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4:大好きなお姉さまが狙われているようです(2)

 二人の婚約は政略的なものだった。それでも側にいれば、少しずつ情が湧き、愛情に変化するものだと思っていた。


 一度、ジェラルドを疑ってしまえば、それはまるで湧き水のように、信じられない思いが次々と込み上げてくる。表面上はなんでもないように装いながらも、自然と彼から心が離れていった。


 そこに追い打ちをかけるように、他の令嬢たちからの相談ごと。


「イライザ様は、私の婚約者にも手を出しているんです」

「わたしもです」

「わたくしも……」


 そうやって相談してきた彼女たちは、生徒会役員の男子生徒、すなわち上位の魔法貴族子息を婚約者とする者たち。


 エレノアがやんわりとイライザに注意をしてみれば「それは嫉妬では?」と鼻で笑われる始末。

 さらにジェラルドからも「イライザをいじめるな」と。


 呆れて何も言えなかった。


 だがそれも卒業するまでの間だと思って我慢していた。学園を卒業すればジェラルドとイライザの接点はなくなるし、他の生徒会役員もそう。きっと彼らは婚約者の元に戻るはずだ。


 ジェラルドに対する不信感は拭えないが、王太子妃としてこの国を支えていく。すべてはこの国のために。


 そう思って、卒業式の日を迎え、パーティーにも出席した。


 その結果、あんなことになるとは思ってもいなかった。


 いや、エレノアとの婚約はジェラルドが望んだことだから、その彼がエレノアに興味をなくせば、婚約などなかったことにされるのだ。

 大勢の人の前で婚約解消を突きつけられたときは、悲しいのか、悔しいのか、よくわからなかった。


 もしかしたら、心のどこかにおごり高ぶる気持ちがあって、それを見透かされていたのかもしれない。そう、反省する気持ちもどこかにあった。

 何が正しくて、何が悪かったのか、今までの記憶が荒波のように蘇ってエレノアを呑み込んでいく。


 ただ呆然と、しかしその心情を周囲に読み取られないように、しっかりと二本の足で立っていた。少しでも気を抜けば、倒れそうだった。


 だけど、そんなときに助けてくれたのはセシリアだ。


「お姉さま、王太子殿下とのお話は終わりましたか?」


 この言葉がエレノアを現実へと引き戻し、ジェラルドとの婚約解消を受け入れようと、そう考えられるようになったきっかけでもある。


 学園を卒業したエレノアは、王城へ移り住み、王太子妃教育を受ける予定だったが、ジェラルドとの婚約がなくなればそれもなくなる。


 家でセシリアとのんびり散歩をしていたとき、彼女は気になることを口にする。


 もしかして、セシリアには未来視があるのでは?


 そんな疑いを持ったエレノアだが、それが疑いから確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。


 彼女はフェルトンの街にさとうきびという植物があり、そこから砂糖という甘味料を作れると口にしたのだ。砂糖がどのようなものかさっぱりと想像はつかないが、ただセシリアの話が事実だとすれば、フェルトンの街だって王家側にとっては脅威となるはず。

 それに気がついたのがセシリアだと知られてしまったら――。


 まだ精霊とも契約をしていないセシリアに未来視がある。これが他の魔法貴族に知られてしまえば、セシリアの力を利用とする者も出てくるだろう。まして王族に知られるのはもってのほか。


「お父様。わたくしがセシリアを守ります」


 卒業パーティーでエレノアを助けてくれたのは幼いセシリアだ。彼女がいたからこそ、ジェラルドへの想いを断ち切り、前へ進もうという気持ちになった。


 だったら、セシリアを守るのは姉であるエレノアの役目。


「セシリアが言ったフェルトンの街へ行き、砂糖というものを作ってみせましょう」


 もちろん、それに驚いたのは父親であるケアード公爵。フェルトンの街がケアード領となれば、領主となるのは父親である。しかし父親には外交大臣という立場もあるし、ケアード領本領のきりもりもしなければならない。その彼がフェルトンの街で砂糖を作るのは、不可能ではないが負担は大きい。


 だったらそれを引き受けるのはエレノアしかいないと思ったのだ。王太子妃教育もなくなったのだから、自由の身。


 父親は渋い顔をしたものの、母親の「娘たちを信じましょう」という言葉に背中を押されたようだ。


 こうしてエレノアとセシリアはフェルトンの街に移り住み、それ以降、本領にも戻っていないし、もちろん王都へなど足を運んでいない。王太子ジェラルドとの婚約が解消されたとなれば、エレノアを積極的に茶会に誘いたいと思う令嬢や婦人たちもいないのだろう。エレノアとしては逆にそれでよかったのだが。


 とにかく、さとうきび事業をなんとかしなければという思いと、事業が軌道にのったらのったで、目が回るほど忙しくなった。


 白い砂糖は、魔法の粉である。味気ない料理がたちまち美味しくなる。特に疲れたとき、コーヒー牛乳にたっぷりと砂糖を入れて呑めば、それだけで幸せな気分になれる。

 黒い砂糖は、宝石のようなもの。そのままかじって食べてもよいが、黒い砂糖を使ったお菓子は、甘さの他にもコクが出る。


 砂糖は魅惑的で危険な調味料。だからケアード公爵も、信用のおける相手にしか取引していない。


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