1:大好きなお姉さまが婚約破棄されました(3)
はっとしてセシリアは目を覚ます。
寝苦しかったのか、背中にはびっしりと汗をかいていて、夜着が素肌にはりついて気持ち悪い。ゆっくりと身体を起こした。
部屋はまだ薄暗い。
昨日は、姉エレノアの学園の卒業パーティーに家族として参加していた。
卒業パーティーは卒業生の家族であれば誰でも参加できる。共に新しい門出を祝うといった趣旨からだ。
しかしその場で、エレノアは王太子ジェラルドから婚約解消を突きつけられた。むしろ一方的な言い分だから、あれでは婚約破棄ではないのだろうか。
それを目にした瞬間、セシリアには膨大な記憶が流れ込んできた。それは、この世界が『こどいや』の世界だという記憶だった。
しかしセシリアという人間に変化はなかった。誰のものかわからない記憶が知識として増えただけで。
ただそれによってちょっとだけ大人になったような、そんな気分にもなった。
(国王陛下は、卒業パーティーの場でジェラルド様が婚約破棄をお姉様に告げるだなんて、知らなかった……。だからお姉様との婚約解消を渋ったのだったわ……)
王家側としてはケアード公爵家との縁を続けたい。ジェラルドの勝手な暴走によりその縁がなくなってしまえば、この国にどれだけ不利益もたらされるかを、国王は一国の主らしく理解していた。
(そしてジェラルド様の隣にいたのが聖女イライザ……今のところ、まだ聖女ではないようだけれど。それよりもジェラルド様の瞳と同じ色のドレスを着ていたわね……)
昨夜のパーティーを思い出しても不快極まりない。
(昨日のお父様の様子からみても、怒り心頭という顔をしていた。そういえば、お父様も婚約解消の手続きを渋るんだったわ)
膨大な記憶と、セシリアとしての記憶が混在する。
(お姉様が処刑されるところまでが、物語の前半。後半は、イライザとジェラルド様が愛を確かめ合いながら、結ばれて結婚というお話だった……)
両手で顔を覆う。大好きなエレノアが処刑だれるだなんて、セシリアには信じられない。
(いつの誰の記憶かわからないけれど……このままではお姉様が禁忌魔法に手を出した挙げ句、処刑されてしまう。そうなれば、我が公爵家は取り潰し……いえ、それよりもお姉様が処刑だなんて……)
想像しただけでも目頭が熱くなる。
昨日だって「帰りたい」と言ったセシリアの手をやさしく握りしめ、一緒に馬車に乗り込んだのだ。
緊張した空間から抜け出せてほっとしたのと、馬車の揺れが心地よくてうとうととしていたら、エレノアはセシリアに向かって天使のように微笑んだのだ。
『セシリア。眠かったら眠ってしまってもいいわよ。着いたら、お父様が部屋まで連れていってくれるはずだから』
琥珀色の目を細くしてそう言ったエレノアは、セシリアの頭をゆっくりとなでてくれた。それに甘えて、セシリアは姉に寄りかかるようにして目を閉じた。
そこからの記憶が曖昧なのは、きっと馬車で眠ってしまったからだ。そのまま父親が部屋まで運んでくれて、使用人の手によって着替えさせられ、今までぐっすりと眠り込んでいたようだ。
さて、ここからが問題である。
セシリアは、きっと唇を固く結んで顔を上げる。
よくわからない記憶によれば、エレノアは禁忌とされている暗黒魔法に手を出したうえに処刑されてしまう。描写はなかったが、間違いなくケアード公爵家は取り潰しとなるだろう。
(きっかけは、お父様が婚約解消を渋ったから……。それに、国王陛下も王妃様も、お姉様のことを気に入ってくださっているから、婚約を解消したくなかったのよね。だからお姉さまもジェラルド様をあきらめきれなかったのだわ……いえ、むしろプライド? てことは、さっさと婚約解消させてしまえばいいのだわ。問題は、お父様をどうやって説得するか……)
一家路頭なんてたまったものではない。間違いなく父親だってなんらかの罪に問われるはずだ。エレノア処刑後のケアード公爵家のことなんて、小説には書いてなかった。どうでもいい内容と判断されたのだろう。
だからその後、ケアード公爵家の人々がどうなったのかだなんてまったくわからない。だが、いいことではないのだけは確か。
セシリアは家族が大好きだ。外務大臣を務めている父に、おっとりとしている母。そして六年間、学園で勉学に励み、立派な王太子妃になろうと努力してきた姉。
この家族を守りたい。
ベッドから下りたセシリアは、水差しからグラスに水を注ぎ、一気に飲み干した。
(ぷはっ……。絶対にお姉様の処刑を阻止しなければ!)
そこまで決意したものの、もう一度眠気が襲ってきた。きっと今はまだ、真夜中なのだろう。七歳のセシリアの身体は睡眠を欲している。
身体の渇きが潤ったところで、もう一度ベッドに潜り込んだ。
(とにかくお父様には、お姉様とジェラルド様の婚約解消の手続きを滞りなくすすめるように言わないと……)
そんなことを考えているうちに、眠りに落ちた。