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5:大好きなお姉さまと隣国へいきます(1)

「それはこっちに置いてください。あ、それはあっちに」


 フェルトンにある教会では、セシリアが忙しなく指示を出していた。


 今日は、この教会でエレノアの十九歳の誕生日パーティーが予定されている。もちろん、エレノアには内緒だ。この時間、姉はまだ屋敷の執務室で書類仕事を片づけているはず。


「セシリア、これは?」


 マイクが花瓶に飾られた花を、抱えている。


「それは、その机の上に飾ってください。入口のすぐそばの」

「りょーかい!」


 セシリアに何かと嫌がらせをしていたマイクだが、コンスタッドとの出会いが彼を変えたようだ。

 以前のようなあからさまな嫌がらせ――スカートをめくったりとか、変な虫を投げつけたりとか、そんなことをしなくなった。


「アニー。お姉さまは、まだ?」

「はい、あと一時間はお時間がございます」


 わかったわ、と頷いて、セシリアは「キャシー、食器を並べて」と、小さな身体で教会を駆け回る。

 最後に、子どもたちの出し物の確認をして、セシリアは「ふぅ」と息を吐いた。


 これでいつエレノアがやってきても大丈夫だ。

 教会内には甘い香りが漂い、華やかな飾りつけが施され、パーティーの準備は整っている。


「セシリア様。エレノア様が、到着されました」


 アニーがこそっと伝えてきた。


 エレノアは教会に併設されている砂糖工場に定期的に足を運んでいる。それを利用して、内緒で教会での誕生日パーティーを計画したのだ。もちろん、発案者はセシリアだが、このパーティーには教会の子どもたちも全面協力している。さらにドイル夫妻や商会長のボリスなど、砂糖事業に関わった面々も。


 知らぬはエレノアのみ、という状況だ。


「お姉さま」


 工場の定期確認を終えたエレノアを、セシリアが出迎えた。


「あら? セシリア。今日は教会に来ていたのね?」

「はい。みんなで、美味しい砂糖菓子を作っていました。お姉さまも味見しませんか? それとも、お仕事、忙しいですか?」


 そう確認したセシリアだが、この後のエレノアに急ぎの仕事がないことは、ケビンを通して確認済みだ。もちろん、今日、工場に来ることもケビンから情報を横流ししてもらっていた。 


 だからエレノアの誕生日パーティーを計画したのである。といっても、エレノアの誕生日は五日後だ。誕生日当日は、屋敷でもちょっとしたパーティーを開くため、日にちをずらして計画した。


「そうね。今日は時間があるから。せっかくだからドイル夫妻にもご挨拶したいしね。セシリアがいつもお世話になっていますって」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべるエレノアに、セシリアはむむぅと唇を尖らせる。


「ほらほら、そういう顔をしないでちょうだい」


 エレノアはしっかりとセシリアの手を握り、教会へと足を向けた。

 教会の扉を開く。


 ――パーン!!


 クラッカーが盛大な音を立て、紙吹雪がエレノアに向かって舞う。


「え? ちょっ……何ごと?」


 琥珀色の瞳を大きく開いたエレノアは、茫然とその場に立ち尽くす。


「へへ。お姉さま、お誕生日おめでとうございます」


 セシリアの言葉が合図となり、その場にいたすべての人が口々に「おめでとう」と声をかける。


「エレノア様」


 一歩、前に踏み出たのはキャシーだ。両腕で抱えてやっとの大きな花束を手にしている。


「お誕生日、おめでとうございます。これは、教会のみんなから」


 なかなか花束を受け取ろうとしないエレノアに「お姉さま?」とセシリアが声をかける。


「あ、ごめんなさい。突然のことで、驚いて……ありがとう、嬉しいわ」


 エレノアのその言葉は社交辞令ではない。目尻にほのかに光る涙をエレノアは見逃さなかった。


「お姉さま。こちらに来てください。みんなで準備したんです」

「みんな? 準備……?」


 その言葉だけで、この誕生日が念入りに計画されたものだとエレノアも気がついたようだ。


「どうして事前に教えてくれないのよ」


 エレノアはぷんぷんと頬を膨らませる。だけどそれが照れ隠しだということを、セシリアはまるっとお見通しである。


 いつも子どもたちが集まって勉強する部屋。机はコの形に並べてあり、白い布で覆われている。さらに机の上には、たくさんの料理が並んでいた。


「お姉さま。これをみんなで作りました」

「もう、なんなのよ……」


 エレノアは目尻をぬぐう。


「エレノアさま、これ、僕が作りました」

「食べてください」


 ここぞとばかりに子どもたちもエレノアの周りに集まり、あれ食べて、これ食べてと、次々に自分たちで作ったお菓子を差し出す。


 もちろん、その菓子にもたっぷりと砂糖が使われており、エレノアは「こんなに食べたら太ってしまうわ」と冗談を口にしながら、子どもたちが作ったお菓子を食べていた。


 さらに子どもたちからは歌やダンスのお披露目もあり、エレノアは始終にこやかに過ごしていた。


 アッシュクロフ王国の王太子ジェラルドと婚約していたエレノアだが、卒業と同時に婚約解消。慰謝料として提示された領地の候補の一つが、このフェルトンの街。


 そしてフェルトンの街にはさとうきびがあり、それを利用して始めたのが砂糖事業。これが軌道にのり、エレノアは領主代理として日々奔走していた。だからこのささやかなパーティーは、街のみんなからのささやかな御礼の気持ちなのだ。


「ほんと、セシリアにはやられたわね」


 少しだけ目を赤くしたエレノアが、帰りの馬車でそう告げた。


「わたしだけじゃないですよ。みんな、お姉さまの誕生日をお祝いしたかったんです。日頃のお礼だって、ボリス会長は言っていましたし」

「そうなのね。みんなからそう思われるのは、嬉しいわね。やはりここは……みんなの期待に応えるしかないわね……」


 大きな花束をかかえたエレノアがそう呟いた。その言葉に、あんな意味が隠されていただなんて、もちろんこのときのセシリアが知るはずもない。


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