4:大好きなお姉さまが狙われているようです(5)
シオンがさとうきびを堪能し終えると、来た道を戻り始めた。しかし、領主館へ向かう間も、シオンはセシリアの手をしっかりと握っている。
「おまえ、転びそうだしな。危ないから支えておいてやるよ」
「転びません」
そう言い返した直後、セシリアがつまずいてしまったため、彼女の言葉は説得力を欠いた。それもあってシオンはセシリアの手を決して離さなかった。
「ところで、エレノアに好きな人とか婚約者とかっているのか?」
突然シオンがそんな質問を投げかけ、セシリアは目を丸くした。
「そんなに驚くことか?」
「いえ、シオンさまはお姉さまに興味があるんですか?」
「おれじゃない。スタンのやつだ」
スタンとはコンスタッドの愛称らしい。愛称で呼び合うほど、ふたりの仲は親しいのだろう。
「あのむっつりスケベやろう。エレノアがあのジェラルドと別れたことを知ったら、喜びやがって。今回の件だって、公爵側からの誘いだったけれど、いつ、こっちに顔を出そうかってスタンは考えていたんだ。そこに今回の事業の話が飛び込んできて……」
興奮気味にまくし立てるシオンとは対照的に、セシリアは冷静だった。
どうやらコンスタッドはエレノアに好意を寄せているらしい。それも、昨日ひと目見た瞬間からというわけではなく、ずっと前からのようだ。
「あ~、スタンっておれの叔父なんだよ。つまり、王弟ってやつ」
「そうなんですか?(なんなの? その裏設定。公爵で騎士団長で王弟って設定もりもりじゃない……そんなこと原作に書いてあった?)」
セシリアの頭に浮かぶ謎の記憶にも、そんな情報はなかったらしい。驚きの感情が流れ込んできた。
「だから、まぁ、ちょくちょく社交の場とかでは、エレノアのことは見かけていたらしい。あの王太子にはもったいない女性だって言ってたな」
コンスタッドがエレノアを高く評価していると知り、セシリアは素直に嬉しかった。
「しかも、自分では聞けないからって、おれを使ってセシリアからエレノアの情報を聞き出せって。やること、大人げないよな?」
「そうなんですね? でもシング公爵さまのような素敵な男性なら、嫌がる人はいないかと……?」
と、そこまで言ってセシリアもはっとする。
昨日は脳内お花畑で「なんてお似合いの二人!」なんて思っていたが、ロックウェル国の王弟で公爵で騎士団長となれば、彼はロックウェル国内の重要人物だ。エレノアがその彼と一緒になったら、エレノアはロックウェルに行かねばならないのではないだろうか。
「ん? どうかしたか?」
急に黙り込んだセシリアを、シオンが心配そうに見つめた。
「もしかしておまえも、スタンのような男がいいのか?」
「ち、違います。セシリアが好きなのはお姉さまです」
「あ~おまえたち、仲が良いって公爵も言っていたな。まぁ、なんかうらやましいな」
ぼそりと呟いたシオンの言葉が、セシリアの心に小さく引っかかった
「でも、シング公爵さま。騎士団長なのに、よくこちらに来られましたね?」
それがセシリアの素直な気持ちだ。団長と言えば、毎日の訓練なり部下の統率なりなんなりと忙しいイメージがある。
「まぁ、やることはやってる。今回は、アッシュクロフの視察も兼ねてるから、仕事と言えば仕事だ。まぁ、王弟としての仕事か? あいつ、見た目と違って意外と自由に動けるんだよ」
だからコンスタッドの部下らしい騎士たちが、護衛という名目でぞろぞろついてきているのだろう。
「それよりも、どうしてシオンさままで?」
今の話を聞いたかぎりでは、コンスタッドはケアード公爵から提案された事業の件と、アッシュクロフの視察と、そういった目的があってここを訪れている。まだ十三歳のシオンがここに来た理由がわからない。しかも、コンスタッドの従者だと身分まで偽って。
「おれは……聖女に会いに来た」
危うく変な声が出そうになり、セシリアはそれを呑み込んだ。
「ほら、賢者のばばぁがアッシュクロフに行ったのが精霊の導きだとか? 聖女の誕生の気配がするとか、なんとか言ってたんだよ」
「だからモリスがここにいて驚いたんですね?」
「そうだ。てっきり聖女と一緒にいるものだと思っていた。もしかして、まだ聖女に会えてないのか? 聖女が見つかっていないとか?」
「ど、ど、ど……どうでしょう?」
イライザが聖女だということは、謎の記憶によってセシリアは知っていた。しかし、イライザが聖属性の力に目覚めたという話は聞こえてこない。いや、ここが国境近くの田舎だから、そういう話が届いていないだけかもしれない。
「せ、セシリアは、聖女さまについて何も知りません。モリスは、ここが気に入ったからここにいるだけです」
「ああ。それもあのばばぁらしいよな? 食べ物が美味いからだっけ? おれんとこにいたときも、食事が美味いから文句はない! って言っていたな」
「モリスはシオンさまがひとり立ちできるようになって、教えることはもうないって言ってましたよ?」
「そ、そうなのか? あのばばぁ……おれにはそんなこと、ひとことも言わなかったけどな」
そう言いながらも頬がほんのりと赤くなっているのは、朝日のせいではないだろう。
こうして彼と二人で散歩していると、彼への好感度が少しだけ上がった気がした。




