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3:大好きなお姉さまに新しい出会いがありました(8)

 屋敷の二階から外を眺めていたセシリアは、正門の前に一台の馬車が止まったのを確認した。ケアード公爵の家紋がついている馬車だ。さらにもう一台、馬車が止まり、護衛の騎士らの姿も見え始めた。


「お姉さま、お父さまが来ました」


 使用人たちに最後の仕上げとばかりに指示を出していたエレノアを見つけ伝えると、セシリアも慌てて玄関ホールへと向かった。


「お父さま~」


 ホールに入ってきた人影を見て、セシリアはおもいっきり抱きついた。

 父親に会うのは一ヶ月ぶりだ。


「残念ながら、おれは君のお父様ではないが?」

「セシリア!」


 父親の声は、少し遠いところから聞こえた。

 おそるおそる顔をあげると、深緑の髪に紫色の瞳の男の顔が見える。父親の髪色は金色だ。


「だれ?」

「セシリア、お客様だよ。離れなさい」


 その言葉で、ひしっと彼に抱きついていたことに気づき、ぱっと両手をはなした。


「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。セシリア・ケアードです」


 今までのことはなかったかのように、スカートの裾を持ち上げて礼をした。


「はじめまして、セシリア嬢。私がコンスタッド・シング。当分の間、お世話になるね」


 そう挨拶したのは、セシリアが抱きついた人物の隣にいる、黒髪の背の高い男性だった。茶色の目を細くした柔和な笑顔につられて、セシリアもへにゃりと顔をゆるませる。


「この子は、私の従者。ほら、シオン。挨拶をしなさい」


 シオンと呼ばれた彼は、よくよく見るとエレノアよりも年下で、セシリアよりは年上で、むしろ少年と呼べるような男の子だった。そしてセシリアが抱きついた相手がシオンだったのだ。


「シオン・クラウス」

「あっ……」


 また大量の記憶が、セシリアの頭に流れ込んできた。


(シオン・クラウス。クラウスは母親の姓。彼の本当の名は、シオン・ロックウェル。ロックウェル王国の第二王子)


 だが、八歳のセシリアはぽろっと言葉にしてしまう。


「ロックウェルの第二王子……?」


 その声は小鳥のさえずりのようなもので、セシリアの側にいた者たちにしか聞こえない。だけどしっかりと父親とシオンの耳には届いたらしく、父親は唇の前に人差し指を当て、必死に「しーっ」としている。


 だからセシリアも慌てて口をつぐむ。


「ようこそいらっしゃいました、シング公爵。わたくしがフェルトンの代表代理、エレノア・ケアードです」


 その場の空気を一気に変えたのは、エレノアの優雅な挨拶だ。


「では。早速、お部屋に案内いたします」


 彼らをエレノアにまかせて、セシリアはそろそろと父親にくっついた。


「お父さま、ごめんなさい」

「いや、問題ない。シオン殿下の髪色は珍しいから、それでわかったということにしておこう。勤勉なセシリア」


 どうやら父親は、シオンがロックウェル王国の第二王子であるのを知っているようだった。外交を務めていたのだから、近隣諸国の王族の顔はすべて覚えているのでは? と思えてしまう。


 シオンが身分を隠してフェルトンの街を訪れているのは、何か理由があるのだろうか。

 コンスタッドたちを部屋へと案内したエレノアが戻ってきた。


「エレノア、お疲れ様。代表代理も板についてきたな」


 父親がエレノアの肩をポンと叩くものの、彼女はどこか上の空のようにも見えた。


「お姉さま?」

「あ、ごめんなさい、セシリア。これからシング公爵たちとお茶をと思ったのだけれど、お外のほうがいいかしら? せっかくだから、砂糖を使ったお菓子を食べていただこうかと思っているの。シング公爵は砂糖に興味があるのよね、お父様」

「そうだ」


 父親は鷹揚に頷く。


「フェルトンの砂糖を、ロックウェル王国に正式に輸出しようと思っている」


 今までも砂糖を扱いたいといった商会は多かった。だが、それは国内にかぎって父親が許していた。

 だから砂糖の噂を聞いたロックウェル王国の者は、わざわざフェルトンで買って持ち帰っていたのだ。


「ロックウェル王国は、ケアード公爵領からも近いからな。場合によっては、砂糖の前工程はフェルトンで行い、後工程をロックウェル王国内で行ってもらってもいいと考えている」

「つまり、ロックウェル王国で砂糖を作らせるということですか?」


 エレノアは驚いたように目を大きく見開いた。


「ああ、いつまでもフェルトンで独占的に作っていると、ほかからも狙われる。むしろ、アッシュクロフ国王が、もう一度フェルトンを手にしたいと思っているだろうな。そして、エレノアのことも」

「今まで、さんざんもてあましていた土地を、ろくな対策もせずに人に押しつけてきたというのに。砂糖一つでころっと手のひらを返してくるのね。それに、わたくしはもう二度とジェラルド様と一緒になりたいとは思いませんし、この国の王太子妃になりたいわけでもありません。今は、この事業で手一杯ですから」


 エレノアは両手を腰に当て、プンプンと怒っている。


「……なるほど。では、私にもチャンスがあると思ってもよろしいでしょうか?」


 ホールから続く階段の上には、コンスタッドの姿があった。


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