1:大好きなお姉さまが婚約破棄されました(5)
朝食後、セシリアは少し休んでからエレノアを庭園の散歩に誘った。
「今日から、セシリアはお姉さまと一緒にいられるのですよね? お姉さまはずっとお屋敷におりますよね?
セシリアはエレノアが大好きだ。謎の記憶が流れ込んできても、セシリアの本質がかわるわけではない。姉と両親が大好きな、まだ七歳の女の子。
「お姉さまは、もう、学園に行かなくていいんですよね?」
気づいたら、セシリアはそう尋ねていた。学園に行かなくていいということは家にいることと同義だと思っているからだ。
「そうね。学園はもう、卒業したからね」
そう言ったエレノアは少し遠くを見つめるものの、その表情はどこか寂しそうにも見えた。
やわらかな風が吹き花の香りを連れてくる。さわわと草木がこすれ合う音は、心を落ち着かせる。
毎朝、セシリアは学園へと向かうエレノアの後ろ姿を寂しく見送っていた。エレノアが学園に通わなければならないのもわかっていたし、セシリアも十二歳になったら学園に通い始めるのも理解していた。それが魔法貴族として生を受けた者の義務。
だけど、セシリアが学園に通うときには、そこにエレノアの姿はない。大好きな姉と一緒に学園に通えないのが不満だった。年が離れているから仕方ないのだが、それでも姉と同じ制服を着て、一緒に学園へと向かいたかった。
それがセシリアのささやかな夢だった。
「そう、ね。今日からはセシリアとずっと一緒にいられるわね」
そこでエレノアは視線を落として、庭園の花を見た。やはりそれは風に吹かれて、ゆらゆらと揺れていた。
「……いつの間にか、この庭園にもたくさんの花が咲いたのね」
花を愛でる時間もないほど、エレノアは勉学に励んだ。朝早くから、夜遅くまで。王太子の婚約者としてふさわしい振る舞いをと思っていたところもあるのだろう。
「お姉さま。このお花は、わたしがお母さまと一緒に植えたのです」
それをエレノアに教えたかった。
「まぁ、きれいね。それにこのお花……水魔法がかけられている?」
「そうです。お母様が水魔法の研究だといって、水やりをしなくても育つお花にしました」
「そうなのね」
その場にしゃがみ込んだエレノアは、水魔法がかかっている花をじっと見つめた。
「こんな身近なところに、模範となるような人がいたのね。それに気づかないとは、わたくしも浅はかだわ」
エレノアが何を言っているのか、セシリアにはさっぱりとわからなかった。
「今度はお姉さまも一緒にお花を植えましょう。セシリアも早く、お母様のように魔法が使えるようになりたいです。そうすれば、お花たちも元気になります」
そのセシリアの言葉がきっかけになったか、エレノアの中で何かが吹っ切れたようだ。彼女はきりっと前を向く。
「よし。これからはこのエレノア様が、かわいいセシリアにしっかりと魔法を教えてあげましょう」
わざとらしいくらいの明るい声だった。
そしてセシリアは「やったぁ」と元気に飛び跳ねる。まだ学園に通う年齢に達していないエレノアが魔法を学ぶためには、誰かから教えてもらう必要がある。母親は、時間があるときにセシリアに魔法の基本を教えてくれるものの、やはり公爵夫人という立場もあってそれなりに社交関係が大変なようだ。だから「もっと、もっと」とせがむのもはばかれた。
だが今日からは姉がいる。姉だって暇ではないのはわかっているが、それでもセシリアに魔法を教えてくれる時間くらいはとってくれるだろう。
それに、ちょっとしたこと、例えば魔法教本に書かれている内容が理解できないとか、そういったことはエレノアのほうが聞きやすい。
だからセシリアは早速エレノアに聞きたいことがあった。
「あ、お姉さま。さっそくですが、お姉さまに教えていただきたいことがあります」
「なあに?」
エレノアはやわらかな笑みを浮かべ、興味深そうに首を傾げる。幼い妹が、どのようなことを知りたいのかと関心があるのだろう。
セシリアもそんな姉の顔を見て、安心して言葉を続ける。
「ええと。初めて来たところなのに、前にも来たことがあるって思うことありますよね?」
昨日、卒業パーティーの会場に足を踏み入れたとき、なんとなくきたことがあるかも、と思ったのだ。
そして目の前で繰り広げられた婚約破棄という茶番劇。それをきっかけに雪崩のように流れ込んできた記憶。
「そうね。だけどそれは、前世の記憶が関係しているとも言われているわ」
「前世、ですか?」
セシリアは、琥珀色の目をまん丸くした。となれば、ここが『こどいや』の世界というのは前世の記憶によるものだろうか。