4:大好きなお姉さまが狙われているようです(1)
エレノア・ケアードは、由緒正しい魔法貴族のケアード公爵家に生まれた。風の精霊と契約を結ぶ父、水の精霊と契約を結ぶ母の間に生まれたエレノアは、幼いころから風の精霊に懐かれていた。通常、学園に入学する十二歳前後に特定の精霊と契約をし、特定の属性の魔法を使えるようになる。
例えば風魔法を使う父は、水を自在に操ることはできない。水の壁を築いたり、何もないところに水を湧かせたり、そういった魔法だ。逆に、水の精霊と契約を結ぶ母は、突風を吹かせたり、逆に風をやませたりすることはできない。自然の摂理をねじ曲げようとする力こそ魔法とされ、契約した精霊の属性によって発動する魔法が異なる。
だから自然の摂理を曲げない範囲であれば、火を起こす、土を耕す、水から不純物を取り除く、空気の流れを変えるといった内容であれば、生活魔法の一種で通りすがりの精霊が力を貸してくれるのだ。
その生活魔法は、誰が教えるわけでもなく、成長するに従い自然と使えるようになる。
しかしエレノアは、生まれたときから泣けばひゅっと風が吹き、笑えば穏やかな風が頬をなでた。このままでは風の精霊が気まぐれを起こし、ひゅっと吹く風が嵐になりかねないと思ったオリバーが、エレノアが五歳のときに風の精霊との契約をすすめた。
エレノアにとってみれば、気づいたら話し相手になってくれていた精霊。その精霊と契約を結ぶことで、その精霊は一生、側にいる。相手が人間であれば結婚のようなものだろう。ただ、一度契約をした精霊は、どちらかの命が尽きるまで離れられないのが結婚とは異なるところ。つまり、離婚はできない。
学園に通う十二歳前後に契約をするのは、精霊との付き合い方を学び、契約の重要性がわかった頃に、という考え方があるためだ。
だから、他の魔法貴族からは、五歳のエレノアが風の精霊との契約をするのはまだ早いと止められた。特にシンシアが国内有数の水魔法の使い手であるため、母親の実家であるコナハン侯爵家は難色を示したらしいが、それを説得したのもシンシアだった。
また、密かに期待されているのが、今は風の精霊との契約のみだが、成長するにつれ水の精霊とも契約ができるかもしれないという、二属性の契約。そうなれば使える魔法も二属性となる。
離婚できないから重婚が認められている。そういった感覚に近いのだろう。
そのため五歳で風の精霊と契約をし、風魔法の使い手となったエレノアには、二属性契約の期待も寄せられていた。
そんな理由もあって、学園入学と同時に、今の王太子であるジェラルドに見初められたのだ。断れない打診を受け、エレノアはジェラルドと婚約を結んだ。
「エレノアは、しっかりしているように見えて、どんくさいところがあるよな」
学園内をぼんやりと歩いていて、階段を踏み外しそうになったとき、身体を支えてくれたのがジェラルドだった。
それがきっかけだったのかもしれない。エレノアの彼に対する気持ちが少しずつ変わり始める。政略的なものだと割り切っていた婚約だが、この人であれば自分の両親のような関係が築けるかもしれない。そんな期待の芽がむくむくと出始めた。
彼と行動を共にするときは、一歩後ろをついていく。褒められたときは、その裏にジェラルドの励ましがあったことを口にする。
そうやってぎこちないながらも、二人の関係は少しずつ深いものへと変わっていくはずだった。イライザが現れるまでは。
魔法貴族と平民の間に生まれた彼女は、魔法の発現が遅かった。だから学園の後期課程という中途半端な時期に入学してきた。
エレノアだってイライザに興味はあった。そして彼女が学園になじめるようにと、気を使っていたつもりだ。その「つもり」がよくなかったのだろうか。
同じ教室で勉強に励む生徒たちは、何年も机を並べて学んできた仲だから、それとなく人となりがわかる。話題に上がるのを喜ぶ生徒、あまり他人とは関わりたくない生徒、家柄を大事にする生徒、何も気にしないおおらかな生徒。
だからエレノアは、イライザのことを知りたかった。
「イライザ様、一緒にお昼ご飯をいかがかしら?」
エレノアが声をかければ、イライザは顔を引きつらせる。そして怯えたような表情でエレノアと、そして近くにいる友人たちの顔を見たら、脱兎のごとく逃げていくのだ。
「困りましたわね」
そう声をかけてきたのは誰だったろう。
イライザとの接し方がわからず、ジェラルドに相談しようと思ったこともあった。だけど、なんとなくそれができなかった。
同じクラスの女子生徒たちと「どうしましょう」なんて言い合っていたが、イライザが声をかけてほしくなさそうな態度を見せるから、それとなく距離を取るようになった。
だからジェラルドからこう突きつけられたときは、エレノアもショックだった。
「エレノア。なぜイライザを仲間はずれにする? 彼女は、この学園にまだ慣れていない。だれかが側にいて、導いてやるべきなのでは?」
そのひとことで、ジェラルドへの想いが一気に冷めた。
なぜ彼は、エレノアの話も聞かずに、決めつけてしまうのだろう。




