4:大好きなお姉さまが狙われているようです(7)
そのまま東屋で簡単な昼食をとった。オリバーは執務室でさとうきび事業の資料を確認しながら、軽食をつまんでいるらしい。ちなみにこの執務室は、普段はエレノアが使っている。
「セシリア嬢。他には面白い砂糖の使い道はないのかな? さっきは固めると言ったけれど、やわらかくはできない?」
「やわらかく……?」
「シング公爵。今は食事の場ですから、セシリアをたきつけるのはやめてください」
昼食は食パンに具材を挟んだサンドイッチだ。シオンやコンスタッドからしてみれば、食パンもサンドイッチも初めて見るものだった。
シオンは先ほどから黙々と食べている。
「エレノア嬢はなかなか手厳しいね」
「砂糖については未知の部分も多いのです。まだ契約を交わしていないシング公爵に、迂闊に話をするわけにはいきませんから」
「私としてはすぐにでも契約を交わすつもりだよ。それだけの価値がこの事業にはあるからね。そのための契約書を今、君のお父上が準備されているのでは?」
コンスタッドが熱い眼差しでエレノアを見つめている。エレノアはそれに気づき、頬を赤らめてそっぽを向く。
「わかった、話題を変えよう……ところでセシリア嬢」
「は、はい」
話題を変えると言ったばかりなのに、どうしてコンスタッドはセシリアばかりに話を振るのか。
「私が君のおにいさんになってもいいかな?」
グホッと咳き込んだのはシオンだ。
「大丈夫かい? シオン。そうやってがっつくからだろう? でも、このサンドイッチという食べ物が美味しいのは認める」
「がっつくわけないだろ。サンドイッチは美味いけど、スタンが急に変なことを言うからだ」
「変なこと? 変なことを言ったつもりはないよ。今、エレノア嬢を口説いている最中なのだが、なかなかよい返事がもらえなくてね。それでセシリア嬢を味方に引き入れようとしただけだよ」
本人を目の前にして、堂々と言ってのけるのもコンスタッドの作戦にちがいない。
「せ、セシリアはそういう難しいこと、わかりません」
「そうです、シング公爵。わたくしたちの話に、セシリアまで巻き込まないでください」
コンスタッドは熱のこもった瞳をエレノアに向けるが、二人の視線は交錯しない。
「シング公爵さま。お姉さまにはたくさんの人がいる前で、こういう話をするのは逆効果です。二人きりのときにきちんと言ってください」
「ありがとう、セシリア嬢。君の許しを得たから、二人きりになって堂々と口説くことにするよ」
「あっ……」
セシリアの心の中では、エレノアには幸せになってもらいたい気持ちと、このままフェルトンの街でさとうきび事業を続けてほしい気持ちと、その二つの気持ちが複雑に絡み合っている。
でも今はまだ、さとうきび事業が始まったばかりだ。
「でも、シング公爵さまは、むっつりスケベだから、お姉さまと二人きりになるのは禁止です」
「む、むっつりスケベって……」
コンスタッドが慌てふためくが、エレノアは顔を伏せてクスクスと笑う。
「そういう言葉を、いたいけなセシリア嬢に教えたのは誰かな? シオン」
「お、おれじゃない」
「そうやって慌てるところが怪しいな」
コンスタッドは執拗なまでにシオンを睨み続ける。シオンはしらを切ろうとしたが、その視線に負けたらしい。
「……ごめんなさい」
「シング公爵さまとシオンさまも仲良しですね」
屈託のない笑みでセシリアが言うと、コンスタッドは「君たちほどじゃないけどね」と笑顔で返す。
「私も兄とは年が離れているからね。兄の子のシオンとのほうが年齢は近い感じかな。だからシオンは弟のようなものだよ」
「スタンが兄貴だなんて、ごめんこうむる」
「ほら。本当は私を追いかけてアッシュクロフについてきたというのに、素直じゃないだろう? まあ、こういうところがかわいいのだけれど」
「かわいい、言うな」
シオンが何を言っても、コンスタッドはそれをひらりと交わして余裕溢れる笑みを浮かべるだけ。
「シオンさまにもお兄さまがいますよね?」
なによりもシオンは第二王子。となれば第一王子が存在する。
「ああ。三つ年上の兄貴がいるが……まぁ、普通だ。おまえたちほど仲は良くない……と思う」
どこか歯切れ悪そうに言葉にしたシオンの様子が、引っかかる。
「シオンさまは、お兄さまと喧嘩をしているんですか?」
シオンとセシリアの間を、ひゅっと小さな風が吹き抜けていく。