3:大好きなお姉さまに新しい出会いがありました(9)
「失礼、ちょうど声が聞こえてきたもので。それにエレノア殿との茶会が待ちきれなくてね」
少しだけ首を傾げて微笑むコンスタッドの様子に、エレノアがぽっと頬を赤らめたのをセシリアは見逃さなかった。
「お姉さま。シング公爵をお待たせしては失礼ですよ。今日は天気がいいので、東屋がいいと思います。セシリア、みんなに言ってきます」
フェルトンの公爵邸で働いている使用人は最小限であるため、場合によってはセシリアやエレノアが自ら動く。
「そうだね、エレノア。畑や工場の見学は明日でいいから、今日はシング公爵をゆっくりともてなしてくれないか?」
「お父様は?」
「ケビンと話があるからね。近況報告を聞きたい」
片目をつむった父親を見て、セシリアにもピンとくるものがあった。たとえ八歳であっても、男女のあれこれには興味津々。
「では、エレノア殿。お言葉に甘えて、案内していただいてもよろしいでしょうか?」
そう言いながらもエスコートしようとするコンスタッドはスマートである。
さらに父親までお膳立てしようとしているのだから、少なくともコンスタッドは父親に認められたのだ。
セシリアは、真っ白いウェディングドレスを着てコンスタッドの隣に立つエレノアを想像し、むふっと笑みをこぼす。
けしてこれは未来視などではなく、セシリアの妄想である。
「あ、厨房にいってきます」
東屋にお茶とお菓子の用意をするようにと、使用人たちに伝えねばならない。
急いで厨房へと向かい、茶会の件を手短に伝える。彼らも意気揚々と準備にとりかかった。
それからセシリアは、執務室へと向かった父親にもお茶とお菓子を持っていこうと考える。
ワゴンを押して室内に入ると、父親はケビンと難しい顔をして話をしているところだった。
「お父さま。お茶を持ってきました。このお菓子は、セシリアが考えました」
「そうです、旦那様。セシリアお嬢様は、こうやって砂糖を使ったお菓子を考えてくださるんですよ」
ケビンまで身を乗り出す。
「ほぅ、きれいなお菓子だね。色のついた氷みたいだ」
「はい、氷みたいな砂糖だから『さとう氷』と名付けました。ゼリーの作り方に似ているのですが、動物の皮からとったゼラチンと果汁を混ぜて乾燥させ、表面を砂糖でコーティングしました」
透明な器の上には、色のついた氷のような菓子がのせられている。それも、紫、黄色と二つの色があった。
「黄色はレモン、紫はブドウです」
「どれ、いただいてみようかな」
父親に食べてもらいたくて仕方ないセシリアは、フォークに『さとう氷』を刺し、口元へと運ぶ父親の様子を、じっくりと見つめていた。
「……これは、美味しいし、食感もおもしろい」
「お父さま。帰るときにはお母さまへお土産に持っていってくださいね」
今回はシング公爵の案内ということもあり、母親は同行しなかった。
「もちろんだ。まちがいなく、お母様も気に入るよ」
そう言った父親は、セシリアの頭をポンとなでた。
これ以上、二人の仕事の邪魔をしてはならないと思ったセシリアは、執務室を出る。
エレノアはコンスタッドと茶会。父親は仕事。
となれば、セシリアは一人ぽっち。そして、こういうときにかぎってモリスは外に出ている。いや、さとうきび畑の確認に言っているのだ。つまり、仕事である。
接待も仕事もないセシリアは、厨房に向かうことにした。また、砂糖を使ったお菓子を考えよう。
「おい」
ホールを抜けようとしたとき、頭上から声が降ってきた。
「おれをもてなそうとは思わないのか?」
シオンだった。彼は上からセシリアを見下ろしていた。
「シング公爵さまとご一緒ではなかったのですか?」
てっきりエレノアが二人をもてなしているものと思っていたのだ。
「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られるよ」
そのひとことでピンときた。コンスタッドはエレノアに興味を持っているのだ。となれば、どうしても真っ白なウェディングドレスに身を包み、彼の隣で柔らかく微笑む姉の姿を想像してしまう。
「おい、セシリア。何を考えてるんだ?」
「何も考えてません!」とでも言うように、セシリアはぶんぶんと首を振った。
「あ、あの、サロンにご案内します」
すると彼は一歩一歩、優雅に階段を下り、腕を差し出した。
わけがわからず、セシリアはこてんと首を横に倒す。
「こういうときはおれの腕をとるんだよ。コンスタッドがやっていただろ?」
どこからか先ほどのコンスタッドとエレノアのやりとりを見ていたにちがいない。
セシリアもそれを思い出し、小さな手でシオンの腕をつかんだ。




