2:大好きなお姉さまとひきこもります(9)
フェルトンの街。さとうきびがありコーヒーもある。
(誰がこんな設定にしたのかしら? でも『こどいや』の制作関係者には感謝だわ)
残念なことに、フェルトンの街の人はそれをうまく生かせていない。
(苦いお茶と言われてしまうのはもったいないわね。きっと焙煎の仕方が豆とあっていないんだわ)
「お父さま……」
そう言いかけたとき、母親がテーブルの上にあったお菓子を、セシリアの口に突っ込んだ。
「んぐっ……もぐ、もぐ」
「ここはおうちではないのよ? いろんな人がいるのよ?」
やさしい声色でそう言った母親だが、セシリアに「余計なことを言うんじゃない」という圧力をかけているのは間違いない。目が笑っていなかった。
「おうちに帰ってから、ゆっくりとお話をしましょうね」
「……はい」
コーヒーのことを伝えたかったが、ここには商会長もいる。いきなりセシリアが語り出したら驚くだろうし、エレノアが言っていた未来視や過去視についても知られてしまうかもしれない。となれば、ここは母親が言うようにおとなしくしているのがいい。
「今までは苦いお茶だったのですが。こうやって飲んでみると、美味しいですね」
そんな会長は、セシリアが作ったコーヒー牛乳にご満悦な様子。
「この飲み物も、砂糖の魅力が伝わると思います。そしてこのお茶がフェルトンの街のものであれば、なおのこと」
エレノアも苦いと言っていたのに、今では優雅に飲んでいた。
「砂糖を使えば、このようなお菓子も、違った甘さで美味しく作ることができると思いますよ」
エレノアが言うように、セシリアがもぐもぐしたお菓子は、甘味の中にも渋みが隠れていた。使っている果物特有のものなのだろう。
商会長との話もまとまったため、ケアード公爵は席を立つ。
「今日はとても有意義な時間をもてた。今後とも、よろしく頼む」
父親が握手を求めると、ボリスも恐縮しながら手を握った。
教会には、今日のうちにボリスが連絡をいれてくれるそうだ。基本的にはいつ行っても問題ないようだが、善は急げということで、明日の昼前に教会へ行くと伝えてもらうようにお願いした。
商会の会員との顔合わせは、これから会長が会員に話をしてから決めるとのこと。
ケアード公爵夫妻は、一か月ほどフェルトンの街にいる予定であるため、できればその期間に商会の皆をこちら側に引き込みたいというのがエレノアの狙いでもある。
商会館を出る頃には、太陽がだいぶ西側に傾き長い影を作っていた。
街の様子を確認しながら、四人とケビンが馬車を停めた場所まで歩く。
「あっ……」
露店をちらちらと見ながら歩いていたセシリアは、コーヒー豆を売っている店を見つけて声をあげた。
「お父さま。セシリア、あの苦いお茶が欲しいです」
「苦いお茶……? 先ほど、会長のところで飲んだあれか?」
「そうです、そうです。あれはお茶ではなくて、豆を煎って砕いてお湯を注いだものです。その豆があそこにあります」
しかも生豆の状態だ。
父親は、やれやれとでも言いたげに肩をすくめたが、娘には甘い。
「お父様。わたくしもあのお茶にも興味があります」
「お姉さまも、あのお茶に牛乳を入れたら、牛乳も飲めますもんね」
「こら、セシリア。余計なことは言わない」
ぎゃあぎゃあと姉妹でじゃれ合っている間に、父親が豆を一袋買っていた。
「これでいいのか?」
「はい。これでまたあの苦いお茶が飲めます。でも、牛乳と砂糖をいれて飲みます」
「だが、これは白っぽい豆だが……これからあんな茶色のお茶になるのか?」
じろりと母親が鋭い視線を向けてきたため、そこで二人は口をつぐむ。
「続きは家に帰ってからだな」
その言葉にセシリアも「はい」と小さく頷いた。
馬車は、同じ場所で待機していた。
「帰りにさとうきび畑に寄ってほしいのですが。よろしいですか?」
馬車に乗り込んだエレノアは、父親にそう尋ねていた。
「ああ。問題ない。何本か採って、料理に利用できないか料理人たちにも聞いてみよう」
「お父さま、お菓子に使ってほしいです。甘いお菓子をお願いしてください」
「あら? 私からもお願いしたいところだわ」
母親は甘いお菓子が大好きだ。となれば、母親を味方につければいい。
愛娘と愛妻から熱い視線で訴えられたケアード公爵は少し唸ってから「わかった」と答えた。
さとうきび畑に寄ると、夕焼けによってそこは黄金に輝いていた。
「うわ~うわ~。すごくきれいですね」
「早く帰らないと、暗くなってしまうわね」
そう言った母親の目は、しっかりと父親を捕らえている。つまり、昼間と同じように魔法を使ってさっさとさとうきびを刈れと言っている。
「お姉さま。やっぱり、一番強いのは、お母さ……」
「しっ」
すべてを言わぬうちにエレノアに制される。
こうしてこの日は、コーヒー豆とさとうきびを手に入れて、屋敷へと戻ってきたのだった。