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2:大好きなお姉さまとひきこもります(7)

 ケビンが布袋からさとうきびを取り出し、テーブルの上に置く。


「なんですか、これは? 貧しければ、草でも食べていろと……?」


 ボリスが混乱している様子がよく伝わってくる。


「まぁ、その解釈はあながち間違ってはいない。それは草だが食べられる草だ。名前を『さとうきび』という」

「さとうきびですか? 聞いたことも見たこともありません」


 わからない、とでも言うかのようにボリスは首を力なく横に振った。


「聞いたことはないかもしれない。だが、見たことはあるだろう?」


 ケアード公爵の言葉に、ボリスは「はて?」と首を傾げる。


「領主館からここに来るまでの間、人の背丈の倍以上の草が生えていた」


 ここでもわかりやすいように草と言われてしまうかわいそうな、さとうきび。


「あぁ」


 ボリスは相づちと共に、手もポンと打った。やはり、背の高い草が生えているというのは周知されているようだ。


「あれがさとうきびだ。それを刈り取り、小さく切ったものがこれだ」

「あの草にそのような名前があったのですね。最初は虫も湧くだろうから、刈り取ろうとは思ったのですが……なにぶん、大きな草でして。手がまわらず、そのままにしてしまいました。ただ、あそこにあってもなんの悪さもしない草でしたから、あれはもう、そういったものだと……この街の一部のようなものだと思って受け入れております」


 ボリスの言葉に頷いた父親は、ケビンを見やった。


「ケビン、頼む」


 公爵の言葉でナイフを取り出したケビンは、さとうきびの外皮を器用に剥き始める。皮を剥くシャリシャリ音だけが室内に響き、セシリアも変に緊張してしまう。


 その空気に耐えられず、お茶の入ったカップに手を伸ばす。


「にがっ」


 セシリアの声にエレノアが反応し、顔だけ向けると「しっ」と唇の前に人差し指を立てて制す。


 だって、お茶が苦かったんだもん。


 そう言い訳したかったが、「しっ」と言われてしまった以上、頬を膨らませて我慢することにした。


「やけどはしていない?」


 母親がこっそりと尋ねてきたため、セシリアは不貞腐れたままコクリと頷いた。


(やはり貧しいからこんな苦いお茶を飲んでいるのね……いえ、違う。これはお茶ではない。渋みがないもの。渋くはないけど苦かったの。この味は……)


 流れ込んできた謎の記憶が、味覚によってさらに記憶を追い求めようとしている。


「どうぞ」


 皮を剥き終えた二本のさとうきびを、ケビンはボリスとケアード公爵に手渡した。


「食べられるが食べられない。この白い部分を噛んでみるといい」


 まるで手本を見せるかのように、父親が先にさとうきびを口に入れて噛み始めた。ボリスも恐る恐るさとうきびを口に入れ、奥歯で噛む。


「んっ……ん、ん!!」


 ボリスの顔は驚きと好奇心によって埋め尽くされる。


「甘い。なんですか、この草。甘い汁がたくさん出てくる」

「そうだ。このさとうきびから甘い汁をとって、甘味料を作ろうと思っている。それをこのフェルトンで行いたい」


 ボリスは、さとうきびをちゅうちゅうとしゃぶりつつ、尋ねる。


「甘味料ですか? それをこの街で?」

「そうだ。材料がこの街にある。だからここで行えば、余計な手間と金がかからなくて効率的だ。それに、さとうきびは取ってからすぐに加工する必要がある」


 先ほどまで砂糖の作り方を知らなかった父親だが、エレノアから作り方を聞いて、頭の中に叩き込んだようだ。


「この砂糖を作るためにフェルトンから人を出してもらいたい」


 それを打診するために、ケアード公爵はここに足を運んだのだ。これはエレノアではなく領主である自分が言うべき言葉だと、父親は言った。


「それは……」


 言い淀みながらもボリスは、さとうきびをちゅぱちゅぱ吸っている。


「先ほども申し上げましたが、街の人の代表に対する印象がよいものではありません。新しいことをやりたいから、力を貸せと言って素直に貸すような者たちではないのです……」


 ボリスはしゅんと肩を落とした。


「わたくしから一つ提案があります」


 そこでエレノアが割って入った。


「このさとうきびから甘味料を作るには、正直言って、人手が欲しいです。あれだけのさとうきびを刈り取り、絞って液体を抽出する必要がありますから。ですが、そこまでの作業は単純です。こちらの近くには教会がありましたよね?」


 エレノアの言葉に「えぇ」と、さとうきびを離さないボリスが答える。


「あの教会には身寄りのない子どもたちもおりますか?」

「はい……」

「では、その子たちに作業を頼みます。教会は人の善意が集まる場所。ただ善意も自分にゆとりがあるからこそできるのです。しかし今の状況ではこの街にゆとりがあるとは思えない。となれば、教会も決して楽とは言えませんよね?」

「そうです。情けないことですが……申し訳ありません」


 そこでボリスはさとうきびを口から離した。きっと、味がしなくなったにちがいない。


「いえ、会長が謝ることではありません。かわりに、教会の力をわたくしに貸してください。子どもたちには三食昼寝付きをお約束します。それに労働に見合った対価も」


 エレノアは隣に座る父親と顔を見合わせ、頷き合った。


「よろしいですか?」


 有無を言わせぬ迫力に、ボリスも首を縦に振った。


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