2:大好きなお姉さまとひきこもります(10)
戻ってきた四人は、早速さとうきびを料理人のジョゼフに手渡した。
「旦那様、これはいったい……?」
「さとうきびと呼ばれる植物だ。これから甘い調味料がとれる」
「なるほど。このまま食べるわけではないのですね」
困惑していたジョゼフは、ほっと息を吐く。このまま調理して食べるとでも思ったのだろう。そこでセシリアが割って入る。
「このままでは使えないので、セシリアとお姉さまで準備してもいいですか?」
「お嬢様方が?」
エレノアがセシリアに視線を向けてから、言葉の続きを奪った。
「ええ。今、お父様も言いましたように、このさとうきびから甘い調味料を取り出すことができます。ですが、ジョゼフもそのやり方などわからないでしょう?」
「は、はい」
「わたくしたちも本で読んだ知識しかないので、試してみたいのです。厨房をお借りしてもよろしいかしら?」
「はい。お好きなときにお好きなだけお使いください」
これで厨房を使う権利を得た。
「夕食までにはまだ時間があるわね。セシリア、どうする? やってみる?」
「はい! お姉さま、砂糖を作ってみましょう」
町娘ファッションの二人は、白いエプロンをつけて厨房へと向かった。その後ろを興味深そうに父親がついてくるが「お父様、執務のほうは滞りなく?」というエレノアの一言で、渋々と部屋へと戻っていく。
母親も興味津々であったものの、昼間に出歩きすぎて疲れたようで、夕食まで部屋で休むとのことだった。
「セシリア。とにかくこれを絞って汁を出すのよね?」
「はい。白いところを細かく切って、ぎゅっと絞るのがいいですよね?」
「そうね……だけど、それを一つ一つ手作業でやるのは大変だわ。さとうきびの汁を絞り出すような、何かがあればいいんだけれど。今は、精霊の力を借りちゃうわね」
エレノアが指をパチンと鳴らせば、さとうきびからじゅわっと汁がこぼれ始める。
「すごいです、お姉さま」
「でも、お父様も言ったように、こういう作業は精霊も得意ではないから。わたくしたちの魔力がもたないのよね」
さとうきびを刈る、硬い皮を剥く、そして汁を絞る。どれも精霊の力を借りて行うことはできるが、それを継続するだけの魔力がない。それに、魔法貴族ではない街の人たちに作業を手伝ってもらうとなれば、他のやり方を考えなければならない。
「あっ。お姉さま。クルミを割るような感じの、こういうの……」
セシリアは両手を合わせるものの手のひらの下のほうをくっつけて、パカパカと閉じたり開けたりする。
「なるほど……クルミ割りのようにして潰すのね。そういう道具ね。考えておきましょう。……次は、この汁を煮詰めればいいのよね?」
「はい。でもお砂糖はある一定の温度を超えると、急に色が変わってしまいます。それを超えないようにします」
さとうきびの汁を入れた鍋をコンロにかけた。煮詰まっていく汁から灰汁を取る。
「この汁だって、絞っただけでは不純物が混じっているのよね。それを取り除く……」
砂糖の作り方なんて知らないエレノアだというのに、こうやって必要な道具とか工程を考えているのだ。
鍋の中のさとうきびの汁は水分が抜けて、茶色っぽい塊になっていく。
「この作業も、本来であればもっと時間がかかるものよね……」
さとうきびの汁を加熱する作業は温度管理も必要だ。しかし、これもまたエレノアは精霊の力を借りている。
すなわち、今、行われている砂糖作りは、魔法によるもの。
それを人の手だけで行うには時間がかかる。その時間をいかにして短縮できるか。
「お姉さま、さとうきびの汁が……」
ぽろぽろと黒い塊ができた。慌てて鍋を火から下ろす。
「できた?」
エレノアが恐る恐る鍋の中をのぞき込んだ。
「はい。できたと思います。だけど、これをもっとさらさらにするには、もと水分をとばす必要があるのですが……」
「でも、美味しそうなにおいね」
そう言ったエレノアは、魔法でひゅっと風を吹かせつつ、鍋の中にある黒い塊を手に取ってパクリと食べた。
「あつっ……あ、でも、甘いわ」
「このままだと黒い砂糖です。原料糖にしないと白い砂糖になりません」
「白と黒の違いはなにかしら? わたくしにとっては、この黒い砂糖だけでもじゅうぶんだと思うの。いずれは、セシリアが言うような白い砂糖があればいいとは思うけれど、まずは簡単なところから始めたほうがいいのではないかしら。それに、今は砂糖を作るだけの道具がないのよ」
「うぅ……そうですね……」
エレノアにそう言われてしまえば、セシリアは何も言えない。
ただ、セシリアの中では、砂糖は白いものという気持ちがあった。それに白い砂糖のほうが使い道はたくさんある。
「エレノアの言うとおりだな」
いつの間にか、厨房に父親の姿があった。
「何ごとも急いては事をし損じるだ。焦って、一度にやり遂げようとするのはよくない。私も、味見をしていいかな? 何やら美味しそうなにおいがしてきてね。そろそろ夕食の時間だというのに、このにおいの正体を知りたくなった」
「どうぞ。これが黒い砂糖だそうです」
エレノアがケアード公爵に向かって鍋ごと差し出すと、彼はそこから黒い塊をひとつまみ取った。
「うん。甘い。それに、美味しいじゃないか。セシリア、美味しいよ?」
父親は不貞腐れているセシリアの頭をなでた。




