かれた抹茶パフェは、思っていたよりも本格的だった。濃い緑色のアイスに白玉、あんこ、生クリーム。上には薄く削られたチョコまで乗っている。
一方、鵜久森さんの苺パフェは、見た目からして女子力の塊だった。
赤い苺、淡いピンクのアイスクリーム、透明なグラスの中に重なったスポンジとソース。華やかさを引き立たせる盛り付けだ。
早速アイスをスプーンで掬い取ると、鵜久森さんは口に運ぼうとして……その手の動きを止めた。
少し考える素振りを見せると、何を思いついたのか、にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見る。
「な、なんだよ?」
「私といるのに考えごとって、すごく失礼だと思うんだよね。だからさ、こうするのはどうかなって」
「こうするって、何を―――」
それ以上の言葉を遮るように、鵜久森さんの持つスプーンがこちらへと差し出される。
俺の口元寸前へと真っ直ぐ向けられたアイスクリーム。これはまさか……
「はい、あ~ん」
「…………」
時間が止まった。
いや、実際は止まっていない。
店内の騒めきは聞こえているし、隣の席の女子が小さく息を呑む音まで耳に入った。止まったのは俺の思考だけだ。
「鵜久森さん……これはなんですか?」
「なにって、あ~んだけど」
「いや、なんで?」
「こういうの好きじゃなかった?」
「好きとか嫌いとかじゃなくてだな……」
こういうのをただのクラスメート相手にやるべきでないことくらい俺でも分かる。
揶揄っているのだろうか? しかし、鵜久森さんはスプーンを差し出したまま、ニコニコとこちらを見つめている。
その相変わらずな表情を見れば、この行動に他意があるとは思えない。
悪戯目的でないのなら、言葉通り純粋にこちらへ意識を向けてほしいということなのだろう。よく見ると耳の先がほんのり赤くなっているし、スプーンの先も僅かに揺れていて……って、ちょっと待て。なんでそっちが照れてるんだ。
「なあ、無理してないか?」
「全然? そんなことないよ」
「いやいや……」
絶対無理している。
照れるくらいなら、最初からやらなければいいのに。
しかし鵜久森さんは強情というか、頑なにその姿勢を崩そうとしない。
「ほら、早く早くっ。アイスが溶けちゃうよ」
「いい、スプーン貸してくれ。自分で食べるから」
「だーめ。さっさと観念して」
「いや、でも流石に……」
鵜久森さんのことが本当に分からない。実はさっき食い意地張ってるとか言ったのを根に持っていて、そのやり返しのつもりなのだろうか。
態度を見れば全くそんな風には思えないのだが、納得できる理由が欲しくて脳内で憶測が飛び交う。
(鵜久森さんを理解する方が無理な話か? 今までだって散々振り回されてきた訳だし……)
しかし一つだけ言えるのは、これを受け入れなければ終わりそうにない状況だということだろう。
先程まで数人に留まっていたのに、気づけばこの店内で一番注目されているのは間違いなく俺たちになっていた。周囲の視線が痛い。
もはや逃げ道はない。この状況から逃れるには、すでに注目を浴び過ぎている。
「……一回だけだからな」
遂に観念した俺は身を乗り出し、差し出されたスプーンを口に入れた。
苺の酸味とクリームの甘さが舌の上に広がる。
確かに美味しい。が、それどころではない。
心臓はうるさいし顔は熱いし、味そのものをゆっくりと楽しむ余裕はなかった。
「どう?」
「……美味いな」
「でしょ~」
作った店員じゃないのにどうして自慢げなんだ……
呆れ混じりに眺める俺だったが、鵜久森さんは上機嫌のまま苺パフェを一人食べ始める。
さっきまでの羞恥イベントは何だったのかと思うほど拍子抜けで、つくづくマイペースな人だと実感する。
本当にマイペースで、自分勝手で……だからこそ勘違いしそうになる。
実は俺のことが好きなんじゃないか、と。
ただ、やはり思い当たる節がないし、俺の脳内お花畑状態に問題があると考えた方がしっくりくる。
実際は鵜久森さんの気まぐれに付き合わされているだけ。そう頭で理解していても、どこか期待をしてしまう自分がいるのも事実だった。
(自惚れも大概にしろよ……昔もそうやって都合良く受け取って、結局勘違いで終わったことがあっただろ)
小学生の頃、俺には仲の良かった女の子がいた。
その子とは家の近くの公園で出会い、通う学校こそ違ったものの、放課後になれば毎日一緒に遊ぶような関係だった。
活発で、強引で、こっちの都合なんてお構いなく振り回してくる彼女に手を焼いたのを覚えている。
でも不思議と嫌だとは思わなかったし、何だかんだ楽しんでいた。かくれんぼで延々と鬼役をやらされても、雪合戦なのに俺だけ雪玉を作れない縛りのせいで逃げ惑う羽目になっても、結果許してしまう自分がいた。
思えば、あれが初恋だったのだろう。
たった数か月だったが、気付けば放課後が待ち遠しく思うようになっていたし、公園に行って彼女の姿を見つけると嬉しさが込み上げてきた。あの頃の俺は単純な奴で、彼女から笑顔を向けられる度に実は両想いなのではないかと浮かれていた。
しかし、突如彼女は公園に姿を現さなくなり、俺の初恋は確かめ合う間もなく散った。
後になって両親の都合で転校したと知った訳だが……次に会ったら告白するつもりだった俺には青天の霹靂で、事態を飲み込み終えると顔から火が出るほどの羞恥心に襲われた。
結局、彼女からすれば俺はただの友達で、暇潰し相手程度の認識だったのだろう。
特別な感情を抱いていたのは俺だけで、向けられる笑顔を都合良く受け取っていたに過ぎない。勝手に期待し、勘違いした結果、辱めを受ける羽目になった。
今となっては思い出したくもない黒歴史だが、何も言わず去ってしまった彼女を恨めしくは思わない。
むしろ、自惚れがいかに愚かな結果を招くのかという教訓になった。「ライク」と「ラブ」を履き違えてはいけないのだ。
(にしても初恋の子か……思い出さないようにしてたんだけどな)
久々に思い出してしまったのは多分、鵜久森さんがその子と似ているからだろう。
鵜久森さんの持つ独特の空気や、向けられる笑顔が記憶と重なる。どうしてか懐かしいと思った。
だけど、彼女とその子は別人だ。
顔も声も名前も、何年も前となれば流石にハッキリとは憶えていない。
でも、少なくとも今の鵜久森さんとは違ったはずだ。実は人見知りで、俺以外には遠慮がちで、今みたいに誰にでも愛嬌を振りまく陽の人間という感じではなかった気がする。
雰囲気や仕草が似ている人間なんていくらでもいるし、そのくらいで気にしていてはキリがない。
そもそも、未だにそんな過去を追いかけて、これではいつまでも未練がましい奴みたいじゃないか。
確かに鵜久森さんといるのは楽しい。
でも、あくまでも俺達はクラスメートで、席が隣で、同じ帰宅部所属というだけ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「あ、苺も食べさせてあげよっか?」
「二回戦突入するな」
自分の中での線引きを済ませようとした矢先、軽々とライン越えしてくる鵜久森さんに堪らずツッコむ。
本当にこの人は他人の心を平気で掻き回してくる。てか、さっきから俺ばっかりやられる側じゃねーか。
流石に断固拒否の姿勢を見せる俺だったが、最終的にはやはり俺が折れることに。
その後も、抹茶パフェを食べさせられたり、逆に食べさせてくれだの命令され、結局最後まで彼女に振り回される羽目になった。
◇
カフェを出る頃には、空が少し茜色に染まり始めていた。
駅前の通りは帰宅途中の学生や会社員で混み合っていて、その人流の中を二人で並んで歩く。
「今日はありがとね、付き合ってくれて」
「強制連行に近かったけどな」
「でも、楽しかったでしょ?」
「……まあ、つまんなくはなかった」
「保志乃くんのそういうところ、分かりやすくて好きだよ」
「またそういう言い方する……」
呆れたように返す彼だったが、その表情は決して悪いものではなかった。
口を尖らせていても浮かべる微笑みは柔らかくて、一見素直じゃないところが可愛いといつも思う。
そんなやり取りをしているうちに気づけば分かれ道に差し掛かり、私達は足を止める。
住んでいる住宅街が同じでも私の自宅は駅に近く、彼とは真逆。だから、公園前の交差点に着いたらお別れの合図だ。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ。また明日」
保志乃くんの姿が小さくなるまでその場で見送る。
そして……ようやく一人になった私は、カフェでの出来事を思い出しながら自分の胸に手を当ててポツリと溢す。
「……結構攻めたつもりなんだけどなぁ」
スプーンを彼に差し出す。たったそれだけなのにすごく緊張した。
平気な顔を取り繕って、いつも通りの笑顔を浮かべて、冗談みたいな空気にしたつもりだったけど、本当はずっと心臓がうるさかった。
揶揄いたくてやった訳じゃない。
ただ、彼に意識してほしかったから。理由なんてひとつしかない。
とても恥ずかしかったし、もし断られたらと思うと不安でいっぱいだった。
それでも彼は最終的に受け入れてくれて、困ったような顔をしながらもちゃんと付き合ってくれた。
昔からそうだった。
ぶっきらぼうなのに何だかんだ一緒に遊んでくれるし、文句を言うくせに私に付いてきてくれる。
本当に嫌な時はちゃんと断るけど、それでもいつも隣にいてくれた。
「変わってないなぁ、薫くん」
口にした名前は、今の学校では一度も呼んだことのない響きだった。
―――私には誰にも明かしていない秘密がある。
私は、かつて保志乃くんと出会っていた。
小学生の頃、放課後になると毎日のように公園で集まり、二人で遊ぶような仲だった。
あの頃の私は親が転勤族で転校ばかりしていて、人と仲良くなることに苦手意識を持っていた。
学校であまり馴染めず、友達もいない。それでも両親に心配を掛けたくなかった私は、友達と遊びに行ってくると嘘をついて家を出ていっては公園のブランコで日々時間を持て余していた。
そんな時だった、彼が声をかけてきたのは。
元々彼が公園前の通りを帰り道としているのは知っていたものの、まさか声をかけてくるとは思わず初めは困惑した。
恐らく彼も毎日一人でいる私に興味本位で近づいたのだろうが……私が独りぼっちの理由を知ると、手を差し伸べて初めての遊び相手になってくれた。
すごく嬉しかった。
ずっと独りぼっちで、引っ込み思案な性格では無理だと諦めかけていた私にできた初めての友達。暗闇から連れ出してくれた彼は王子様のようで、毎日が夢みたいだった。
今にして思えば、彼は寂しそうにしていた私を見かねて手を差し伸べてくれたのだろう。
彼の言葉にしない優しさに救われて、最初は警戒していた私も気づけば気を許すようになっていて、少しずつ自然と笑えるようになった。
散々自分勝手に振り回してしまった気もするが、それでも彼は付き合ってくれる。
そんな人となりに触れ、日々大きくなっていく彼の存在に気付いた頃、私は彼を好きなんだと自覚した。
……だけど、夢のような時間は長く続かなかった。
親の仕事の都合で、私はまた引っ越すことになった。
急に決まったから諸手続や支度に追われてしまい、私は彼に別れを告げられないまま転校した。
でも、転校してからも彼のことを忘れられるはずがなかった。むしろ、日を重ねるごとに気持ちが大きくなっていった。
私の初めての友達になってくれた人。
私に笑い方を教えてくれた人。
それから……私が家族以外で初めて特別に感じた人。
次に会えるのは何年後になるか分からないけど、再会したら彼の隣にいたいと思った。
(でも、こんな私を薫くんは好きになってくれるのかな……?)
正直、自信がなかった。
私が私のことを好きではないのに、彼に好きになってもらえるはずがない。彼には私なんかよりも相応しい人がいる。そんな卑屈なことばかりを耳元で囁くもう一人の自分がいた。
だから、私は変わろうと思った。
俯いてばかりの自分ではなく、ちゃんと前を向けるように。
誰かに話しかけられるのを待つだけでなく、自ら一歩踏み出せるように。私は彼に相応しい人になるために生まれ変わる努力をした。
最初は上手くいかなかったけれど、少しずつ人と話せるようになって、笑えるようになって、気づけば周りから明るいと言われることも増えた。
変われたのは紛れもなく彼の存在が心の拠り所だったから。彼のためならどんなことでも頑張れる気がした。
そして半年前、この町に戻ってきて、教室で彼を見つけた時は胸が跳ねた。
やっと彼と会えた。
背も伸びて、顔立ちも大人びていたけど、それ以外の面影はあの頃のままだったからすぐ気づいた。
でも彼は私に気づかなかった。
少し寂しかったけれど、同時に仕方ないとも思った。
昔の私は今と全然違うし、何年も前に少しの間だけ一緒に遊んでいた相手を思い出せという方が無理な話だ。そもそも何も告げずに去ったのは私で、今更名乗っても彼を困らせるだけだ。
それに……過去の私ではなく、今の私を見てほしいという気持ちもあった。
あの頃のように彼の優しさに甘えて隣に居させてもらうのではなく、今の成長した私と一緒にいたいと思ってほしかった。
かつて彼が手を差し伸べてくれたように、今度は私の方から彼を振り向かせたい。
だから私は昔のことを打ち明けず、クラスメートとして、隣の席として、そして……同じ帰宅部として距離を縮めてきた。
「……なのに薫くんってば、全然振り向いてくれないもんなぁ」
今日だってかなり勇気を出したつもりだったのに、彼は動揺こそ見せても意識する素振りは見せてくれなかった。
今までもそうだった。一緒に帰って、寄り道して、同じ時間を共有してきても、薫くんはなかなか私を意識してくれない。
きっと彼は、私の笑顔も、言葉も、距離の近さも、全部ただの気まぐれだと思っているのだろう。
本当は全部ちゃんとした理由があるのに。
ただ、好きな人と一緒にいたいだけなのに。
「まぁいいんだけどね。時間ならたっぷりあるんだし」
帰宅部の良いところは、放課後になれば毎日一緒に帰る名目がある点だろう。
この接点を利用しない手はない。周りにどう思われようと、好きな人と一緒にいられるのだから気にならない。
だから、明日こそはあなたに知ってほしい。
私の気持ちが気まぐれじゃないってことを。
鵜久森穂波がどれだけあなたのことを好きなのかってことを。
「ふふっ、覚悟しててね。薫くん」
小さく笑い、私は夕暮れの街を歩き出す。
彼を振り向かせるための帰宅部活動は、まだ始まったばかりだった。




