1:大好きなお姉さまが婚約破棄されました(6)
前世の記憶――。
この世界では魂が輪廻回生するとも言われている。セシリアがセシリアとして生を受ける前に、『ほかの誰か』として生き、その魂がセシリアとして生まれ変わった。だから、初めて訪れた場所であるのに、以前にも来たことがあると感じたのは、セシリアとなる前の『ほかの誰か』の記憶が関係しているのだと、エレノアは言う。
(セシリアだけどセシリアではない、誰か?)
その誰かが『こどいや』の記憶を持っていて、セシリアに生まれ変わった。そう考えるのが無難だろう。
ときおり、七歳のセシリアと、わけのわからぬ記憶の持ち主の考えが交ざってしまう。
「前世の記憶が視えるのは、過去視という魔法の一種ね。これは使える属性とは別に身につく魔法だけれども、本当に選ばれた者しか使えないのよ」
過去視。
いきなり流れ込んで記憶は、過去視によるものなのだろうか。
エレノアは過去視は前世の記憶とも言った。セシリアがセシリアとして生まれる前の記憶となれば、それが前世の記憶と呼ばれるものなのだろう。となれば、やはりセシリアの中に膨大に流れ込んできた記憶は、過去視によるものと考えていいだろう。
「わたくしも、この魔法を使える人を知らないわ。学園の先生方も、国家魔法使いも、過去視を使えるという話を聞いたことがないもの。ほかにも、未来が視える未来視、遠くのものが視える遠視なんかもあるわね」
いつの間にか、エレナによる魔法談義となっていた。だけど、こうやって丁寧に教えてくれるのは、エレノアがセシリアを認めている証拠。できるだけセシリアにもわかりやすい言葉で、という配慮も伝わってくる。
だからセシリアは、謎の記憶についてどこまで打ち明けるべきかと悩んでいた。
ここは『こどいや』の世界です、と言ったところで、エレノアもなんのことか、わからないだろう。説明するのも難しい。
となれば、言っていいことと言って悪いことに分類すべきだ。
そう考えて、セシリアはゆっくりと口を開いた。
「昨日。お姉さまのパーティーに行ったとき、学園のホールに入ったのは初めてだったのですが、ここに来たことがあるかもって思いました。夢で見たのかもしれません」
「そうなのね? もしかして、早く帰りたいって言ったのはそれが原因かしら? 過去の記憶が視えて、気持ちが悪くなってしまったとか?」
夢で見たと言ったのに、過去の記憶と言い返すエレノアの鋭さにぞくりとする。どこまで誤魔化せるだろうか。
それに昨日は、気持ち悪くなったというよりは、不気味な感じがしただけ。早く帰りたかったのは、あのまま続けていれば、エレノアの友達までもがエレノアを攻め立てるのがわかっていたからだ。
妹からしてみれば、大好きな姉が婚約者や友人たちから糾弾されているところを見たくなかった。
だが、それをエレノアには言うべきではない。
そうやって言っていいことと悪いことを判断できるセシリアが、セシリアの中にいるのだ。自分であって自分とは異なる誰か。
「それは……本当に疲れただけです。たくさん人がいたからです。セシリア、あんなにたくさんの人がいるのは、初めてです」
公爵邸で開くパーティーは、こぢんまりとしたものが多い。それにセシリアはまだ夜会に参加できるような年齢にも達していない。よくて昼間のお茶会だ。
だから、昨日の卒業パーティーが、セシリアの知るパーティーでは一番参加人数が多いものだった。
しかしエレノアは、目を細くしてセシリアにじっと視線を向けてくる。それはまるで何かを疑っているようにも見え、怪しんでいるようにも感じられた。
「エレノアお嬢様。ここにいらしたのですね」
その声によって、エレノアの視線が逸れる。
走ってやってきたのは、執事の息子のケビンである。まだ年若い彼は、執事としての仕事を学んでいるところだ。また、その若さを生かして、先触れとして駆けずりまわることもあった。
「どうしたの? ケビン」
彼の姿をとらえたエレノアは、すっと立ち上がった。
「旦那様がお呼びです」
その一言で、エレノアの顔が強張った。すかさずセシリアは、姉の手を握る。
驚いたようにセシリアを見下ろしたエレノアだが、その表情は凜としていた。
「エレノアお嬢様、ご案内いたします」
案内されるまでもなく勝手知ったる場所ではあるものの、エレノアは黙ってケビンに従った。